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頂きモノSSの部屋
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17   ★another SUMMER (8)<作・ひでやんさん>(Air summer編)
更新日時:
2007.03.16 Fri.
another SUMMER(8)
 
 
 
 空には疎らに雲が浮かんでいるけど、眩しく照りつけてくる日差しは今日もいい天気になることを物語っていた。
 夏は暑くて辛い面も持っているけど、私は夏特有のこの晴れ渡った気持ち良さも好きだった。
「おねえちゃん、今日もお手玉しよー」
 妹はお手玉を持って私の所に嬉しそうに駆けてきた。
 どれくらい前のことかもう忘れてしまったけど、私がお手玉で遊んでいる姿を見て以来、妹のみちるにとってお手玉は好きな遊びの一つになっていた。
「みちるは本当にお手玉が好きだね」
「うん。どれくらい好きかって言うとね…おねえちゃんと同じぐらい好きだよっ」
「お手玉と同じかぁ…がっくり」
「にょわっ、違うよ、おねぇちゃん!」
 慌てるみちるの姿がおかしくて、私はくすくすと笑った。
「ちゃんと分かってるよ、みちる。お手玉をするのが大好きってことだよね」
「うん、そういうことだよ。もちろん、おねえちゃんのことはだいだいだーい好きだからねっ」
「…ぽっ」
 みちるにそこまで言われると、さすがに照れてしまう。
「では早速、お手玉の特訓開始〜っ!」
 元気のいい掛け声と共に、みちるはお手玉を宙に放った。
 ぽーん、ぽーん…
 お手玉は勢いよく空に向かっていたのだけれど、それぞれの行き先はバラバラだった。
「にょわっ!」
 みちるは2つのお手玉が全然違う方向に飛んでいったことに焦って気を取られ、3つ目のお手玉を凄い高さまで放り投げていた。
 ひゅーん…
 …
 ぽとっ…ぽとっ……ぼてっ
 少しの時間差の後、3つのお手玉はみちるの手の中に戻ってくることなく地面に落ちた。
「…んに、また失敗」
 みちるは残念そうに眉をひそめた。
「ねぇ、みちる。失敗は成功のもとっていうんだよ」
 私は地面に落ちたお手玉をみちるに渡しながら優しくそう言った。
「成功の友?」
「ううん、成功のもと。つまりね、失敗を重ねていくうちに上達するってこと」
「へぇ〜、それはいい言葉だね」
 さっきまでの落ち込んだ様子はどこかへ行ってしまったのか、みちるはすっかり感心した様子になっていた。
「だから、頑張ろ」
「うんっ。ではでは、次こそはっ!」
 ぽーん、ぽーん、ぽーん
 …
 ぽてっ、ぽてっ、ぽてっ
 お手玉はまた3つとも地面に落ちていた。
 こんな事を言うのはみちるに可哀想だけど、みちるはお手玉が上手ではなかった。
 もう何度も練習しているけど、同時に3つのお手玉を回すのに成功したことはほとんどなかった。
 2つだったら長い間回すことができるんだけど、『やっぱりお手玉は3つ回してこそお手玉だよ』と、みちるはいつもそう言っていた。
 いつも失敗ばかりのみちるだったけど、それでもみちるは毎日くじけずに頑張っている。
 私はそんな頑張り屋さんで元気いっぱいのみちるが大好きだった。
「みちる。私がお手本を見せるから、それを見てコツを掴んでみて」
 私はみちるからお手玉を受け取ると、それを投げやすいように持ち直してから宙に投げた。
 ふわっ、ふわっ、ふわっ…
 3つのお手玉は私の手と空との間を行き来しながら、仲良く追いかけっこを始めた。
「にょわ〜っ。さすが、おねえちゃん」
 …えっへん。
 少し得意げになった私は、みちるに気付かれないように袖の中に隠してあったお手玉を1つ取り出すと、それを追いかけっこを続けるお手玉の輪の中に加えてあげた。
 ふわっ、ふわっ、ふわっ、ふわっ…
「あれ? お手玉の数が増えてる?」
 不思議に思ってお手玉の数を数えようとするみちるの様子を見ながら、私はさらにもう1つお手玉を取り出すと、それも輪の中に加えた。
 ふわっ、ふわっ、ふわっ、ふわっ、ふわっ…
「にょわっ! やっぱり増えてるっ!」
 みちるは目を丸くして驚いていた。
 私はお手玉が得意だから、1度に5つ扱うこともへっちゃらだった。
「…はい、おしまい」
 私はお手玉を回すのを止めると、追加した2つのお手玉をみちるに気付かれないように袖の中に仕舞った。
「うーん、今度は元の数に戻ってる…」
 私の手のひらに収まっているお手玉の数を数えながら、みちるは難しそうに考えていた。
「…はっ!? もしかしておねえちゃんは手品師!?」
「…ばれちゃった」
 そう、私はみちるを笑顔にすることが出来る手品師だった。
「なら、みちるもおねえちゃんみたいな手品師を目指して頑張るぞー!」
 みちるはそう言いながら元気よく拳を突き上げた。
 そんな元気なみちるを見ていると、私まで釣られて元気になってしまう。
「今日も仲良くお手玉かな?」
 私達の後ろからお父さんが声を掛けてきた。
 これから畑仕事に向かうのか、手には鍬を持ち、背中には色々な道具が入った籠を背負っていた。
「うん、今日も明日も明後日もお手玉だよっ」
「ははは、みちるは練習熱心だな。これじゃあ美凪も毎日大変だなぁ」
「ううん。みちると一緒にお手玉の練習をするのはとっても楽しいよ」
「ん、そうか。美凪も面倒見のいいお姉ちゃんだな」
 そう言ってお父さんは私の頭を撫でてくれた。
 髪を撫でられるその心地よさに、私は自然と笑顔を浮かべた。
 お父さんは真面目で優しくて働き者で、近所の大人達からとても信頼されていた。
 そして私は、そんなお父さんが大好きだった。
 もちろんお母さんのことも大好きだけど、私がお父さんっ子であることは否定できない。
「本当に美凪とみちるは仲良しね」
 お父さんと同じように畑仕事の格好をして、お母さんが玄関から出てきた。
 私がお父さんっ子であるように、みちるはどちらかというとお母さんっ子だった。
「おかあさん、これからみちるがお手玉をするから見てくれる?」
「分かったわ。ちゃんと見てるから頑張ってね」
「うんっ」
 みちるは笑顔でそう答えると、真剣な面持ちでお手玉を握った。
「とりゃあーっ」
 次に、気合いの入った掛け声と共にお手玉が宙に舞った。
 ぽーん、ぽーん、ぽーん…
 …
 ぽて、ぽて、ぽてっ
 でもやっぱりそのお手玉はみちるの手のひらに戻ることなく地面に落ちてしまった。
「んに…やっぱり上手くいかないよぉ」
 お母さんやお父さんの目の前で失敗したのが悔しかったのか、みちるは少し涙目だった。
 そんなみちるの頭をお母さんの温かい手が優しく撫でた。
「大丈夫。練習していればお姉ちゃんみたいに上手くなるから、ね?」
「ああ、お母さんの言う通りだ。失敗しても恥ずかしがることなんて無いぞ」
 お父さんとお母さんに励まされていくうちに、みちるはだんだん立ち直っていく。
「うん。みちる、頑張るよっ」
 そして最後には、いつものように眩しい笑顔を見せていた。
「じゃあ、父さん達は畑仕事に行ってくるからな」
「うん。行ってらっしゃーい」
 元気よく手を振るみちると一緒に、私も畑仕事に向かう両親を見送った。
 家族思いの頼もしいお父さんに、笑顔が素敵で家事の上手なお母さん。
 そして私の隣に立っている、いつも元気で明るい妹。
 私はそんな家族の一員であることを本当に誇りに思っていたし、家族と一緒にいれば悲しいことなんて何一つ無かった。
 だって、私の幸せはいつだってここにあるのだから。
 
 
 
 **************
 
 
 
「おい、そろそろ起きろ」
 さっきから観鈴が何度声を掛けても起きる様子がなかったので、俺は仕方なく美凪の体を強く揺すってみた。
 さすがにこれは利いたのか、美凪の体がもぞもぞと動いた。
「……おはようございます」
 美凪は寝ぼけ眼のまま半身を起こすと、いつもより一つ分遅れて返事をした。
「おはよう、美凪。もう朝食の準備が出来てるよ」
「…私、寝坊しちゃいましたか?」
「ああ。こいつが何度も起こそうとしたけど、全然起きる気配がなかったぞ」
「でも珍しいよね、美凪が寝坊するなんて」
「…」
 寝ぼけているのか、美凪は何もないはずの空間をぼーっと見つめていた。
「ほら、早く準備しろ。今日も暑くなるだろうからさっさと出発するぞ」
「…はい」
 そう答えると美凪は跳ねた髪を手で解いたりして、簡単に身なりを整え始めた。
 そうしている間に、俺と観鈴は炊けた飯を笹の葉でつくった皿によそっていた。
 もちろん、箸だってちゃんと用意している。
 今朝は白米を食べたいという観鈴の希望により、昨日の内に竹を削って作っておいたのだ。
「…ちゃんと炊けましたか?」
 身なりを整え終わった美凪が俺たちの所にやってきた。
「ううん、ちょっと水っぽいかも」
「俺は水が多いんじゃないかってちゃんと指摘したんだけどな」
「でもそれ、炊きあがる直前だった」
「…まあ、腹に入れば一緒だ」
「あっ、往人どの、ごまかした」
「…でも、少しの練習でこれだけ炊ければ上出来です…ぱちぱちぱち」
「ありがとう。美凪のおかげだよ」
 最初の頃は炊事なんて全く出来なかったことを考えると、まだまだ下手だとは言え、観鈴の腕前は確かに上達していた。
「でも、喜ぶのはちゃんと炊けるようになってからにしてくれ。毎回こんな炊き方をされたんじゃあ、折角の米が台無しだからな」
「じゃあ、往人どのも頑張ってちゃんと炊けるようにならないとね」
「俺は焚き火担当だから米は炊けなくても良いんだよ」
「そんな担当決まってない」
「…まあ、それくらいにして…冷めない内にいただきましょう」
「ああ、そうだな」
 いつものように飯を手早く腹の中に掻き込むと、俺たちは本調子を取り戻そうとしている太陽と競うかのように山道を進み始めた。
 
 
 
 あれだけ蒸し暑かった昼の空気も、空が赤く染まっていく頃にはすっかりその影を潜めていた。
 木々の間を吹き抜けてくる風は心地よくて、今日の疲れを僅かではあるが癒してくれる。
「…あの…ひとつ提案があるのですが」
 薪となる手頃な枝を集め終わったところで美凪が手を挙げた。
「…向こうの方にいい場所を見つけたので、今日はそちらの方で焚き火をしませんか?」
「どんなところなの?」
 興味があるのか、観鈴が話に食いついた。
「…それは秘密です」
 そう言って、美凪は少し意地悪そうに微笑んだ。
「何か気になるな。よし、じゃあ取り敢えずそこに行ってみるか」
 面白そうだったので、俺も美凪の提案に乗ってみることにした。
「うん。じゃあ美凪、案内お願い」
「…やった」
 嬉しそうに案内を引き受けた美凪の後ろを、俺と観鈴は着いて歩いた。
 林の中を少し進むと、ぽっかりと空いた空間が目の前に現れた。
 そこは大きな岩が山の斜面から水平に突き出すような格好になっていて、それはまるで見晴らし台のようになっていた。
「わっ、すごい」
「…さっき薪を探して歩いていたら見つけた場所なんですが…どうでしょう?」
「ああ、いいんじゃないか」
 俺たちは何日も森の中を歩いていたから、こんなにも広い空を見ると、いつも以上に心地よさを感じられた。
「じゃあ、今日はここで晩ご飯だね」
 集めてきた薪を綺麗に積み上げてから火を着け、採ってきた食糧を簡単に調理して食べた。
 いつものように日は沈み、それに代わって焚き火の明かりが周囲をうっすらと照らし始めた。
「あっ、一番星」
 観鈴が指差す方向に、それはあった。
 何かを主張するように、強く明るく光を放つ星がひとつ。
「…今日は雲が出ていませんから、これからもっとたくさん見えると思いますよ」
 その言葉通り、空の色が紺色から漆黒移り変わって行くに連れて、またひとつ、またひとつと、先を競うように輝きの数が増えていった。
「うわー、きれい」
 別に星が珍しい訳じゃなかったが、社殿を出てからは木々の間から少しだけ見える程度でしかなかったから、久しぶりに見た星達の数には圧倒されずにいられなかった。
 それに、こんなにも意識して星を見ようと思ったことなんてそうそう無かったのだから尚更だ。
 当たり前過ぎて気にも留めない存在も、こうして改めてじっくりと見てみるとなかなか新鮮なものに感じられた。
「お前、もしかしてこれが見たくてここに来たのか?」
 静かに夜空を見上げる美凪にそう聞いてみた。
「…はい。…実は私、星を眺めるのが好きなんです」
 焚き火は燃え尽きることを躊躇うように、ほのかな光を灯し続けていた。
 その明かりに照らされた美凪の表情には、いつか見たのと同じ寂しさの影が映っていた。
「…なあ、美凪。お前、何か心配事でもあるのか?」
 だから俺は以前から気になっていたことを聞いてみた。
「…はい?」
「今朝、珍しく寝坊したと思ったら、その後もどこかぼーっとしてただろ?」
「…そうでしょうか?」
「うん、確かに今日の美凪、少し変だったかも…」
「それに、今日だけじゃないだろ? お前が元気ないのは」
「…」
 黙って俺と観鈴の顔を見つめる美凪。
「美凪。何かあるんだったら、わたしたちが聞くよ?」
「それに、何か隠し事でもされてるようでこっちも気分が悪いしな」
 美凪は星空を見上げた。
 そこに、答えを求めるかのように。
 見上げた先にはたくさんの星達が賑やかに光を放っていた。
 俺たち地上のちっぽけな存在のことなどお構いなしのように、いつも変わらない輝きを灯しながら。
「…話して…楽になるんでしょうか?」
 美凪はぽつりと呟いた。
「馬鹿。そんなこと、実際に話してみないと分からないだろ?」
「…でも…これは多分、私個人の問題だと思います。…話しても往人どのや観鈴さまの迷惑になるだけだと思うのですが?」
「そんなことないよ。わたしたち、友達。ね、往人どの」
「まあな」
 少し恥ずかしかったので、俺は視線を逸らせながらそう答えた。
 美凪は俺達のそんな頼りない一押しを聞くと、そっと目を閉じた。
 俺たちの声が消えた後には、周囲から虫たちの鳴き声が微かに響いてきた。
「…分かりました。…では、お話しします」
 美凪は俺たちの方に居住まいを正した。
 その覚悟を受け止めるために、俺と観鈴も居住まいを正してそれに応えた。
「…まずは最初に、私の家族について話さなくてはいけません」
 決心を付けるかのように、美凪は一度、目を閉じた。
「…私には父と母…そして妹がいました。…私と妹のみちるとは仲が良くて、いつも一緒に遊んでいました。…みちるはお手玉をするのが大好きで、でもなかなか上手くできなかったから、いつも私と一緒に練習していたんです」
 昔の思い出が懐かしかったのだろうか、話をする美凪の表情はいつの間にか穏やかなものへと変わっていた。
「そっか。それで美凪はお手玉が上手だったんだ」
「…はい…昔はお手玉を5つ同時に回すことが出来ました」
「5つも!?」
「…私、そういうのは器用な方ですから」
 美凪はそう言って微笑んだ後、話を戻した。
「…でも、私がまだ小さかった頃に村の近くで朝廷への反乱が起こって、それを抑えるために近隣の村中の大人達が徴兵されてしまいました。…それは父も同じで…残された私達は父が家を空けた後も、父がいつ帰ってきても良いようにと、今まで通りの生活を頑張って続けていました。…私、お父さんっ子でしたから、父がいなくなって本当はとても寂しかったんですけど、母やみちるに気を遣わせないように、いつも通りに振る舞っていました。…そして、父が徴兵されてからしばらくして…私の村が兵士達に襲われました。…後で聞いたんですが、その時村を襲った兵士達は、父を含め徴兵された大人達が所属している軍勢が戦っていた相手だったそうです。…そして、その騒動の中で…みちるは息を引き取りました」
 美凪は目を伏せると、喉に詰まった何かを吐き出すかのように、辛く苦しそうな様子で次の言葉を繋いだ。
「…そして、その原因を作ったのは…私なんです」
「どういうこと?」
「…みちるは私を庇って…敵の兵士が放った矢を受けたんです」
「そんなの、美凪は全然悪くない!」
「…いえ、私が悪いんです。…だって、私はみちるのお姉ちゃんだったのに…みちるを守ってあげなければいけない立場だったのに…そのみちるを守ってあげるどころか、私の身代わりに殺してしまったんですから…」
「でも…」
 観鈴は、美凪の妹の死は仕方ないことだったとでも言いたかったのだろうが、その言葉が当の美凪にとってどれほど無責任なものでしかないかということに気付いたようで、次に掛けるべき言葉が見当たらず戸惑っていた。
 それは俺も同じ事で、美凪に罪はないと思いつつも、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。
 妹の死は美凪のせいじゃない。
 ただそれだけを伝えたいのに、目の前の美凪が背負っている後悔の念は付け焼き刃でしかない俺たちの想いなんか容易く跳ね返してしまうということを、痛いほど感じ取ることができた。
「…みちるが死んでしまった後、父が戦死していたことが耳に入りました。…そのことが相当堪えたのか、後を追うように母も病気で亡くなりました。…私は独りぼっちになってしまって、とても辛い思いをしました。…その時私は、こんなにも辛い目に遭ってしまったのは、あの敵の矢が自分に迫ってくるのを見たときに、私が死にたくないと強く願ってしまったからなんだと思いました。…そんな願いがみちるを犠牲にするという形で叶えられてしまって…みちるを犠牲にしてまで生き延びてしまった私の罪が、私から家族を奪ってしまったのだと。…だから私は、もし次に大切にしたいと思える誰かと巡り会ったら、私がみちるにしてあげられなかった分まで、その人の幸せのために尽くそうと思ったんです。…それが、私の罪滅ぼしだと思って」
「そして観鈴に出会った、と」
「…はい。…あの社殿に観鈴さまが来たとき、観鈴さまは独りぼっちで寂しそうにしていました。…社殿の方々は、観鈴さまは翼人だからと、どこか遠ざけていましたから。…でも私には、観鈴さまがみちるのような素敵な心を持っているような気がして…それで、話しかけてみたんです」
「うん。あの社殿で初めて声を掛けてくれたのは美凪だったんだよね」
「…ええ。…そして観鈴さまと何度か話しているうちに、私にとって観鈴さまは大切な人になっていきました。…だから私は観鈴さまのために尽くしていこうって決めたんです。…みちるにしてあげられなかった分まで、観鈴さまを幸せにしてあげようと」
「そうだったんだ…」
 自分に向けられていた美凪の秘めた想いを知り、観鈴は少し納得したような声を上げた。
「…でも、社殿から抜け出して観鈴さまといつも一緒にいるようになってから…私は、観鈴さまにみちるの面影を重ねてしまっている自分に気付いたんです。…社殿にいるときにも薄々は気付いていたんですけど…観鈴さまにお手玉を教えるようになってからは、もう自分でも抑えることが出来ませんでした」
「でも、お前が観鈴に妹の面影を重ねてしまうことが、別に悪いってことはないだろ?」
「…いえ、そんなことはないんです。…観鈴さまは観鈴さまであって、みちるじゃありません。…観鈴さまにみちるの面影を重ねて接していては、観鈴さまが可哀想ですから。…それに私は、観鈴さまにみちるの面影を重ねることで、みちるを失ってしまった悲しみを紛らわせている自分に気付いてしまいましたから。…誰かの幸せのためにと言いながら、自分の罪を償うためにと言いながら…結局はみちるや家族を失ってしまった悲しさを紛らわすための自己満足でしかなかったんですよ…」
 どこか自虐的な表情を浮かべながら、美凪は静かに星空を見上げた。
 そこには美凪が幸せだった頃と何一つ変わらない沢山の輝きがあった。
 そのことが、どこか寂しく感じられてしまう。
「…飛べない翼に、意味はあるんでしょうか」
 この大地から、そしてこのしがらみから飛び立つことの出来ない美凪を残して、美凪が発したその言葉だけが夜空の向こうへと飛び立って行った。
「…昔の思い出に囚われてしまっている私は、今もずっとあの頃のままで…みちるが死んだ時から何一つ変わることが出来ずに、今もこうしてここにいるんです。…社殿から抜け出して、観鈴さまや往人さまと新しい生活を手に入れたはずなのに、私だけが新しい一歩を踏み出すことが出来ずに、昔の思い出に縛られたまま羽ばたくことが出来ないでいるんです。…私の翼は、新しい世界を受け止めて、その中を自由に飛び回ることさえも、もう忘れてしまったのかもしれません。…幸せだった頃の自由に飛び回っていた記憶に囚われながらも、あの幸せな頃に戻ることも、新しい世界に飛び立つことも出来ずに…罪の世界の中をいつまでも漂っているだけなんですよ」
 気が付けば先程まで微かに燃えていた炎はいつの間にか消えていて、今は月と星の微かな明かりだけが、俺達をその冷たい光で包み込んでいた。
「なあ、美凪。それはお前の思い込みなんじゃないのか?」
「…」
 美凪は何も答えることなく、ただ俺の目だけを見ていた。
「下らないな」
 俺はきつい口調でそう言い捨てた。
「…そんなことないです」
「いや、下らない。お前がどう思っていてどう足掻いていようが、お前の妹が死んだ事は何一つ変わらないだろ? だったら、そんな罪の意識なんか忘れて…」
「忘れられるはずないじゃないですかっ!」
 初めて見せる美凪の食ってかかる態度に、俺は思わず圧倒された。
「大好きだったみちるの事を忘れるなんて出来るはずないじゃないですか! 私の罪を、みちるの死を忘れてしまったら、私はみちるとの思い出もなかったことにしなければならないんですよ!? 大好きだったみちるの事や、父と母の事を忘れて、私だけが幸せになることなんか出来るわけないじゃないですかっ!」
 心を鋭く突き刺すような、激しくも辛く悲しいその矛先は…多分、俺にではなく美凪自身に向けられていたんだと思う。
 そう感じさせるものが、圧倒するような美凪の表情の裏に垣間見えているような気がした。
 それは美凪が今までずっと他人には隠し続けてきたのであろう感情で、今にも泣き出してしまいそうな年相応さを感じさせるものだった。
「…家族との思い出を持ち続けていくためには、私の背負ってしまった罪はあまりに大きくて…でもそれを償わないと、私はみちるに合わせる顔がないんです。…なのに私は自分のことしか考えられていなくて…観鈴さまを幸せにするために頑張らなくちゃいけないのに、私は観鈴さまにみちるの面影を重ねることで自分の悲しみを紛らわすことしかできていないのに、まるで罪滅ぼしをしているかのように自分に思い込ませて…でも、そんな身勝手な罪滅ぼしではいつまでたっても私の罪は消えるはずもなくて…私はいつまでもあの時から進むことが出来ないでいるんです。…いつになったら私の罪が許されるかを聞こうにも、みちるはもうここにはいないし…私は…」
 さっきまで見せていた食ってかかるような様子は今はもうどこにも無くて、美凪は口を押さえて泣いているだけだった。
「馬鹿! そんなの、お前が考え過ぎなだけだろ!」
 俺は感情にまかせて怒鳴った。
 収まらない苛立ちは、目の前の美凪の様子に対するものなのか、美凪を縛り付ける罪に対するものなのか、それとも何か別のものに対してなのか、自分でもよく分から無かった。
 だからといって、この腹立たしさを吐き出さずにいることは出来なかった。
「往人どの!」
 観鈴が急に俺の腕を強く引っ張った。
 その衝撃に、俺の熱くなった思考は冷静になることを少し思い出したようだった。
「往人どの、言い過ぎ。今は美凪をそっとしておいてあげよう、ね?」
「でもな…」
「往人どのっ」
 有無を言わせない強さを秘めた観鈴の視線が俺の目を捉えた。
 その視線に、俺のやり場のない苛立ちは次第にどこかへ追いやられていった。
「…分かったよ」
 勢いを失った俺は、吐き捨てるように力無くそう告げた。
「美凪も気にすることないよ。わたしたち、先に向こうで寝てるから、美凪も落ち着いたらちゃんと寝てね。寝れば少しは落ち着くと思うから」
「…すみません」
 美凪の力無い返事が、俺たちに見られないように涙を拭っているのであろうその背中から返ってきた。
「ほら、往人どの。行こ」
「ああ…」
 観鈴に背を押されてこの場を去りながら、俺はこれがただの悪夢であることを祈っていた。
 そう。目が覚めれば、あのいつもの生活に戻れるはずだから…。
 でも、俺の背を押す観鈴の手のひらの感触や、嫌なことがあった後に訪れるこの脱力感が、俺のそんな微かな希望さえも叶えてくれないことをはっきりと物語っていた。
 3人での新しい生活はまだまだこれからだと思っていたのに、それがどこからか崩れていくような不安が頭をもたげていくのを感じずにはいられなかった。
 
 
 
 
                  −9話に続く−
 
.................................................................................................
 
〜あとがき〜
 
 今回の話はこの作品を書き始めたときから考えていたシーンでした。
 それに加えて美凪は僕の好きなキャラでもあるために思い入れが強く、あれこれとネタを詰め込みすぎているかもしれません。
 
 冒頭の回想で美凪の過去が明らかになったわけですが、その幸せだった頃の思い出も少し絡んでの、美凪が話の後半で自分自身を責めるが故に深みにはまってパニックに陥っていく様子をすっきりと読みとってもらえれば僕としては本望です。
 もし美凪の思考がどこか不自然だと感じるところがあれば、それは僕の力不足な点でしょうね。
 
 
 「飛べない翼に、意味はあるんでしょうか」のセリフだけは絶対に使いたかったので、これを話に組み込めただけでも個人的には大満足です。
 それに美凪にはどこかで感情大爆発をしてもらわないと、美凪シナリオを書いた気がしませんしね(笑)。
 
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 りきおです。またひでやんさんから頂きました。物語も佳境ですね(早い?)。
 僕には動かせないのですが、美凪は動かしがいのあるキャラなのかもしれませんね。色々と使い勝手が良さそうですw
 
 感想などは、
 
「Web拍手」「SS投票ページ」「掲示板」
 
 などへどぞ!

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