another SUMMER(11) 
  
  
  
 風に揺れる木の葉の音。 
 そして、木々の間を縫って聞こえてくる楽しそうな二人の声。 
 その声に釣られて、俺はその方向に視線を向けた。 
「やった、捕まえた」 
「…お見事です…ぱちぱちぱち…」 
「にははは」 
 地面にしゃがみ込み、虫を捕まえて遊ぶ二人の様子からは、ついこの間までのぎくしゃくした雰囲気は感じられなかった。 
 あの日、美凪は心に抱えていた何かを吹っ切れたのだろうか? 
 そんな俺の心配も、今、目の前で見せている美凪の心からの笑顔を見ていれば不要のものだと悟った。 
 俺は軽く笑うと、翼人に関する書物に再び目を落とした。 
 古臭くてよく分からない内容に何度も嫌気が差しては読むのを投げ出していたものの、これまで読み進めてきた中でいくつか分かったことがあった。 
  
 1つ目は、翼人の役目について。 
 翼人の役目とは神託を聞き、神に代わって人々をより良き道へと導いていくものらしい。 
  
 2つ目は、翼人の力について。 
 翼人の役目を果たすために神から与えられたものが、その人並み外れた能力である。 
 彼らの知識や神通力は次の翼人に受け継がれていくことによってその能力をより高めていくらしい。 
 生まれながらにして既に数百年もの間の経験を身につけているというわけだ。 
  
 3つ目は、翼人の転生について。 
 翼人の記憶は引き継がれることによって高められていくため、翼人は常にこの国に一人しかい。 
 翼人が死んだ後は、今までの記憶を受け継いだ新たな翼人が生まれるそうだ。 
  
 だが観鈴を見ている限り、神託を受けたような素振りを見せたこともなければ、人離れしたような能力を発揮したこともないし、ましてや観鈴以外の誰かの記憶を持っているような様子は全く見られない。 
 どう考えたってこのご立派な書物に書いてあることは、目の前にいる観鈴には何一つ当てはまらなかった。 
 そして肝心の翼人の災いに関する記述はまだ見つかっていない。 
 …やはりただの噂でしかなかったのだろうか? 
「ん?」 
 ぱらぱらと頁をめくっていると、ある文章が俺の目に留まった。 
「翼人の…罪?」 
  
『翼人の罪。 
 それは翼人が自らのために力を使い神の意志に背いた時、神によって科せられたものである。 
 翼人の力やその存在は神のそれとも人のそれとも異なる。 
 翼人の役目は、ただ、神の神託の下に人を導くものである。 
 故に、神は翼人がその役目を背くことを許さない。 
 それは翼人の力が人と比べてあまりに強大であるから。 
 その力は本来ならばこの地上に存在するにはふさわしくない力であるから。 
 故に翼人が神の意志に背いた日から、翼人には罪が科せられるようになった。』 
  
「何なんだ、これは…」 
 俺が知っている翼人の伝説と、この文章に書いてある翼人の罪というものの印象が上手く繋がらず、俺は少し混乱した。 
 もしかして、この翼人の罪というのは例の災いと関係があるのだろうか? 
「往人どの」 
 急に呼びかけられ、俺はとっさに本を閉じた。 
 どうしてだか、これを観鈴には見せたくないと思ったからだ。 
「邪魔したかな?」 
「いや、別に…。それよりお前、たくさん捕まえられたのか?」 
 俺の質問に対して、観鈴は嬉しそうに腕を差し出した。 
「はい、こんなにも捕れた」 
 観鈴が差し出してきた包みを開けてみると、その中には無数の蠢く影が…もとい、数十匹のバッタがいた。 
「捕りすぎだろ…」 
 さすがにこれだけの数のバッタがひしめき合っていると、見ていてとても気持ち悪い。 
 そのやばさは今晩の夢に出てきてもおかしくないほどだった。 
 俺はふと、さっきまでこいつと遊んでいた美凪の姿が見当たらないのに気付いた。 
「美凪はどこに行った?」 
「水が少なくなったから、汲みに行ってくるって」 
「相変わらず気の利くやつだな」 
 ここまで来ると感心するのを通り越して、むしろ呆れてしまう。 
「ところで、往人どのの読書の方は進んでるのかな?」 
「ん…まあな」 
「翼人について書いてある本だったっけ?」 
「ああ…」 
 俺は今自分が思っていることをこいつに言うべきかどうか、少し迷った。 
「…だがな、読んでいてどうも納得がいかない」 
「どんなことが?」 
「この書物には、翼人は力や記憶を引き継いでいくって書いてあるんだが、お前には自分が生まれる前の記憶なんか無いだろ?」 
「うん、無い。生まれてからのこともよく忘れてる」 
 観鈴は、にはは、と照れ笑いをしたが、今は取り敢えず突っ込まずにおいておくことにする。 
「それにお前は翼人の名の由来である翼さえも持っていない」 
「…どう見ても普通の女の子ですよね」 
「うん。わたし、みんなが言うような凄いことなんて一つも持ってない」 
 本来は翼人として恥じるべき事を言われているはずなのに、当の観鈴は胸を張ってそう答えた。 
「だからすっきりしないんだ。大体お前、本当に翼人なのか?」 
「うーん、それはわたしが聞きたいぐらい」 
「…でも…観鈴さまが翼人であっても、そうでなくても…観鈴さまは観鈴さまです。…全然、関係ないです」 
「まあ、そうだけどな」 
「…はい、そうです」 
 …。 
 ……? 
「ってお前、いつの間に戻ってきてたんだ!?」 
「…さっきからずっと会話に入ってましたが?」 
「え、そうだったんだ? 全然気付かなかった」 
「…がっくり…気付いてもらえませんでしたとさ」 
 肩を落とす美凪は、何故か昔話口調だった。 
「だったら始めから気配を漂わせておけよな」 
「…それは…譲れません」 
 譲れよ。 
「…それはさておき…麓の方で市が開かれているようです」 
 なるほど。さっきから微かに雑音のようなものが聞こえてくると思っていたら、原因はそれだったのか。 
「市か。情報を手に入れるのにはいい機会かもしれないな」 
 俺達は2週間ほど逃亡生活を続けていたから、それ以来、情報を得る機会が全くなかった。 
 あの時社殿を襲った連中は、俺達を捕まえるために今も何か手を打っているのかもしれない。 
 あるいは、俺達がここまで逃げてきたことによって既に手の出しようが無くなっているのか。 
 この機会にそれを確認してみるのも良いかもしれない。 
「ちょっと見てくる。お前らはここで待ってろ」 
 俺は側に置いていた刀を脇に刺すと、市に出かけようとした。 
「あ、わたしも行きたい」 
 そんな俺を引き留めるように、観鈴がそう言った。 
「馬鹿。遊びに行くわけじゃないんだ」 
「でも、わたし、市見てみたい」 
 好奇心からか、なかなか引き下がろうとしない観鈴。 
「大体お前はお尋ね者になってるかもしれないんだぞ? そんなやつがノコノコと人前に出てみろ。直ぐに捕まるだろ」 
 俺一人ならもしもの時でも敵を撒くことができるが、こいつを連れていてはそうはいかないことぐらい、先の逃亡劇で嫌になるほど味わった。 
「大丈夫。わたし、他人の振りするの得意」 
「どこをどう見たら、そんなことが言えるんだよ?」 
 俺は呆れながらそう言った。 
「…観鈴さまの事は私が見ておきますので、三人で一緒に行きませんか?」 
 俺達のやり取りを見かねたのか、美凪がそう提案してきた。 
「うん、名案」 
「どこが名案だ」 
 俺は観鈴の頭を軽く小突いた。 
「が、がお…」 
「…まあまあ、往人さま」 
 その後は美凪に上手いようになだめられ、結局三人で麓の市を覗きに行くことになった。 
  
  
  
 市は盛りを超えたと頃だというのに、未だに人々の威勢の良い声が飛び交っていた。 
 心配していた事についても、今のところはどうやら杞憂に終わってくれている。 
「…どうやら、お尋ね者にされている様子はないようですね」 
「そうだな」 
 もう何日も逃げてきたから、もしかしたらやつらの手の内からは既に逃れられているのかもしれない。 
「でも、気を抜くんじゃ…」 
「往人どのー! こっちこっち」 
 未だ警戒を解いていない俺を余所に、いつの間にか観鈴は向こうの方で開かれている店の前で脳天気に手を振っていた。 
「…思いっきり抜いちゃってますね」 
「だぁーっ、少しは大人しくしてろっ!」 
 俺と美凪は観鈴の元に駆けだした。 
「おまえがあいつの面倒を見ておくって言っただろ?!」 
「…あ…忘れてました」 
「あのなぁ…」 
 あまりに呆れて俺は怒る気にもなれなかった。 
 こいつらを連れてくるんじゃなかったという後悔がひしひしと湧いてきたが、今更遅い。 
「見て。これ、何に使うんだろ?」 
 俺と美凪がやって来ると、観鈴は目の前にあった商品を指差した。 
「うーん、こうやって被るのかな?」 
 そいうって手に取ったのは少し細工のされた円筒形の籠だった。 
 それを被った観鈴の姿に、店の主人は苦笑し、俺は手で顔を覆った。 
「…かわいい」 
 一人だけは常識を越えた理解を示したが、気にしないでおくことにしておこう…。 
「お前な…本当にそれの使い方を知らないのか?」 
「うん、初めて見た」 
「それは魚を捕まえるための仕掛けだよ、お嬢ちゃん」 
「あっ、そうなんだ?」 
 籠型の仕掛け以外にも、その周りには投網や銛などの漁に関する道具が広げてあった。 
「ああ。だからそんなあほな子みたいな真似するのは止めろ」 
「わたし、あほな子じゃない…」 
 そう答えつつも、店の主人にこれは何だと質問攻めをする観鈴。 
 店の主人は心が広いのか、頬を引きつらせながらもひとつひとつ丁寧に解説していた。 
 一緒にいた俺は次第に恥ずかしくなってきて、観鈴の襟首を掴むとその店から引きはがした。 
「わっ。もう少し聞いてみたかったのに」 
 俺に引きずられながらも、観鈴は名残惜しそうにそう言った。 
「そんなことしてたら余計にあほな子に思われるだろっ!」 
 俺は観鈴の方を振り向くことなく前を向いたままそう言い放った。 
 しばらく観鈴を引きずりながら歩いていたら、美凪が俺の顔を覗き込んできた。 
「…あの…往人さま」 
「何だ?」 
「…手」 
「…手?」 
 俺は空いていた左手をわきわきと握ってみた。 
「…そっちじゃなくて…」 
 今度は右手をわきわきと… 
「!?」 
 なんかさっきから右手が妙に軽いと思っていたら、観鈴の襟首を掴んでいたはずの俺の手は何も捕らえてはいなかった。 
「往人どのーっ」 
 そしてその逃亡犯は、既に他の店の前で俺達に向けて手を振っていた。 
「…逃げられましたね」 
「くっそおぉぉー!」 
 俺はやけくそになりながら、再び観鈴の元へと走った。 
「往人どの、これって恐竜の赤ちゃんかな?」 
 そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、観鈴は呑気にそう聞いてきた。 
 観鈴が指差すその先には、ピヨピヨと鳴く黄色い小さな生き物がいた。 
「馬鹿、鶏の雛だ。大体、恐竜って何だよ?」 
「…観鈴さまが仰るには…大陸の方の伝説で伝わる、龍の一種だそうです」 
「何だそりゃ?」 
 そう聞き返してみたものの、美凪も『さあ?』というような表情を返してきた。 
 美凪も、観鈴に話を聞かされた程度のことしか知らないのだろう。 
「がおーっ、って鳴くの」 
「その恐竜ってやつの鳴き声はどうでもいいが、こいつらは間違いなくそんな鳴き方しないからな」 
「そうなの?」 
 現に、今目の前でピヨピヨ鳴いてるだろ…。 
「ほら、耳を近づけてよく聞いてみろ」 
 俺のぶっきらぼうな言葉に従い、観鈴は雛に顔を寄せた。 
「…がおー」 
 鳴いたっ!? 
「って、お前が鳴くなっ!」 
「…冗談」 
 こいつ、絶対に狙ってやっただろ…。 
「そういえば、社殿にいたときにもにわとりがいた」 
 観鈴が唐突にそう言った。 
「ああ、そうだったな」 
「…卵を取るために飼っていましたから」 
 とは言うものの、卵なんてたまにしか産まないから、俺はあまり食ったことがなかった。 
「でも、ときどき数が減ってた。不思議」 
「なんだ知らないのか? あれはな…んぅぐ!?」 
 真実を語ろうとした俺の口を、美凪の手が塞いだ。 
 俺はいくらか抵抗すると、その手を振り払った。 
「何すんだ!」 
 睨み付けられた当の本人は、涼しい顔で人差し指を口の前に立てていた。 
「…それは内緒です」 
「何でだよ?」 
「…内緒だからです」 
 どうやら美凪なりの観鈴への気遣いのようだった。 
「どうしたの、二人とも?」 
「…いえ…何でもありません」 
「そうなんだ? でも、不思議だよね。あのにわとりさんたち、どこ行っちゃったんだろ」 
 観鈴は、うーん、と真剣に考え始めた。 
 …そいつらはな、おまえの腹の中に行ったんだよ。 
 俺は心の中でそう呟きながら、哀れな目で観鈴を見つめていた。 
  
  
  
 観鈴は本当に外の世界を知らなかった。 
 俺達にとっては当たり前の物にでも、目を輝かせながら色々と愉快な使い方を想像していた。 
 俺はその様子に呆れつつも、嬉しく思った。 
 こいつがこれほどまでに物事を知らないのは、今までずっと社殿に閉じこめられていたからだ。 
 でも、そんな生活を捨てたところで、結局のところ酷い目に遭ってばかりだった。 
 鳥籠の中は狭くて不自由だが、餌に困ることもなければ外敵に襲われることもないのと同じ事だ。 
 だからこうして観鈴の生き生きとした表情を見ることができれば、こいつを連れ出して来た甲斐があったと思うことが出来た。 
  
 気が付けばもう正午を過ぎていて、観鈴はいつの間にか市の喧噪から少し離れた大きな木陰で休んでいた。 
 あれだけはしゃぎまくっていれば当然だろう。 
「…観鈴さま、これを」 
「何、これ?」 
「…瓜です。…食べてみて下さい」 
「ありがとう」 
 美凪から瓜を受け取ると、観鈴はそれをかじった。 
「が、がお…固いし、美味しくない…」 
「…割れ目を入れてあるので、割って食べてください。…皮は、食べられませんから」 
 観鈴は指摘された通りに瓜を割ると、瓜をかじりなおした。 
「んっ、甘い」 
「…甘い物を食べれば、疲れが取れます」 
「うん、なんだか体が軽くなった気がする。ありがとう、美凪」 
「…よかった」 
 元気を取り戻した観鈴の様子に、美凪は満足そうだった。 
 そんな二人の微笑ましいやり取りを、俺は少し離れたところから眺めていた。 
 心が暖かくなるような光景とは、こういうことを言うのだろうな。 
 だが、そう思えるのもあくまでこうして眺めているからだ。 
 あの二人の輪の中に入ってもみくちゃにされれば、そんな気分に浸っている余裕などないだろう。 
  
 バキッ! 
  
 そんなことを考えていると、突然嫌な音が聞こえてきた。 
 それは胴回りぐらいある太い枝が折れた音だった。 
 それが観鈴と美凪目掛けて落ちてくる。 
 俺はとっさに二人の元へ駆け出したが、そんな自分の行動が無意味であることぐらい、焦りで満たされた思考でもはっきりと分かった。 
 落ちてくる枝を避けることが出来ないと悟ったのか、美凪は観鈴を勢いよく突き飛ばした。 
「わっ!」 
 不意を突かれた観鈴は大きく突き飛ばされて背中を打ったが、そのおかげで落ちてきた枝からは逃れることができた。 
 その代わり… 
「きゃあっ!」 
 落ちてきた枝が、逃げる機会を失った美凪を押しつぶした。 
「美凪っ!」 
 観鈴は美凪の元に駆け寄って枝をどけようとするが、観鈴の力では重くてどうすることも出来ない。 
「どけろ! 俺が何とかする」 
 やっと駆けつけることの出来た俺は、美凪を押しつぶしている枝に張り付くと、両腕に力を込めて枝を持ち上げた。 
 その間に観鈴が美凪の体を枝の下からなんとか引きずり出した。 
「美凪、大丈夫!?」 
「…へっちゃら…です…」 
 全然、へっちゃらなはずがない。 
 笑顔を見せようとする表情は苦痛の色で滲んでいて、俺達を心配させまいと無理をしているのが痛いほど分かった。 
 美凪がどこを怪我したのかを確認しようとしたところ、美凪の手が太股を押さえているのが目に入った。 
「足をやられたのか?」 
「…はい」 
 他にもどこか強く打っているのだろう。 
 だが、今こうして足を押さえていられるということは、少なくとも命に関わるほどの怪我をしていないということだ。 
 ただ、押さえている場所が徐々に紫色に腫れ上がっていくのが分かる。 
 歩くのは…無理か。 
「美凪っ、美凪っ…!」 
「落ち着け! 取り敢えず傷を冷やすんだ。水を持ってこい」 
「うん…分かった」 
 いつの間にか俺達の周りには野次馬達が集まっていた。 
 観鈴は潤んだ目をこすると、その外をめがけて駆け出していった。 
 だが… 
「わっ!」 
「おっと」 
 前をろくに見ていなかったのか、観鈴は人混みの中で人と肩をぶつけて姿勢を崩した。 
 ぶつかった相手がとっさに観鈴の腕を掴んだので、観鈴は尻餅をつかずに済んだのだが。 
「すみません」 
「いや、構わん」 
 そう言って観鈴を引き上げたのは、髪の長い女性だった。 
「人だかりができていると思って来てみれば…何だ、誰か怪我でもしたのか?」 
 突然現れた女に対して、野次馬達の中から『先生!』という声があがった。 
「お前、医者なのか?」 
「ん、まあな。どれ、私に診せてみろ」 
 女は俺の返事を聞くこともなく、腫れ上がった美凪の足を診察し始めた。 
「骨折しているかもしれん。君、この子を取り敢えず私の家まで運んでくれ」 
「…いえ…大丈夫ですから…」 
 そう答える美凪はどう見たって大丈夫そうではなかった。 
 だが、俺達は逃亡中の身だ。 
 どこの誰だか分からない奴の家なんかに世話になりたくはなかった。 
「全然良くない。ちゃんと診てもらわなきゃ」 
 だが、観鈴は必至に美凪を説得しようとしていた。 
「…でも」 
「早くしろ。こういうのは処置が遅れると直りが悪くなるんだ」 
 美凪の言葉を遮り、医者は俺に向かってそう言った。 
「ほら、往人どの。美凪を運んで」 
「でもな…」 
「早くっ」 
 観鈴はこういう事になると一歩も引こうとはしなくなる。 
 俺は渋々頷くと、美凪を背に負ぶった。 
「…すみません」 
 美凪は俺にしか聞こえないようにそう呟いた。 
 美凪のことが心配で自分の立場が見えていない観鈴とは違い、美凪は俺と同じ考えに至ったのだろう。 
 逃亡中の身である俺達にとって、満足に動けない状態で他人にやっかいになることがいかに危険かを。 
 怪我の痛みでそれどころじゃないはずなのに、本当に大した奴だ。 
「こうなったら仕方ないだろ。気にするな」 
 今さら悔やんでも仕方ない。 
 俺は美凪の足を診てもらうことだけを考え、医者の後を追った。 
  
  
  
  
                  −12話に続く− 
  
  
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 りきおです。続きが気になるところですが…。 
  
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