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頂きモノSSの部屋
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20   ★「二人きりの週末」<作・ひでやんさん>(Kanon 名雪SS)
更新日時:
2007.02.04 Sun.
「二人きりの週末」
 
 
 
「じゃあ行ってくるから、後のことはあなた達でお願いね」
「うん、分かったよ」
 秋子さんは今日から職場の仲間達と一緒に一泊二日の旅行に行ってくるそうで、俺は珍しく早起きしてきた名雪と玄関で秋子さんを見送っていた。
「いってらっしゃーい」
 秋子さんの背に向かって手を振る名雪。
「じゃあ、俺達もそろそろ行くか」
「うん」 
 今日は土曜日。
 面倒だが午前中はきっちりと授業がある。
 俺達は支度を済ませると家を出た。
「そういえば、俺達が朝に家の鍵を閉めたのって始めてかもな」
「そうだね。少なくとも祐一が来てからはそんなことなかったかな」
 朝はいつも俺達の方が秋子さんよりも先に家を出ていたから、こんなことは本当に珍しかった。
「それじゃあ、行こっか」
「おうっ」
 雪を踏みしめながら俺達は学校に向けて歩き始めた。
 
 
 
 
 2時間目が終わり休み時間になると、香里がニヤニヤしながら俺の席にやってきた。
「ねぇ、相沢君。今日から2日間、秋子さん家にいないんですって?」
「ああ、そうだけど?」
「いいわね、二人っきりになれて。勢いに任せて名雪を襲ったりしたらダメよ♪」
「誰が襲うかっ!」
 思わず立ち上がってしまい、勢い良く机に膝をぶつけた。
「っっ…っていうか、どうしてそれを知ってるんだ?」
「名雪に聞いたもの」
「あいつはそういうことを他人に言ったらどういう噂が立つのか全然分かってないんだな…」
「だって、名雪だもの」
 突然背後から、ポン、と誰かに肩をたたかれた。
 嫌な予感がしつつ振り向くと…
「よかったじゃないか、相沢」
「何がだよ?」
「ふん、分かってるくせに。彼女と一晩中二人きりになるチャンスが訪れるカップルなんて、世の中に滅多にいないぜ?」
 まあ、確かにそうだ。
 別にやましいことをしているわけではないが、俺が水瀬家に厄介になっている都合上、秋子さんが家を空ければ俺と名雪の二人きりで過ごすことになるのは必然だ。
「別に、名雪と一緒に夜を過ごすのはいつものことだ」
「それもある意味、問題発言よね」
「ああ。お前のところの状況を知らない奴が聞いたらかなりの誤解を招くだろうな」
 …確かにそうだ。
「とにかく、お前らの期待するようなことなんか絶対にないからな」
「ふふっ。さてどうかな?」
「どうしたの、みんな?」
 香里と北川の間から名雪が顔を出した。
「あら、羊さんのお出ましね」
「えっ、何、羊って?」
「狼に食べられないように気をつけろよな」
「お前らなぁ…」
 わなわなと震える俺。
「ねぇ、何のことなの?」
「ううん、何でもないわよ。そろそろチャイムが鳴るから席に戻るわね」
 そう言って香里は鼻歌交じりで楽しそうに席に戻っていき、それに乗じて北川も席に着いた。
「祐一、何だったの?」
「お前のせいだからな…」
「?」
 俺は思わずため息をひとつ吐いた。
 
 
 
 
「祐一、放課後だよっ」
 いつものようにそう言いながら駆け寄ってくる名雪。
「スイートタイムの始まりだな、相沢」
「そのネタは止めろ…」
「まあ、いいじゃない。楽しいんだし」
「それは絶対お前らだけだっ」
 疲れた表情の俺を見て香里は本当に楽しそうに笑った。
「じゃあね、名雪。狼には気をつけるのよ」
「あっ、うん? ばいばい、香里」
 よく分かっていない名雪は呑気に手を振っていた。
「じゃあオレもそういうことで」
「北川君もまた来週ね」
「おう、せいぜい楽しい週末をな」
 そんな言葉を残しながら、北川は機嫌よく教室を去って行った。
 ホームルームが始まる前から予想はしていたものの、あいつらのちょっかいにはやはり疲れる。
「…ふう、やっと解放された」
「ん、何?」
「何でもない。それより、名雪は今日も部活か?」
「うん、そうだよ。祐一はお昼ご飯どうするの?」
「どうせ家に帰っても飯がないんだから学食で済ませる予定だ」
「そっか。じゃあ、一緒に行こ」
「ああ、そうするか」
 そう言って、俺と名雪は教室を出た。
「今日は何にしようかな?」
「どうせ迷わずいつものAランチだろ?」
「う〜、ちゃんと迷ってから選んでるよ」
「だったら、たまには別のものでも食べろ」
「だって、いつもAランチがおいしそうに見えるんだもん」
「きっと名雪はイチゴの味がすれば鉄でも何でもかじりだすだろうな」
「そんなことないよ」
「いや、きっとそうだ。今度、名雪が寝惚けてる時にでも試してみるか」
「そんな意地悪なこと考えるんだったら、今日の祐一の分の夕飯は作ってあげないからね」
「…どんな雑用でも引き受けますので勘弁してください」
 
 
 
************
 
 
 
「ただいま、祐一」
 名雪は玄関をくぐると直ぐにリビングにやってきた。
「おう、お帰り」
「じゃあ、これから夕飯を作るね」
「ああ、期待してるぞ」
 …って、ちょっと待て
「これじゃあ新婚夫婦の会話じゃないかぁーっ!」
「どうしたの、祐一?」
「いや、発声練習をしてただけだ」
「今日の祐一、何か変だよ」
「そんことはない。俺はいつだって正常だ」
「うん、そういう答え方をするんだったらいつも通りだね」
「その納得の仕方はある意味悲しいぞ…」
「あっ!」
 冷蔵庫を開けた瞬間に名雪が声を上げた。
「どうした! 冷蔵庫の中が一面カビだらけだったか!?」
「そんなことないよ。冷蔵庫はいつもきれいにしてるもん」
「そんな反応を返されても困るんだが…で、どうした?」
「見て、冷蔵庫の中が空っぽ」
 覗いてみると確かに冷蔵庫の中には食材になりそうなものは残っていなかった。
「どうする? 今から買いに行ってたら晩飯ができるのが遅くなるから、今日は外で食べるか?」
「ううん、ちゃんと作るよ。どっちにしろ明日の朝食の分の食材がないんだから、これから買いに行こ」
「でも、買い物の前に外食すれば問題ないんじゃないか?」
「ダメ、ちゃんと作るよ。だって…」
 言い淀んで何故か顔が少し赤くなっていく名雪。
「とにかく、行こっ」
 そう言って名雪は俺の背中を押した。
 俺は仕方なく部屋に戻ってコートを取ると、先に玄関に行って名雪を待った。
 しばらくして名雪がどたばたと音をさせながら階段を下りてきた。
 外に出ると日はもう落ちかけていて、どんどん寒くなっていくのが嫌なほど分かる。
「はい、鞄」
「俺に持てって言うのか?」
「うん」
「仕方ないなぁ」
 俺は面倒臭そうに鞄を受け取った。
「ありがと、祐一」
「どーいたしまして」
 いつものように商店街に行き、いつも行っているスーパーへと足を運んだ。
「寒いから祐一も中に入る?」
「ああ、そうするか」
 自慢じゃないが、俺はこのスーパーにはほとんど入ったことがない。
 いつも必要なものはコンビニで済ませているからだ。
「う〜ん、今日は何を作ろうかな?」
「なんだ、もう決めてたんじゃないのか?」
「特売のものとかを見てから決めるつもりだったんだよ」
「おっ、なんか熟達してるような言い方だな」
「いつも買い物を頼まれてるからね」
 とても頼りがいのある発言をした名雪の後を付いてスーパーの中を回ってみたが、俺は先ほどの発言に騙されて、名雪がとてつもなく要領が悪いことをすっかり忘れていた。
「う〜ん、じゃがいもはどこだったっけ?」
「入り口の方じゃなかったか?」
 …
「祐一、どっちのお肉がおいしそうかな?」
「どっちも同じだろ」
 ……
「あれ? いつも使ってるルーってどっちだったっけ?」
「そんなの俺に聞くな」
 等々。
 俺達の買い物は普通の主婦のそれより3倍はかかっていたんじゃないかと思った。
「今日はシチューでも作るのか?」
「うん。寒い日にはとってもおいしいよ」
 確かに、こんな寒い中を歩いていると暖かいシチューがとても恋しく思えてくる。
「そっか。俺も何か手伝おうか?」
「いいよ、祐一は荷物持ちと食器の用意をしてくれれば」
「へいへい、どうせ俺は料理の作れない雑用係ですからね」
「あはは。頑張ってね、雑用係さん」
 
 
 
 
「出来たよ〜」
 そう言って名雪はキッチンから顔をのぞかせた。
「…腹が減って死にそうだったぞ」
 よく考えてみれば、夕飯を作り始めるのが遅れたと言うのに、今日のメニューは煮込みに時間のかかるシチューだった。
「ちょっとぐらい煮込み時間を短くしてもよかったんじゃないのか?」
「そんなことしたら折角のシチューがおいしくなくなっちゃうよ」
「どうせ腹に入れば同じだろ?」
「そんなこと言う祐一にはシチューあげない」
「すみません、拝みながら頂かせていただきます」
「ほら、装うの手伝って」
 しっかり煮込んだだけあって、皿につがれたシチューはおいしそうな香りを漂わせていた。
「「いただきます」」
 挨拶を済ませると、俺は直ぐ飯に飛びついた。
「よっぽどお腹が減ってたんだね」
 そんな様子の俺を見ながら名雪が笑った。
「それにしてもうまいな、このシチュー。もしかしたら秋子さんが作ったのよりうまいかもしれない」
「当然だよ。わたし、祐一のために頑張って作ったんだもん」
 …。
「そこは、『空腹は最高の調味料だから』とかいう答え方が一般的なんじゃないのか?」
 自分の耳を疑ってついそんなことを聞いてしまった。
「それもあるかもしれないけど、今日のはわたしが祐一のために本気で作ったからおいしいんだよ」
「よくそんなこと真顔で言えるな。言われてるこっちの方が恥ずかしくなってきたぞ」
「祐一、あーんして」
 そう良いながら名雪はスプーンを俺に向けて差し出してきた。
「…自分で食うからいい」
「ダメだよ。ほら、あーんして」
 俺は諦めて名雪の指示に従った。
「おいしい?」
「何度も言わせるな。うまいって言ってるだろ」
「そっか、良かった」
 名雪は満足げな笑みを浮かべていた。
「名雪の作ったもんだったら何でもうまいって言ってやるよ」
「いいよ、そこまでしなくても」
「いや、炭と化したトーストだってうまいって言いながらバリバリ食ってやるぞ」
「わたし、トーストを炭になんかしたりしないよ〜」
「それもそうだな」
 名雪はその後も、俺がシチューをうまそうに食っている様子を嬉しそうに眺めていた。
「…恥ずかしいから止めろ」
「いいじゃない、見てても減るものじゃないよ」
「そんなことしてると俺がお前の分の飯も食っちまうぞ?」
「いいよ。まだいっぱいお鍋に残ってるから」
「お前なぁ…」
「いっぱい食べてね、祐一」
「…こうなったら限界まで食い続けてやる」
 
 
 
 
「片付けお疲れ様」
「うまいシチューを作ってくれたお礼だ」
 そう言って俺は名雪の隣に座った。
「何か面白い番組でもやってるのか?」
「うん、これからだよ。えっと…」
 名雪は新聞紙を見ながら目的の番組欄を探していた。
「あった。『世界のネコ大集合』だよっ」
「却下。リモコンを貸せ」
「だめだよ、わたし、楽しみにしてたんだから」
「それが分かってるから言ってるんだ。どうせテレビを見ながら『ねこーねこー』とか言って目を潤ませるんだろ?」
「いいじゃない、テレビを見るぐらい。祐一には猫アレルギーの悲劇が分かってないんだよ」
「あーっ、分かったよ。今日は秋子さんもいないから特別に許してやる」
「うん。祐一も一緒に見ようね」
「…俺には東大合格という目標があるから、テレビを見ている暇なんかないのさ」
 そう言いつつ、俺は拳を握りながら格好良く立ち上がった
「嘘でしょ? 祐一、わたしより成績悪いのに」
「…もう少し気の利いた否定の仕方はないのか?」
 さすがにそこまで現実をズバッと言われると、辛いものを感じずにはいられない。
「ほら、シチューのお礼。ね?」
「はいはい、了解しました」
 俺が再び座りなおすと、名雪は俺の肩にもたれかかってきた。
「えへへ」
「何だよ、嬉しそうだな」
「うん、嬉しいよ」
「今日の名雪はやけに懐っこいけど、どうかしたのか?」
「だって…今日はお母さんがいないから、これくらいしても恥ずかしくないかなって」
 照れつつも、名雪はとても嬉しそうな顔でそう言った。
「…秋子さんに、今、名雪が言ったこと言いつけるぞ」
 俺も恥ずかしくなってそんな言葉を返した。
「わっ、別にお母さんが邪魔だなんて言ってないよ?」
「分かってるって、それぐらい」
 そう言って俺はぽりぽりと頭を掻いた。
「それに、俺だって秋子さんの前でこんなにいちゃつくのは恥ずかしいしな」
「祐一でもそう思うんだ」
「でも、ってのは余計だ」
 お互い、おかしくなって笑った。
「名雪」
「ん、何?」
 俺は名雪にキスをしようと身を寄せた。
「あっ、番組始まったよ」
 名雪はそう言って慌ててテレビに顔を向けた。
「…名雪って本当に空気読めない奴だよな」
「ん、何か言った?」
「いや、何も…」
 既にテレビに夢中の名雪には何を言っても通じそうにはなかった。
 やっぱりというか当然というか、かわいい猫が画面に現れるたびに、名雪は『ねこーねこー』と鳴いていた。
 はっきり言って、テレビよりも名雪の奇声の方に気を取られて堪ったものじゃなかった。
 でもまぁ、こうして二人でテレビを見ているというのも悪くないのかもしれない。
 もちろん、俺の耳元から聞こえてくる鳴き声はなかったことに越したことはないのだが…。
 
 
 
 
「くぁーっ」
 名雪がかわいいあくびをした。
「もう11時ってことは、名雪にしては夜更かしだな」
「うん、そうだね…」
 その声は既に眠気に満ちていた。
「もう寝たらどうだ?」
「もうちょっと起きてるよ…折角だし…ね…」
「…そんな決意表明をした直ぐ側から寝るな」
 言葉を発し終えた名雪は俺の肩にもたれかかって既に寝ていた。
「…くー」
「おい、ここで寝たら風邪引くぞ。部屋で寝ろ」
「…くー」
「おい、名雪」
「…くー」
「…駄目だな、これは」
 俺はこのままにしておくことにした。
 でも、俺の肩に掛かってくる名雪の重みは心地よくて、俺はその感覚をもっと味わいたくて腕を名雪の肩に回して引き寄せた。
 直ぐ近くで静かな寝息を立てて眠っている名雪はまるで天使か妖精みたいで、その寝顔を見ているとどこか心が落ち着いた。
 しばらくそんな感じでいると名雪が目を覚ました。
「あれ…わたし、寝てた?」
「ああ、ぐーぐーいびきを掻きながら寝てたぞ」
「えっ、本当?」
「もちろん嘘だ」
 真っ赤になった名雪の顔が面白くて俺はつい笑った。
「祐一、女の子にそういう嘘はつかないで」
「悪かったよ。で、部屋に戻って寝る気になったか?」
「うーん、でももうちょっと祐一と一緒にいたいかな」
「ならさ、名雪の部屋に移動するか? それだったら名雪が眠くなった時には直ぐベッドで寝れるだろ?」
「そうだね。じゃあ、わたしの部屋に行こっか」
 そう言って名雪は立ち上がった。
 階段を上がって名雪の部屋に着いたときには、早くも名雪は眠たそうに目をこすっていた。
「やっぱり寝た方が良いんじゃないか? 足取りが危なっかしいぞ」
「…うにゅ〜」
「別に明日だってあるんだし、今日はもう寝ろ」
「…うーん、分かったよ〜」
 眠気に誘われてベッドに潜り込もうとしてから、名雪は何か思いついたように声を上げた。
「えっと…祐一」
「何だ?」
「その…祐一もここで寝る?」
「…は?」
「だから、わたしと一緒にここで寝てみないかなって…」
 名雪は恥ずかしそうにそう言った。
「床に布団敷いてか?」
「そうじゃなくて、私のベッドで」
「…いいのか?」
「うん。折角だし、ね?」
 そんな誘われ方をされれば断れるはずもなく、俺は素直に名雪の側に潜り込んだ。
「…あったかいね」
「そうだな」
 暗闇の中でも、お互い顔が赤くなっているのが分かった。
「こんなところをもし秋子さんに見つかったら何て言われるだろうな?」
「お母さんのことだからいつもの表情で『兄妹が寄り添って寝ているみたいで仲がいいわね』とか言ったりしてね」
「それ、ありえそうだな」
「でもやっぱり、お母さんに見つかっちゃったら恥ずかしいけどね」
 そんな名雪を俺は布団の中で抱きしめた。
「くすぐったいよ」
「我慢しろ」
 名雪の暖かさが、抱き心地が、俺の気持ちを穏やかにしてくれた。
 ついでに俺は名雪の頭を撫でてみた。
「そんなことされると、まるで猫さんになったみたいな気分だよ」
「でも俺はこうしてても、くしゃみとかはしないからな」
「うん」
 そう言って名雪は俺の胸に顔を埋めた。
 名雪が猫だったら、今頃喉をゴロゴロと鳴らしているんだろうなと思った。
 だから俺も猫を甘やかすような気分で名雪の頭を優しく撫で続けた。
「なんだか、とっても落ち着くよ」
「そっか」
「うん、ずっとこうしていたいかも」
「なら、名雪が満足するまでこのままでいてやる」
「ありがと」
 それからしばらくして、名雪がもぞもぞと動き出した。
「今度はわたしの番」
 十分満足したのか、名雪そう言って俺の腕から抜けた。
 そして今度は俺が名雪に身を委ねる番になった。
 背中に回される名雪の腕の感覚や、体に伝わってくる柔らかい感触には、どこか懐かしさを感じさせるものがあった。
「こうしてるとさ、小さい頃に母親に抱かれてた頃のことを何となく思い出すような気がするな」
「そう? そう思ってくれるならそれはそれで嬉しいかも」
 俺がやったように、名雪は俺の頭を撫でてきた。
「…にゃあ」
「くすっ、大きな猫さんだね。よしよし」
「馬鹿、こっちの方が恥ずかしくなってきたじゃないか」
「いいじゃない、こんな時ぐらい恥ずかしくても」
「まあ、そうだけどな」
「そうだよ。本物の猫さんより、優しくてあったかいよ」
「…そっか」
「…うん」
 穏やかな静寂が俺たちの間に流れた。
 俺はしばらくの間名雪に抱かれたままの格好になっていたが、いつまで経っても名雪は止めてくれそうになかったので俺は声を掛けてみた。
「…名雪?」
 でも返事はなくて、代わりに静かな寝息が聞こえてきた。
「俺は抱き枕かよ」
 俺を抱いたまま安心しきった表情で眠る名雪に俺はそうぼやいた。
「ほんと、空気の読めない奴だよな…」
 そんなことを口にしながら、俺も次第に眠りに包まれていった…。
 
 
 
*************
 
 
 
 俺はどこか遠くで鳴っている音に起こされた。
 その音源は一階にあるようで、意識がはっきりしてくるとその音が電話の呼び出し音であることが分かった。
 俺は急いで階段を駆け下りると、そのベルが鳴り止む前に何とか受話器を取ることが出来た。
「はい、水瀬ですけど」
「あっ、ご主人様ですか?」
「…って、誰がご主人様だっ、香里!」
「だって、一つ屋根の下に若い男女がいるって状況っていったら新婚さんぐらいしかしないじゃない、ね?」
「ね、って俺に聞くな。それで、何の用なんだ?」
「アンタ達のことだから今日は朝寝坊かなって思って電話をしてみれば、案の定、相沢君は起き抜けみたいな声してるし…やっぱり昨晩は勢いに任せて名雪を襲っちゃったのかしら?」
「そんなわけないだろっ」
「冗談よ」
「…誰からの電話〜?」
 リビングの入り口の方から寝ぼけたままの名雪が顔を出してきた。
「あれ、後ろに名雪いるの? やっほー、名雪ーっ!」
「うわっ、急に叫ぶな、香里!」
「…え、香里から〜?」
 しまった、つい香里の名前を口に出してしまった。
「ほら、早く名雪に代わって、相沢君」
「…祐一、わたし、代わるよ〜」
 寝ぼけている名雪にはテレパシーでも通じるのか、香里の望み通り名雪自ら受話器を手にした。
「…うん、名雪だお〜」
 受話器に向かって謎の言葉を発する名雪。
 そんな感じで、秋子さんのいない2日目が始まった。
 
 
 
 
「結局、俺たちは昼前まで寝てたんだな」
「うん、そうだね」
「で、世間一般には昼飯って時間に、何で俺たちは朝食みたいなものを食ってるんだろうな」
「だって、イチゴジャムを食べないと一日が始まった気がしないもん」
「それはきっと世界中で名雪だけだな」
「そんなことないよ。きっと隠れたイチゴジャムのファンはたくさんいると思う」
「…そいつらが一堂に会した光景を是非見てみたいもんだな」
 俺はさっさとトーストを食い終えていたから、イチゴジャムをたっぷり塗ったトーストを幸せそうに頬張る名雪を観察していた。
「ところで、秋子さんはいつ帰ってくるんだっけ?」
「えっと…夕飯はお母さんが作るって言ってたから、4時頃じゃないかな」
「そっか」
 俺は秋子さんが帰ってくるまでの間、何をしようかと思いを巡らせた。
「名雪は今日、予定とかあるか?」
「ううん、ないけど」
「じゃあさ、秋子さんが帰ってくるまでここで一緒に過ごさないか?」
「うん、特にやることもないからおっけーだよ」
 そして俺たちは片づけをした後、二人でリビングのソファーに座っていた。
 特に何をするというわけでもなく、ただ二人で普通のおしゃべりをしていた。
「でも、驚いたな。素の名雪がこれほどまで甘えんぼだったとはな」
「そうかな?」
「ああ、絶対に名雪は甘えんぼだな」
「う〜ん、女の子としては普通だと思うけど」
「名雪が考えている普通は他の奴の普通じゃないんだよ」
「そんなことないよ。それに、祐一だって甘えんぼさんだったよ」
「そうか?」
「うん、そうだよ。昨日、わたしの腕の中で『にゃあ』って鳴いた大きな猫さんは誰だったかな?」
「くそう。雰囲気に流されたとはいえ、あれは失敗だったか」
「失敗じゃないよ。甘えんぼの祐一もいいってことだよ」
 そう言うと名雪は誘うように自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「何だよ?」
「膝枕」
「…恥ずかしいから嫌だ」
「ほら、おいで、大きな猫さん」
「ちぇっ、結局それなんだな」
 そう言いつつ、俺は名雪の膝に頭を乗せた。
「どうかな?」
「まるで大木を枕にしているような気分だな」
「くすっ。そっか」
 名雪は俺の照れ隠しをまるで見抜いているように笑った。
 そして満足げに俺の頭を撫で始めた。
 しばらくの間、ちこちこと時計の針が進む音だけが室内に響いていた。
「今度は俺がしてやるよ、膝枕」
 俺は名雪の膝枕を堪能し終える、身を起こしてそう言った。
「固そうだから遠慮しておくよ」
「どうせ俺の膝枕は大木のような心地悪さですよ」
「その代わりにね…」
 とすっ、と俺の肩に名雪の頭が乗っかってきた。
「お母さんが帰ってくるまで、こうしててもいいかな?」
「ああ、今なら無料サービス中だから存分に味わっていいぞ」
「うん、存分に味わわせてもらうよ」
 そう言うと、名雪は俺にもたれかかるベストポジションを探すためにごそごそ身をひねった。
 時計を見れば、もう4時はすぐそこだった。
「お母さんが一日中家にいないのって、何だか不思議な気分だったね」
「そうだな」
「いっぱい祐一と過ごせたね」
「一緒にいるのなんていつものことだろ?」
「そんなことないよ。二人きりでここでこうやって過ごすことなんて、ほとんど無かったよ」
「まあ、普段は秋子さんがいるからな。リビングでこんなにいちゃついてたら恥ずかしくてたまらないよな」
「そうだね」
「そう言った意味じゃあ、この二日間の俺たちって何だか新婚生活してるみたいだったな」
「うん、わたしもそう思ってた。あっという間の2日間だったけどね」
「名雪が昼前まで寝てたのが悪い」
「祐一だって寝てたよ」
「じゃあ、おあいこって事にしておくか」
「何か少し違う気もするけどね」
 時間はどんどん過ぎていく。
 俺たち二人は別に秋子さんを邪魔者扱いしている訳じゃなくて、ただこの家で一日中二人きりで過ごすという特別な時間が終わってしまうことが少し寂しかった。
「次はいつこんな機会があるんだろうね」
「さぁな。もし名雪が望むんだったら、いつか二人で暮らせるようなアパートでも俺が借りてやるよ」
「祐一、とっても恥ずかしいこと言ってるよ?」
「ああ、自分でもそう思った…」
「それに、折角だけどその提案はいいよ。わたし、お母さんとはずっと一緒に暮らしていたいから」
「そっか。なら、ますます難しい問題だな」
「うん、難しい問題なんだよ」
 それからどのくらい経ったのだろうか。
 かちゃっ、と音がした。
 それはドアノブが回される音で、この特別な時間に終わりを告げる音でもあった。
「わたし、行ってくる」
 そう言って名雪はソファーから立ち上がった。
「俺も行く」
 後を追うように俺も玄関へと向かった。
「お帰り、お母さん」
「ただいま、名雪。あら、祐一さんも一緒なんですね」
「ええ、ちょうどそこにいましたから」
「そう…お邪魔しちゃったかしら?」
 秋子さんは頬に手をやり、いつものように笑った。
「えっ? そんなことないよ。ね、祐一」
「そこで俺に振った時点で既に妖しく思われても仕方ないってことに気付かないのか、お前は…」
「?」
「ほら、ここで立ち話も何だからリビングに行きましょ」
 そして、この家の中は再び秋子さんがいるいつのも雰囲気に包まれていった。
 
 
 
                    〜終わり〜
 
--------------------------
 
 りきおです。ひでやんさんからは頂いてばかりです(汗)
 これは、僕がひでやんさんに「たまには自分の好きなキャラとのラブラブな話でも書いてみたら?」と言う些細な一言を受けて、短期間に書いてくださったものらしいです。
 
 相手が名雪だと、何故かこのくらいのほのぼのさが逆に良かったりしませんか?
 あまりベタベタしているイメージが無いもので、いい雰囲気に感じました。
 
 このSSの感想などあれば、
 
「掲示板」「WEB拍手」「SS投票ページ」
 
などへどぞ!
 

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