20.真打ち登場 /kousi
「江利子は! 江利子は一体どこ・・・げふぅっ!」
なおも令さまに喰らいつこうとする謎の男Aが突如、奇声を上げて前のめりに倒れ込んだ。
それと同時に、一際明るい声が響いた。
「はーい、ごめんよー」
蕎麦の配達か何かと間違えるような場違いに明るい声。屍を乗り越え、一人の人物が部屋に入ってくる。
「うげっ」
その顔を見、私は思わず声を上げてしまった。私の声に気付いたのか、その人と私との視線がぴたりと一致する。
「おー、乃梨子ちゃん、久しぶりー」
その人は私に向かってひらひらと手を振った。いや、久しぶりって言うか、さっきまで会ってましたよね、私たち・・・。
「はあ、お久しぶりです・・・」
できれば会いたくなかったその顔。見紛うはずもない、聖さまだった。
「いい具合に避けられてるねー、私」
嫌そうな態度が露骨に出ていたのだろうか、聖さまが言った。さして気にしてる様子もなさそうだけど。
間違いなく避けられていることが解っている人の態度じゃない。
ていうか、いつまで謎の男Aを踏んづけているつもりなんだろう、この人は・・・。
「お姉さま・・・その・・・足下の方が・・・」
さすがに見かねたのか、志摩・・・じゃない、お姉さまが聖さまにおずおずと話しかける。この状況でまともな発言をしてくれる人は重要だと思った。
しかし反省の色などまったく見えない聖さま。
「ん? ああ・・・いいのいいの、うるさいし、邪魔だし」
あろうことか、げしげしと足踏みを繰り返す。いや、ダメ押しはやめておいてあげてください。
「聖。それくらいにしておいたら?」
さてどうしようか、と思ったその時、制止の声は意外な場所から聞こえてきた。
「それ以上は失礼に当たるわよ」
声は聖さまの真後ろからのものだった。止めてくれて言うのもなんだけど、もう既に充分失礼だと思う。
そしてようやく、声の主が部屋の中に入ってきて、その顔が判然とする。
「ごきげんよう」
声の主がそう言った途端、場の皆がざわめいた。
けれど、私一人反応が違う。・・・この人、誰!?
「元・紅薔薇さま 水野蓉子さま・・・」
誰が呟いたのかは解らないけど、その説明的な口調が、今の私にとってはすごくありがたかった。