26.事件当日 2 /kousi
何かを予感させる朝だった。
その日、珍しく目覚まし時計がなる前に目を覚ました私は、ベッドの上で一つ大きな伸びをした。
姉としてしっかりしなくてはいけない立場なのだが、朝だけは弱い。しかし、バイオリズムというやつだろうか。今日は随分と調子がいい。
今日に限っては、母に起こされて目を覚まし、「あと5分」と二度寝しては叩き起こされるという雨宮家の毎朝の風景を見ることなかった。
キッチンで朝ごはんの用意をしていた母が見せたあの驚愕の表情を、私はおそらく一生忘れまい。
「円、帰りに雑貨屋で家具を壁に固定する器具を買ってきて。多分、今日あたり揺れそうだから」
私は鯰か。
(まあ、別にいいけどね)
今日だけは、些細なことなら何でも許せそうだった。何せ今日は、例のアンケートがある日なのだから。積もり積もった祐巳さまへの思いの丈を、書き綴ることだってできる。
顔を洗い、歯を磨き、最後に鏡をチェック。リリアンには時々、顔の作りが根本から違うんじゃないかとすら思わせる人物が存在するから侮れない。
元があまり良くないのなら、せめて清潔感だけでもだしておきたいのだ。
準備万端で時計を見ると、普段より10分も早かった。これも何か良いことが起こる前触れかもしれない、なんて思ったりして。
「よし、オッケー。・・・っと、ついでに制服も」
鏡でタイの結びもチェックする。新入生歓迎会でドジを踏んだからだろうか、不意に会っても慌てないように、こういうところは特に注意するようになった。
「二度とあんなことはゴメンだしね・・・」
思い出して少し鬱になるが、それもすぐのことだった。
「・・・って、あ、時間!」
いつの間にやら、時間は進み、先ほどまでの余裕などとっくに消えていた。急いで靴を履き、鞄を持って玄関を出る。
今日ばかりは優雅な登校、と思いきや、結局いつもの通り、駅までの道をダッシュで駆け抜けるのだった。