「おやすみなさい。あまり夜更かししないのよ? 葉留佳」 
「うんうん、わかってるよ、お姉ちゃん」 
「…僕は?」 
「貴方は大丈夫でしょう? 品行方正だし、そんな子どもみたいなことしないわよね?」 
「僕も夜更かしすることくらいあるけどね…」 
「そう?」 
「まー理樹くんも健全な少年だってことですヨ」 
「夜更かしが健全ってどういう基準?」 
「まーまー。 
  
  
  
「じゃあ、おやすみなさい」 
「おやすみー」 
  
 おやすみの挨拶を交わし、布団へと入る。 
  
  
 くー くー。 
  
 聴こえる可愛らしい寝息。 
 それが…私たちの時間の始まり。 
  
  
  
「理樹くん。お姉ちゃん寝たよ」 
「そう…みたいだね」 
「しよっか」 
  
  
  
  
  
『SWEET & BITTER』 
  
  
  
  
  
 ちゅっ。 
  
「理樹くん…」 
  
 頬に、唇に 
  
「あ…キスマークはつけちゃダメだよ。バレちゃうから」 
「う、うん。わかってるよ。やはは」 
  
 本当は…刻みたい。 
 私のしるしを刻みたい。。 
 だけど、望まないことはしたくないんだ。 
 だから、我慢する。 
  
「じゃあさ、私につけてつけてー」 
「それも一緒だからっ。ダメだからっ」 
「ちぇーっ。まー仕方ないですネ」 
  
 本当は…刻みたいより、刻まれたい。 
 私は彼のものだっていうしるしを刻んで欲しい。 
 だけど、それも望んじゃいけないことなんだ。 
  
 ちゅっ。 
  
 物足りないくらいに、軽いキス。 
 キスされているのに、満たされない気持ちが、私の心のどこかに空洞を作る。 
  
「いいかな? 葉留佳さん」 
「うん。いつでも準備おっけーだよ」 
  
 だからせめて、見えないところに刻んで欲しい。 
 彼のものだっていうしるしを。 
 身体の奥に。 
  
「んっ…うんんっ……」 
  
 彼と一つになれる。 
 彼を自分の深いところで感じられる。 
  
 彼がくれるもの。 
 彼がくれる愛情のしるし。 
 それだけで、満足なんだ。 
 本当にそれだけで。 
  
 今の暮らしで、これ以上の幸せを求めちゃいけないんだ。 
 幸せなんだ。じゅうぶんに。 
  
 じゅうぶんっ…。 
  
  
  
  
「…泣いてるの? 葉留佳さん」 
  
 え? 
 何を言ってるの? 
  
「ごめん。嫌だったのかな」 
「どうして?」 
「だって…辛そうな顔してるから」 
  
 辛そうな顔をしてるの? 
 私が? 
  
「違うよ? 私、すごくうれしいんだよ」 
「そうなの?」 
  
 うれしいんだよ、本当に。 
 理樹くんに…してもらってるだけで。 
 理樹くんから、たくさんもらってるんだから。 
 だから…すごくうれしいんだ。 
 …うれしいんだよ? 
  
「うん…。うれしいんだ」 
  
 そう、伝えた。 
 こころから伝えた。 
  
 なのに、 
  
「無理…しないでね」 
  
 見えてしまう私のこころ。 
 そんなにわかりやすいのかな? 
 無理してるって。 
  
 こころから、うれしいって思っていないことに。 
 つー、と頬に伝うものを感じた。 
  
  
  
「でもねっ。でもね、理樹くん。 
 私、お姉ちゃんと理樹くんと、三人で暮らしてるの、すっごく楽しいんだよ?」 
「うん。そうだよね」 
  
 それは本心から言ったこと。 
 この家での暮らしは本当に楽しくて、毎日毎日が楽しくて、 
朝が来て、また朝が来ることがすごく楽しみになってて。 
 こんな生活が初めてだったから、みんなで笑いあってるこの家の雰囲気が楽しくて、 
  
 壊したくない、って思った。 
  
 潰したくない、って思った。 
 こんなにも居心地の良い場所を。 
  
  
 だから私は、現状維持を願った。 
 求めても叶わないのはわかってるのに。 
 続かないことはわかってるのに。 
  
 だから私は、彼を求めすぎないようにした。 
 彼の愛情を独り占めしないようにしたんだ。 
  
 それだけ。たったそれだけ。 
 それだけのことでしか無いんだ。 
  
  
  
「辛かったら…悲しかったら、僕で泣いていいからね」 
  
 でもね、理樹くん。 
 優しくされると…たぶん私はダメになっちゃうよ? 
  
「葉留佳さんのことが好きだからさ。大切に思ってるから」 
  
 依存しちゃうよ? 
 したらダメだって思って、一度は諦めたのに。 
 あの時、お姉ちゃんを奪還した時、あのキス。 
 アレがあったから…だから理樹くんを求めてしまうんだ。 
 だから、そんなに優しくしてくれたら、また前みたいになっちゃうかもしれない。 
  
 自分の身体を、包み込むように抱きしめられる感触がした。 
 …あったかい。 
  
 このあったかさが…また…わたしを…ダメに…。 
 ダメだね。ぜんぜん成長してないや。やはは…。 
  
  
  
「…るかさん。葉留佳さん」 
「…? ん、理樹くん」 
  
 堕ちかけていた私の意識は、私を呼ぶ声で引き揚げられた。 
 そして…、 
  
「ごめん。そろそろ寝るから…」 
「あ…」 
  
 その言葉を合図に、心地よいぬくもりが離れ…独りぼっちになる感覚に襲われる。 
  
「いいかげん、二木さんも起きちゃうかもしれないからね」 
「う、うん。わかってるよ。やはは」 
  
 それが…私たちの現実。 
  
 私がいて、理樹くんがいて、お姉ちゃんがいる。 
 三人がいる。 
  
 やっと、やっと叶った願いなんだから。 
 理想の生活だもんね。 
  
 ワガママで壊しちゃったらいけないよね? 
 ずっと、ずっと願っていたんだもんね? 
  
 それに…もしお姉ちゃんが、私と理樹くんがこんなことしてるって知ったら…悲しいよね。 
  
 だから…これは秘密。 
 知られちゃいけないコト。 
 絶対に知られちゃいけないんだ。 
  
 だって、表向きは、理樹くんはお姉ちゃんと恋人同士なんだから――。 
  
  
  
「じゃあ…おやすみ、理樹くん」 
「うん。お休み、葉留佳さん」 
  
 だから、この時間だけ。 
 この、眠る直前のこの時間だけ、恋人同士になるんだ。 
 それ以外は…仲の良い同居人。友達。親友。 
 それだけ。 
 それだけなんだ。 
  
 それでも…幸せなんだ。 
 幸せ…なはずなんだ。 
 そう、自分に言い聞かせて…。 
  
  
  
 でも…どうしてかな? 
 こんなにも悲しいのは。 
 こんなにも泣きたいのは。 
  
 どうしてかな? 
 ね? 理樹くん。 
  
 わからないよ。 
 私、バカだから。 
  
 わからないよ。 
 どうすればいいかな? 
  
 ね? 理樹くん――。 
  
  
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 ある日から始まった二人の営み。 
 その音を、声を、ずっと息を潜めて聞いていた。 
  
 声をあげたくなった。 
 叫びたくなった。 
 でも、それを押しとどめて心のうちに仕舞い込んだ。 
  
 妹が、彼とそういう行為をしている。そういう関係なんだ。 
 それはショックだった。 
  
 けれど、もし妹が、それで明るく振舞えているとしたら? 
 今のこの暮らしが上手く行っているのだとしたら? 
  
 言い出せなかった。 
 むしろ、私の胸の内にしまってしまえばいい。 
 それで幸せが維持できるのなら。 
  
  
  
 いつか思い知らされたことがあった。 
 私の、自分自身の力ではどうすることも出来なかった困難。 
  
 私は…どうやって乗り越えようとした? 
 そもそも、乗り越えようとした? 
 …思い出せなかった。 
  
 なら…現状維持でいい。 
 なるようにしかならないのだから。 
  
 でも、私が例え現状維持を願っても、それを壊す存在があったことを、 
薄れ行く意識の中で、おぼろげながらに思い出していた――。 
  
  
<つづく?> 
  
  
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 りきおです。いかがでしたか? 
 場面がイマイチ分かりづらいですが、佳奈多シナリオ後の三人での生活が始まったあたりです。 
 それに加えて、佳奈多を奪還するシーンで、葉留佳とキスをする選択肢を選んでいるシチュだったりします。もし「え? そんなシーンあったっけ?」という方は、佳奈多とのHシーンを回避して、佳奈多シナリオを進めてみてくださいw 
  
 さて内容ですが…やや暗めのものになりましたね。はるちん可愛いなあ…って考えながら書いたんですが、あのシナリオの終わり方だけなら、何かその後は上手く行きそうなんですが、この「キスする」っていう選択肢を選んでしまえば、確実にはるかな姉妹はギクシャクすると思うんですよ。葉留佳とはキスし、佳奈多とはHしていない、って状態でシナリオが終わるので(それでも普通にエンディングを迎える)。なら、こういう話しかないだろう!と思いながら書きました。 
 続きの話は…何も考えてませんが、書けそうではありますよね。葉留佳視点で続けるのか、あるいは佳奈多を主役にした話も入れていくのか。いずれにしても多角的にやりたいネタですね。 
 あと、人気面で完全に佳奈多に圧倒されているはるちんですが、EXでは可愛かったし出来る子になってましたよね? もう少しはるちん好きも増えたらなあ、って思いますがどうでしょう?  
  
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