『秘密』
「はやくぅ〜っ。こっちですよ〜」
『あの出来事』からしばらくの時が経った。
男1人。女2人による奇妙な共同生活は、何事も無いように続いていた。
平和な日々。
舞が『魔物』に立ち向かうことも無く、また、佐祐理さんが舞のことで後ろ指差されることもなくなっていた。
平和な日々。
何事も笑って過ごせる日々。
もう舞が『武器』を持たなくて済む…。
そんな日々。
俺は、思い描いていた『幸せな夢』が形を成して、現実に自分の目の前にあることが、ただただ嬉しかった。
そんな日々が、永遠に続くことを信じながら…。
俺たち3人は、久々に動物園に来ていた。
と言うのも、ここしばらくは俺か佐祐理さんのどちらかがいないことが多かったからである。
その間の舞は、確かに機嫌が悪かったように思える。
端から見ると何ら変わりないように見えるのだが、口数がやたら減ったり、生返事が多くなったり、
機嫌の良い時ならする皿洗いなどの家事を一切やらなくなったからだ。
そこで
「どこに行く?」
と舞に訊ねたら、やっぱりそこは動物園、と言うわけである。
「何か、変わらないよなあ」
抜けるように澄み切った青空を、レジャーシートの上で大の字になって寝転びながら、眺めて俺は言った。
「そうですね。変わらないってことも、なんだかいいですよね」
そう言ったのはもちろん舞…じゃなくて佐祐理さん。
舞は…と言うと、サル山のサル達の戯れを、凝視するかのように見ている。
「俺たちと一緒に住んだら、少しは舞にも女らしさが身に付くかとも思ったんだけどな」
舞は相変わらずである。
今でもやっぱり、たまには腕を「犬さん」にあげているらしい。
見ると白い腕に、くっきりと歯形が残っていることがある。
「そのままでも十分ですよ〜。だって、今のままでも綺麗だし、第一これ以上綺麗になられたら、
佐祐理のこと誰も見てくれなくなるじゃないですか〜」
微笑みながらそう答える。
う〜ん。
いまいちピンと来ないんだよなあ。舞が世間的にはめちゃくちゃ美人だってことが。
まあ、毎日顔を合わしているし、性格や日常を知っているから、そういう感覚が麻痺しているのかもしれないが。
「それに…前よりはずっと、女の子らしくなりましたよ」
俺には、どこがそうなったのかはわからないが、同姓から見るとわかることがあるのだろう、と思った。
確かに舞は、顔もスタイルも文句のつけようが無いのだが。
10歳当時の俺も惚れていたわけだし…。
「佐祐理さんだって、すごくイイと思うけどなあ。俺ならほっとかないところだけどな」
舞を立てるだけ立てておいて、自分を過小評価するのは佐祐理さんの悪い癖だ。
前に聞いた話では、過去に"自分の無力さを痛感したからです"とか言っていたが、
今の彼女は「出来すぎ」な気もする。
「だって、お嫁さんにするんだったら、舞よりも佐祐理さんのほうが絶対いいって」
「ふえ、そうですかあ? そんなことを言ってると、佐祐理は勘違いしてしまいますよ?」
ちょっと恥ずかしがりながら、それでもちょっと嬉しそうに答える。
「そうだって。だって、舞がお嫁さんなら、毎日の献立は牛丼か卵焼きかウインナ―だぜ?
たまらないって」
ぽかっ。
おでこに鈍い衝撃があった。
そっちの方向を見ると、案の定舞がいた。
「納豆ごはんも…」
「え? ああそうか。自分のメニューはそれだけじゃないぞ、って言いたかったんだな?」
こくり。
目を見ると、どうやらもう怒ってはいないらしい。
まあ、メニューのことくらいでチョップするのはどうかと思うが…。
「あははー。祐一さんの好きなものだったら、佐祐理が教えてあげますよぉ」
「料理するより、食べる方がいい…」
ぽかっ。
今度は、舞のおでこに鈍い衝撃が走ったはずだ。
その衝撃の発信源は、俺のこの手にある。
「痛い、祐一」
恨めしそうな目で訴えるその黒髪の女に、俺ははっきりと言ってやった。
「あのな。食べるだけじゃなくて、お前ももう少し台所に立って、
『あなたー。おふろにしますかー? それともごはんにしますかー?』
とか言えないのか?!」
「だって、おなかがすいているからしょうがない」
「素で返すなあ〜!!」
いつものような、俺と舞の漫才のようなやり取り。
俺の発言はユーモアをたっぷりと入れているが、舞はそのままだ。
しかし、それでも佐祐理さんは、
「あははーっ。いつも思いますけど、楽しいですねー。やっぱりお似合いですよ^」
…と言う感じだった。
で、そんな会話?をしていると、
「佐祐理、おなかすいた」
と、舞。
「そうですねえ。じゃあ、お昼にしましょうか、祐一さん」
と、佐祐理さん。
「全くしょうがないやつだなあ」
と、俺。
でも、こんな関係がいつまで続くのだろう、と、たまにだけど感じる事もある。
俺と舞。
舞と佐祐理さん。
佐祐理さんと俺。
同じ屋根の下にいつまでいられるのだろう?
そして、こんな曖昧な関係は、壊れずにいけるのだろうか?
ある日。
たまたま舞がいない時に、俺と佐祐理さんの2人で買い物に行った。
この「舞がいない」というシチュエーションは、実は凄く珍しいことなのだが、
舞は剣道の練習に行っていることがあった。
もちろん「練習」とは形だけで、実戦経験を多く積んでいる舞は、
すぐにその道場の師範代を越える実力を示したようだ。
だから、今では舞が教える側になっていた。
そういう日でも、俺か佐祐理さんのどちらかに用事があることが多かったのだが、
この日は2人とも偶然予定が入らなかった。
「たくさん買っちゃいましたねー」
俺も男である。
両手には膨張した買い物袋。
彼女の手にも袋が一つ。
「やっぱり、俺が色々カゴに入れたからかなあ?」
買い物慣れしていないと、ついつい買いすぎてしまうものである。
おかげで指が痛い。
買い物袋のビニールの取っ手が指の関節に食い込んでくる。
「あははー。今日は、腕によりをかけて作っちゃいますからねー」
…なら、少々痺れようが我慢できそうだ。
家路も半ばに差し掛かるとき、ふと佐祐理さんが口を開いた。
「祐一さんと舞って、高校で逢う前に逢った事があるんですよね?」
その事は…"あの出来事"があった後、佐祐理さんにも話したことがあった。
その時の彼女の反応は「はえー」とか「ふぇー」とかいう感じだったが、
最後に「やっぱり舞と祐一さんって、こうなる運命だったんですよ」と、
ちょっと羨ましそうに言った。
でも、そんな"運命"なら、俺はすごく幸せ者だ。
こうして、かけがえのない二人と出会えたのだから。
「あのぅ、祐一さん?」
おっと。
ついつい妄想の世界に入っていたらしい。幻想か。
「そうだったな。思い出すまでに時間がかかったけどな」
7年前の舞との記憶は、この町に帰ってきて徐々に思い出したものだ。
そんな記憶の障壁を、舞の「力」が為していたとは思えないし、原因はわからなかった。
そうしたら、佐祐理さんが俺の近くに来て、顔を覗き込むようにして、
「じゃあ、その時の舞も祐一さんも、佐祐理は知らないわけですよね?」
と、ちょっと残念そうな口ぶりで言った。
「だってあの時も、木刀を振ったり、夜の学校とか行ったりしてる時、佐祐理はのけ者だったじゃないですかあ」
表情は笑っているが、何となく拗ねたような…そんな感じの顔をしていた。
すかさず俺も、
「それだったら俺も、佐祐理さんと舞の、俺と知り合うまでの関係も知らないけどなあ」
そう反論する。
そう言えばこの2人、2人だけでいたときはどうしていたのだろう?
想像も容易にできるが、その場に参加できなかったのは何か悔しい思いがあった。
「あ、そういえばそうですね。
祐一さんの知らない舞を、佐祐理はちょっとだけ多めに知っているんですよねー」
佐祐理さんを知らない人にはわからないだろうが、さっきとは違い、目を輝かせて言っていた。
「まあ俺も、佐祐理さんの知らない舞を知ってるからな」
佐祐理さんの舞自慢に対抗して、俺もとっておきの引出しを開けた。
「どんな舞ですかぁ?」
やはり佐祐理さんは、舞の秘密とかはすべて知っておきたいらしい。
しかし生粋のコメディアンである俺としては、ここはボケなければならないだろう。
「三択だ」
「ふぇ。三択、ですかぁ?」
あっけに取られたような表情をしていた。
が、俺は意地の悪さを出して質問を続けた。
「一番。実は、舞は人間ではなかった」
「ふぇ。人間じゃなかったら、いったい舞はなんなんですか?」
その質問には答えずに、次の質問に行く。
「二番。実は、舞はキツネだった」
「あれ? それって一番に含まれるんじゃないですか?」
…鋭いところを突く質問は黙殺し、次の質問に行く。
「三番。実は、舞は感じやすい体質だった」
「え? 何が、どう『感じやすい』んですかあ?」
自分で訊いていて恥ずかしい質問には答えず、俺は答えを促した。
「さあ、何番でしょう? 5・4・3…」
「え?え?え? ちょっと待ってくださいよお」
「2・1…」
慌てふためいている佐祐理さんが出した答えは…。
「ふえぇ…じゃあ二番!!」
「二番? …え〜と、何で舞がキツネなんだ?」
「だって、舞がキツネだったら可愛いじゃあないですか」
「えっ?!」
その答えを聞いた俺は、文字通り、キツネにつままれたような顔をしていたはずだ。
「で、答えはなんなんですかあ?」
うさみみの舞も確かに可愛いが、キツネな舞も可愛いだろうなあ…。
「…あのぅ、祐一さん?」
妄想に浸っている俺は、佐祐理さんの呼びかけで現世へと戻ることができた。
「じゃあ二番で」
「はえ、二番って…やっぱり舞はキツネなんですかあ??」
また佐祐理さんには"?"がいくつも飛んでいるような顔をしていたが。
「でも、佐祐理と祐一さんだけの秘密ってないんですよねー」
「あ、そういうことになるか」
そう言えば、俺と佐祐理さんの関係って何なのだろう?
「俺たち2人だけって言うのが、あまり無いシチュエーションだよな」
「こういう買い物とかは、よくあるんですけどねえ」
かなり微妙な関係。
「…じゃあ、佐祐理と祐一さんだけの秘密、作ってみます?」
「えっ? 俺と、佐祐理さんだけの?」
突然の、彼女の申し出。
「舞には秘密の?」
「それじゃあ、誰に秘密なんですかあ」
俺は少しうろたえていた。
俺と佐祐理さんの間には、いつも舞がいたからだった。
その舞に対して秘密を作るなんて…。
佐祐理さんは一体何を考えているのだろうか……。
「だって、『秘密』って、何だかわくわくしません?」
…と言うことらしい。
確かに楽しそうではある。
女の子同士では、そういうお互いだけが知っている秘密を共有することが楽しいとか聞いたことがあった。
まあ、それに「本当に言えないような」秘密で無いのなら。
日常に対する「スパイス」みたいなものだろう。
「そうだな。なかなか楽しそうだよな」
と言うと、彼女は楽しそうに、
「ですよねー。それに、佐祐理と祐一さんにだけ秘密が無いなんて、不公平な気がしません?」
そういうものなんだろうか?
いや、そういうものなんだろう。
でも…。
「で、秘密って、どんな秘密にするんだ?」
秘密といっても、色々な種類があるわけである。
すると、目の前の先輩は思案顔になって、
「何がいいですかぁ?」
ガクッ。
まるでギャグマンガのようなリアクションをとってしまった。
考えてなかったのか。
なんだか、佐祐理さんらしいな、と思った。
「何がいいって…そうだなあ」
俺がそう言うと、佐祐理さんは小悪魔のようないたずらっぽい微笑みをして、
「やっぱり、舞に言えないようなことがいいですか?」
と俺の表情を覗うようにして聞いた。
…。
『舞に言えないようなこと』??
いったい、佐祐理さんは何を考えているのだろうか?
「それって?」
俺が聞き返すと、まるで答えを用意していたかのようにこう言った。
「例えばですねえ…。『舞の』祐一さんを取っちゃうとか」
「えっ? えーっ??!!」
俺は言葉の意味が理解できず?に動転してしまった。
しかし俺のそんな状態を知ってか知らでか、佐祐理さんは続けた。
「例えば、の話ですよー。第一、祐一さんが佐祐理だけを見てくれるとは思わないですし…」
俺はまだうろたえていた。
佐祐理さんが俺を?
佐祐理さんにしては、珍しすぎるくらいに危ない冗談だ。
「冗談きついよー、佐祐理さん。そんなこと言ってると、俺本気で佐祐理さんのことをお嫁さんにするぜ」
すごく恥ずかしいことを言っているような気もしたが、笑えない冗談にはブラックユーモアで返す。
これがコメディアンとしての基本だろう。
でも、本当に佐祐理さんのことを「お嫁さん」にしたら、きっと毎日が楽しいだろうなあ、
と、ありえない夢を想像した。
しかし彼女の口からは、それを遥かに上回る「笑えない冗談」が飛び出した。
「…じゃあ。じゃあ、今だけでも『佐祐理だけの祐一さん』になってくれますか?」
と、いつもの眼差しとは違う、どこか訴えかけるような瞳で俺を見つめていた。
ちょっと様子がおかしかった。
「どうしたんだ? いつもの佐祐理さんらしくないよ」
いつもの佐祐理さんなら、お互いのことになると「あははーっ」って笑って、深くは言及しなかった。
しかし今日は明らかにそういう調子ではなかった。
「…祐一さんは、佐祐理のことをどう思っているんですか?」
彼女はうつむき加減になって、逆に俺に聞いてきた。
「俺が、佐祐理さんのことを?」
こくり。
彼女は頷いた。
どうなんだろうか?
俺と佐祐理さんの関係は極めて曖昧だ。
『川澄舞』という人間無しでは決して交わることも無かったであろう2人だったから。
こうして出会わせてくれた舞の存在やその力に、改めてすごいと思った。
だが、俺は「倉田佐祐理」という、かつては学校の先輩で、今では同居さえしている女(ひと)に、
どんな感情を抱いているのだろうか?
今の俺と佐祐理さんは、舞を介して繋がっているに過ぎないのだから。
親友?
確かに、今一番しっくり来る言い方だろう。
だが俺の中には、そしておそらく佐祐理さんの中にも、「親友」という言葉だけでは言い表せないような、
そんな「何か」があった。
「佐祐理さんは、可愛いし綺麗だし、おまけに何にでもよく気が付いて、それに…。
俺のこともすごく理解してくれている。俺には勿体無いくらいだけど、でも…」
「…でも? 佐祐理はやっぱりダメな女の子ですか?」
「そんなことないっ!!」
俺は、いつものように自分を過小評価する彼女に対して、いきなり声を荒げてしまった。
見ると、身体はこわばり、微かに肩が震えているようにさえ見えた。
「あ…ごめん」
「いいんです。気にしないでください。あはは…」
思っていること。
感じていたこと。
一緒に暮らしてみて、改めて気付いた彼女の魅力……。
「俺は…好きなんだと思う」
言ってしまった。
「…えっ?! 好き?…」
「言うよ。
そりゃあ、舞のことは好きだよ。
でも佐祐理さんには、舞には無い魅力があるじゃないか。
その逆も言えるわけだけど。
俺にはどちらか片方だけなんて選べないよ」
正直な気持ちを言った。
最初は舞に、半分興味本位で惹かれたが、
そのうち、目の前にいるこのお嬢様らしくないお嬢様にも惹かれていった。
こんな近くに、2人もタイプの違う美少女がいれば、
「何も感じない」
ほうがおかしいのではないだろうか?
おまけに、2人とも俺に好意を持ってくれている(と思う)。
佐祐理さんはしばらく黙っていたが、僅かに濡れた目元を拭いながら、
「じゃあ、今だけ、佐祐理だけの祐一さんになってくれますか?」
と、僅かに微笑みながら俺に言った。
俺は、答える代わりにそっと彼女を抱きしめた。
持っていた買い物袋がアスファルトに転がる。
「あっ…」
微かに声が漏れる。
そして俺は、佐祐理さんの唇に、軽く自分の唇を重ねた。
風が頬を撫でる…。
そんなくらいに。
「んっ…」
刹那、それに答えるかのように、くぐもらせた声を発していた。
……
「ごめん」
離れた後、居心地が悪くなって思わず、そんな言葉を漏らしていた。
「そんな…。無理言ったのは佐祐理のほうなんですから。
祐一さんが謝ることなんてないですよ」
と、佐祐理さんは幾分沈んだような声で返してきた。
自分が迫ったことで、俺が渋々やってくれた、とか勘違いしているのかもしれなかった。
「いや、強引過ぎたかなって…。いきなりしちゃったから」
と、かなりマヌケなことを言って、佐祐理さんがしたかもしれない誤解を解こうとした。
「そんなこと…嬉しかったですよ…」
と、佐祐理さんは耳まで真っ赤にしながら言ってくれた。
こっちまで赤面してしまいそうだ。
可愛い。
掛け値無しにそう思った。
と、そんなことを考えていると…。
「ちょっと疲れちゃいました。祐一さん、公園にでも寄りませんか」
そんな佐祐理さんからの提案があった。
俺もあんなことがあったし、適度に疲れてもいたので、
「行こうか」
と言って、公園に向かうことにした。
当然、さっきぶちまけた買い物袋の中身を詰めなおした後に。
公園に着き、ベンチに腰を降ろした。
ベンチに腰掛けた2人は、何らその辺にいるカップルと変わりは無かった。
もしかすると、それ以上に「お似合い」だったかもしれない。
自分のエゴかもしれなかったのだが。
「祐一さん。ちょっとだけ甘えてもいいですか?」
そう佐祐理さんが、上目遣いで聞いてきた。
俺はやっぱり、答える代わりにそっと肩を抱き寄せた。
「…また強引だった?」
と聞くと、
「ううん。リードされているくらいのほうが好きですよ」
と言って、その柔らかな肢体を、より俺に預けるようにしてきた。
しばらくすると、佐祐理さんは語るように話し始めた。
「佐祐理はですね。本当は、舞のことが羨ましかったんです。
舞って、感情表現はすごく不器用なのに、積極的じゃないですか」
確かに、舞は自分の目標に大しては凄く積極的な面があった。
「それに比べると、佐祐理は…臆病でした」
真意を測りかねた俺は、佐祐理さんの独白を聞きつづけた。
「今日の今日までこのことを言い出せなかったのに、
祐一さんにここまで思ってもらえてるなんて、佐祐理は凄い幸せ者ですね」
さっきとは違う、少し安心を含んだ、そんな声。
「俺も贅沢なのかもな。だって、こんな美女2人に必要とされているってことだけで、男って嬉しいもんだし」
「そんなものなのですか?」
寄り添われているその肢体から、ほのかに良いにおいがする。
髪も身体も同じもので洗っているはずなのに…。
これが佐祐理さんのにおいなんだろうな、と思った。
俺は、彼女の髪を撫でながら、一時の綾瀬を過ごした。
帰り道。
話しにくい空気ではあったが、先に彼女の方から声を発した。
「ねえ、祐一さん。どうして、舞は『舞』ってさん付けせずに呼ぶのに、
佐祐理はさん付けするんですかあ?」
いつもの口調で話し掛けてくれた。
俺もその方が話しやすいし、また日常へと戻っていけるような気がした。
「え? だって、舞にはちゃんと、そう呼んでいい、って言われたしなあ」
と言うと、佐祐理さんはこちらをくるりと向いて、
「じゃあ、佐祐理が『いい』って言えば、佐祐理のことも『さゆり』って呼んでくれるんですかあ?」
と言ってきた。
しかし俺は頭の中で想像した。
「佐祐理、ごはんまだ?」
「はい祐一さん。もう出来てますよ」
「あ、でもその前に、佐祐理を食べちゃおうかな」
「うふふ。祐一さんったら♪」
ぐあ。
アホな想像をしてしまった!
しかも、思いっきり偉そうだった。
それに俺は、佐祐理さんのある口調も気になっていたのだ。
「でもそれだったら、俺に対する『ていねい語』も辞めてくれるの?」
前に、できないんです、とか言われたけど、そろそろ解禁されてもいいはずだ。
そんな仲なんだし。
「ふえぇ、それは…、慣れちゃって、元に戻せそうにもないです!」
ががーん。
ショックだった。
と言うことで、俺が佐祐理さんの呼称にさん付けするのも据え置きとなった。
そんな話をしているうちに家に着いた。
門をくぐろうとしたところで、突然佐祐理さんが立ち止まった。
「どうしたんだ? 何か落し物でもしたのか?」
そう言うと、佐祐理さんは少しうつむいて言った。
「ううん、違うんです。ここをくぐると、さっきのこととかも全部『夢の中』とかで
片付けられてしまうのかなあって、ちょっと寂しくなって…」
そんなことを言う彼女に俺は、
「『夢の中』でも、俺も同じ夢を見てるんだし、また一緒に夢見たらいいんじゃないか?」
と本音を言った。
そう言うと、パッと顔を上げて、
「そうですよね。佐祐理と、祐一さんの2人だけの『秘密』ですからねー」
と、微笑みながら言った。
その表情は、もういつもの彼女のものだった。
部屋の前まで来ると、開けてもいないのに扉が開いた。
そこからは、
「遅い。おなかすいた」
と、不機嫌な顔をした舞が出てきた。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
もっとも、舞には何が面白いのかわからなかっただろうが。
そして部屋に入り、また三人の「幸せ」で「奇妙」で、そして「不安定」な生活が始まった。
<少しだけエピローグ>
その後の佐祐理さんは、また「日常の自分」を演じている。
一方の俺や舞も、相変わらずの漫才コンビぶりである。
「秘密」がわかったとき、三人の共同生活はどうなっているのだろうか?
悩みの種が増えるのは、まだ先のようである。
<終わり>
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いかがでしたでしょう?
久々のKanonのSSとなりましたが、雑記などでたびたび紹介させて頂いていたのに、掲載がここまで遅れてしまい申し訳ありませんでしたm(_ _)m
で、この『秘密』ですが、実は僕が初めてSSを書いたときの作品だったりします。
約6年前?
しかも、当時のデジタルデータ(Wordファイル)が見つからず、印刷した本の原稿を書き写しました。
文量も多く(9千字弱)、当時の文章力の低さや不自然な点を改良していたら、どんどん時間が過ぎていったと言う感じですね。
内容ですが、最近のCLANNADのSSから比べると、何を書きたかったのかがイマイチわからないのと、内容が薄い気がしますね。キャラもやや不自然な気がしますし(祐一が)。
それでも、最近のSSには無い丁寧さも覗えるから不思議ですw
しかも、この話には続きがありそうですね(書いてませんがw)。
これで、僕が2000年ごろに書いて本として出していた、KanonのSSのストックは終了です。
感想や批判などありましたら、いつものように、
「SS投票ページ」
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などにお寄せくださいm(_ _)m
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