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2.長い夜 /kousi



 漁夫の利・・・当事者同士の争いの隙に第三者が利益を得ること。
 開いた辞典のページには、そう説明書きがされてあった。
 馬鹿にしないで欲しい。意味なんか当然のように知っている。
 では何故、この言葉をわざわざ辞書までつかって調べているのか、そう問われると答えに窮する。

「バカバカしい。なんで私が祐巳様のことでいちいち煩わされないといけませんの?」

 腹立たしさに任せて辞典を勢いよく閉じる。意外に盛大な音がしたが、今の昂った精神状態では、周りを気遣う余裕さえなかった。

「まったく、それもこれも全部、今日会ったあの方のせいですわ・・・」

 ぶつぶつと呟き、江利子さまと呼ばれていた人の顔を思い出し、また腹を立てる。
 どこか全てを見透かしたような雰囲気が彼の人にはあった。気に食わないところがあるとすればそこだろう。全てを見透かした上でああいう助言をしたのなら、まるで祐巳様の妹になりたいように聞こえるではないか。馬鹿らしい、そんなことなんてありえないのに・・・。

 『漁夫の利に気をつけなさい』

 思考を中断し、何度も反芻した言葉を、もう一度思い出す。

「・・・・・・・・・」

 きっかり3秒後、閉じた辞典を無言で開きなおしている自分がいた。

「当事者が争っているそばで第三者が利益を得る・・・」

 当事者と言えば、まず間違いなく私と瞳子のことだろうけど、第三者ってことはつまり・・・。答えはすぐそこに出ているのだけど、こんなこと、いちいち気にすることなのだろうか。
 おそらくないだろうけど、絶対無いとは言い切れなかった。

「考えてみれば、私は祐巳様の妹になるわけじゃないんだから・・・」

 そう言い聞かすが、どこか歯切れが悪い。
 もう一度、江利子さまの言葉の意味について考えてみる。
 ちら、と時計に目をやる。まだ夜は長そうだった。




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