another SUMMER (3) 
  
「交代の時間だ。ご苦労だったな」 
「では、お先に失礼いたします」 
 俺は眠たそうな様子の衛士と代わり、夜の立番の任に就いた。 
 立番が眠たそうにしていてはその仕事振りを疑わずにはいられないが、どうやらこの社殿に勤めている衛士のほとんどはきちんとした訓練を受けていないようだった。 
 俺自身、大志として十分な経験と知識があるわけではないので人のことを馬鹿にしてはいられないのだが。 
 虫の声に耳を傾けながら、俺は昼からずっと頭に引っかかっている言葉を思い返した。 
『わたしと遊んでくれるのは、往人どのと美凪だけだよ』 
 本当にあいつには美凪以外に親しい仲の者がいないのだろうか? 
 俺が接する限り、人なつっこく誰もが好ましく感じるような性格をしているようにしか思えない。 
『…往人さまは観鈴さまを翼人だと思いながらいつも接していますか?』 
 翼人という言葉。 
 その言葉に、俺はここに来てからずっと違和感を覚えていた。 
 噂に名高い翼人としての印象が観鈴にないからということだけではない。 
 この社殿にいる衛士や女官全員が、観鈴に対して妙に距離を置いて過ごしているように感じられるからだ。 
 その態度は翼人に対する尊敬の念から来るものではないのは俺の目から見ても明らかだった。 
「なあ」 
 そんな疑問を晴らすため、俺は隣に立つ相方の衛士に声を掛けた。 
「お前は翼人というものをどう考えている?」 
 そう問われた衛士の表情は明らかに驚いていた。 
 まあ、突然こんなことを聞かれれば無理もないのだが。 
「強要はせぬし、他言もせぬ。思うままに話してくれ」 
 その言葉に、衛士は肩の力を抜いたようだった。 
「衛門さまは翼人の災いをご存じですか?」 
「災い?」 
 俺のそんな声に、衛士は少しまずいことを告げてしまったというような表情を見せた。 
 知らないなら知らないままの方がいい。そんな雰囲気だった。 
 しかし一度湧いた興味は抑えることができなかったので、俺は衛士に話を進めるように合図した。 
「はい。翼人が住まうところの周囲では、時が経つに連れて災いの色が強くなると言う噂です」 
「何なんだ、その災いっていうのは?」 
「私も噂にしか聞いたことがないのですが、側に仕える女官が突然病に倒れたり、衛士が寝泊りする小屋で原因不明の出火が起きたりしたことがあるそうです」 
「そんな馬鹿な。翼人は人々に幸と恵みを与える存在ではないか?」 
「確かにその言い伝えは本当のようです。ですが、かつて翼人が人に思いを寄せた時から、翼人はその心に悪鬼を宿すようになったという言い伝えも影で流れているのです」 
 恐らく、この社殿に勤めている連中のほとんどがこの翼人の影の噂を知っているのだろう。 
 そしてその先入観が観鈴に対する態度として現れているのだろう。 
 触らぬ神にたたりなし、といった雰囲気がこの社殿に漂っていたのだということを今になって理解できた。 
 今思えば俺は翼人について、そして観鈴について何も知ってはいなかったんだ。 
  
  
************ 
  
  
 今日もまた俺は観鈴の部屋に連行された。 
 しかし噂を聞いた後だったからだろうか、いつもより観鈴の事を意識してしまう。 
 そんな様子の俺に気付いたのかどうか、観鈴は『神経衰弱』をしようと提案してきた。 
 その『神経衰弱』というのは裏返しにして床に並べた札を2枚めくり、その札が対になっているものだったらその札が自分ものになり、床に置いた札がなくなった時点で一番多く札を取ったものが勝ちになると言うものだった。 
 正直なところ『婆抜き』には少し飽きていたので、この新しい札遊びは俺の気分転換にもなった。 
 ただ、どうしても納得できないのは『神経衰弱』の結果だ。 
 結果は美凪の大勝利。 
 いや、俺と観鈴は勝利の「し」に字さえ辿り着くことはできなかったのだ。 
 なぜなら、美凪は一度めくった札をほぼ完璧に覚えていたからだ。 
 最初こそはその驚異的な記憶力に観鈴と一緒になって感心していたのだが、惨敗を重ねていくにつれてさすがにその能力に黙って感心していられる気分ではなくなってきた。 
 ついには俺と観鈴は一度に4枚の札をめくれるという特別規則を設けたのだが、それでも美凪を1位の座から引きずり下ろすことは一度としてできなかった。 
 その信じられない結果を目の前にし、本当は観鈴じゃなくて美凪の方が翼人じゃないのかとさえ思えてくる。 
 まあ、こいつが人間でないのは色々な意味で間違っていないのだが…。 
 こんな結果だったからさすがの観鈴も気を悪くしたのか、いつもより早く俺達を開放してくれた。 
 今日も相変わらず日差しのきつい廊下を歩きながら、周りに俺と美凪以外誰もいないのを確認し、俺は今日ずっと美凪に確かめてみたかったことを聞いてみることにした。 
「なあ、美凪。お前は翼人の周囲で災いが起きるという噂を知っているか?」 
「…はい、知っていますが?」 
 美凪にとっても当然の噂だったようで、そんな俺の唐突な質問の意図を計りかねているようだった。 
「なら、どうしてお前は他の奴らのように観鈴を避けようとはしないんだ?」 
「…」 
 美凪は俺から視線をはずしてしばらく質問の答えを探した後、再び俺の目を見て言った。 
「…それは、観鈴さまといるのが楽しいからです」 
 その声はとても澄んでいて、言葉に嘘や迷いが含まれている感じはまったくしなかった。 
「…それに、噂は噂ですから」 
 そして最後にはっきりとそう一言加えた。 
「そうか」 
「…はい」 
 暫しの沈黙。 
「…往人さまはどうなのですか?」 
「何が?」 
「…往人さまは…どうして噂を知った後も観鈴さまを避けようとはしないのですか?」 
 美凪が優しく尋ねてきた。 
 その表情には俺を試そうとしている意地悪そうなものが感じられた。 
「それは…」 
 そして美凪の思惑通りに言葉に詰まる俺。 
 正直なところ、噂を聞いた後に観鈴に対する見方が変わらなかったわけじゃない。 
 ただその変化は俺が観鈴を避けようという思いにまで至らなかったというだけのこと。 
 美凪ではないが、所詮噂は噂でしかなく信じるに値しない。  
 俺はそう思い込もうとしていた。 
 でも、分かっている。 
 そんな理由は今の俺の気持ちを的確に表現したものではないことを。 
 そして、今の俺は自分の気持ちを表す言葉を持っていないことを。 
「…俺はまだあいつが翼人だなんて信じちゃいないからな」 
 まとまらない考えの中、俺はそう答えてはぐらかした。 
「…あっ、逃げた」 
「逃げてない」 
 そう言い残し、俺は再び廊下を歩き始めた。 
  
  
 俺は見回りと称して夜の立番をさぼり、屋敷の周りを歩いていた。 
 茂みでは夜の虫達が涼しげな声で鳴いていて、日中の蒸し暑さが今では嘘のようだ。 
 俺は夜空を仰いだ。 
 妖しささえも感じさせる月明かりは、ここが現実であるという実感を薄れてさせていく。 
 そして一度でもそう感じてしまうと、幻想的な世界がゆっくりと俺を包んでいくのが分かる。 
 ぐぅ〜 
 だが、俺の腹の虫がそんな雰囲気をぶちこわした。 
「…夜食でも欲しいところだな」 
 素直にそう思ってしまう自分がちょっと悲しい。 
 そんなとき、前方で戸が開く音がした。 
 仕事をさぼっている途中とは言え、俺は念のためにその方向を見た。 
 さっきまで月明かりに照らされていた所を見ていたせいで、屋根の下に広がる暗闇に目が慣れるまでには少し時間がかかった。 
 次第にはっきりとしていく視界の中、観鈴の姿が像を結んでいく。 
 ぶらぶらと歩いている間に、どうやら観鈴の部屋の前まで来ていたようだ。 
「眠れないのか」 
 そのまま立ち去るのも何だったので、俺は観鈴に声を掛けた。 
「あっ、往人どの」 
 観鈴は予想もしなかった俺の出現に少し驚いている様子だった。 
「うん、ちょっとね」 
 そう答える表情はどことなく元気がなかった。 
「往人どのはどうしてこんな所にいるのかな?」 
「今、見回りの番をしているところだからだ」 
 立番をさぼっているうちにたまたまここに辿り着いた、ということは言わずにおいた。 
「こんな時間にご苦労様だね」 
「仕事だからな」 
 それ以上会話が続かず、しばらく沈黙が続いた。 
 気が付けば、お互い月を見上げている。 
 今日の月は本当に明るいから、普段はすぐに見つかるような星さえもよく探さないと見つからない。 
 そんな明るさを放つ月明かりに照らされた観鈴の横顔は、今まで俺が知っていたどの印象のものとも違った。 
 その横顔を見ていると、ふと、翼人という言葉が脳裏をよぎった。 
 美しさの中に儚さを含んでいるような今の観鈴の横顔には、語り継がれている翼人にふさわしいような雰囲気が確かにあった。 
 まあ、そんなことは一瞬でも認めたくないのが本音というものなのだが。 
「ねぇ、往人どのは夢を見ることがある?」 
 観鈴は前触れもなく質問してきた。 
「ああ。腹一杯飯を食う夢を見た時なんかは最高だな」 
「にはは、幸せな夢だね」 
 俺の適当な答えに笑顔を見せる観鈴。 
「お前は幸せな夢を見ないのか?」 
「わたしはね、最近変な夢を見るんだ」 
「変な夢?」 
「うん。夢の中には綺麗な女の人がひとりぼっちでいるんだ。その人には翼があるのに、その翼を自分で羽ばたかせることが出来なくて悲しい思いをしているの。掴みたいものは目の前にあって、翼を羽ばたかせれば届くはずなのに、その人はそれをすることが出来ないの」 
「夢の中のそいつは何で羽ばたくことが出来ないんだ?」 
「それはよく分からないんだけど、その人は悲しいこと以外の全てを忘れてしまっているみたいなの」 
 観鈴の言葉は過去の記憶を語るようなはっきりとした存在感を持っていた。 
「まるでお前自身がその夢の中の女性みたいな言い方だな」 
「にはは、わたしにも不思議」 
 当の本人も本当に分からないと言ったような苦笑いを浮かべた。 
「でもね、そこにはもう一人のわたしがいる…そんな気がするんだ」 
 月明かりに照らされるその姿は儚くて、今にも消えてしまいそうだったから… 
「夢なんて気にするな」 
 俺はそう言っていた。 
「うん、そうだね」 
「俺は仕事に戻る。お前も早く寝ろ」 
「おやすみ、往人どの」 
「ああ」 
 観鈴が寝室に戻るのを背後に感じながら、俺は再び歩き出した。 
 その時、俺の懐から何かが落ちた。 
 地面に転がったそれは、手のひらほどの大きさの薄汚れた人形だった。 
 それは俺が唯一持っている母の形見だった。 
 その人形を手に取った瞬間、胸の中に言葉に出来ないような感情がよみがえってきた。 
 遠い昔に忘れてしまった、とても懐かしい記憶。 
 でもそれは本当に微かなもので、やがてその感情も再び胸の奥底に消えていった。 
 …そう、今日は月がいつもより明るいから。 
 だから、誰もが不思議な気分になるのだろう。 
 俺はそう自分を納得させると人形を懐に仕舞い直し、立番へと戻った。 
  
  
************** 
  
  
 観鈴の夢語りを聞いてからしばらく経ったある日。 
「次の土用の大暑に観鈴様は北の社に移ることが決まった」 
 その通達に周りの者がどよめく中、俺は静かに手を挙げた。 
「俺たち護手の者はどうなるんだ?」 
「そなたらはここに残り、引き続き荘園の世話をすることになる」 
「観鈴殿にはこの社にいる随身を誰も付けないと言うことか?」 
「その通りだ」 
 俺は納得のいかないことをしばらく主張してみたが、当然の事ながら上役は俺の主張を一切受け入れなかった。 
 つまり、あと数日で俺は今の役職からお払い箱になるのだ。 
 そんなことを聞かされたのだから、俺は朝の打ち合わせが終わってからずっと不機嫌だった。 
 いくつもの修羅場を生き延びてようやくまともな役職を得たと思ったら、今度は農民の世話か? 
 つくづく今の自分の境遇と読みの甘さに嫌気がさす。 
「…ご機嫌斜めのようですね」 
「ああ」 
 声を掛けてきた美凪は珍しく気配を漂わせていた。 
「お前は観鈴の移動について話を聞かされたか?」 
 まさかとは思うが、美凪の様子はいつもと全く変わらないものだったのでそう聞いてみた。 
「…はい。…先程の朝の打ち合わせの時に」 
「不満には思わないのか?」 
 そう口にしてみてから気付いた。 
 ここに務めている者のほとんどは奉公人である。 
 観鈴が翼人であるということもあり、警備の都合上、ここに務めている者は相当の理由がない限り社殿の出入り自由に行えない。 
 つまり、この度の観鈴の移動は彼らの奉公明けを意味し、それは家族や友人に再会することが出来るようになるということである。 
 あいにく、家族や友人なんてものに縁のない俺にとっては関係のない話だが。 
 なら、やはり美凪にとっても観鈴の移動は喜ぶべき事態なのだろうか? 
「…不満ですよ」 
 しかし美凪の答えは違った。 
「…わたしは観鈴さまにずっとお仕えしようと思っていましたから」 
 そう言ってから美凪はどこか遠くを見るように視線をそらした。 
『…やっと見つけた、わたしの居場所ですから』 
 聞こえはしなかったものの、俺には美凪がそう呟いたように聞こえた。 
 俺はその呟きの意味について尋ねようとしたのだが、それより先に発せられた美凪の言葉がそれを遮った。 
「…往人さまは観鈴さまと一緒にいたいと思いますか?」 
 再び視線を俺に戻した美凪が質問してきた。 
 強く静かな美凪の目に、俺は質問をはぐらかすというという方法さえも思い浮かばなかった。 
「俺は…」 
 俺は今回の観鈴の移動をどう思っているのだろうか? 
 幼い頃に母が行方不明になってから、俺はずっと戦の中に身を置いていた。 
 常に生と死が隣り合わせの世界。 
 そんな世界の中で、俺は進んで誰かと交流を持とうとは思わなかった。 
 生き残るために仲間との信頼関係は一応築いていたものの、それは友情と呼べるような関係ではない。 
 友情なんてものは敵の一太刀で簡単に崩れ去ってしまうものなのだ。 
 そんなものに何の意味がある? 
 しかし、ここに来てからの俺はどうだっただろう。 
 いつも美凪にはめられていたとはいえ、俺は彼女たちと過ごす時間を心の底から疎んじていただろうか? 
「…俺は、少なくともお前や観鈴と過ごす時間が嫌いじゃなかったな」 
 これが今の俺に答えられる全てだった。 
 そんな俺の言葉を聞き、美凪はそっと目を閉じた。 
 言葉足らずな俺の言葉の裏に潜んでいる思いを噛みしめるように。 
 そして美凪は微笑みと共にゆっくりと目を開けて言った。 
「…では、今日も来てくださいますね?」 
「ああ、分かったよ」 
 そして今日も俺は美凪と共に観鈴の元へと向かうのだった。 
  
  
 夜。 
 俺はここに務め初めてから何回目かの立番のさぼりをしていた。 
 ふと今朝のことが頭をよぎる。 
 …あと数日で俺のこの仕事も終わりか。 
 今の役職をもらったときは戦場を離れる事に少し抵抗があった。 
 命の駆け引きを行うことでしか得られない生きることの充実感。 
 それは死の恐怖にさえ勝る俺の存在理由だった。 
 しかし今なら、明日の命を心配しなくてもいい今の生活だって決して悪いものでもないと思う。 
 観鈴がここを去った後俺がどのような扱いをされるのかは知らないが、どこでだって生きていく自信はある。 
 それが戦の中であったとしても。 
 そうだな、再び戦の中に生きるのも悪くない。 
 自分で言うのも何だが、俺は剣技にかけては腕に自信がある。 
 幼い頃から自分の実力だけで生きてきたのだから。 
 …なのに。 
 それなのにどうして俺の胸の内はこんなにも落ち着かないのだろうか? 
 さっきまで見えていた自分の影がふっと消えたので、俺は空を見上げた。 
 どうやら月が雲の陰に入ったらしい。 
 顔を上げたついでに辺りを見回してみると、俺はいつの間にか観鈴の部屋の前に来ていた。 
 そう言えば前に立番をさぼったときにも観鈴の部屋の前に来ていたことがあったな。 
 これではまるで観鈴の所に夜這いしているみたいじゃないかと思い、つい自嘲した。 
「…往人どの?」 
 闇の奥で声がした。 
 その声の主が少しずつ近づいてきているということが、徐々に濃くなっていく影で分かる。 
「…やっぱり往人どのだ」 
「なんだ、また変な夢でも見たのか?」 
 前に夜中会ったときに観鈴はそう言っていた。 
「うん、また変な夢」 
 にはは、と力無く笑う観鈴。 
「なあ、お前は…」 
 …自分がもうじきここを離れることを何とも思わないのか? 
 そう言おうとしたのに、その言葉が出なかった。 
 月は厚い雲の中に隠れていき、俺たちの輪郭はさらに闇に包まれていった。 
「往人さんは知ってるんだよね。わたしがもうすぐここを離れること」 
「…ああ」 
「いつもこうなんだ。わたしはずっとあちこちを転々としていたから」 
 闇の中、観鈴の声だけが確かに聞こえてくる。 
「わたしには友達がいなくて、何かを教えてくれる先生もいなくて…だからわたしはいつも独りぼっちだった」 
「だからなのか? おまえが札を使って変な遊びをするのも」 
 歌を教える奴が傍にいなかったから、観鈴は札を使って自分流の遊び方をするしかなかったのだ。 
 装束や身の回りの品も翼人の名にふさわしい満ち足りたものだというのに、こいつの周りには誰もいなかったのだ。 
 翼人の災い。それがどのようなものなのか俺はよく知らないし、知る気もない。 
 だが、少なくともそれは観鈴に親しい者が出来るのを妨げる大きな要因となっていたのだろう。 
「わたし、いつもみんなに避けられているから」 
 多分こいつも自分の悪い噂が流れていることをうっすらと気付いているのだろう。 
「でも、ここで美凪と友達になれただろ?」 
「うん、美凪は友達」 
「だったら安心しろ。次の社では嫌になるぐらい友達が出来る」 
「大丈夫かな?」 
「ああ、大丈夫だ。俺が保証してやる」 
「…だったら」 
 観鈴が遠慮がちに言葉を紡ぐ。 
「だったら、そう言う往人どのはずっとわたしの友達でいてくれるのかな?」 
 その問いに、俺は言葉を失った。 
 俺と観鈴は『友達』なのか? 
 俺にとって『友達』なんて言葉は今まで無縁のものだったし、それを求めようとしたことなど無い。 
 いつだって俺は自分一人の力で生きてきたし、他人を当てにしようと思ったこともない。 
 でも、ここに来てからの俺は観鈴や美凪と過ごす時間が心地よいものだということをうっすらと感じていた。 
 それは本当のことだ。 
『…往人さまは観鈴さまと一緒にいたいと思っていますか?』 
 昼間の美凪の言葉が頭をよぎった。 
 一緒にいたいと思うようになることが、友達になるということなのだろうか? 
 …分からない。 
 ずっと一人で生きていくことが出来るんだと信じていた今の俺には『友達』という意味が分からない。 
「俺はまだおまえと友達になったなんて一言も言ってないからな」 
 自分の迷いを打ち払うように、俺は強気にそう言った。 
「そっか、まだ友達になってくれるとは言ってなかったんだ…」 
「でもまあ、友達になる可能性はあるかもな」 
 今にも落ち込んでしまいそうな観鈴に俺はそう言った。 
 『友達』の意味は分からなくても、その気持ちは嘘じゃないと、それだけは自信を持って言える。 
「じゃあ、早く往人さんと友達になりたいな」 
「ああ、頑張れよ」 
 自分の言葉が答えになっていないことは分かっていたが、それでも観鈴は少し元気を取り戻したようだった。 
 再び差し始めた月明かりが、目の前の少女の笑顔を映し出したから。 
「あっ、また往人どのを長い間止めちゃったね」 
「そうだな。じゃあ、俺はもう仕事に戻る」 
「うん、頑張ってね」 
 手を振って送り出してくれる観鈴を背に、俺は再び歩き始めた。 
 …おい月、聞こえるか?もし聞こえてるんだったら、俺の胸の中にあるこのもやもやをはっきりと照らし出してみろよ。 
 叶うはずもない愚痴を漏らしながら、俺は夜空を見上げた。 
  
  
                   −4話に続く− 
  
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 ひでやんさんから、another SUMMERの3話を頂きました。かなり力の入った大作になりそうな予感ですね。 
 AIRってSS的にあまり人気が無かったので、観鈴と美凪が進める過去編の今後がどうなるか、僕自身が楽しみだったりします。 
  
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