23.おいしいクッキーの作り方 2 /おにやん
「ああ、ダメダメ。お砂糖は一度に全部入れると味にムラができてしまうわよ」
材料を全て揃えてくれていた黄薔薇さまは、何もかもが完璧だった。
クッキーどころか、満足に料理も作ったことのない私にとって、ホワイトボードにイラスト入りで作り方が書き込まれているこの空間は、学校の家庭科室さながらだった。
「型抜きが一番簡単だけど、ちょっと手間を加えてみようか」
黄薔薇さまの機転で、私達はプレーンとココアのアイスボックスと言われるタイプの型抜きクッキーを作る事にした。
私と由乃さまがプレーン、祐巳さまがココアをそれぞれ担当し、かくして黄薔薇さまのお手本を見ながらのお料理教室が幕を開けた。
「まずは下拵えね。これはどんな料理を作るときでも基本だから手を抜かないようにね」
「・・・はい」
まずは、下拵え・・・っと。
「あ、乃梨子ちゃん。メモは取らなくていいよ。詳しいメモは印刷しておいたから」
・・・抜け目がない。
「まずはバターを混ぜるんだけど・・・腕が疲れるから祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんはハンドミキサー使って」
「・・・令ちゃん、私は?」
「由乃は自力で頑張って。疲れたら変わるから」
「えぇ〜っ!?」
「文句言わないの」
「うぅ〜・・・」
混ぜ始めてしばらくすると、バターがクリームのようになってきた。
「うん、それくらいでいいね。次は砂糖を3,4回に分けて加えながら混ぜて」
「はぁ・・・」
「令ちゃん疲れたー」
ミキサーの音の合間から由乃さまのうめき声が聞こえてくる。確かに、これ、かなりの労力がいるみたい。私と祐巳さまは文明の利器があるからいいけど・・・。
「貸して」
それなのに・・・黄薔薇さまは自分のココアを作っている上で由乃さまの手伝いもしている・・・。腕疲れないのかなぁ・・・。
「祥子たちの方ももういいみたいね」
「あれ? どうして祥子さまと志摩子さんもクッキー作ってるの?」
「見てるだけじゃ暇でしょ。祥子たちには違うクッキーを作ってもらうつもりなの」
黄薔薇さま・・・恐るべし。一つのクッキーの作り方を覚えるだけでもいっぱいいっぱいな私にとって、とても同じ人間とは思えなかった。
「次は卵ね。祐巳ちゃんたちは卵黄だけ。祥子たちは全部使って」
「わかりました」
「卵も2回に分けて入れてね。あ、今度はミキサー使わないでね。そこにあるゴムベラで大雑把に混ぜて」
自分の分と由乃さまの分を混ぜながら、祥子さまたちの様子を見つつ、私達への助言・・・。この処理速度はなんなのだろう・・・。クラスメイトから聞いた男装の麗人やミスターリリアンと言った黄薔薇さまのイメージからは到底思い浮かべることの出来ない光景だった。
「次は、薄力粉入れて、ベタベタするまで混ぜて。祐巳ちゃんと志摩子はそこでココアパウダーも入れて」
単純作業な分、疲労がスゴイ。ただ混ぜるだけなのに、混ぜれば混ぜる程、抵抗が増していく。料理がこれほど体力のいるものだとは思いもしなかった。こんなに苦労をしてまで食べたいものなのだろうか、クッキーって。
「うん、みんなご苦労様。もう後は冷やして型抜きして焼くだけだよ」
「つ、疲れました・・・」
「初めてだとそうかもね。でも、そのうち慣れるよ」
慣れたくない・・・。その言葉は疲労にかき消された。
「祥子たちの方は絞り袋に入れて」
「・・・これに入れればいいの?」
「そう。空気が入らないように注意してね」
あれ? あの袋って生クリームのやつだよね?
「あの、黄薔薇さま。それは・・・」
「ああ、これは絞り出しのクッキーよ。たまに見ない? 丸くてちっちゃいの」
「ああ! メレンゲのヤツですね」
祐巳さまが手を叩いて答える。でも、私にはメレンゲと言われてもピンと来なかった・・・。
「あとは、これを2時間冷やしてっと・・・、どうだった? 乃梨子ちゃん」
「意外と簡単な割に疲れますね」
「あうぅ〜・・・」
「由乃、だらしないよ」
「だって〜・・・」
* * *
2時間程休憩している時、黄薔薇さまが事前に作って置いたという私達がこれから作るものの完璧な完成品を出された時は、何かやるせない気分が胸を満たした。
「大丈夫、料理に大切なのは見た目より気持ちだから」
笑顔の黄薔薇さまと違って私の笑顔はきっと引きつっていただろう。
「祐巳、食べ過ぎよ」
「うぐっ・・・」
黄薔薇さまのクッキーは見た目も味も食感も完璧だった。
(・・・菫子さんの買ってきた、高級クッキーの詰め合わせよりも美味しいし)