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1.出会い



 私が祐巳さまと初めて会ったのは、今から1年前の春だった。
 当時祐巳さまはリリアンの高等部、私は中等部にいた。
 まるっきり接点のない私たちが出会ったのは、本当に偶然だった。

「どうしよう、このままじゃ遅刻しちゃう・・・」

 私の家族は母子家庭で母親が遅くまで仕事に出ている。だから私は部活動もせずに、毎日弟たちを迎えに行き、食事の用意をしている。
 今日は掃除当番でいつもより帰りが遅くなってしまうかもしれない。一応、そう弟たちに言ってはあるが、やはりまだ幼い弟たちに寂しい思いをさせたくはない。
 私が、そうだったから・・・。

「しかたないか」

 掃除を終えた私は、急いで弟たちを迎えに保育所へ向かった。しかし、その途中で待ち受けていたのは季節はずれの夕立ちだった。
 思わず、近くの薬屋さんの屋根へ飛び込んで現在に至る。
 天気予報は晴れ、と言っていたので、当然傘は持ってきているハズがない。私はずぶ濡れになるのを覚悟して土砂降りの中に飛び出そうとした。

「雨宿り?」

 急に後ろから声をかけられた。

「え?」

 振り向くと、そこにはリリアン高等部の制服を着た上級生が立っていた。
 たぶん薬屋さんに寄っていたのだろう。

「その制服は中等部の制服ね。懐かしいなぁ、私も去年までそれ着てたのよ」

 その人の笑顔に一瞬ドキっとしたが、慌てて挨拶をするのを忘れていた事を思い出した。

「ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 思わず深く頭を下げてしまった。

「あなたはこの辺りに住んでいるの?」
「は、はぁ、一応そうですけど」
「じゃあ、送ってあげるわ。行きましょう」

 その人は傘を差し、私の腕を取って薬屋さんを出た。

「あ、あの私っ」

 慌てて傘を抜け出し、薬屋さんの屋根へ戻る。

「どうしたの? 遠慮なんてしなくていいのよ」
「私、これから保育所に弟たちを迎えに行かないといけないんです」

 混乱する頭で必死に言葉を探して説明する。

「じゃあ、そこへ寄ればいいのね。さ、行きましょう」

 その人がまた私の腕を取ろうとしたので、私は自分の胸で咄嗟に両手をぶんぶんと振った。

「いえ、そこまでしてもらっては悪いです。お気持ちだけ有り難く頂きますので・・・。それにきっともうすぐ止みますから」
「そう・・・ わかったわ、じゃあ」

 その人は軽く会釈をして、行ってしまった。ちょっと寂しそうだったのを今でも覚えている。

 しかし、その雨は一向に衰えず、むしろ勢いを更に増していた。
 カッと空が輝き、しばらくしてゴロゴロゴロと嫌な音がしてきた。

「早く迎えに行かないと・・・」

 弟たちはカミナリで泣いてるかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなり、本当に覚悟を決めて外へ飛び出そうとした。
 さっきの人に遠慮しないで図々しくも寄ってもらえばよかったかも、という考えが一瞬頭をよぎったが今更、後の祭りだ。
 深呼吸して飛び出そうとしたとき、土砂降りの中にその青い傘が見えた。

「やっぱり、まだ足止めされてたみたいね。よかった戻ってきて」

 2度目の笑顔、私がこの時の笑顔を忘れることはなかった。

「あ、あの・・・ どうして・・・」
「心配してたのよ。あの後、雨、どんどん酷くなったじゃない。それにあなた弟さんたちを迎えに行かなきゃならないんでしょ」
「・・・・・」

 私が何も言えずに黙っていると、その人は私に2本の傘を渡した。

「一応、家にあった傘をあるだけ持ってきたんだけど、これで足りるかな?」
「・・・は、はい」
「じゃあ、私は行くわね。弟さんたちによろしく」

 そのまま、その人は雨の中に消えていった。

 弟たちを迎えに行って(予想通り大泣きしていた)、帰宅した後、あの人の住所どころか名前すら聞かず、言わずにいたことに気が付いた。

「高等部の制服・・・」

 そう、あの人は高等部にいるんだ。だったらきっとまた会える。うん、その時ちゃんとお礼を言わないと。


 そうして1年間も、私はあの人と会えずにいた。
 しかし、私が高等部に入学してまもなく、私はその人を見つける事ができた。
 入学してすぐの私はあの人に会いたいという気持ちがいっぱいで、ずっと考え込んでいた。
 どうやって探せばいいのだろう? 顔しかわからないのに。似顔絵でも描く? でも私絵は下手だし。
 お陰で入学式にも全く身が入らず、ぼーっとしていた。そして山百合会主催の新入生歓迎会が始まった。

「呼ばれたクラスは、一列に並んで前に」

 黄薔薇さまの支倉令さまの声で、李組の私は紅薔薇さまの前の列に並んだ。
 そして、私はその人を見つけた。
 この直後にある出来事が起こるのだが、ここは割愛。

 彼女は、紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブウトン。 名前は福沢祐巳さま。
 私たちは再び出会えることが出来た。




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