9.追憶 1 /おにやん
「おねぇちゃん・・・ この傘、ウチのじゃないよ?」
保育所からの帰り道、泣き疲れて眠ってしまった妹を抱えた私の代わりに傘を持ってくれていた弟が私の上着を引っぱった。
「親切なお姉さんが貸してくれたのよ」
「おねぇちゃんのおねぇちゃん? でも、おねぇちゃんはおねぇちゃんだよ? ・・・あれ?」
不思議そうな顔で“おねぇちゃん”を連呼する弟。頭を傾げるのと一緒に傘まで斜めになる。
「おっと! こら、しっかり傘持って」
「はぁーい」
帰宅のついでにスーパーに寄り、夕飯の材料を買っているといつの間にか雨はすっかり止んでいた。
「おねぇちゃん、雨、止んだよー」
「そうだね」
「お腹空いたー」
「はいはい。帰ったらすぐゴハンにするからね」
翌日、私はその人のことをクラスメイトに聞いて回った。
「うーん・・・」
「やっぱり、わからない?」
幼稚舎からリリアンに通っているクラスメイトで、高等部の上級生の話で盛り上がるいわゆるミーハーなグループの一人に、あの人のことを聞いてみると、なにやら芳しくない答えが返ってきた。
「心当たりがないわけではないのよ」
「ホント! 誰? 誰なの?」
またあの人に会える。会ってお礼が言える。そう思うと気持ちが昴ってしょうがなかった。
「ちょ、ちょっと落ち着いて円さん」
「あ、ご、ごめんなさい」
「あの・・・ね、心当たりが多すぎるのよ」
「え?」
彼女は残念そうな顔で話を続けた。
「円さんの言う特徴の生徒は、私が知っているだけでも4,5人いますわ。せめて名前が分かれば・・・」
「そう・・・ありがとう」
さっきまでの気持ちが一瞬で冷めていく。
「でも、円さんがそこまで入れ込む上級生のお姉さまって、気になりますわね」
「・・・・・・」