『もっと最悪の最低な結末へようこそ』 
  
  
 ずっと…ずっと前から知っていた。 
 でも、それを伝えないまま繰り返された、出会い。 
  
 何時しか気づき、気づかないフリをし続け、繰り返してきた。 
  
  
「こんにちは、理樹くん」 
  
  
 その姿をした、本当の人であればあり得ない挨拶。 
 ほのかに香る薄荷のにおい。 
 時々見える細かなしぐさ。 
  
 気づいてしまえば、その人じゃない誰か、なんてことは明らかだった。 
  
 けれど僕は…気づかないフリをした。 
 し続けた。 
  
 そんな視点で見た、見続けた彼女は…滑稽に見えるなんてことは無くて。 
 むしろ…愛しかった。愛しく見えたんだ。 
  
  
「シフォンケーキ焼いてきたんだけど…どうかな?」 
「お弁当作ってきたんだ」 
「今度はジャムをいっぱい持ってきたよ」 
  
 …どんな気持ちで、どんな想いで作ってくれたんだろう? 
 それらを味わうたびに、想いはどんどん強くなっていって…。 
  
 止められなかった。 
 自分の意思では、止められなかった。 
 だから…止めて欲しかった? 
 彼女に? 他の誰かに?? 
  
 そんなことは無い。 
 "ここ"はいつだって二人だけの世界で、他の誰も僕らの関係に気づくことも無い。 
 そして、そんな世界を誰にも邪魔はされたくなかった。 
  
  
  
「最低ね。あなたも、私も」 
  
  
  
 だから…こうなるのは…必然だったのかもしれない。 
  
  
  
「最悪の最低な結末へようこそ」 
  
  
  
 保健室で、お互いが半裸状態で向き合っている。 
 葉留佳さんの格好をした…二木さんと、僕とが。 
  
 この場面に至って、初めて彼女が"そう"であることに気づいたと告げた。 
 そして…決定的な、それていて最低なことを告白した。 
  
  
「本当は…ずっと、前から知ってたんだ」 
「何? 何を?」 
「二木さんが…葉留佳さんのフリをしてたのを」 
「?!」 
  
 驚く彼女。 
 …当然だろう。僕には気づかれていないと思っていたから、 
今の今まで葉留佳さんの格好をして、フリをしてここまで来たのだろうから。 
  
「私だって知ってたの? …そんな馬鹿な真似はやめなさい」 
「何で?」 
「…これ以上、何を得たいって言うの? もう…この世界では何も得られないのに」 
  
 何も得られない? 
 この世界では? 
  
 …どうしてだろう? 
 理解できないようなことを言われてるのに、頭の中では納得している部分があった。 
 でも僕の答えは、彼女の意思に逆らうものだ。 
  
「二木さん…きみ自身だよ」 
「私…自身?」 
  
  
 覆いかぶさるようにしてるものの、一向に僕との距離を縮めようとはしない彼女。 
 触れている手は…まだ震えたままだった。 
  
 僕は、身体を起こし、彼女を、抱きしめた。 
  
 びくっ。 
  
 痙攣するように震える彼女の身体。 
 それを押さえるよう、鎮めるように抱く力を込めた。 
  
「何? 何をしてるの? …やめなさい」 
  
 最後は、低くて凄みのある声だったけれど、説得力はまるで無かった。 
 だって…全く抵抗するそぶりが見えなかったから。 
 ただ、震えは止まらなかった。 
  
 だから僕は………囁いた。 
  
「やめないよ。 
 だって…望んだものはぜんぶ手に入るんでしょ?」 
「!!」 
  
 震えが…止まった。 
 身を委ねてくれた…なんて都合のいい方向じゃないだろう。 
 脱力した、って感じだ。 
  
「ごめん…。 
 でもこれは、僕が望んだ世界だから」 
「望んだ? …こんな世界を?」 
「うん…。 
 二木さんと、二人きりの世界を」 
「……バカじゃないの?」 
  
 いつもの嘲笑。 
 そうやって、断言してくれるのがむしろありがたいくらいの。 
 …でも、真意はそうでもなかった。 
  
 ぽた…ぽた。 
  
 頬に感じる温かい感触。 
 それが彼女から落ちるものだということをすぐに悟った。 
 つまり……泣いてるんだ。二木さんが。 
  
「僕とだけなら、心をさらけ出せるんじゃないかって思ったんだけど」 
「バカ…じゃない、っ。自惚れるのもいい加減に…し…てっ…」 
  
 最後のほうは声になっていなかった。 
  
「この世界で、今回の流れで、どうして私なんかに惹かれてるのよ…っ」 
「だって…やっぱり気になるから。二木さんのこと」 
「…っっ!」 
  
 僕は本当のことを言ったまでだ。 
 だけど彼女の返答は…言葉にならないような、悲痛なものだった。 
  
「何処までもお人よしね…。ほんとバカじゃないの? …最低。最低っ」 
  
 僕に抱きしめられ、大した抵抗もしないまま、そう毒づいた。 
 でも、言葉とは裏腹に、さっきよりも密着度は増していた。 
  
  
  
「あの子は…葉留佳はどうなるの? どう…思ってるの?」 
「今は関係ない」 
「関係…ない?」 
  
 信じられない、といった風に彼女は聞き返した。 
  
「だって…もう救えないはずでしょ?」 
「どうしてっ?!」 
「こんなことしてるんだよ? 僕ら」 
「あ…」 
  
 こんな格好。 
 半裸状態で抱き合っている。 
 見られでもしたら、何も言い訳なんか出来ない。 
  
 …いや。見られる見られないの問題じゃない。 
 現に、こんなことをしてしまっているんだ。 
  
「ここで止めたとしても、もう元通りになんか戻れないと思う」 
「…」 
「それにさっきも言ったけど…これは僕が望んだんだ。 
 二木さん、きみも拒まなかった。違うかな?」 
  
 葉留佳さんへの裏切り行為。 
 言い訳のしようが無い。 
 途中までは、消えてしまいそうな、壊れてしまいそうな葉留佳さんを助けたい一心だったはず。 
 …なのに、いつの間にか惹かれていたんだ。姉である彼女に。 
  
 彼女もまた、行為をエスカレートしていった。 
 それが余計に、僕の中で存在を大きくし、気持ちを膨らませたんだ。 
  
「…ええ。そうよ。 
  
 貴方に惹かれてた。 
 あの子が貴方と接しているように…私もしてみたかった。 
  
 羨ましかった。 
 あの子がやったことなら、貴方は些細なことでも喜んでくれる。 
 私がやっても何も感じてはくれないこと…ううん、むしろ笑われてしまうようなことでも」 
 意外な告白だった。 
 僕に惹かれてた…という部分より、葉留佳さんの立場を羨ましがっていた、という部分が。 
「でも…本当に最低ね。 
 あの子のためとか思っておきながら、自分のことしか考えてない。 
 今だって…そう。 
 あの子に見られたら、一生かかっても関係を修復することすら不可能になるだろうし…。 
  
 いつまでも気づかない貴方を言い訳にして、 
 結局最後には、自分の欲望を優先させた私の神経を疑うわ」 
  
  
 さっきより、抱かれる腕の力が強くなった。 
 もう…戻れないんだ。彼女も、僕も、本当に。 
 悪いのは…お互いさまなんだ。 
 お互い、なんて言うのは都合が良すぎるけど、彼女も結果的には僕と同じ方向で考えていた。 
 それを『両想い』みたいな言葉で表現して、喜んでいいわけなんてなかったけれど。 
  
  
「今は、僕は二木さんしか見てないから」 
「…よく、この場面でそんなことが言えるわね」 
「この場面だから言うんだ。二木さんのことが、キミのことが好きなんだって」 
「…」 
  
 だからはっきり言った。 
 今、好きなのは彼女なんだと。 
 だから、この場所で、こうなることを望んだんだと。 
  
「葉留佳さんの格好をして、色んなもの作ってくれたり、ストレルカと戯れてみたり、 
 そんな無防備な姿を見せてくれるのに惹かれたんだ」 
「馬鹿ね…。馬鹿だわ」 
「ううん。馬鹿なのは僕だよ」 
「そんなのは当然でしょう? まあ…それよりも私のほうがどうかしてるわね…」 
  
 僕を責める…というよりは、自分を責めるような彼女の口調だった。 
  
「こんな…一時の感情に流されるなんて…」 
  
 一時の感情? 
 確かにそうかもしれない。 
  
 だって、元々は葉留佳さんが気になったから…だったのに、いつの間にか逸れてしまった。 でも…、 
  
「一時の感情なんかじゃないよ。 
 ずっと…ずっと惹かれてたんだ」 
  
 そう。 
 彼女が葉留佳さんのフリをしてたと気づいた時から、惹かれ始めてた。 
 だから、一時の感情なんかじゃない、と断言できる。 
  
「直枝理樹…ううん。 
 本当に最低ね。 
 …こんな時、どう呼んでたか、どう呼べばいいのかもわからないなんてね」 
  
 自嘲するような笑い。 
 こんな表情はもう何度も見てる。 
 けれど、こんな笑顔を見たいわけじゃない。 
  
「いいよ、僕の呼び名は何でも。 
 でも…感じて欲しい。僕の想いを」 
「わかってるわ。感じてる…から迷ってる」 
「うん…」 
  
 迷いがあるなら…背中を押してやればいい。 
 迷いの霧を振り払ってあげれば良い。 
  
 僕は、腕の中にいる女の子に、出来るだけ優しく口づけをした。 
  
 さっきみたいな、歯と歯がぶつかる音はしなかった。 
 ただ、粘膜と粘膜が触れ合う、温かく柔らかい感触だけ。 
  
「んぅっ…。 
 やっぱり…上手いのね」 
「何が?」 
「キスに決まってるじゃない…。 
 さっきの私みたいな、無様なキスにならないものね」 
「経験が…生きたんだよ」 
  
 僕は、さっきの彼女との経験を糧にしたって伝えたかったんだけど、 
  
「…そうね。 
 でも、都合の良い経験だけ憶えてるのね。貴方は」 
  
 それは伝わらなかったみたいだ。 
  
 でも、彼女の迷いは消せたんじゃないかと思う。 
  
  
  
「じゃあ、堕ちてみる? …それもいいかもね」 
「うん。二木さんも望んでくれるなら」 
「話がわかるわね。いいわ、堕ちましょう」 
  
  
 僕らは、どちらからともなく互いの身体を貪るように求めあった。 
 何かを刻み込むように。 
 何かを忘れるように。 
 激しく…ただ激しく。 
  
 事が終わるまで、互いに無言のまま…。 
  
  
  
「次に…」 
「?」 
「次に…この場所で出会えるなら…」 
  
 彼女は抱く力を込めた。 
  
「その時は、もっと良いシチュエーションで出会いたいわね」 
「そう…だね」 
  
 それは…願い。 
 叶わないかもしれないけど、叶えたい願い。 
  
「素の私のまま…で。 
 それこそ願っちゃいけないのかもしれないけれど」 
「僕も…出来ればそうしたいな」 
「貴方って人は…。優しいのか、馬鹿なだけなのかわからないわね」 
  
 彼女は、そう口元を少し歪めながら言った。 
  
  
  
  
「また…ね」 
「うん、また」 
  
 次に目覚める時には、もっと彼女を、自然に近くに感じられたらいいな。 
 そう思いながら…。 
  
 果たされることは無いかもしれない約束をして、 
僕らはこの狂った世界での意識を閉じた。 
  
  
<終わり> 
  
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 りきおです。無印版からの人はこんにちは。EXから入った人は初めまして。 
 EXではまだ葉留佳と佳奈多しかクリアしていないのですが、この話は葉留佳シナリオのバッドエンドのとある場面から繋がるようにしてます。 
 そもそもあのバッドエンドは、プレイヤーは佳奈多だとわかってわざとそういう選択肢を選んで、そうなるようにと進めているはずなんで、理樹くんが「わかってて」葉留佳の格好をした佳奈多を楽しんでいた、って話に繋がるんじゃないか?って思って書きました。 
  
 はるかなは良いです。最高です。いくらでも話は浮かんでくる感じですが、EXで更にネタが湧いてくる感じですね。愛すべき双子姉妹ですw 夏コミでは、佳奈多シナリオ後日談でSS本を書きますし、HPでもアップしたいと思います。 
  
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