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 「一人の人間の死」と言う結末をクライアントに説明するにあたって、僕は大量の文章を書かねばなりませんでした。
 僕自身、この物語には格別の愛着があったのですが、何せ人を一人「殺す」ワケですから、生半可な理由では世の中通りません。逆にまた、そうした死に対する「生真面目さ」でもって、僕は作品を「立て」ようともくろんでいたのです。
 それにしても説得は難航しました。あのラストでは「ユーザーに対する裏切り」だとの声も上がりました。確かにゲームは映画とは異なり、作品に積極的に関わることによって感情移入度を高めるわけですから、強制シナリオ的「殺人」は、僕のゲーム制作倫理からしてもボーダーです。
 それでも、なにがなんでも、ラストの決めゼリフは「絶対」でした。
 「前向きに生きる」。人にとってそれ以上大切なことがあるでしょうか。「夕闇通り探検隊」という物語で言いたいことの全ては、多摩川土手のあのラストの言葉に凝縮されていると言っても過言ではありません。
 では、あの「死」は、ラストのセリフのための狂言回しだったのか。・・それも違います。あの死は、あの死で別の視点から見れば意味がある物なのです(それが攻略本ではそれが夕闇の真の背景のように書かれていましたが、それも極端だと思います)。

 この目撃談は、夕闇ファンの皆様に対する「答えなきクイズ」だと言えます。
 この目撃談は、一体いつ誰による物なのか。いつ?どこ?だれ?全てに僕なりの答えは用意しておりますが、それを明かすことはあえてしません。
 月並みなセリフで恐縮ですが、「ご想像にお任せ」したいと思います。





不思議だった。

少女は揺れる誘導灯の動きにずっと見とれているようだった。

この退屈な仕事の一体どこに彼女が惹かれているのか、全く理解できなかった。

はじめの内はいつもと変ったことをしているんじゃないか、まさかチャックでも開いているんでは
ないか、と原因を自分に求めた。

だが5分たち10分する内に、だんだんとそうではないらしいことが分かってきた。

少女は蝶を眼で追うかのように、この赤い光を追っているのだ。ずっと。

だがそれでも、また幾分かたつ内に、何となく「来るな」という予感がした。

瞬間、不覚にもぴしりと眼と眼が合ってしまった。

彼女は、見ることから知ることに興味がすり変わったようだ。

するすると近づいてくる。

「ねえねえねえ・・」秘密を持っている相手にねだるような悪戯っぽい口調が言った。

外見からは想像できなかった幼い言葉遣いに、一瞬戸惑い、眼を反らす。

しかし少女はそんなこちらの様子などお構いなしだった。

「ねえそれ何してんの?」

必死に答えを探す自分がいた。「交通整理のために棒を振ってる」のではなく、
もっと別の「理」に叶った、彼女の求める答えを。

期待に輝く瞳を見たような気がしたのだ。実際には暗くて分からなかったが。

「ほらな、今日は曇ってて全然星が見えないだろ。

 星が見えないと困る奴がいるんだ。高台のケビオバトだよ。

 ほら鳴いてるだろう? 家に帰るんだ。俺はその手伝いさ。

 なにしろハカの行かない仕事だよ。

 必死になって振ってんのに連中まるで帰りゃしねえ。

 飲み足りねえ、騒ぎ足りねえってな。

 だからよ、君も早くお家に帰って、俺を休ませてくれよ」

どうしてこんな幼児すらだませそうにない作り話を口走ったか、理由は分からない。

・・第一、ケビオバトってなんだ?

子を寝かしつける親の即興話のようだったな、そう思う。

ただ少女の目は、俺を一瞬だけ詩人にさせ、あるはずのないことを思い馳せさせた。

ふと眼をおろすと、少女はいなかった。

我に返ると、甲州街道を下る車が、クラクションを鳴らしていた。

幻想は消えた。

だが、この退屈な仕事がふと違った色合いに、

そうなにか、優しい大切なことのように思えてきたのだ。





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