ふたつの家族(1) 〜早苗パンと謎ジャム〜<作・ひでやんさん> 
  
1つのテーブルを、古河家と水瀬家のみんなで囲んでいる。 
わたしの家にこんなにも人が集まったのは初めてだと思う。 
「んじゃ、第1回古河家&水瀬家合コンを始めるとするか」 
いつものように機嫌良く言うお父さん。 
「合コンじゃないだろ、オッサン」 
お父さんの冗談にすかさずつっこむ朋也くん。 
「けっ、せっかく若い男女が揃ってるってのにシケたこというんじゃねぇ、小僧」 
「あら、わたしはもうおばさんですよ」 
そう言って、微笑みながら頬に手を当てる秋子さんは、年齢より遙かに若く見える。 
「料理が冷めてしまうので、そろそろ頂きましょうか」 
お客さんが多いからだろうか、いつもより楽しそうな笑顔を浮かべるお母さん。 
私たちが囲むテーブルの上には、お母さんと秋子さんが作った豪華な料理が所狭しと並んでいる。 
  
事の発端は、1週間程前。 
創立者祭を終えて、春も半ばを過ぎたという頃。 
わたしのクラスに転校生が来た。 
名前は、水瀬名雪さん。 
わたしは友達作りが上手じゃないけど、隣の席になった名雪ちゃんとは直ぐに仲良くなった。 
もちろん、最初に声をかけてきたのは名雪ちゃんの方からだけど。 
「わたしのことは名雪でいいよ」 
「では、わたしのことは渚と呼んでください」 
だからわたしは朋也くんの時のように名雪ちゃんをわたしの家に呼んだりもした。 
もちろんお母さんは名雪ちゃんを歓迎してくれたし、お父さんに至っては名雪ちゃんに向かって「ウチの娘になれ」なんて言ったりもしていた。 
そんなこともあって、逆にわたしが名雪ちゃんの家に呼ばれることもあった。 
「おじゃまします」 
「いらっしゃい、渚ちゃん」 
お母さんの秋子さんは優しくて料理が上手。 
名雪ちゃんと秋子さんはずっと二人で暮らしていたらしいけど、今はいとこの相沢祐一くんも事情により一緒に住んでいる。 
名雪ちゃんは恥ずかしがってあまり話してくれないけど、相沢くんとは恋人同士らしい。 
「そういう渚ちゃんだって、岡崎くんと一緒に住んでるんだよね?」 
「あっ、そうでした」 
名雪ちゃんと相沢くんとの関係を聞いていたら反撃を受けてしまい、わたしまで照れてしまう。 
料理が上手で実際の年齢よりも若く見える母親に、同居している恋人。 
何となく、わたしと名雪ちゃんの境遇は似ていると思った。 
  
そして、いつの間にか秋子さんと顔なじみになっていたお母さんは、わたしの家へ名雪ちゃん達を呼ぶ約束を秋子さんとしていた。 
お互い、賑やかなのが好きということもあったのだろう。 
そういう経緯で、テーブルの上に所狭しと並んでいる豪華な料理を、わたしたちは囲んで座っている。 
「早苗さんは料理がお上手ですね」 
「そういう秋子さんの料理もおいしいですよ」 
お母さんはいつもより張り切って料理を作っていたみたいだけど、それに負けないぐらいおいしい料理を作る秋子さんは凄いと思う。 
わたしと名雪ちゃんも料理を手伝ったんだけど、名雪ちゃんも料理が上手だった。わたしと同じように、いつも秋子さんの料理の手伝いをしているみたい。 
どの料理もおいしくて食べきれないほどあったけど、朋也くんたち男性陣が頑張って残さず食べきった。 
でも、ちょっと苦しそうな様子。 
張り切りすぎたせいか、さすがに量が多かったかな。 
  
みんなが食べ終わって一段落した頃。 
「実は今日のとっておきがまだ残っているんです」 
そう言ってお母さんと秋子さんが台所から持ってきた物は、ジャムパンのように見えた。 
ジャムパンのように見えた、というのはお母さんが普通のパンを作ることはまず無いからだ。 
「早苗よ…いつの間に焼いてたんだ」 
お父さんが冷や汗をかいているけど、その理由はよく分かる。朋也くんも少し固まっているし。 
「えっと…そのパンに使ってるジャムはお母さんの?」 
「そうよ、とっておきのジャムよ」 
嬉しそうに答える秋子さんとは裏腹に、なぜか名雪ちゃんも相沢くんも固まっている。 
ジャムがどうかしたのだろうか。 
それに、とっておきのジャムって何のことだろう? 
「後は頼んだぞ、名雪」 
「わっ、ダメだよ祐一。今回は我慢するしかないよ…」 
立ち上がろうとする相沢くんを名雪ちゃんが引き留め、小さい声で何か話している。 
名雪ちゃんたちはお母さんのパンの味のことを知らないはずなのに、一体どうしたんだろう? 
「渚、今回ばかりは逃げるわけにはいかなさそうだな」 
「えへへ…」 
あっ、わたしたちも名雪ちゃんたちと同じようなことを話してる。 
「すまんな、みんな」 
申し訳なさそうに水瀬家の人たちに向かって謝るお父さん。 
「秋生さん、どうして謝っているんですか?」 
「早苗、好きだ」 
「ありがとうございます」 
いつもの手で場をごまかすお父さん。 
「渚ちゃん、岡崎くん。ごめんね」 
「?」 
どうして名雪ちゃんまで謝るんだろう。 
「まさか…」 
朋也くんは何かに気付いたみたいだけど、わたしにはよく分からない。 
笑顔の2人が見守る中、わたしたち5人はそのジャムパンを沈黙と共に口にした。 
ぱくっ…。 
  
ここはどこだろう? 
さっきまでみんなと一緒に夕食を食べていたような気がするんだけれど。 
あっ、だんごたちがお花畑で遊んでいる。 
わたしも仲間に入れてもらおう。 
「だんご、だんご」 
だんご大家族の歌を口ずさみながら、足取り軽くだんご達に駆け寄るわたし。 
あれ、わたしの体ってこんなにも軽かったかな? 
  
「おい、渚、しっかりしろ」 
「あれ?朋也くんです」 
わたしの肩を揺らし、お母さんたちには聞こえないように小声で話してきた朋也くん。 
さっき見たお花畑のだんごたちは何だったのだろう? 
まさか、あれが世に言う…。 
ぼかっ。 
「…痛い」 
テーブルの向かいでは、相沢くんに頭を叩かれ目を覚ます名雪ちゃん。 
「大丈夫か、渚」 
「えっと…嬉しくて悲しくて恥ずかしくて楽しくて…とても複雑な気持ちですっ」 
何なんだろう、この、口と頭の中に残る感覚は。 
朋也くんの顔色も少し悪いようだし。 
いつもお母さんのパンを食べる羽目になっているお父さんでさえ、何かを必死に堪えるような顔をしている。 
このパンは、いつものお母さんのパンとは違うような気がする。 
「おいしいですね、早苗さん」 
そんなわたしたちとは違って、ジャムパンを食べた後でも笑顔のままの秋子さん。 
どうやら秋子さんは平気らしい。 
「はいっ。みなさん感動のあまり食べてからしばらく動きが止まっていましたし、頑張った甲斐がありましたね」 
それは違うと思うよ、お母さん。 
  
次の日、学校で名雪ちゃんたちと昨日のことについて話をした。 
お母さんのパンも秋子さんのジャムも凄いものであるということがお互いによく分かった。 
「他の物はおいしく作れるのに、どうして二人とも特定の物に関してはあんな風になるんだろうな」 
相沢くんの言葉にそろって頷くわたしたち。 
料理が上手なのに、特定のものだけ凄い味になるのはお母さんぐらいしかいないと思っていたので、本当にびっくりした。 
「しかし、あの二人の味覚は大丈夫なのか?」 
「えへへ…」 
朋也くんの言葉に力無く笑うことしかできないわたしと名雪ちゃん。 
本当に、私たちの境遇って似ていると思う…。 
  
  
  
〜おまけ〜 
「早苗よ」 
「何ですか、秋生さん」 
「おまえも遂に、味覚や食感のみならず、精神にまで訴えてくるパンを作るようになったな…」 
「そうですかっ。ありがとうございます」 
「…」 
笑顔の早苗。 
早苗に隠れてため息を漏らす秋生。 
このとき秋生はまだ、秋子が作る謎ジャムの存在を知らなかった…。 
  
  
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 久々にSSを頂きました。 
 初SSとのことですが、かなり上手く書けていると思います! 思わず笑ってしまいましたw 
 この後はシリアスな展開になるとのことなので、僕自身もどうなるか楽しみですね。 
  
 ひでやんさんからは、全4話を頂いていますw 数日に分けて掲載していきたいと思ってます。次回もお楽しみに! 
  
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