Episode:鈴&理樹 アレンジSS
『二人の誓い』 第4話
−Side:鈴−
「こんな時…恭介ならどうするんだろうね」
理樹のその言葉に、あたしはあいつの後ろ姿を思い出した。
しょーじき、あんな兄貴を頼もしく思うのはしゃくだ。
でも、あいつがいたら、きっとなんとかしてくれるんだろうな。
いつだって、あいつの後をついてまわっていればたのしいことが待っていた。
辛いことも不安なことも、ひとつもなかった。
でも、あたしだっていつもあいつの後ろをついてまわっていただけじゃない。
猫たちとあそんだり、こまりちゃんたちと過ごすたのしみを自分で見つけた。
…ん?
でもよく考えてみたら、猫たちを拾ってきたのは恭介で、こまりちゃんたちを連れてきたのは理樹だ。
あいつらと仲良くなったのだって、こまりちゃんたちと仲良くなったのだって…全部、はじまりはあたしのものじゃない。
それはなんか…おもしろくないな。胸の奥がぎゅっとする。
「…鈴?」
理樹の声にはっとしたら、そんなつまらない考えはどっかいって、嫌な感じだけが残った。
しゃくだな。あの馬鹿兄貴なんかを少しでも頼もしく思うなんて。
おもしろくない。たのしいことぜんぶ、誰かからもらったものだと感じるなんて。
「さあな。あいつの考えることなんかわかるか」
あたしは布団を頭まで被りながら、ぶっきらぼうに言った。
これが『ぷらいど』とかいうやつなのだろうか?
よくわからんが、とにかく悔しくて嫌な感じだ。
だから早く寝て、そんな気持ちは忘れてしまおう…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次の日も、あたしたちは渡り廊下で猫たちと遊んでいた。
今日が何曜日なのかは分からない。
なんであたしと理樹以外の誰にも会わないのかは分からない。
どうしてここ以外の場所に行こうと思わなかったのかも分からない。
…この世界は、わからんことだらけだ。
でも、それはこの世界があたしと理樹だけの小さな世界だからなんだろう。
自分でもなにを言ってるのかよくわからんが、きっと、そういうことだ。
「ちがう理樹。そこはこーやってなでるんだ」
暇だったのか、めずらしく理樹が猫をなでてやっていた。
でも、そのやり方はまったくぜんぜん下手くそだった。
「…どうだ、分かったか、理樹?」
「うん、こんな感じかな?」
理樹はあたしの見よう見まねで、足下に寄ってきていたテヅカをなで始めた。
うにゃ〜
ごろ〜ん
効果てきめん。テヅカはお腹を見せながら気持ちよさそうにもぞもぞし始めた。
「うわ、少しやり方を変えただけなのに全然違うね」
「当然だ。これもちゅーごくさんぜんねんの歴史のなせる技だ」
「色々とツッコミ所のある発言だね…」
「ん、なにか違ったか? まあとにかく、こいつらとは長いこと遊んできたから、なんでも知ってるってことだ。どうだ、すごいだろ」
「うん。すごいね、鈴」
理樹にほめられるとちょっと嬉しかった。
気分がいいな。
だから次はねこじゃらしの使い方を教えてやることにした。
「焦らすのがコツだぞ」
そんなふうに理樹や猫たちといっしょに遊ぶのはたのしかった。
…でも、ふと思う。
こんな事をしてていいのかって…。
「…どうしたの、鈴?」
理樹の呼びかけに、背中がぴくっとのびた。
「…ん、どうした?」
「いや、僕じゃなくて…鈴の手が急に止まったからどうしたのかなって」
そう言われて手元を見ると、猫たちが動かなくなったねこじゃらしを未練がましく叩いていた。
「なんでもないっ。ちょっと、ぼーっとしてただけだ」
「そうなんだ…」
「あぁ、そうだっ」
ちょっとやけになりながら返事をしてから、あたしはすっくと立ち上がった。
「おまえたち、今度はあっち向いてゴーだ」
その声に、猫たちはあたしに期待の目を向けてきた。
あたしは指を突き出す。
「ん〜」
軽く声を出しながら、指をくるくるとまわす。
それを追いかけて、猫たちの目もくるくるとまわる。
「…えいっ!」
掛け声と共に、あたしは少し離れたところにあった小さな木を指差した。
それを合図に、猫たちは一番乗りで木のてっぺんに登ろうと、いっせいに駆け出した。
でも、指差した木の幹は細かった。
だからあいつら全員がいっぺんに登ることはできない。
猫たちは木の根本で押し合いへし合いして、自分が一番乗りで木のてっぺんに登るんだと騒いでいた。
「なんだか可哀想に見えてきたんだけど」
猫たちの様子を見て、理樹は苦笑いした。
「でも、見てておもしろいぞ」
「まあ、本人達も楽しそうではあるね」
こいつらと遊んでると忘れそうになるけど…たのしいこと、これだけじゃなかった。
こいつらと遊んでると忘れていられるけど…つらいこと、たくさんあった。
「…理樹、あたしはどうやったら強くなれるんだ?」
あたしは理樹の目をとらえて言った。
「強くなるってどういうことなんだ? あたしにはさっぱりわからん」
そして理樹も、あたしと同じように困った顔を見せた。
「僕にとって強くなるっていうことは、ナルコレプシーを克服することだと思う」
弱々しく、理樹はそう言った。
「僕はこことは別の世界で、両親が死んだ後も立ち止まることなく強く生きてみた。でも、そんな僕は恭介に声を掛けられることはなかった。僕は確かに強くなれたけど、リトルバスターズのみんなと出会えないんじゃ意味がないんだ」
そう言って理樹はさみしそうな笑顔をあたしに見せた。
「よくわからんが…それは難しい問題だな」
腕を組みながら少し考えてみる。
「でも、理樹なら大丈夫だ。きっと強くなれる。あたしが保証するぞ」
根拠はない。でも理樹が辛そうだったから。
「ありがと、鈴」
効果があったのか、理樹の表情は少し楽になった。
そして今度は理樹が考え込むような仕草をした。
「…鈴にとって強くなるってことは、鈴が自立することなのかもね」
少ししてから、理樹はそう言った。
「自立? あたしひとりでもやっていけるってことか?」
「うん。きつい言い方だけど、鈴はいつも誰かに頼りがちだからね」
その言葉に、恭介や理樹の背中が頭に浮かんだ。
それに続いて、あたしのもとから離れていくこまりちゃんたちの姿も…。
「…ひとりぼっちは、つらいぞ」
誰もいない世界。あたしひとりだけの世界。
それはきっと、ものすごく寂しくて悲しい世界だ。
「理樹やこまりちゃんたちがいなきゃ、あたしは笑えない。ひとりじゃ、辛いときどうしたらいいのかわからない…」
それは理樹と同じように、あたしが前の世界で出したこたえだった。
「なあ理樹。理樹はひとりぼっちで辛いとき、どうやって乗り越えてきたんだ?」
「ひとりぼっちの時って言われても、僕もなんだかんだでバスターズの誰かといつも一緒にいたからね。本当にひとりぼっちだったのは両親が亡くなった時だけど、そのときは恭介や鈴達のおかげでそのことを忘れていられたから、それは乗り越えたことにはならないよね」
そう言われてみれば、そうだったな。
「そうか、理樹にとってもそれが問題なのか」
「そうだね。強くなるってことが、こんなにも難しいだなんて思わなかったよ」
あたしたちはお手上げ状態になって、うつむくしかなかった。
にゃ〜?
うつむいた先、不思議そうに見上げるコバーンの目と合った。
どうやらあたしたちがほったらかしにしている間に、あっちむいてゴーに飽きて戻ってきたらしい。
他のやつらもわらわらとあたしたちのまわりに戻ってきて、次の遊びをせがもうと、裾を引っ張ったり、足にすりすりしてきた。
「しょうがないやつらだな。じゃあ、次の遊びは…って、いいのが思い付かないな。よし、思い付くまでグルーミングしててやる」
そう言った瞬間、猫たちがあたしに向かっていっせいにたかってきた。
「うわっ、いっぺんにくるな! 順番にだっ、ちゃんと並べ!」
猫たちはにゃあにゃあと相談したあと、あたしの言いつけをまもって順番に並びはじめた。
「…ぐるーみー、ぐるーみー」
口ずさみながらあたまからしっぽまでなでてやる。
櫛はないが、手だけでもじゅうぶん気持ちよさそうだ。
「なあ、理樹」
グルーミングをしてやりながら、理樹に声をかける。
「強くなれたかどうかとか、そーゆうのはあたしにはよくわからんが、理樹はけっこう頼もしくなってると思うぞ」
「そう?」
自覚がないのか、理樹はきょとんとした。
「じゃなきゃ、真人や謙吾が仲間になんかなるか」
「まあ、そうかもね」
恭介がすごく暗くて、真人や謙吾が離れていった世界で、理樹はリトルバスターズを復活させてみせた。
それはきっとすごいことだ。あたしにはできないことだ。
「でも僕一人の力じゃないよ。鈴の協力がなかったら絶対無理だったって」
「そうか? あたしは何もしてないぞ」
ただ、理樹と一緒にたのしいことをしていただけだ。
「そんなことないって。それに猫たちの相手をしてるときの鈴って、お姉さんというかリーダーみたいで頼もしく見えるし」
うれしそうにはしゃぐ猫たちに囲まれているあたしを見ながら、理樹は笑った。
「リーダー? それは理樹やきょーすけのようなことか?」
「僕がリーダーかどうかは置いといて…鈴は立派に猫たちのリーダーとしてみんなをまとめられてるよ。もしかしたら鈴って、実はそういうの得意なんじゃない?」
得意? あたしが?
理樹から視線をはずし、目の前に並ぶ猫たちを見た。
ヒョードルはあたしになでられて気持ちよさそうな顔をしてて、他のやつらもわくわくしながらあたしのグルーミングを待っている。
「全然実感ないな」
「あはは。でも、積極性さえあれば大丈夫なんじゃないかな」
「積極性か…なんか、くるがやにも同じよーなことを言われた気がするな」
あたしがリーダーというのは想像もできん。
でも、理樹の言葉はなんだか少し嬉しかった。
昔は理樹たち以外のやつらと仲良くなることなんか考えたこともなかった。
他には猫たちとあそべればじゅうぶんだった。
でも、今ではこまりちゃんと仲良くなった。
くどはちっこいし、くるがやはからかってくるし、はるかはうっさいし、みおはよくわからんけど…みんないいやつらだ。
みんなといると本当にたのしい。
本当に、たのしかったんだ…。
だからあたしがたどり着かなきゃいけないところは、もっともっと遠くにあるに違いない。
ここで理樹や猫たちとあそんでるだけじゃダメなんだ。
そう思うと、今にも気持ちが折れてしまいそうだった。
こまりちゃん…。
そうやって、今日も強くなる方法が分からないまま、一日が終わった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日の空には昨日見たのと同じ模様の雲があった。
雲は流れていくものだけど、この雲は少しも動いていない。
そんな世界がいつまで続くんだろうか?
あたしたちは行く当てもなく、ただ、あいつらが待ってる渡り廊下に行くだけだった。
「待たせたな」
あたしたちが到着すると、猫たちはさっそく足下に集まってきた。
でも、なんだかいつもと様子が違う気がする。
「よしよし…って、おい」
オードリーはあたしの指先をぺろっとなめて軽くあいさつをすますと、すぐに理樹の足下に行ってしまった。
「気に入られたのかな?」
理樹はあたしに対して気まずそうな顔をしながら、足下に寄ってきたオードリーをなでた。
「うっ、なんかくやしいな…。だが、猫使いへの道は一日にしてならずだ。ちょーしに乗ってると相手にされなくなるからな」
今度はすり寄ってきたヒトラーと指先で遊んでみるものの、やっぱりどこかよそよそしい。
おかしいな、いつものこいつらならもっと積極的なはずなのに。
…。
……。
………ん?
そういえば前にもこんな事があった気がする。思い出せそうで思い出せない。
んー、なんだったかな?
そんな事を考えていると、むこうの茂みの影に、あたしに向けられた視線に気付いた。
ぼさぼさの毛並みと、ところどころにまじる白髪。
開いているのかどうかもよーわからんような細い目。
よれよれで長さもまちまちなひげ…。
そこにはマイケルがいた。
何かを訴えかけるように、静かにじっとあたしのことを見ていた。
そしてあたしは手元に視線を戻した。
「…気がきくな、おまえたち」
そう呟いてから、あたしは理樹を呼んだ。
「あたしの部屋からマタタビを持ってきてくれ、たくさんだ」
「え、マタタビ?」
「ああ。それでこいつらの気を引いておく」
「う、うん…じゃあ、取ってくるよ」
あたしの意図がよくわからなかったのか、理樹はあいまいに頷いて寮の方に走っていった。
「待ってろマイケル。こいつらを片づけてからゆっくり遊んでやるからな」
その言葉が届いたのか、マイケルは安心したような顔をしながら体を丸めた。
「よし、おまえたち。今日は構ってやれないが、そのぶん理樹が帰ってくるまでの間、しっかり遊んでやるからな」
その呼びかけに、さっきまで遠慮がちだった猫たちの目に輝きが戻った。
そしてあたしに向かって我先にと飛びついてくる。
「って、おまえら調子に乗りすぎだっ!」
理樹が帰ってくるまでそう長くはないだろうけど、それまではこいつらと一生懸命遊ぶことにしよう。
− 5話へ続く−
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(ひでやんさんより後書き)
今回は鈴もちゃんと自分なりに考えて何とかしようとしている感じが読みとって貰えれば幸いです。そうは言ってもまだまだ理樹に頼り気味ですが、そこは最終話あたりで改善されることでしょう…多分。
猫の名前がいくつか出てきましたが、特に意味は持たせていないのでお気になさらずに。
マイケルの登場が原作と微妙に食い違うような気もしますが、こちらのほうもお気になさらずに(汗)。
それにしてもひたすら暗いですね、この物語…。(←自分で言うのも何ですが)
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りきおです。
二人きりの世界で、鈴がどのくらい成長するかが個人的には見ものです。
なかなか先は見えませんけど、その分楽しみがあります。
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