トントン。 
いつものように、春原の部屋でくつろいでいると、ノックの音が聞こえた。 
「ん…、誰? 何のよう?」 
その音に反応した春原が、ドアの向こうに問いかける。 
「あたしだけど、岡崎いる?」 
「ああ。だから安心して入ってきていいぞ」 
「それはどういう意味なんですかねぇ」 
ガチャリ。 
春原の愚問と同時に、美佐枝さんがドアを開ける。 
何故か左手にはお盆が見えた。 
「えっ、なんでお盆なんて持ってんの? 僕とお茶したくなったとか?」 
「身の毛がよだつようなこと言わないでね」 
「なら、どうして?」 
「ん、岡崎は夕飯、まだかなって」 
「ああ、まだだけど」 
「そ。そりゃ良かった。余り物だけどいらない?」 
ありがたい申し出だった。が、先日のラグビー部とのやり取りを思い出す。 
「こないだ傘を貸してもらったけど、あのあとラグビー部がやきもち焼いきて困ったんだよな」 
「はぁ〜、本当にしゃーないやつらだわ…。で、岡崎はそれが鬱陶しいから、この料理はいらないと。じゃあね」 
踵を返し、お盆を持ったまま部屋を出ようとする。 
「ちょっと、待った。誰も要らないなんて言ってないだろ」 
「冗談よ…。あいつらのことを考えてたら、頭が痛くなってきただけ」 
「あの、痴話喧嘩は他でやってもらえませんか」 
「ああ〜ん」 
「ひぃっ」 
「お前が、外に出ればいいだけだろ」 
「ははは。そうだよねっ。何で気がつかなかったんだろ。ごゆっくり」 
バタン。 
「…まったく。あんたたちの相手をしてたら痴話喧嘩ができるような相手をつくる余裕なんかないっての」 
春原が去ったドアをにらんで言う。 
「彼氏がいないなんて、美佐枝さん、美人なのにもったいないな」 
「…そう思うなら、せめて春原だけでも調教してくれない?」 
ラグビー部員全員よりも春原一人を調教する方が遥かに難しいような気がするのだが…。 
「考えとくよ…。そんなのことより、お盆」 
「えっ? ああ、はい。食べ終わったらお皿、返しにきてね」 
そう告げて美佐枝さんは部屋を去り、俺は春原がいない静かな部屋でいつもより豪華な夕食をとった。 
  
  
  
トントン。 
ノックをすると、はぁいと中で返事。 
「なぁに?」 
少しして、美佐枝さんがドアを開ける。 
「あら、岡崎。早かったわね」 
「ん、腹が減ってたからな」 
「はぁ〜、おいしかったからって言葉は出てこないもんかねぇ」 
「いや、うまかったけど?」 
「無理して言わなくてもいいわよ。料理上手くないのは自分でも分かってるし」 
「そうなのか? コンビニ弁当や学食に比べたら、ずっとおいしいと思ったんだけどな」 
「…前から思ってたんだけど、あんたの家って…。あっ、やっぱいいわ」 
何を訊こうとしたのかは分かってしまったが、興味本位で訊こうとしないのは好感を持った。 
もっとも、相談事として話せば聞いてくれるのかもしれなかったのだが…。 
それよりも、気になったことを訊いておくか。 
「あのさ、もしかして今日は初めから俺に渡すつもりで余分に作ってくれてたとか?」 
「えっ、なんで?」 
「俺がコンビニ弁当ばっか食べているのを前々から気にしていたという風な話し振りだったから」 
「まぁ、あんたの食生活のことが気になってたのは確かだけどね…」 
「なんか気になる言い方だな」 
「はぁ〜、ばらしちゃうと格好悪いから言わないでおいたのに…。 
ラグビー部のやつらが泊まりで県大会に行ってたのを忘れれて、いつもどおりの分量で作っちゃったのよ」 
「ふ〜ん…。でも、そのおかげで俺はただで上手い飯食えたんだから、その失敗に感謝しないとな」 
「なによ。また食べたいの?」 
「食べたいことは食べたいけどな」 
「けど、なによ?」 
「寮生じゃない俺は、そこまでしてもらう義理はないと思ったんだよ」 
「無遠慮そうに見えて、結構、そういうの気にするのね」 
「美佐枝さんが、巻き込まれ型の世話焼きで苦労しているのを知っているからかもな」 
「自覚はあるんだけど、それが私の性分だからどうしようもないのかもね…。 
はぁ…、作ったげてもいいわよ。気が向いたときだけになると思うけど」 
「えっ、本当にいいのか?」 
「一人分増えても分ける量を調節するだけで岡崎の分は確保できるから、あんま手間は変わんないし。 
それに食生活が乱れているあんたをほっといて倒れられたりしたら、目覚めが悪いじゃない」 
こうやって、美佐枝さんはどんどんと自分の仕事を増やしてしまうんだろうなと思った。 
でも、それを承知の上で作ると言った美佐枝さんの厚意を無下にするわけにもいかない。 
「それじゃあ、頼むよ。でも、本当に気が向いたときだけでいいからな」 
そう付け加えたのは遠慮からだけではなく、ラグビー部にバレたときのことを考えたからでもあった。 
「了解…。ほんと、寮生達も岡崎の10分の1でも慎ましかったらいいんだけどね…」 
今日会ってから何回目になるのかも分からくなったため息を吐く美佐枝さんを背に、春原の部屋に戻った。 
  
  
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<作者・永空さんのコメント> 
  
このSSも朋也の食事問題を考えてて、書こうと思ったSSです(朋也が1年の頃の話)。 
美佐枝さんの世話焼きだけど、積極的に世話を焼くわけでもない性格や、 
朋也の無遠慮そうに見えて遠慮深いところもある性格を再現しつつ、話を進めるのが大変でした。 
あと、美佐枝さんの口調も、美佐枝さんらしい口調というのは確かにあるんですけど、 
他のキャラほど型にはまったしゃべり方をしていない(気がした)ので、美佐枝さんらしさを出すのが大変でした。 
  
反省点は、美佐枝さんと朋也の会話を再現するのが精一杯で、話としての面白さがあまり出せなかったことでしょうかね。 
あと、もっと場面展開する話も書けるようになりたいですね。 
  
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 りきお@管理人です〜。 
 永空さんから、ダブルで頂きましたw 
 こちらのSSは、密かに美佐枝さんの中で朋也株が上昇している様が上手く描けていて、すごくお気に入りですw 
 美佐枝さんSSって見ないですからねえ。これだけ自然に動かせているのは凄い!と思いましたw 
  
 タイトルは、こちらで勝手につけさせていただきましたm(_ _)m 
  
 感想・批評(?)などあれば、「掲示板」にお寄せくださいとのことです。 
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