Episode:鈴&理樹 アレンジSS 
    『二人の誓い』 第2話 
  
  
− Side:鈴 − 
  
  
 思い返してみれば、あたしはいつもだれかの背中越しに世界をみていたような気がする。 
 そこから見る世界は、どんなにまぶしくても、どんなに暗くても、いつだってたのしかった。 
  
 でも、ひとりで向かい合ってみた世界はそうじゃなかった。 
 まぶしさに足が止まり、暗さに怯えた。 
 だれかの背中越しにみる世界がどれだけ安心できるものだったかなんて、そんなことはそこから離れてみないとわかるはずがない。 
 でも、それがわかった後にはよけいに背中越しの世界が恋しくなって、いつしかそうして世界をながめているのがあたりまえになっていた。 
 あたりまえのことだから、それがいいかのかわるいのかなんて考える必要もなかった。 
 あたしはそれに満足していたんだ。 
  
  
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
  
  
 あたしはグラウンドに立っていた。 
 気が付けば、いつの間にかあたしのまわりにはあいつらの姿はなかった。 
 おかしい、さっきまで一緒に遊んでいたはずなのに。 
 それを証拠に、あたしの左手には今もグローブがはめられている。 
  
「恭介!」 
  
 辺りを見まわしてみても、あいつの姿はない。 
  
「謙吾!」 
  
 声を張りあげてみても、あいつの返事はない。 
  
「真人!」 
  
 感覚を澄ましてみても、あいつの気配はない。 
  
「理樹っ!」 
  
 だれも…いない。 
  
 あたしは駆けだした。 
 …裏庭。 
 …体育館。 
 …食堂。 
 …それに寮。 
 思い付くところ全部、探してまわった。 
 だけど、あいつらの姿はどこにもなかった。 
 これだけ探してまわったのに、なんであいつらはいないんだ? 
 それに、どうしてひとっこひとり見当たらないんだ? 
 さっぱりわからん。 
 でも、なぜだか立ち止まるのは怖くて、あたしの足は再び校舎の方へむかっていた。 
  
『にゃ〜』 
  
 寮からに校舎につながる廊下をとぼとぼと歩いていると、足下から鳴き声が聞こえてきた。 
  
「ん? どうした、おまえたち?」 
  
 あたしの足下にはいつのまにか猫たちがわらわらと集まっていた。 
 あたしの足にもつれたり、あたしに視線を送ってきたり…。 
  
「なんだ、構って欲しいのか?」 
『にゃう〜』 
  
 どうやらそうみたいだった。 
 だけどあたしの方はそんな気分じゃない。 
 今はあいつらを探さないと。 
  
「わるいが今はそれどころじゃない。じゃあな…っ!?」 
  
 走り出そうとした瞬間、猫たちがいっせいにあたしに飛びかかってきた。 
  
「うわっ、やめろおまえら!」 
  
 あたしにしがみついた猫たちを振り払おうかとも思ったけど、それはさすがにかわいそうだ。 
 いや、でも今はあいつらを探さなきゃいけないし、だからといってこいつらを振り払うわけにもいけないし…。 
  
「あぁ、もう、仕方ない。少しだけだぞ」 
  
 だからあたしは観念して、しばらくの間こいつらの好きなようにさせた。 
  
『にゃ〜にゃ〜』 
  
 …ごそごそ 
  
『みゃう〜』 
  
 …よじよじ 
  
 そんなうっとうしいほどの声と重みにため息を吐いたとき、視界の端に一匹だけぽつんと離れてあたしを眺めているやつが映った。 
  
「ん、なんでおまえだけそんなところにいるんだ?」 
  
 他のやつはみんなあたしにたかっているというのに…ヘンなやつだ。 
  
「そうか、こんな状態になっているあたしを見てたのしんでるのか。…って、なんかむかつくな」 
  
 そう思い、そいつを軽くにらんでやった瞬間… 
  
  
『棗さんはいつも人気者ですね』 
  
  
 白い日傘と、落ち着いた笑顔。 
  
「…み、お?」 
  
 かすかなイメージと共に、あたしの口からその名前がこぼれ落ちてきた。 
 おかしい。そんな名前、あたしは知らないぞ? 
 いや、でも知ってなきゃそんなイメージや名前なんかが出てくるはずもないわけだしな…。 
 その意味を考えようとしたけど、さっきから耳元でうるさく鳴き続けているやつのせいでうまく集中できない。 
  
「うっさい! 集中できないだろ」 
  
  
『あははは、りんちゃんが怒ったー』 
  
  
 特徴的なツインテールと、騒がしい声。 
  
「はる、か?」 
  
 さっきよりもはっきりと、それはこぼれ落ちてきた。 
 でもあたしは、そいつの顔をうまく思い出せない。 
 うまく思い出せないってことは、ただ忘れてるだけってことだ。 
 その間にも、一匹の猫があたし頬によわよわな猫パンチをくり返していた。 
 今度はくすぐったさに集中できない。 
 これはあたしに対するなにかの嫌がらせなのか? 
  
「うっ…こらっ、ふにふにするな」 
  
  
『はっはっは。鈴君のほっぺたは柔らかいな』 
  
  
 黒い長髪と、愉快そうな笑い声。 
  
「…くるがや!?」 
  
 そうだ、あたしはその名前を何度も口にしていた。 
 確かにそんなやつらがあたしのまわりにいたんだ。 
 そして左腕にしがみつく一匹の猫。 
  
  
『わふー! 捕まえましたよ、鈴さん』 
  
  
 亜麻色の髪に、人懐っこい声。 
  
「クド!?」 
  
 名前を口にするたびに、言葉にできない温かさと後悔が頭をよぎる。 
 それはとても大切なことを思い出すときに感じるのとおなじものだった。 
 そして最後に、あたしの胸に飛びこんでいる一匹の猫。 
  
  
『りんちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね〜』 
  
  
「こまりちゃんっ!」 
  
 思い出した。 
 あたしには恭介たち以外にも大切な仲間がいるんだ。 
 ともだちという大切な仲間が。 
 今までどうしてそれを忘れていたのだろう? 
 みんながいないことにどうして気付かなかったのだろう? 
 取り返しの付かないような焦りに駆られ、あたしは猫たちのことも忘れて再び走り出した。 
  
 …大きな木のある裏庭。 
 …夕日の差し込む教室。 
 …忘れられた放送室。 
 …和やかな元僚長室。 
  
 ここに来ればあいつらに会えるはずなのに、そのどこにもあいつらの姿を見つけることはできなかった。 
 その理由は、こうして走りまわっている間に全部思い出した。 
 思い出したけど…それを受け入れたくない。 
  
 あたしの手には部室で見つけた1冊のノート。 
 それはこまりちゃんのノートで、そこにはこの前まで書きかけだった絵本の物語があった。 
  
“悩みのなくなった小人たちは、ひとりずつ、森を去っていきました” 
  
 …それじゃあ駄目なんだ。 
 だって、そんな終わり方はかなしすぎる。 
 あたしと理樹だけ残されたって、みんながいなきゃ意味がないんだ。 
 胸の中でそう叫びながら、あたしはあの場所にむけて階段を駆けあがった。 
  
  
  
  
 そして、あたしは屋上に辿り着いた。 
 太陽が山の端に沈んでいき、空は赤色に染まっていた。 
 その光に照らされるものもすべて赤。 
 それが別れの合図だと思うと、悲しいと思う気持ちが一層強くなる。 
  
“りんちゃんが、これからも、笑っていられますように” 
  
 そんなこまりちゃんの願いを、あたしは叶えようと思った。 
 みんなが笑っていてくれれば、あたしは笑っていられる。 
 どんなに辛いことや悲しいことがあったって、みんながいれば乗り越えられる。 
 だからそのために、あたしは強くなってみんなを助け出してみせると誓った。 
  
 でも…駄目なんだ。 
  
 ここにはみんながいない。 
 あたしだけがひとりぼっちでいる。 
 みんなが笑っていてくれないと、あたしは笑えない。 
 みんなが笑っていてくれないと、怖いことに立ち向かえない。 
 だからあたしひとりじゃ、こうして立ち止まっていることしかできない。 
 そうやって少しでも現実から目を背けていることしかできない。 
 あたしは強くなると誓ったのに、その気持ちはもうくじけてしまいそうだった。 
 理樹と一緒ならなんとかなると思っていたのに、その理樹さえも今はあたしのそばにいない。 
  
 どうしたらあたしは強くなれるんだ? 
 その方法はあの筋肉バカがやってるような方法じゃないって事だけはわかるけど、それ以外の方法なんてあたしには思いつかない。 
 そもそも強くなるってどういうことなんだ? 
 全くわからない。 
 だれかそれをあたしに教えてくれっ! 
  
  
  
  
 夕暮れのかすかな温かさがなくなった後も、あたしはまだ校舎をひとり歩いていた。 
 だれもいないってわかっていても、この場所を歩きまわる以外考えられなかった。 
 そして一瞬、見覚えのある背中が校舎の影に見えた。 
  
「…り、き」 
  
 理樹がいた。 
 だれもいないこの場所で、やっと理樹を見つけることができた。 
 うれしくて、うれしくて、あたしはその背中を追った。 
  
「理樹…っ!?」 
  
 でも、追いついたあいつのとなりには…他の女子がいた。 
 確か名前は…杉並とか言うやつだ。 
 そいつと理樹は肩をならべ、話をしながら歩いている。 
 それを見て、あたしはなぜか理樹に声をかけることができなかった。 
 別に、二人が付き合っている雰囲気だったからってわけじゃない。 
 あたしは理樹が好きだし、理樹もあたしを好きなはずだ。 
 だからあたしが呼べば、理樹はすぐに振り返ってくれるに違いない。 
  
 …なのにあたしは、声をかけることをためらった。 
  
 去っていく二人の背中を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。 
 理樹がもし振り向いてくれなかったときのことを考えると…とても怖かった。 
 あたしが本当にひとりぼっちになってしまう気がしたから。 
 だから、たったそれだけのことをする勇気が出なかった。 
  
 いつの間にかあたしの頬には一筋の光が流れていた。 
 それに気付いた瞬間、こらえきれずに泣いた。 
 結局、あたしひとりじゃ何も出来ない。 
 強くなんてなれない。 
 だから…こんな世界は、もう嫌だ。 
 みんながいない世界なんて嫌だ。 
 理樹が側にいてくれない世界なんて嫌だ。 
 全部、全部、嫌だよぅ…。 
  
  
 そして、全てを拒んだあたしの意識は深い闇へとつつまれていった…。 
  
  
  
  
               − 3話へ続く− 
  
  
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 りきおです。 
 ひでやんさんからいただきました。 
  
 猫を登場させたあたりにこだわりを感じますし、鈴ひとりきりの世界が上手く表現されていると思ったのですが、どうだったでしょう? 確かに、Refrainの鈴あたりのエピソードは原作でも弱かったように思うので、こういう形で再現されるのも面白いですね。 
  
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