『いなか暮らし』 
  
  
 僕らの田舎暮らしは続いていた。 
  
 朝ごはんを作って鈴と一緒に食べ、魚を釣り、家に帰って洗濯やお風呂の支度をして、 
晩ご飯を食べ、お風呂に入り、寝る。 
  
 そんな繰り返しの日々。 
 でも、何となく充実している自分がいる。 
 自分ひとりが生きていくだけじゃない。 
 もうひとり、鈴と一緒に生きている。 
 彼女は、僕なしでは生きていけないから…。 
 圧し掛かる責任感や重圧はもちろんあったけれど、使命感みたいなものと、 
1日1日を無事に過ごせたことへの達成感で、凄く充実した気持ちになっていた。 
  
  
  
「理樹、今日も釣りか?」 
  
 いつものように釣りに出かけようとすると、普段は見送るだけの鈴が声を掛けてきた。 
  
「そうだよ。…どうしたの?」 
「ああ。ひとりで遊んでてもつまらないからな。たまには一緒に行こうかと思って」 
  
 僕は、驚いて彼女を見返した。 
 珍しいことを言う。 
  
「ん? どうした? あたしの顔になんかついてるか?」 
「いや…」 
  
 当の本人は、そんな珍しいことを言ったつもりは無いらしかったけど。 
  
「よしっ。じゃあ行こう。 
 おまえらっ、留守番たのんだ!」 
  
 なぁ〜。 
 それに答えるかのように、猫たちが鳴いていた。 
  
  
  
  
 釣り場に着いた。 
  
 空は抜けるような青空。 
 快晴で、絶好の釣り日和。 
 海から届く風は、まだまだ爽やかな春の風。 
  
 僕はいつものように、防波堤に腰掛けて釣り糸をたらす。 
 釣れる時はそれなりに釣れるけど、素人丸出しだったから釣れないこともしばしばだ。 
 でも、こんな日は例え釣れなくても、気持ちのいい空気の中にいられるから、 
何も辛いこともないし、むしろずっとこの大気の中に身を委ねたいくらい。 
  
 鈴はというと、隣に腰掛けて脚をぶらぶらさせながら、上下する浮きを眺めていた。 
  
  
  
 十分後。 
  
「…ひまだ」 
「そう?」 
「ああ。もうむちゃくちゃひまだ」 
  
 未だ釣果はゼロ。 
 1日やって1匹とかもあるから、焦りは全く無い。 
  
「理樹はこんなにじっとしててへいきなのか?」 
「平気も何も、これが釣りだからね」 
  
 入れ食い状態ってのを知らないからかもしれないけれど、海釣りってこんなものだと聞いたことがある。 
 それにたぶん、僕は気が長い。 
  
 …そこにいる女の子よりは。 
  
「行ってくる」 
「どこへっ?」 
  
「あっちの岩場だ」 
「ちょっと…」 
  
 止める間もなく行ってしまった…。 
 さすがに心配なので、鈴が見える位置へと移動することにした。 
  
  
  
 適当な場所に腰掛けて、再び釣り糸を垂らす。 
 そして、同時に鈴を目で追った。 
  
 そこには…信じられない光景が広がっていた…。 
  
「にゃっ」 
  
 ひょいっ。 
  
「うにゃっ」 
  
 ひょいっひょいっ。 
  
 びちびち。 
 びちびちっ。 
  
 次々に陸に揚る魚たち。 
  
 鈴はズボンや上着が濡れることもお構いなしに、どんどん魚を獲っている。 
 素手で。手づかみで。 
 熊みたいに。 
  
  
  
  
「つかれた」 
  
 30分くらい経ったろうか。 
 疲労感を漂わせながら、鈴が陸へと揚がってきた。 
  
 そしてバケツには、大小あわせて15匹か20匹くらいの魚が。 
 僕はまだ1匹も釣ってないし、全部鈴が獲ったものってことになる。素手で。 
  
「ぬれたな。びしょびしょだ」 
  
 そういうと、ひらひらと上着の裾を海風に当てながら、乾かそうとしていた。 
 でも、そんなすぐに乾くような濡れ方じゃなかった。 
  
「よっ…」 
「うわぁっ」 
  
 鈴は、おもむろに濡れた上着を脱ぎ捨てた。 
  
  
 そこには…ちゃんとキャミソールを着てる鈴がいた。 
 いきなり下着姿になるのかと、不安に思ったりしたけど、これなら安心…、 
  
 じゃないっ。 
  
「ん? どうした、理樹」 
「いや…」 
  
 まあ…下着みたいなものなんだろうけれど。 
 それを僕の前に晒しているのを見ると、どういう気持ちなんだろう?って思ってしまう。 
 けれど、当の本人は気にした感じも全然無くて。 
  
 こんな薄着の彼女は、あまり見たことが無かったからちょっと新鮮に映る。 
 白い二の腕が眩しい。 
  
 そして、ズボンも…。 
 って、ズボンも? 
  
「鈴。ちょっと待ったっ!」 
「ん? なんだ、理樹」 
  
 ズボンは、脱いだら確実に下着姿だ。 
 気付かないんだろうか? そのことに。そんな現実に。 
  
「あ…そっか。これはちょっと恥ずかしいな」 
  
 意外に鈴は、恥じらいってのを理解していると思う。 
 この前、一緒にお風呂に入ったときも、最初から最後まで背中合わせのままだったし。 
  
「理樹が見なければいいんだ!」 
「ええっ?!」 
  
 何も遮るものが無いと言うのに。 
 まあ、他に人がいそうにも無いのは何よりだったけれど。 
  
 ずるずる。 
 濡れたズボンを脱ぐ音が聴こえる。 
 僕は、出来るだけ見ないように、垂らした釣り糸を見ることに集中した。 
  
  
  
「理樹、いいぞ」 
  
 いいのだろうか? 
 さっき、脱いだ音を聴いたあと、着た音は聴いていないのだけれど。 
  
 意を決して彼女の方向に向き直る。 
 そこには…。 
  
「うわ…」 
  
 キャミソール一枚の鈴がいた。 
 辛うじて下着は…少しだけ余裕のある裾で隠れてたけど。 
  
 ただ、太ももとかはほとんどが露わになっていて。 
 無駄な肉のついていない、白くてすべすべしてそうな…って、僕は何を想像しているんだろう? 
  
「どうした? あたしの脚になんかついてるか?」 
「ううん。そうじゃないんだけど…」 
  
 その格好で平気な、彼女の神経はわからなかったけれど。 
 何となく、僕が男として見られていない気はして…何だか複雑だった。 
  
  
「隣、いいか?」 
「あ、うん」 
  
 キャミソール一枚の鈴が隣に座る。 
 しかも、ちょっと密着してるし…。 
  
「ふぁぁ」 
  
 可愛らしいあくびひとつ。 
 あれだけ頑張ったんだから、眠くなるのも仕方ないと思う。 
  
「鈴、お昼寝する?」 
  
 もしかしたら、僕が釣りに出かけた後はこんな感じなのかもしれない。 
 猫たちと全力で遊んで、疲れて寝る。 
 本当に猫みたいな暮らし。 
  
「ああ…そうする」 
  
 そういうと、僕に身体を預けた。 
 じんわりと彼女の温もりを半身に感じる。 
  
「…あったかいな」 
「だね」 
「ああ」 
  
 気持ち良さそうにまどろむ彼女を見て、改めて思う。 
 可愛いな…って。 
  
  
  
 こんな、身勝手で本能のままに生きるような子だけれど、 
そんな自由奔放なところと、何処かで僕を頼ってくれている…(と思う)ところ。 
 そんなところから好きなんだから、全部好きに決まってる。 
 そして、たぶん僕しか知らない無防備な…笑顔。 
 僕にしか見せない笑顔。 
 僕しか出せない笑顔。 
 自惚れもいいところだけれど、それらは全部僕にとっては宝物だったし、 
何に変えても守っていきたいものだと思ってる。 
  
「す〜す〜」 
  
 既に寝息を立て始めた彼女を起こさないよう、僕は釣りを再開した。 
 あいにく、付けていたエサはいつの間にか食べられてしまっていたけれど。 
  
  
  
 太陽が西のほうへと移動し、空が赤みを増している。 
 そろそろ頃合だろう。 
  
「鈴、起きて鈴」 
  
 未だ寝ている彼女を揺り起こす。 
 肩のあたりはよだれでべっとりしてたけれど、リラックスしたその姿を見てると、 
何も言えないどころか、ずっとそのままでいたい、って思うくらいだった。 
 しかし、日が暮れてしまえば、あの家まで戻れない気がした。 
 街灯もほとんど無いような場所だったから、暗がりでは道に迷う可能性が高かったし。 
  
「…ん? もう朝か? …寒っ」 
「そりゃそうか。はい。服もう乾いてるよ」 
「そっか。じゃあ着る」 
  
 夏が近いとは言え、夕方になると山から吹き降ろす風が海岸まで来て、薄着では肌寒いはずで。 
 当然、ほとんど下着一枚の彼女が寒がるのも仕方の無いことだ。 
  
 彼女は、僕の見ている前で服を着直す。 
 僕の見ている前で。 
 見ている…。 
  
 パンツとか見えるんですけど。 
  
 …。 
  
「どうした? 理樹」 
  
 すっかり着替え終わった彼女の声を聴いて、我に返った。 
  
「ううん、何でもないよ」 
「そっか…」 
  
 ぐぅ。 
  
「おなかすいた」 
  
 ぐぅ。 
  
「…だね」 
  
 お腹の音がふたつ。 
  
「帰ろうか」 
「そうだな」 
  
 今から帰って夕飯の支度をすれば、ちょうどいい感じだろう。 
  
 バケツを持ち上げた。 
  
「うっ」 
  
 ずしっ…と来る重み。 
 大漁だった。 
  
 僕が釣ったのはほんの数匹だったけれど、彼女が獲った分がもの凄くて…。 
  
「重いか?」 
「うん…。でも大丈夫だよ」 
  
 僕はそう笑顔で答えたつもり…だったけれど、何故かもの凄く心配そうな顔をされて、 
  
「あたしもいっしょに持ってやろう」 
  
 と、ふたりで一緒にバケツを持つことになった。 
 気がつくと、僕の額には無数の汗が噴き出していた。 
 …情けない。 
 もう少し、真人に付き合って筋肉をつけて置けばよかったなあ、って心から思ってた。 
  
「今日の晩ごはんはなんだ?」 
「そうだねえ…。せっかく鈴が頑張ってくれたんだから、クロダイのお刺身かな?」 
「おお、さしみか。…なんだかささみを思い出すな。 
 ん? ささみ? ささ子? さし美? ざざ美? …なんだったっけ」 
「うーん。鈴の頭に聞いてよ…」 
  
  
  
 そんなどうでもいい話をしながら、あの家へと戻る。 
 それはこれからの日常の、普通の光景になって。 
 当たり前になるんだ。 
  
  
 そう願いつつ、今は新鮮に映る、ふたりで歩く帰り道を楽しんでいた。 
  
  
  
<第1話おわり⇒第2話につづく?> 
  
  
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 ヤンデレSS作家りきおです(待)。今回は、鈴と理樹の田舎暮らしが更に続いていたら、って感じで書いてみましたが、思っていたよりも釣りシーンが長くなってしまい、前半部分だけで終わってしまいました。まあ、本来僕は、こういうほのぼの系が得意な人だと思うので、非常に楽しんで書かせてもらいましたがw  
 ちなみに、オールクリア後ではなく、あくまで鈴シナリオ途中のふたりなんで、甘み成分は抑えてあります。それでも鈴かわいい。 
  
 続きの展開もありますし、田舎暮らしは色々と想像できる部分もありますので、何話か書けるかもしれません。ちなみにこれは、1週間で書いてしまったのですが(汗。 
  
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