Episode:鈴&理樹 アレンジSS 
    『二人の誓い』 第3話 
  
  
−Side:理樹− 
  
  
「おい、理樹」 
「…え、なに?」 
「おまえ、寝てただろ」 
  
 鈴が細い目で僕を見ていた。 
  
「いや、寝てないって」 
「うそだな」 
「いやいや、嘘なんか付いてないって」 
  
 どんどん不機嫌な表情になっていく鈴を前に、僕はちょっとだけ…いや、けっこう窮地に陥っていた。 
 だけどそれは仕方ないことなんだ。 
 気が付くと目の前の光景が変わっていた、なんてことがあったら誰だって驚くでしょ? 
 そう。僕はさっきまで鈴と…リトルバスターズのみんなと出会っていないという可能性の下に生まれた世界にいたんだから。 
 そんな世界を拒絶し、ナルコレプシーから目覚めてみれば、僕のいる世界は慣れ親しんだ光景に変わっていた。 
 僕は校舎へと続く渡り廊下にいて、足下には猫たちがいて、そして目の前には鈴がいる。 
 こんなにも当たり前の日常でさえ、あの世界を体験した後の僕には、すごい偶然の上に成り立っている奇跡のように感じられた。 
  
「理樹っ」 
「あ、ごめん」 
  
 しまった、考え事をしていたせいで鈴のことを無視してしまった。 
  
「…理樹なんてきらいだ」 
  
 そう言って鈴はしゃがみ込むと、足下にいた猫たちと遊び始めた。 
 焦る僕とは対照的に、猫たちは鈴が構ってくれ始めたのでご機嫌の様子だ。 
  
「ごめん、別に鈴を無視するつもりじゃなかったんだって」 
  
 謝ってみても全く反応してくれない。 
 恐る恐る鈴の横顔を伺ってみると、頬は少し膨らんでいて、眉間にはしわが寄っているように見えなくもない…。 
  
「本当に悪かったと思ってるから」 
  
 僕のことなんか完全に無視して、鈴は猫の顔の前で指をくるくると回している。 
  
「鈴ってば」 
  
 駄目だ、完全に拗ねられた…。 
 僕のことなんか既に眼中に無いのだろう。 
 鈴は“ん〜”と言いながら指を回し続けている。 
  
「あーっ、もう。鈴の言うこと何でも聞いてあげるから」 
  
 どうやってご機嫌を取ればいいのか分からず、僕は半ばさじを投げたようにそう言った。 
  
「えいっ」 
  
 さっきまでくるくると回っていた鈴の指が唐突に僕の方に向けられた。 
 こんな光景は以前にもあったような… 
  
「うわぁっ」 
  
 予想通り、鈴の合図で一斉に猫たちが僕に飛びかかってきた。 
 僕の体は瞬く間に猫だらけになる。 
 相変わらず重いなぁと思いつつも鈴の顔を伺ってみると…。 
  
「あはは、たのしいな」 
  
 …笑ってた。 
 それに釣られて僕も笑った。 
 流れることのない雲が浮かぶこの空の下で、その笑顔がすごく大切なものに思えた。 
 これから考えていかなくちゃいけないことは沢山あったけど、今はこの温かさを胸一杯に感じていたくて、僕はそれらを意識の奥へと仕舞った。 
  
  
  
  
 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた後… 
  
「理樹、いるか?」 
  
 鈴の声がドア越しに聞こえた。 
  
「うん、いるよ」 
「じゃあ入るぞ」 
  
 入室許可が下るのを待つまでもなく、鈴は僕の部屋に入ってきた。 
  
「…どうしたの、その荷物?」 
  
 制服姿の鈴の肩にはトートバックがかけられていた。 
  
「これか? これはお泊まりセットだ」 
「へぇー、鈴にしては珍しいね。誰の所に泊まるの?」 
「もちろんここだ」 
「そっか、ここね」 
  
 …。 
 ……。 
  
「って、えーーっ、ここなの!?」 
「そうだ。ベッドも一つ空いてることだしな」 
  
 鈴と同じ部屋で寝ることは初めてじゃない気がするけど、二人っきりってのはちょっと…。 
 それに… 
  
「空いてるったって、ここは…」 
  
 そこまで言って思い出した。 
 今、この部屋にあるもう一つのベッドには持ち主がいないことに。 
 鈴が誰かと一緒に泊まれるところは、ここ以外のどこにもないことに。 
  
「…ダメなのか?」 
  
 不安そうな瞳で僕を覗いてくる鈴に、僕は首を横に振ることしかできなかった。 
  
「そうか、よかった。…よかった」 
  
 鈴は心底安心したようにそう呟くと、僕の横をすり抜けてベッドにちょこんと腰掛けた。 
 その間、僕はただ立ち尽くしていることしかできなかった。 
  
「で、なにして遊ぶ?」 
  
 その声に、僕の意識は呼び戻された。 
 時計を見てみると、寝るにはまだ早い時間だ。 
  
「遊ぶって言っても、ここにはボードゲームやトランプぐらいしかないよ?」 
  
 …と言っても、二人で人生ゲームなんかしてもあんまり面白くないだろう。 
 オセロなんかがあれば良かったんだけど、あいにくこの部屋には二人用のゲームを揃えていない。 
 ルームメイト相手に頭を使ったゲームなんて出来なかったし、この時間帯にはいつも他のメンバーも集まって来ていたからだ。 
  
「じゃあ、トランプだな」 
「そうだね」 
  
 鈴が持ってきた荷物を整理している間に、僕はトランプを引っ張り出してきた。 
  
「二人で出来るのっていったら限られてくるけど、何にする?」 
「そうだな…よし、ババ抜きにしよう」 
「婆抜きね、了解」 
  
 そう答えた後に、婆抜きも二人でするにはちょっとなぁと思ったけど、別に無理って訳でもないか。 
 トランプを切って配り、お互い半分ずつカードを持ち合った。 
  
「あ、先攻後攻を決めるのを忘れてた…って、まあいいや。鈴から始めてよ」 
「いいのか?」 
「わざわざカードを持ち直すのも面倒だしね」 
「そうか。…あとで後悔するなよ」 
  
 鈴はそんな風に自信ありげに答えると、僕の手元に指を伸ばしてきた。 
 …それにしても鈴と一対一か。 
 なんとういうか、楽しいというよりもむしろ大変なことになりそうな予感がするのは気のせいだろうか? 
  
  
  
  
「…理樹はちょーのーりょくが使えるのか?」 
  
 僕が何度目かの勝ちをあげると、鈴は困り果てたような顔でそう聞いてきた。 
  
「いや、さすがにそんなことは出来ないから」 
  
 少し考えれば分かることだったけど、鈴は婆抜きが下手だった。 
 中盤までは持ち前の運の良さで調子良くカードを減らしていくんだけど、手持ちのカードが残り僅かになってから婆を手にした瞬間、もう全然駄目だった。 
  
「そうか。じゃあ、ずるか……って、なにいっ!? 理樹はずるしてたのか!?」 
  
 いや、ひとりで納得して勝手に怒られても困るんだけど…。 
  
「ズルなんかしてないって。鈴の顔を見ていればどれが婆なのか簡単に予想が付いただけだって」 
  
 そう。鈴はポーカーフェイスが下手だった。 
 僕が婆に指をかけようとするとほくそ笑むし、婆以外のに指をかけようとすると焦りが浮かぶ。 
  
「どーしてそれを今までだまってたんだ?」 
  
 鈴はむっとしながら僕に言い詰めてきた。 
  
「教えるほどのことじゃなかったし…それに、勝つまでするって言って引かなかったのは鈴の方でしょ?」 
「ううっ…そんなことも言ったような気もしないこともないような…」 
「素直に認めようよ。で、今度は何にする? 鈴の得意なのでいいから」 
「よし、なら今度は…」 
  
 こうして僕らの直接対決はしばらく続いた。 
 表情を伺い合うようなゲームでなければ鈴の勝ちが続くこともあったけど、鈴にしてみれば最初の婆抜きでの大敗がお気に召さなかったらしく、最後まで勝負の内容に不満そうにしていた。 
  
 鈴はそんなだったから気付いてないだろうけど、僕はトランプをしている間、ずっとドアの方が気になっていた。 
 勝負が良いところに差し掛かったところでタイミングを見計らったようにドアが開き、そこからは…。 
 …そんな幻を、僕はトランプをしている間に何度も振り払っていたんだ。 
  
  
  
  
 僕は布団の中から、闇に染まった部屋を眺めていた。 
 目につくもので動いているものと言えば時計の針ぐらい。 
 その針も、1日の終わりと同時に振り出しに戻ってしまうような気さえしてくる。 
 何の変化もなく、僕と鈴の二人しかいないこの部屋は、まるでこの世界の縮図のようだと思った。 
  
 …僕は恐れているのだろうか? 
 強くなることで、鈴の側にいられなくなるという結果を導いてしまうかもしれないということに。 
 ナルコレプシーを抱えながら生きていく弱い自分こそが、僕のアイデンティティーなのかもしれないということに。 
  
 …いいや、それはきっと違うんだ。 
 そんな弱音を掻き消そうと、僕は頭を振った。 
  
「…理樹、起きてるのか?」 
  
 今ので音を立ててしまったのか、上の方から鈴の声が聞こえてきた。 
  
「ごめん、起こした?」 
  
 ベッドの底板を隔てて会話しているせいか、ちょっと不思議な気分だった。 
  
「理樹のせいじゃない。なかなか寝付けなくてな」 
  
 そんな会話でも、鈴の声が聞こえてくることが素直に嬉しかった。 
 想像していたよりも、僕の中では鈴の存在が大きかったんだと今更ながら実感した。 
 恭介や真人や謙吾と馬鹿なことをやってたって、僕たちの中にはいつも鈴がいた。 
 恭介が鈴を連れ出したのが始まりだったように、リトルバスターズの中心にはいつも鈴の存在があったのだろう。 
  
「鈴…僕たちは、どうしたらいいんだろうね」 
  
 今日初めて、僕はその話題を口にした。 
  
「…理樹にもわからないのか?」 
「うん。ただ強くなるだけじゃ駄目なんだってことくらいしかね」 
「そうか、なんかむずかしそうだな」 
  
 まるで他人事のような口ぶりから、鈴も僕と同じように答えを見付つけられていないんだと思った。 
  
「こんな時…恭介ならどうするんだろうね」 
  
 そう呟いてから、しまったと思った。 
 案の定というか、鈴は口を閉ざしてしまった。 
 鈴の声が聞こえなくなって、鈴が消えてしまったような錯覚がして、僕は急に不安になった。 
  
「…鈴?」 
  
 僕は恐る恐る声を掛けてみた。 
 その言葉でさえ、この闇に呑み込まれてしまうような気がした。 
  
「さあな。あいつの考えることなんかわかるか」 
  
 布団を被り直すような音と共に、そんな返事が返ってきた。 
  
「さっさと寝るぞ」 
「…うん」 
  
 くぐもって聞こえてきた声に返事をすると、僕も布団を深く被った。 
 それと同時に、さっきまでのが嘘だったかのように眠気が襲ってくる。 
 意識がそれに呑み込まれていく中、僕は次に目を覚ました時にもそこに鈴がいることを願った…。 
  
  
  
  
               − 4話へ続く− 
  
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 今回は「鈴と一緒いることの心地良さ」「二人だけの世界の不完全な世界」「歩むことを躊躇う理樹」の3つを中心に書いてみたつもりなので、それらが伝わるような文章になっていれば幸いです。 
  
 前2話では理樹と鈴の世界軸が別々でしたが、今回からは一緒の軸にしています。 
 二人だけで創った世界なので、雲が動かなかったり人がいなかったり時間感覚があやふやになっているところは、恭介や来ヶ谷エピソードでの描写を流用したつもりです。 
 その辺り、「考察がおかしいぜ」って所があったらイタイですね(汗)。 
  
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 りきおです。 
 個人的には、鈴は、理樹に頼りたいのに頼りない感じが出ていて良かったですw どういう方向に進むかが楽しみですね。 
  
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