5.伏兵 /おにやん
「はい。何かご用ですか?」
ゆっくりと振り返り、笑顔で応える。一年前の私では考えられないほど“紅薔薇のつぼみ”をやっている自分に拍手を贈りたい。
振り返った先には私と同じ様な髪型をした生徒が俯きがちに佇んでいた。
あれ? この娘、どこかで・・・
「お、お久しぶりです!」
・・・まずい。向こうは完全に私が覚えているものだと思って会話を始めようとしている。
でも、この娘にはわるいけど、思い出せないものはしょうがない。・・・どうしよう。
「え、えっと・・・ あなたは確か・・・」
「円! 雨宮円です」
アマミヤマドカ。なんということだろう。いくら頭の中を検索してもその名前が出てこない。
確かに、この娘の顔には見覚えはあるのに・・・。
「あの・・・これ! 朝に、一緒に渡しそびれちゃって・・・」
円ちゃんは鞄から便箋を取り出して、私に押しつけると雨の中を小走りで言ってしまった。
「・・・手紙?」
朝と言えば、あのハンカチの事だろうか? だとすると送り主は円ちゃんなわけで・・・
「全然わかんない」
こんなとき由乃さんがいれば・・・ってダメダメ。なんでもかんでも人に頼るのは悪い癖だ。これくらい自分の力で解決できないと、お姉さまにも呆れられてしまう。
「とりあえず、読んでみないとね」
傘を肩に預け、便箋から手紙をそっと取り出す。
あれはいわゆるラブレターというヤツかしら?
これから下校というときに祐巳さまを見つけてしまったのは偶然だった。
でも、まさかあんな場面をみてしまうなんて・・・
祐巳さまはどうするのかしら?
「・・・って、なんで私が祐巳さまのことを考えなければいけないんですのよ」
「瞳子さん・・・?」
「えっ?」
急に後ろから名前を呼ばれて思わず、顔だけ振り向いてしまった。
「こそこそと、何してらっしゃるの?」
気が付けば、屈んで下駄箱から顔だけをそっと出しているいかにも怪しい格好をしてしまっていた。
「おほほほほ。なんでもありませんわ」
とりあえず、笑って誤魔化してみる。
「あれは・・・紅薔薇のつぼみ・・・? あぁ、そういえば瞳子さんは紅薔薇のつぼみに気に入られてましたね」
「な、な、なんで私が?」
「とぼけなくてもいいですよ」
「とぼけてなどいませんわ。それにあの方の妹じゃ苦労するのが目に見えてますわ。そんな方の妹なんてこっちから願い下げですわ」
「そうかな・・・ 結構お似合いだと思いますけど・・・」