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18.黒い微笑 /kousi



「本当に何をしに来たのかわからないわね」

 目の前で蓉子がため息をつく。

「江利子の用件で来たはずなのに、やったことと言えば「妹」と「孫」を困らせたことくらい?」
「結局は元の鞘に納まったみたいだからいいじゃん。それどころか、逆に姉妹の関係が強くなったと思わない?」
「結果論ね」

 言って、またため息を一つ。
 卒業してしばらく経つけど、真面目なところは変わっていないみたいだった。

「やることはやってるから大丈夫だって」
「本当に? ここに来た意味、ちゃんと解ってる?」

 訝しげにこちらをみつめる蓉子。まったく信用されてないみたいだった。まあ、相変わらずだけど。

「江利子の話で心配かけないために正しい情報に是正するんでしょ? 覚えてるって」
「ええ、そうよ。ここには面白おかしく情報を歪めてくれる人たちが大勢いるからね。もしかしたら伝わってないかもしれないけど・・・いや、十中八九、彼女たちなら掴んでるでしょうね」

 言うまでもない、新聞部のことだ。

「祐巳ちゃんだけは知ってるみたい。さっきカマかけたらなんか騒いでた」
「ということは、まだ山百合会全員には伝わってないのかしら」
「かもねー」

 そこまでを言うと、蓉子は口元に手を当て何か考える素振りを見せた。ふーん、とだけ鼻を鳴らすと、やがて俯き加減だった顔を上げる。

「じゃあ逆に好都合ね。余計な先入観なしで話が進められるわ。どうせ伝わるんなら最初から正しい情報であった方が良いに決まってるしね」
「ま、そりゃそーだけど。そんな大層なもんでもないんじゃない? ただ単に、山辺さんが化石掘りに行ったのを、江利子が追っかけてったってだけの話でしょ?」
「まあね。それで親御さんからこっちに話が来るんだから・・・頭が痛いわ」

 こっちに話が来たわけは、警察に話しができない上に、江利子を無理矢理引き戻すこともできないからだとか何とか・・・。情けない話だった。
 まあ、頭が痛くなる理由も解らないでもない。

「ていうか、話をするのはいいんだけど、それだったら電話とかでも良くなかった? 直接話をしたら、なんか巻き込むみたいじゃない?」

 ふと感じた疑問だったが、それに対する蓉子の答えは想像もしえないものだった。

「当たり前じゃない。巻き込むために来たんだから」
「・・・は?」

 聞き間違いかとも思ったが、そうでもないようだった。

「え、それどういう意味・・・?」
「最近ね、ヒマなの。大学」
「いや、聞いてる?」
「その上、こんなことで話が回ってくるでしょ?」
「・・・はあ」
「滅多にないチャンスだし、きっちり楽しませてもらわないと割に合わないわ」

 色々と鬱積しているんだろうなぁ。と思わせるほど、にっこりと微笑む蓉子の笑顔は黒かった。




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