今、僕はバスに乗っていた。
カーテンで仕切られて外は全く見えないけど、暗くて何も見えないから関係なかった。
規則正しく、高速道路のつなぎ目の段差を通る振動がしていた。
隣には…僕の恋人が、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて眠っている。
肩にもたれながら。
まどろみながら、今までのいきさつを思い出していた。
『○○○旅行に行こう!』
それは、12月のある日のことだった。
昼ご飯をいつものように、中庭のひだまりの中で一緒に食べていたとき。
「直枝さん。年末あたり、お暇ですか?」
「え? 特に用事は無いけど」
他のみんなは、帰省とかそういうのがあるのかもしれないけれど、
帰るべき家族がいない僕には、無縁のことだったりする。
今年もいつものように、恭介たちと遊んで過ごす…ことになるはずだった。
「あの…。その、ふたりで、旅行に行きませんか?」
「旅行?」
「はい。旅行です」
旅行かあ…。
しかも西園さんとふたりで。
別にやましいことを考えなくても、魅力を感じる提案だ。
「それは…とても楽しいところです。
…わたしにとっては」
「何か言った?」
「いいえ、何も。で、どうですか? 旅行」
いやしかし…良いんだろうか?
クリスマスとは違うみたいだけど、時期が時期だ。
旅行。
しかもふたりで、なんて。
大胆だなあ、って言って良いんだろうか?
「直枝さんが考えているような展開にはなりませんが」
「…どういう展開?」
「直枝さんが、わたしの寝込みを襲うような展開ですが」
「襲わないよっ」
来ヶ谷さんもそうだけど、西園さんも結構妄想が凄い。
ああそういえばこのふたり、何かで意気投合してたっけ…。
「そうきっぱり否定されるのも少し傷つきます」
「いや…別に西園さんに魅力が無いなんて思ってないから」
「ならいいんですが」
誤解は解けたようだ。
しかし、普通自分の彼女は襲わないと思う。
「で、どうしますか?
夜行バスで行って、新幹線でその日のうちに帰るので、少し慌ただしいのですが、
それでもよろしければご一緒してくれませんか?」
「いいけど、どこへ行くの?」
結構あわただしい旅行になりそうだ。
が、それなら余計な心配をしなくても大丈夫そうだな、とも思った。
「詳しい場所は秘密ですが、東京方面です」
「東京かあ」
普通に行ったことが無いし、1度行ってみるのも楽しそうだ。
しかし、東京方面だと…某巨大テーマパークとかなのかもしれない。
女の子なら行きたいというだろうし…。
「よろしいのでしょうか?」
「うん。さっきも言ったとおり、いいよ。一緒に行こう」
「わかりました。では準備はわたしがしておきますので、
直枝さんは、防寒グッズくらいを用意して置いてください」
それだけ言うと、彼女はことん、と僕に頭を預けてきて、
「イメージトレーニングをします」
と、よくわからない言葉を残して昼寝に入っていった―――。
で、現在。
「イメージトレーニングって、これのことだったのか…」
さすがは西園さん。準備に余念は無かったようだ。
まあ、いつもの態勢なんだけど。
「ふあぁ」
大きくあくびをした。
「しまった」
起きちゃわないだろうか…。
「…起きちゃいました」
「ごめん」
「いえ」
悪いことをしてしまった。
けれど彼女は優しく微笑んで、
「今度は、直枝さんと一緒に眠りにつきます」
そう呟いていた。
「…できるの? そんなこと」
「手を握りあいます。そして、お互いの鼓動に耳を澄ませます。
そうすれば、どこかでお互いの鼓動が一致して、落ち着いて眠ることができるんです」
「本当に?」
本当だろうか?
彼女は物知りだから、そんな裏技まで知っているのかもしれないけど。
「本の受け売りです。…小説の、ですけど」
「フィクションじゃないっ」
ニセ情報だった!
「でも、やってみる価値はあると思います。ふぁ…」
「そうだね。ふあ」
お互いに限界だったので、早速その方法を試してみることに。
彼女は、さっきと同じように、ことん、と僕の肩に頭を乗せ、身体を寄せてきた。
僕は、彼女の右手を手にとって握った。
(小さいなあ。西園さんの手)
そして、手から直に伝わる温もり。
確かに安心できる。
目を閉じた。
そこには、彼女の温もりと鼓動しか存在していなかった。
気がつくとすぐに意識は消えてしまって…。
「…えさん」
ん?
「なおえさん」
ん? ああ、寝てたっけ?
「直枝さん。起きてください。もうすぐ到着です」
「あ…ごめん」
爆睡していたようだ。
鼓動が一致したのか確認すら出来なかったけれど、効果はてきめんだった。
東京駅に着いた。そこからは2回ほど電車を乗り換えるらしい。
「こっちです、直枝さん」
彼女に手を引かれる男。
…端から見ると、もの凄く格好悪い絵じゃないだろうか?
まあでも、全然知らない場所に連れて行かれているだけだったので、
為すがままにされるしか方法は無いのだけれど。
駅の看板を見ると…『舞浜・蘇我方面』って書いてあった。
舞浜って言えば、やっぱり某巨大テーマパークだ。
ちょっと西園さんのイメージとは合わないような気がするけど、
やっぱり女の子なんだなあ、と、変なところで感心してしまった。
地下ホームから電車に乗った。
まだ早い時間帯だったから、それほど混雑はしていなかった。
そこで、彼女の荷物に目が留まった。
「えらく大きな荷物だね」
「これのことでしょうか?」
主婦とかが買い物の時に使う、キャリーのようなもの。
それが彼女の荷物だった。
「これは必須アイテムです」
「でも、一泊もしないんだったら必要ないよね?」
「いえ。戦利品…お土産を大量に買い込むので必要なんです」
「そっか…」
結構、筋金入りのマニアなのかもしれなかった。
でも、僕の予想はひょんなところから外れた。
「降りましょう」
「え? まだあと何駅かあるんじゃないの?」
「ここです。むしろここしかありません」
「え? え?」
訳もわからず、舞浜よりも手前の駅で降りることになった。
某巨大テーマパークじゃなかったのか?
少しだけ混乱した。
その後は、やたらすし詰め状態の電車に乗り換え、圧迫死させられそうな駅の改札を出た。
「何なの? この混雑は?!」
「…構わずについてきてください」
そして見えたのは…行列、行列、行列。
『最後尾』と書かれたプラカードを持った人のところへ行き、ようやく止まった。
「やっと落ち着けます」
「そうなの?」
「ええ。ここでしばらく待機です」
周りを見ると…ほとんどが女の人だった。
僕が凄く浮いて見えてしまう。
ひゅーぅぅっ。
ぶるぶるっ。
寒風が吹いて、彼女が小刻みに震えた。
僕には「防寒グッズを」と言っておきながら、自分自身の準備は怠ったみたいだ。
ここは僕の出番なんだろう。
準備してた厚手のコートで、そっと彼女を包み込んだ。
「ありがとうございます」
「いや…別に」
寄り添うと、寒さを全然感じなかった。
「優越感に浸れます…」
「?」
言葉の真意はよくわからなかったけれど、お互いの温もりでとても暖かかった。
「…でさ。ここはどこ?」
「…僕は誰? ですか?」
「いや…別に記憶を失ってるわけじゃないから」
「そうですか…」
心底残念そうにする僕の彼女。
そこはそういう表情をする場所じゃないと思うけど…。
「ここは…戦場です」
「戦場?!」
ずいぶんと物騒な場所らしい。
「人の欲望が曝け出される場所です」
「そ、そうなんだ…」
「具体的には、直枝さんがわたしの部屋で見た、薄っぺらい本が集まっている場所です」
「…ああ」
そこまで聞いて思い出した。
つまりは、そういう本を買い求める人たちが集まっている場所なんだと。
それでようやく納得した。
まあつまりは、彼女もそんなひとりなんだと。
列が動き出した。
「では、参りましょう。直枝さん」
そういうと、彼女はおもむろに『必勝』と書かれたハチマキをおでこに装着した。
気合満点だ。
「うん。じゃあ行こうか」
僕がそういうと、逆に
「…ここは、ツッコミどころです」
「え? そうなの?」
何がだろう?
いつがツッコミどころだったのかがよくわからなかった。
「こんなハチマキ、誰もつけてません。
こんなのつけてたら、わたしは痛い子です」
「ここでは…普通だと思ってたよ」
何せ戦場だ。何に対してかはわからないけど、『必勝』って言葉もあながち間違いじゃないはず。
…まあ、確かにハチマキなんかつけてる人はいないんだけれど。
「それに、彼女のボケにツッコめない彼氏は最低です。
井ノ原さんに対しては、ほぼ100%綺麗なツッコミを返しているのに…。
わたしは井ノ原さん以下でしょうか?」
「あ…いや」
真人と比べられても…長年のコンビと、まだ結成して半年ちょっとのコンビじゃ、
ツッコむほうも間や呼吸がわからないこともあるし…。
どう弁解しようかと思っていたら、彼女は更にまくし立てた。
「別れましょう」
「えーっ?!」
何でそこまで?
僕は混乱した。
「成田離婚ではなく、有明離婚です」
「…」
「これ、意外に流行ると思いませんか? 有明離婚」
「ツッコみどころが多すぎて何だけど…その前に僕ら、結婚してないし」
「あ…そうでした」
「なら、結婚してからもう一度来ましょう。そして…」
「何で訳わかんない言葉を作るために結婚して離婚するのっ?!」
「駄目ですか。仕方ありません」
そんなことを言っているうちに、彼女が全然怒っていないことに気付いた。
むしろ…凄く楽しそうにボケていた。
「今日は、もうこの時点でも、直枝さんと来て正解でした。
ありがとうございます」
「僕も、よくわからないけど楽しいよ」
「そうですか…。実はそれだけが心配でした」
彼女は、心底ほっとした顔をしていた。
まあ僕としては、西園さんの色んな面が見たかったわけだし、
ふたりでどこか行くってこと自体に楽しみを感じていたんだけれど。
「…でさ。結婚するって話だけど…」
「はい」
「あれってさ…。プロポーズなの?」
「………!?」
冗談めかして言ったつもりなんだけど…、
反応を見る限りは、そう受け取ってはくれなかったみたいだ。
顔が真っ赤だった。
でも、冗談だとしても、僕は本心を伝えたい。
「僕は…そうなれたらいいな、って思ってるよ」
「あ…はい。わたしもです」
手を握る。
彼女の、ほっそりとした小さな手を。
想いは…とっくに通じ合っている。
それが確認できただけでも、僕は幸せな気持ちになれた。
「でも…こんな場所でプロポーズなんて…最悪です」
「ご、ごめん」
「いえ…。わたしが自分のことを最悪だと思っただけですから」
「そんなことないよ。場所は関係ないと思うけどね」
「…そう言ってもらえると助かります」
これから先も、ずっと彼女と居たい。
それはごく自然な願い、欲求だった。
だから今回、彼女の一面が見れて、彼女の禁断の領域(?)に触れられて良かった。
拍手と共に、行列が一気に瓦解していく。
「では直枝さん。よろしくお願いします」
「うん。西園さんの無事も祈ってるよ」
「はい。…気遣っていただいて、ありがとうございます」
「ミッション・スタート、だね」
それだけ交わすと、僕らは人波へと突入していった。
彼女から渡されたリストのサークルを廻った。
大行列が出来ていたところもあったけれど、何とかほとんどで買うことが出来た。
まあ…買い求める人が女性ばかりで、ちょっと居辛さは感じたのだけれど。
あらかたミッションを終えて、あらかじめ決めておいた集合場所へと戻った。
程なくして、彼女もふらふらとした足取りでたどり着いた。
「大丈夫? 西園さん」
「はい…。これほどまでに、過酷だとは思いもしませんでした…」
それだけ言うと、僕の方に崩れるようにして倒れこんだ。
「どうしたの? 西園さん。西園さんっ」
そうだ。
彼女は身体が弱いんだ。
なのに僕は、こんなところで人波に揉まれようとする彼女を止めなかった。
止めないといけなかったんだ。
彼女の分まで僕が頑張ればよかっただけなのに…。
だからなんだ。
こんなにも…弱ってしまったのは僕のせいなんだ…。
激しく後悔した。
「なおえさん、直枝さん」
気がつくと、腕の中で彼女が微笑んでいた。
「西園さん…ごめん」
「? 何がですか?」
「自分の、彼女のことも思いやれないなんてさ…。ごめん」
「あ…。そのことなら、気にしないでください。わたしがやりたくてやってるんですから」
そんなフォローをしてくれると、余計に自分の不甲斐なさが目立って仕方ない。
「彼氏に介抱される彼女…。そんなのに憧れてました」
そういうと、瞳をきらきらさせながら見つめられた。
杞憂だったのかもしれない。
「…演技してました。すみません。
でも、直枝さんの腕の中を堪能できて嬉しかったです」
「そうなんだ…。じゃあ、全然大丈夫なの?」
「はい。でも、夏だったら本当に倒れていたかもしれません。
ずっと…体育をサボっていたツケかもしれませんね」
本当のところは、あの日以来、彼女は体育に参加していた。
イメージとはかけ離れた俊敏さを見せ付けられて驚いた記憶がある。
「スタミナがまだまだでした」
たぶん、全部演技ってことは無いんだと思う。
今までほとんど運動していなかったのだろうし、キツかったに違いない。
「実は、今日が初めてでした。ここに来るのは」
「え? ええっ?! そうなの?!」
しばらく休んだ後、彼女から衝撃発言を聞いた。
…初めてって。
「だから、一緒に直枝さんに来てもらったんです。ひとりでは心細いので」
「そうだったんだ」
あれだけリードされていたと言うのに。
でも、そんな彼女の役に立てたのだったら良かった。
「予行演習はばっちりしていましたので。
直枝さんを連れてわたしが迷ったりしたら、それこそ申し訳ありませんから」
それも彼女らしいと言えばらしかったのだけど。
「この後は、普通に館内を廻りましょう。
そして、掘り出し物を見つけましょう」
「そうだね」
僕は、創作というジャンルを見て廻ることにした。
中には、独創的な絵や詩を書いた本などもあって、なかなか飽きないものだな、と思った。
気になったものを何冊か買い求めた。
彼女も、真剣な眼差しで本を手に取り、中身を確認したり、売り子の人に何か訊ねたりしていた。
「恭介×直枝を越えるカップリングは…やはり見つかりませんでした」
「そ、そう…」
残念ながら、彼女が求めるものは見つからなかったらしい。
「直枝さん。二股でも良いですから、恭介さんと…してみませんか?」
「…しないよっ」
何をするんだ。
「そうですか。残念なようで、ほっとするところもありました」
「どっちなのさ…」
帰りの新幹線に乗っている。
バスと違って振動が少なく、脚も伸ばせて快適だ。
さすがに、倍以上のお金を払って乗るだけのことはある。
「帰ったら、直枝さんが買った本も見せてくださいね」
「西園さんが買ったものもね。…僕に見せられるものは」
「はい」
僕の買った本はともかく、彼女が買った本はたぶん面白いものなんだろう。
「そういえば、これって僕らの初旅行…だよね?」
「…そうなります」
近くをデートくらいはしていたけれど、本格的な旅行はこれが初めてだった。
何かといい思い出を作れたように思う。
「また来ようね」
「はい。では今度は夏にでも」
「うん」
「今度は、その…泊まりがけで…」
「うん。…泊まりで?!」
そういう西園さんの顔は、既に真っ赤だった。
大胆なことを言ったりする反面、結構うぶなところがあるから余計に可愛い。
夏が待ち遠しくなった。
「で、いつかは…」
「南の島に一緒に行きたいね」
「はい。ぜひ行きましょう」
「うん。その時は、新婚旅行かな?」
「そうですね。それがいいと思います」
行きと同じように、肩に彼女の温もりを感じながら、
いつか行く南の島へ、一緒に思いを馳せていた。
<おわり>
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りきおです。いかがでしたか?
まあぶっちゃけ…ネタSSですな(汗)。美魚とコミケに行ったらどんな感じなんだろう?とか、想像しながら読んでいただけるといいかも知れませんw
時系列的に言えば…一応冬なので、オールクリア後ってことにしています。別に美魚エンド後でも問題ないのですが。美魚ルートの記憶がそのまんま引き継がれていると言う、都合のいい設定ですが、どうぞその辺は気にせずに…。
ちなみに、みおちんってこんな感じのキャラだと思っているんですが、間違ってませんよね?! 理樹とだったら、逆に理樹がリードされる感じで、萌える感じよりは一緒にいてて楽しい感じなんですが…。当初のイメージとは全然違うんですけどねw
何より、掛け合いは書いていて(想像してて)楽しかったですね。また別のSSで、別の場面で書いてみたいです。リトバスでもNo.1のキャラ立ち度では無いかと思いますから。
感想などありましたら、
「Web拍手」
「掲示板」
などへお寄せください! 美魚のSSへのリクエスト(具体的なシチュとか)もあればどうぞ。
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