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4   ★another SUMMER(15)<作・ひでやんさん>(Air summer編)
更新日時:
2008.10.26 Sun.
another SUMMER(15)
 
 
 
 これは…夢なのか?
 俺はいつかの感覚と同じものを感じながら、現実味の無い霞んだ光景を見ていた。
 体は動かず、声も出せない。
 
 そして目の前には一人の女…。
 
 その女は膝を折り、俺と目線を合わせた。
 
『往人、あなたにこれを預けるわ』
 
 そう言って渡されたのは、小さな、ぼろぼろの人形。
 …似ているなんてものじゃない。これは俺が持っている人形そのものだ。
 
『これから母さんが言うこと、よく聞いてね』
 
 “俺”は頷くと、“母親”の目を真剣に見つめながら、そのひとつひとつを漏らさず聞こうとした。
 だがその内容については、当時の俺には難しくてよく分からなかった。
 
 …よくじん? のろい? かなしい? 
 
 とても大切なことなのに、覚えておかなければいけないことなのに、今直ぐにでも忘れてしまいそうだった。
 
『大丈夫、時が来たらちゃんと思い出はずよ。もっとも、その時は来ないのかもしれないけど…』
 
 そう言って“母親”は一瞬、寂しそうな表情を見せた。
 それが悲しくて、俺は自然と“母親”の頬に手を伸ばした。
 
『…ありがとう。そうね、しっかりしないとね』
 
 “母親”は笑顔を見せると、俺を優しく、しっかりと抱いた。
 
『これから母さんわがまま言うけど、どうか許して』
 
 気のせいだろうか? 俺の首筋を冷たい一筋が伝ったような気がした。
 それから聞いたことはよく覚えていない。
 きっとさっきの話みたいに当時の俺には内容が難し過ぎたんだろう。
 もしくは、忘れてしまいたいような内容だったのか…。
 しばらく続いた話が終わると、“母親”は最後にもう一度俺を強く抱きしめた。
 
『さようなら、往人。元気でね…』
 
 俺の視界と“母親”の温もりが、白い光に霞んでいく。
 それはこの夢の終わりを意味しているのか、それとも俺がいつかこの目で実際に見た光景だったのだろうか?
 そんな考えも、夢の終わりと共にどんどん霞んでいく…
 
 
 
 
 
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 
 
「やっぱり、ちゃんと正面から行った方が良かったんじゃないかな…」
 
 険しい山道を前に、観鈴が愚痴をこぼす。
 
「おまえはそんなにも捕まりたいのかよ?」
「…それに、高野山までの道程で苦労するからこそ…御利益がもたらされるそうです」
「あ、そうなんだ」
「だからって、別に俺達は願い事をしに行くわけじゃないんだからな」
 
 …とはいっても、この苦労が無駄骨に終わるのだけは勘弁だが。
 
「…ところで…高野山には、このまま忍び込むんですか?」
 
 木々の合間から見える空を見上げながら、美凪は俺にそう尋ねた。
 
「いや、夜になるまで待ってからだな。近くに着いたら突入前の休憩を兼ねて時間潰しだ」
「ちゃんと見付かるかな、もうひとりの翼人」
「どうだろうな。そればかりは出たとこ勝負だろうな」
「…居場所については…勘に頼るしかないということですね」
「後は運だな」
「じゃあ大丈夫。わたし達、運はいい方」
「だといいけどな」
 
 そう言いつつ、ここに来るまでの数日間を振り返る。
 観鈴は今まで通り俺達に接しているが、翼人の呪いとやらは俺達の身に起こっていない。
 やはり聖の所での事件は全て偶然でしかなかったのだろうか?
 それとは別に気になるのは、観鈴が俺に出会ってから変な夢を見始めたように、高野山に近づくに連れて今度は俺が夢を見始めたということ。
 それがいつのか記憶なのか、それともただの夢なのかは分からないが、この胸のもやもやだけは晴れるどころか募る一方だ。
 
「しかし、暑いな…」
 
 それを囃し立てるように蝉の合唱。
 森の中とはいえ、真昼の気温は体に辛い。
 行けども行けども代わり映えのない景色が続いていることに気が滅入ってきたが、どことなく感じる圧迫感のようなものだけは高野山に近づくに連れて強くなってきていた。
 こんな空気に触れていれば、信仰心の無い俺でさえもこの山を霊山と崇めてしまいたくなるってもんだ。
 
「あれ? 何か見えない?」
 
 小さな山頂に着いたとき、観鈴が声をあげた。
 
「…ほんとですね」
 
 目を凝らしてみると、向かい側の山にいくつもの寺の塔が小さく見えた。
 
「よし。あと半日も歩けば充分だな」
「あそこが高野山? あんなにもいっぱいお寺があるの?」
「…はい…高野山はたくさんの寺からなっていますから」
「そして、その中心が金剛峰寺ってわけだ」
「金剛峰寺…。じゃあ、あそこにわたし達が探している人がいるのかな」
「…いえ…多分、翼人のように強い力を持つお方は…観鈴さまのように離れに住まわされている可能性が高いと思います」
「そっか。でも変なの。みんなから敬われてるのに、すみっこの方に住んでるなんて」
「ああ、そうだな。その理由も、そいつに会えば分かるのかもな」
 
 そんな話をしながら進んでいると、不意に、観鈴が立ち止まった。
 
「…どうかしましたか?」
 
 声を掛けた美凪をよそに、観鈴は目には見えない何かに怯えているようだった。
 
「どうした?」
「なんだか、良くないことが起きる気がする…」
 
 当たることなんて無いいつもの観鈴の勘だと切り捨てたいところだが…それがただの勘でないことを本能的に感じ取る。
 
「静かにしろ」
 俺は二人を静止させると、辺りに気を遣った。
 
 …
 ……
 
 気のせいだろうか、木々の向こうから規則的な雑音が聞こえて来る気がするのは?
 
 …ざっ…
 …ざっ…ざっ
 
「まずい、こっちに来るっ。足音を立てずに歩けっ」
 
 俺は二人だけに聞こえるよう小さく叫ぶと、二人の手を引っ張った。
 下手に動くのは危険だが、隠れられそうな場所もないこんなところに留まっていては鉢合わせになるだけだ。
 
「誰か来るの?」
「ああ。しかも悪いことに、おそらく武装してる」
 
 あの足音の重さと規則正しさ。あれは間違いなく兵二人分の足音だ。
 …ただ、何かおかしい。
 俺達はまだ高野山の領内にすら入っていない。
 勇猛で名高いとは言え、高野山の僧兵が修行を放り出して闇雲に巡回してるわけなんかない。
 それなのに兵がいるって事は…
 
「誰かいるのかっ!」
 
 湿気を帯びた木々の向こう、さっきまで俺達がいたところから野太い男の声が発せられる。
 そして次の瞬間には、木々の間から甲冑をまとった兵の姿が。
 
「走るぞ!」
 
 俺だけならともかく、観鈴に美凪。
 いずれ追いつかれるのは目に見えているが、俺達は先を急ぐように斜面を駆け下りた。
 最悪、さっきの怒声でこの辺りにいる他の兵達も俺達の存在に気付いたかもしれない。
 
「おまえらはこのまま走れ。俺がやつらを捲く」
「えっ?!…でもっ」
「いいから走れ!」
 
 躊躇いながらも走り去る二人を余所に、俺は近くの木の枝に飛び乗った。
 二人の姿が木々の合間に消える直前、それを追って二人の兵が姿を現す。
 
「待て、そこの女どもっ!」
 
 ねらい通り、やつらは自分たちが追跡している相手が木々の合間に見える女二人だけだと思い込んでいるようだ。
 そいつらが俺の真下を通り過ぎるまでじっと息を潜める。
 
 …いち…にの…さんっ!
 
 先行する兵が通過した瞬間、俺は後行する兵の背中目掛けて飛んだ。
 落下の勢いも加わり、上段に振った刀が高唸りを響かせ大気を切り裂く。
 
「うがっ…?!」
 
 肩口から背中にかけての一閃をもろに受け、兵は自分の身に何が起きたのかさえ知る間もなく卒倒した。
 
「なっ、貴様?!」
 
 仲間の悲鳴に慌てて振り向くものの、不意を突かれたやつに反撃の猶予などない。
 俺は着地の際に溜めた勢いをそのままバネにし、残る兵に飛びかかる。
 
「っせい!」
 
 銀色の軌跡が吸い込まれるように首筋に叩き込まれると、残る兵は声をあげることも無く倒れた。
 その姿を見届け、俺は刀を鞘に収めた。
 
 かんっ…
 
「?!」
 
 軽い音と共に、手元に違和感。
 見れば、刀の握り方が逆になっているせいで、刀の反りが鞘のそれと合わずにつっかえていた。
 
「まったく…こんな時にも関わらず、なにあいつらの言いつけを守ってるんだろうな」
 
 さっきまでの緊張が解けた拍子に、苦笑が漏れる。
 まあいいさ。今はとにかく先行する二人に合流しないとな。
 直ぐに後を追いかけると、慎重に辺りの気配を伺いながら進んでいたのか、二人とは思ったより早く合流できた。
 
「あっ、往人どの、大丈夫?!」
「ああ。あのくらいどうってことない」
「…先程の追っ手は?」
「しばらくの間、寝てもらった」
 
 その返事に、美凪はほんの少しだけ複雑な表情を見せた。
 …本当にこいつ、勘だけはいいな。自分で言ったくせに気にしやがって。
 
「こうなったらもう引き返せない。何も考えずに高野山まで走るぞ」
「えっ? でも、さっきの兵は高野山の人じゃないの?」
「できれば俺もそう思いたいけどな…あの装備、おそらく社殿を襲った奴らの一味だ」
 
 その言葉に、観鈴の血の気が一瞬引いた。
 
「…その兵達が…何故ここに?」
「さあな。だが、観鈴の予感が当たっちまったって事だけは確かだな」
 
 やつらのねらいが観鈴だってことは、今までのことから既に分かってる。
 だがあの様子から察するに、今のあいつらの目的は別にある。
 俺達とここで出くわしたのはきっと偶然に過ぎない。
 …じゃあ、何故やつらがここに?
 観鈴、高野山、そしてあいつらの間にある共通項。それは…
 
 びゅんっ!
 
 大気を無理矢理引き裂く嫌な唸りが、俺達に迫る。
 
「ちっ、今度は弓兵か!」
 
 こんな無防備な姿をさらしていては、俺達の命は十秒と保たないだろう。
 だが、今はこの地形が幸いした。
 この木の密度では、弓の能力は十分に発揮できないだろう。
 
「きゃっ!」
 
 そんな環境もお構いなく、木々の合間をかいくぐってきた一本の矢が観鈴の足元に突き刺さる。
 驚きのあまり姿勢を崩し倒れそうになる観鈴を、美凪がすかさず抱き留めた。
 
「…大丈夫ですか?」
「う、うん…ありがと」
「…さあ、早く」
 
 足首をひねってないのを確認すると、美凪はまだ足元の覚束ない観鈴の手を引っ張って走った。
 
「場所が良かったとは言え、俺達の不利に変わりないか」
 
 舌を打ちつつも、とにかく森を走る。
 観鈴と美凪を先頭に、俺がしんがりを務めた。
 いつどこから来るか分からない襲撃に警戒しつつも、さっきから頭の中に引っかかっていることに思考を傾ける。
 今の状況を例えるなら、俺達がやつらに囲まれているというより、俺達がやつらのいるところに飛び込んでしまったといった感じか…。
 なら、まさかやつらも俺達と同じように高野山に忍び込もうとしているのか?
 観鈴が行方不明な今なら、次は高野山にいる翼人を拉致しようとするのも無理な発想じゃないか?
 
「…往人さまっ」
 
 美凪の声に促され左前方を見ると、4人の兵がいた。
 
「見つけたぞ! 何者かっ!」
 
 丁度向こうも俺達に気付いたらしく、進行方向を急変させた。
 多勢に無勢。俺はともかく、正攻法では二人を守り抜けない。
 強引だが、ここは正面突破で蹴散らすしかない!
 
「美凪っ、観鈴を頼む!」
 
 後ろに下がるよう合図を送りながら、俺は兵達のど真ん中に突進した。
 
「抜かせんっ!」
 
 迎え撃つように俺の両翼から二人の兵が斬りかかってくる。
 タイミングを測り、俺は咄嗟に膝の力を抜いた。
 そして俺の上体が不自然な速度で沈む。
 やつらの視界から不意に俺の姿が消え、次の瞬間には向かい合った仲間と目が合う。
 
「!」
 
 このまま突進すれば仲間同士で差し違えるのではないか?! そんな一瞬の錯覚にやつらの動きが鈍る。
 その隙に俺は二人の間を転がり抜け、次の瞬間には相手の背後を取った。
 
「ふっ、度胸が足りないぜ!」
 
 決め台詞と共に右翼の兵の側頭部に素早く打ち込み、返す刀で残りの兵の脇腹に叩き込む。
 二人の兵は卒倒し、最初の衝突は一瞬にして決着がついた。
 
「っ、こいつ!」
 
 目の前で起こった電光石火の展開に、残る二人に焦りが広がる。
 …これなら行けるっ!
 
 きいんっ!
 
 太刀が打ち合う高い音が森に木霊する。
 つばぜり合いなら負ける気はしないが、相手が二人となれば悠長に競り合っている場合じゃない。
 交えた刀をすぐさまはじくと、俺は後ろに飛んだ。
 
「貴様、寺の者か?!」
 
 じりじりと間合いを詰めながら、兵の一人が俺に聞く。
 
「相手に尋ねるときは、まず自分からって教わらなかったか?」
「ふざけろっ!」
 
 その挑発に乗り、一人がはじけるような勢いで地を蹴る。
 俺は刀を振るう代わりに、地面から顔を覗かせていた太い枝を思いっきり踏みつけた。
 奴の足元から、踏みつけた枝の一端が落ち葉を舞い上げながら勢いよく宙に姿を現す。
 
「っ?!」
 
 突然現れたその枝に気を取られ、兵は思わずそれに向けて刀を振った。
 俺を捉えるはずだった切っ先は、鈍い音を立てて枝に食い込む。
 奴の刀が使い物にならなくなっている隙に、俺は駆け抜けざまに一撃を浴びせた。
 
 よし、残るはあと一人!
 
「調子に乗るなっ!」
 
 そんな俺の奇策を読んでいたかのように、最後の一人は俺が太刀を構え直す前に上段から切り込んできた。
 
「ちっ!」
 
 回避の間も無く、相手の一撃を刀で受け止め何とか耐える。
 相手も俺に反撃の猶予を与えまいと畳みかけようとする。
 …だが、それも二撃までだ!
 続く打ち込みを刀で流し、相手の姿勢を崩す。
 
 かいぃぃーん!
 
 競り合う白刃の向こうに、苦渋の表情を浮かべる敵の顔が見えた。
 今度は逆にこちらが二撃で決めさせてもらう!
 息を吐くと同時に、競り合いを止め一歩引く。
 止められるのは承知の上、それでも受け止めた刀と共に相手が吹っ飛ぶほどの力を込め、渾身の一撃を放つ。
 
 がっ…
 
 刀同士がぶつかり合った瞬間、聞き慣れない鈍い音と共に手元にかかった重みが急に消えた。
 
 ぱきんっ!
 
「なっ?!」
 
 俺は咄嗟に飛び退く。
 くそ、冗談じゃない! こんな時に刀が折れるなんて!
 愛刀を恨んでいる暇もなく、咄嗟に周囲の状況を確認。
 幸いにも、ついさっき倒した奴の刀が足下に転がっていた。
 迷ってる暇はない。俺はすぐさまそれに手を伸ばす。
 
 だが…
 
「せいぜい、自分の運を恨むんだなっ!」
 
 伸ばす手は、迫り来る相手の殺気に間に合わないっ!
 
 これまでかっ?! そう思った瞬間、敵の顔面に勢いよく何かがぶつかった。
 そして俺を仕留めるはずだったその切っ先はぶれ、必殺の軌道から逸れる。
 俺はその一撃を転がりながらかわすと、起きあがりざまに刀を拾い上げた。
 
「せやぁあっ!」
 
 体勢を立て直すのもそこそこに、すぐさま反撃。
 だがその一撃は相手の急所まで届かず、右腕の肉を切り裂いただけだった。
 
「ぐあっ!」
 
 骨にまで至る致命傷にはならなかったものの、その傷から鮮血が飛び散る。
 …ちっ、幸か不幸か、刀を返すのを忘れてたぜ!
 敵が痛みに怯んでいる間に体勢を整え、今度こそとどめの一閃を放った。
 
「が…っ…」
 
 …無論、峰打ちだ。
 荒れた息を整えながら最後の一人が気絶したのを見届けると、俺は足元に転がっていた“それ”を拾った。
 
「…間に合って…よかったです」
「馬鹿。ちゃんと大人しく隠れてろ」
 
 強がりを言いながらも美凪に振り返ると、命の恩人となったお手玉を投げ返した。
 
「往人どの、怪我はない?」
「ああ、こいつのおかげで助かった」
 
 だが、無事を喜び合っている暇はない。
 
「囲まれる前に、とにかく進むぞ」
 
 そして俺達は後戻りの出来ない道をひたすら駆けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 突入を前に、俺達は最後の小休憩を取っていた。
 日が落ち、蝉の声も絶えて久しいが、あの戦闘の後、やつらと出くわすことはなかった。
 それもそうか。ここから先は高野山の領内になるんだからな。
 
「ったく、突入する前に心構えくらいさせて欲しいもんだ…」
 
 そう愚痴っても、退路を失った俺達には進むしか選択肢がない。
 
「…先程の一味も…ここにいる翼人を狙っているのでしょうか?」
「多分な。ただ、高野山の僧兵も強者だからな。そう簡単にはいかないだろう」
「へぇー、頼もしい人達だね」
「あのなぁ…その頼もしいやつらとやりあうことになるかもしれないんだぞ?」
「あ、そっか…」
「…ですが…のんびりしている暇もない、というわけですね」
「ああ。やつらが俺達に追いつくのも、やつらが翼人を拉致するのも時間の問題だろうな」
 
 今話していることは全て俺達の想像でしかないが、自分たちの置かれている状況について何も考えないよりは気分的にマシだった。
 …ただ、観鈴だけは先程の戦いの後から口数が減っていた。
 
「なあ、観鈴」
「ん、何?」
「もしかして、おまえ、気にしてるのか? さっきのこと」
 
 戦の恐怖ではなく、俺の刀が折れたことを。
 
「…うん、ちょっとだけ…にはは」
「馬鹿、ただの偶然に決まってるだろ」
 
 そう言って観鈴の髪をかき回した。
 
「が、がお…」
 
 そう言う俺もただの偶然ではないと本能的に感じていたが、今はこいつを不安にさせるわけにはいかない。
 
「往人どのが戦ってるのを見てたら…わたし、凄く怖かった。もし往人どのに何かあったらって思うと、胸がぎゅっとした…」
 
 胸元で握られた観鈴の手は小さく震えていた。
 
「別にあれくらい、社殿に来る前なら普通のことだ。おまえは自分の心配をしてればいいんだよ」
「うん…」
「…ですが…この先、くれぐれも無理はしないで下さい」
 
 …そうだな、今は自分一人の命じゃないんだったな。
 今の俺はもう、二人の気遣いを煩わしく思うこともない。
 それよりももっと、二人がくれる温かさの方が純粋に嬉しかった。
 目を瞑れば俺達の記憶を振り返ることが出来そうだったが…それは死に際のやつがやることだなと思い苦笑した。
 
「ねえ、往人どの…」
 
 …そろそろ、頃合いだな。
 
「よし、行くぞ」
 
 観鈴の言葉を遮るように、俺は歩き始めた。
 
「う、うん…」
 
 躊躇いつつも、観鈴は頷いた。
 できるなら、観鈴の口からそのことについては口にして欲しくない。
 俺もつくづくお人好しになったもんだ。
 今では言い出しっぺの二人よりもそれにこだわっているんだからな。
 
「……」
 
 美凪もやはり何か言いたそうにしていたが、最後には無言でしっかりと頷いた。
 
 …この先に待つものが何であれ、それは俺達にとっての終着点になりそうだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 領内に入った途端、森の印象が先程までと変わった。
 辺りは苔むした杉が増え、そこかしこに漂っている湿気は鳥肌を立たせる程の威圧感を与えていた。
 感覚が研ぎ澄まされているせいなのか、森床を照らしている微かな月明かりさえもやけに明るく感じる。
 
「往人どの、こっち」
 
 観鈴は先程から何かの匂いをかぎ付けるかのように、俺達の行く先を示していた。
 
「おまえ、翼人のいるところが分かるのか?」
「分からない…でも、そんな気がする。わたしと似た感覚」
 
 観鈴のそれとは別だろうが、俺の胸騒ぎもその進路が正解であると言わんばかりに徐々に強くなっていた。
 その勘に従って進んでいると、俺達の行く手、森の影にうっすらと3人の大男が見えた。
 しかし、時既に遅かった。
 そいつらは俺達を待ちかまえていたかのように、気配もなくそこから俺達を睨み付けていた。
 あの頭巾姿、間違いなく高野山の僧兵だ。
 
「易々と結界を乗り越えてくるとは…貴様ら何者だ?」
「結界、だと?」
 
 侵入しておいてなんだが、そんなものを破った覚えは全くない。
 その言葉を受け、俺達を値踏みするかのように射る視線。
 ただ突っ立ってるだけでも、今までの兵達とは威圧感が全く違う…。
 
「あの…わたしたち、ここに翼人がいるって聞いて…」
 
 叱られた子供のように、おずおずと観鈴が口を開く。
 
「…なるほど。微かだが、あの方と同じ気配がするな」
「っ?!」
 
 その言葉に、俺は刀を構える。
 
「待って、往人どの!」
 
 だが、俺の腕は観鈴に押さえられた。
 こいつは戦いにならないよう、ぎりぎりまで説得するつもりらしい。
 
「ここにいる翼人の方に聞きたいことがあるんです。だから、ここを通して下さい」
「ならば尚更聞けぬ話だな」
 
 僧兵は静かにそう告げると、薙刀をすっと構えた。
 
「あの方に貴様等を合わせるわけにいかん。命が惜しくば大人しく引き返すか、我等に投降するがいい」
「そんな…」
「下がってろ、観鈴。ここからは俺の仕事だ」
 
 二人を背に庇うと、俺は目の僧兵を睨みつけた。
 自分たちの出る幕ではないと理解した二人が下がり、俺とやつらの視線が交差した瞬間…緊張がはじけた!
 巨体に似合わぬ速さで先鋒の一人が迫り来る。
 その一撃を俺は快音と共に受け止めた。
 相手は薙刀を使っているため、この間合いではまだ防戦に徹するしかない。
 
「馬鹿め、白刃を向けずして我等を倒すつもりか!」
 
 構えた太刀は逆刃。
 例え危機的状況であっても、これだけは最後まで譲れない。
 
「その甘さ、後悔するが良い!」
 
 繰り出される鋭い突きを、体をひねって回避。
 立ち位置を何度も変えつつ、木々の合間を駆け抜けながら攻防を繰り広げる。
 薙刀に不利な地形にも関わらず、その切っ先は俺を捉えんと自在に迫ってきた。
 
「くっ…いつまでもおまえに構ってる暇はないんだよ!」
 
 渾身の突きをすんでの所でかわし、相手の懐に飛び込む。
 
「もらった!」
「くっ…!」
 
 どすっ!
 
 直後、鈍い音がした。
 …が、首筋をねらったはずの刃は、僧兵の左腕に遮られていた。
 
「なっ?!」
 
 こいつ、俺が逆刃なのをいいことに腕で受け止めやがった!
 
「言ったはずだ、手加減などして勝てると思うな!」
 
 僧兵は俺が怯んでいる隙に薙刀を捨てると、即座に脇差しを抜いて斬りかかってきた。
 俺はそれを咄嗟に受け止めると、一旦間合いを開けるために後ろに飛び退いた。
 致命傷ではないとはいえ、あの一撃を食らってこんな動きができるなんてどんな神経してやがるんだ?!
 
「卑怯だが、加勢させてもらうぞ!」
 
 俺を確実に仕留めようと、今度は二人がかりで迫ってくる。
 つばぜり合いに持ち込んで、その隙に薙刀で仕留めようってわけか?!
 戦の勘に従うまま、俺も負けじと僧兵に向かって突進する。
 迫る刃。それを受け流し、次いで打ち込まれてくる薙刀さえもあしらう。
 
「なめるなっ!」
 
 薙刀をあしらった勢いをそのまま活かし、俺は手負いの僧兵に素早く斬りかかった。
 だが、その一撃はまたしても左腕を盾にして止められた。
 そして僧兵はそのまま俺に向かって突進。
 
「ぐわっ!」
 
 体が浮き、軽く二回転ぐらいしながら地面を転がる。
 鈍い痛みに構うことなく、俺はすぐさま身をよじった。
 案の定、際程まで俺が伸びていたところにきっちりと薙刀が振り下ろされた。
 
「ちっ、しぶとい奴め」
 
 切っ先に付いた泥を振り払いながら、僧兵は忌々しそうに俺を睨んだ。
 
「はっ、それはおまえらの方だろ」
 
 状況は明らかに不利。
 せめて、白刃を向けることさえ出来れば…。
 
「往人どのっ! わたし達との約束はもう守らなくていいからっ! だからっ…」
「うるさい、外野は黙ってろっ!」
 
 観鈴のおかげで、あやうく返しかけた柄に再び力が込もる。
 
「茶番はここまでだ。我等二人でこいつを抑える。おまえは女どもを捕まえろ」
 
 その指示に従い、今まで後ろに待機していた僧兵が動いた。
 くそっ、こいつら二人に構ってる暇はない。
 力強く地面を蹴り、俺は正面の二人に再び突進した。
 
「何度やっても同じ事よ!」
 
 …それはどうかな?
 俺の峰打ちを利用した防御優先の戦いでは、どうしても攻撃に甘さが残る。
 ならば、それを利用し…
 
 びゅん!
 
 上段から振り下ろされた太刀を体をひねって避ける。
 俺の攻撃を誘うための甘い太刀筋など相手にするまでもない。
 …そう、俺の狙いは最初から薙刀野郎の方だ!
 
「くっ、こしゃくな!」
 
 裏を掻かれた僧兵に焦りの表情が浮かぶ。
 にも関わらず、相手は俺の一撃を薙刀で器用に受け流す。
 だがそれも計算の内だ。
 そのまま懐に飛び込むと、俺の刀を防ごうと咄嗟に出したその腕目掛けて蹴りをお見舞いしてやった。
 刀とは比べものにならない重い一撃に、僧兵は後ろに吹き飛ぶ。
 その間に、俺の後ろからもう一人が迫る。
 …普通なら、この一撃はかわせない。
 だが、峰打ちとはいえ左腕に2度も俺の太刀を受けていてはろくに力が入るはずもない。
 右手だけで振り抜かれる刀の若干の遅れが命取りだ。
 俺は振り返りざまにその一閃を薙ぎ払うと、返す刀で相手の横っ腹に叩き込んだ。
 
「ば、馬鹿…な…」
 
 どしゃり、と音を立て、遂に僧兵の一人が倒れた。
 
「観鈴、美凪っ!」
 
 残る僧兵にも構わず、俺は二人の元へと駆けた。
 間に合うかっ…?!
 
「動くなっ、貴様!」
 
 …だが、既に遅かった。
 打ち逃した僧兵は、観鈴を守ろうと立ちはだかった美凪を人質にしていた。
 
「女を傷つけたくはない。卑怯は承知の上だが、大人しく投降しろ」
 
 そう言って、掴んでいた美凪の腕をひねり上げる。
 
「…っ!」
 
 美凪の顔に苦悶が浮かび、必至に食いしばっていた口から思わず悲鳴が漏れる。
 
「止めてっ!」
 
 そう叫ぶも、恐怖のために観鈴の足は動かなかった。
 だがどちらにせよ、動けば美凪の安全は保証されない。
 
「くっ…そんな手を使ってたんじゃ、仏さまとやらに見放されちまうぜ?」
「はっ、それで結構。我等が仏を守護できるのであれば、恐れることなど何もない」
「ったく…つくづく信仰心の厚いこった」
 
 既に背後からは先程の僧兵に薙刀を突きつけられている。
 どう足掻いたって、完全な詰めだ…。
 それを悟り、俺は刀を投げた。
 かしゃん、と虚しい音が響く。
 その光景を、観鈴と美凪は呆然と眺めた。
 
「うむ。その潔さ、敵ながら敬意を表してやろう」
 
 そう言って僧兵は美凪を開放した。
 
「美凪っ」
 
 倒れ込みそうになった美凪を、観鈴が駆け寄って抱き留めた。
 
「…本当に…申し訳、ありません…」
「いいからっ、美凪のせいじゃないからっ…」
 
 不安に押しつぶされそうになりながらも、観鈴は美凪を強く抱いた。
 
「さあ、大人しく付いてこい」
 
 明け切らぬ闇の中、俺達は不本意なかたちで高野山へと迎え入れられるのだった…。
 
 
 
 
                    −16話に続く−
 
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〜ひでやんさんよりあとがき〜
 
 珍しく勢いだけで書きました。おかげで文章量も展開も当初の予定から大分ずれてしまいましたが…。
 観鈴&美凪というお荷物(笑)のため、一瞬で決着が付くような戦術の方が自然かなと思って書いたのですが…個人的にはもっと競り合う剣劇を書いてみたかったです。
 語彙力が足らないこともあり、テンポ良く自然に読んで頂けたかと言うことだけが不安です(汗)。
 
 
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 りきおです。
 戦闘シーンは結構な迫力で、僕には真似できないなあ、と感心しながら読みましたw 話も動いてきているんで、結末はどうなるんだろうか?って思いながら楽しみにしていたりしますw
 
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