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頂きモノSSの部屋
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27   ★another SUMMER(1)<作・ひでやんさん>(Air summer編)
更新日時:
2006.10.25 Wed.
another SUMMER(1)」
 
彼らは掴もうとした。
飛べない翼に、精一杯の力を込めて。
その翼を、羽ばたかせて。
 
 
                    <正暦5年 夏>
 
 俺は今日着任してきたばかりの、この広い社殿の庭を歩いていた。
 今までの功績が上役に認められ、俺は勅命により衛門府からここに派遣されてきた。
 役職は『大志』。つまり警護の指揮を執る立場だ。
 その『大志』様も、今日この社殿に着いたばかりとあってはどこに何があるのか、様子などさっぱり分からない。
 かと言って、ろくに知らないままでいたのでは後で皆の笑い物になるだけだ。
 そういうわけで、俺は散歩がてらに屋敷を見て回っていた。
 着任してきたばかりなので、どうせ仕事もなく暇で仕方がないのも事実だが…。
 しかし、これだけ社殿が広いとなると、流石に調べておかなければならないことがたくさんある。
 門の位置、板塀や庭の様子、建物の外観、見張りの位置など、数えればきりがない。
 …しかし、呑気な場所だ。
 つい最近まで、この俺が戦の最前線に立っていたことなどまるで嘘のようだ。
 あの血の臭いや何かが焼けたような臭いは、ここでは思い出すことさえ難しく感じられる。
 木々の影からはセミの声がし、遠くからは鳥たちのさえずりが聞こえる。
 敷地内を流れる小川のせせらぎは心地よく、見上げた空はどこまでも青い世界が続いている。
 それにしても熱くなってきたな。
 よく考えてみれば、季節は夏の盛りに向かおうというところ。
 目の前にちょうどいい木陰があったので、俺はそこで一休みすることにした。
 きつい日差しと慣れない環境に少し疲れたのか、背中の辺りが少し重たく感じられる。
 そう思い、一つ伸びをしてみた。
 その仕草に、こんな呑気な場所は俺には合わないのではないかという思いが少しずつ湧いてきていた。
 常に死が付きまとうものの、起伏のある日々の方が俺には性に合っている。
 ただの慣れからそう思うだけなのかもしれないが、やはりこの環境は俺には向いていない。
「ふう…」
 俺はそんな心境にため息を吐いた。
 直後、上から気配がした。
「!?」
 とっさに上を向いた俺の視界を何かが覆った。
 どさっ!
 俺は不覚にも木の上から落ちてきた物の下敷きになった。
 幸いにも腰を軽く打っただけで済んだようだが。
「が、がお…」
 俺の上に落ちてきた物が声を上げた。
「あ、あれ? 思ったほど痛くない」
 どうやら落ちてきたのは人間だったようだ。
「それはお前が俺を下敷きにして落ちてきたからだ」
「あっ、なるほど」
「…感心している暇があったら早くどいてくれ」
 そう言われ、俺の上に乗っかっていた奴はそそくさとどいた。
 体が軽くなり、俺も立ち上がって服に付いた汚れをはたき落とした。
「…で、お前は木の上で何をしていたんだ?」
 不機嫌な声で、木の上から落ちてきた奴にそう聞いた。
 目の前に立つ少女はこの場所に仕える女官に似合わず、やけに簡略な服装だった。
 いや、『簡略』と言うのには少し語弊がある。
 本来なら重ね着すべき表着が明らかに足りていないのだ。
 だが、装束の質から考えて、低い身分の者というわけでもなさそうだ。
「わたし、木に登ってたの」
 さっき自分が落ちてきた木のてっぺんを指さしながら、少女は明るく答えた。
「今までで一番高いところまで登れたの。観鈴ちん、すごい」
 少女がやたらと上機嫌だった理由がその口から語られた。
「それで、その木のてっぺんから落ちてきた訳か?」
「そう、大正解」
「大正解じゃなーい!」
 俺はいらだちに耐えきれずに叫んでいた。
「人を下敷きにしたんだぞ、少しは謝罪の気持ちを示してみろ!」
「わっわっ、落ち着いて」
「落ち着けるかっ!」
「観鈴ちん、絶体絶命!」
 ん、そういえばさっきからこいつ『観鈴』という名を口にしてるいるな?
 俺が今回の命で守護し仕えることになっている翼人の名が確か『観鈴』だったはず。
「おい、さっきお前『観鈴』と言う名を口にしたな」
「うん、観鈴はわたしの名」
 そう言いながら自分を指さす少女
「そうか…って何っ!」
 目の前の少女にはどう考えても『翼人』という印象には当てはまらない。
 翼人と言えば、人を正しき道へと導く者だ。
 その人並はずれた知識と神から与えられたという神秘的な能力により、翼人はこれまでに何度も人々を救ってきたと言い伝えられている。
 そのため古より翼人は人々から敬い崇められ、その存在は陛下にこそ及ばないものの、豪族などの権力者とは別格として扱われている。
 それが、だ。
 この少女に唯一当てはまる翼人らしいところと言えば『不老』という言葉だけだが、目の前の少女に対してはその言葉さえも『お子様』という表現に落ちぶれてしまうのは気のせいだろうか?
「本当にお前の名は観鈴なのか?」
「うん、そうだよ」
 少女は自信ありげにそう言ったが、やっぱり信じられない。
 とりあえず俺は少女の背中を触ってみた。
 …予想通り、翼などそこにはなかった。
「わっ、何するの?」
 俺がもそもそと背中を触っていたのだから、少女は当然困惑していた。
「嘘をつけ。お前の背中には翼なんてないじゃないか」
「そんなこと言われても…」
 ほら見ろ、言い返せずに焦っているじゃないか。
 さて、そろそろこいつの無礼ぶりにも耐えられなくなってきた。
 どうしてやろうかと俺が考えていると…
「…観鈴さま」
「うおっ!」
 突然後ろから聞こえてきた声に、俺はつい声を上げた。
 気配なんて一つもなかったぞ!
 腰に帯びていた長太刀の柄に手を置き、俺はとっさに振り返った。
 …そこには一人の少女が立っていた。
「…あら、どちら様で?」
 その少女は小首を傾げながら俺に向かってそう言った。
 気配がしなかったのでどんな奴かと思いきや、目の前の相手からはふわふわとした感じしか漂ってこない。
 少なくとも、警戒しなければならない雰囲気ではない。
 俺は落ち着きを取り戻し、刀に添えていた手を放した。
「俺は正八位衛門大志、往人。観鈴殿の守護を仰せつかって今日ここに着任してきた者だ」
「…お勤めご苦労様です。わたしの名は美凪と申します」
 美凪と名乗った女官はぺこりと丁寧に頭を下げた。
「そういえば、さっきお前が観鈴と呼んでいたのはこいつか?」
 俺はさっきからずっと突っ立っているもう一人の少女を指さして聞いた。
「…偽物?」
 美凪は頬に手を当て不思議なものを見るような目でもう一人の少女に尋ねた。
「わたし、本物」
 答える少女は少し涙目だった。
「…だそうです、衛門さま」
「…疑って悪かったな、観鈴」
 俺が使える相手だとはつゆ知らず、さっきまでいい加減な対応しかしていなかったことを今更改めるのも癪だったので、俺は観鈴の名を呼び捨てにした。
「…ところで」
 この美凪という少女はいつも間を一つずらして喋る癖があるようだ。
「…お二人は逢い引きなさっていたのですか?」
 ずるっ!
 突然の奇抜な質問に、俺は思わずひっくり返りそうになった。
「わっ、美凪、違うよ!」
 観鈴も顔を赤くし、手を振りながら必死に否定していた。
「…そう?」
「ああ、そうだ」
この美凪という少女は間だけではなく、思考も一つずれているようだ。
「…では、何故ここに?」
「木に登っていたらしいぞ。おかげで俺は下敷きにされたけどな」
 俺は観鈴に対して嫌みを込めてそう言った。
 観鈴の顔を盗み見てみると、案の定、ばつが悪るそうな表情をしていた。
「…残念」
 しかし美凪は、観鈴に対する俺の嫌みに気付くことなく、何故か肩を落とした。
「何が?」
 言葉の意味を測りきれず聞いた観鈴の顔を、美凪はうらやましそうな表情で見た。
「…お誘い下されば、わたしも一緒に登りましたのに」
 …こいつら、絶対におかしい。
 心の逃げ場を求めて、俺は天を仰いだ。
 ここは俺がいるべき場所じゃない。
 確かにこいつらと一緒にいれば、いろんな意味で刺激に満ちた日々を送れることは間違いなさそうだが、こんな質のものはただの気疲れにしかならない。
 やっぱり俺には戦が似合う。
 今度こそ本当に、そう思う。
 既に俺の心はここにはなく、澄み切った青空の彼方へと羽ばたいていた。
 自分が居るべき場所を目指して…
「…どの、往人どの!」
「うおっ!」
 耳元で名前を叫ばれ、俺は一歩引いた。
「人の耳元で叫ぶな!」
 残念ながら、俺の心はやはりここにあった。
 …ああ、俺はあの空の彼方へと飛び立つことは出来なかったのか。
 耳の奥で鳴り響く音とも痛みとも分からない感覚に、俺はそう思った。
「だって、さっきから何回呼んでも反応しないんだもん」
「悪かったな。で、何だ?」
 さっきからずっと機嫌が悪いため、俺はぶっきらぼうに聞いた。
 観鈴に対する俺の言葉遣いは既に主従関係を無視したものになっていたが、それがどうした?
「往人どのも一緒に木に登る?」
 嬉しそうに俺を誘う観鈴の後ろでは、美凪が重ね着している衣のうちの何枚かを脱ごうとしているところだった。
「…いそいそ」
 どうやら身軽になって木に登るつもりらしい。
 なるほど、それで木の上から落ちてきた観鈴の服装が変に簡略だったわけだ。
「勝手にやっててくれ」
 そう言い残し、俺は二人に背を向けた。
 気が滅入っている俺をよそに、風に揺れる葉音や流れゆく水音、そして少女達の声すべてが、この青空の下に生き生きと響いていた。
                    −2話へ続く−
 

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