15.孫 /おにやん
「みーつけた」
先程その場から逃げ出した少女は、その場所に居た。
「・・・・・」
膝を抱えて俯き、しゃがみこんだままの少女の隣に腰を下ろす。
「私を笑いに来たんですか・・・?」
少女が口を開く。
「ひどいなー。私がそんなことする人間に見えるの?」
「見えます」
即答。
いやー、初めてのタイプだなー。こーゆー娘。
「手厳しいなー」
さて、追いかけてきたのはいいけど、どうしたもんか。
「・・・私はね、昔は今と全然違う人間でね」
しばらく間をおいてから私は話をきりだした。
* * *
「・・・どうする?」
思わぬ場面を目撃してしまった。まさかあの志摩子さんが乃梨子ちゃんに平手打ちをするなんて。信じられなかった。
「どうするって言われても・・・」
困惑する令ちゃん。まぁ、誰だって戸惑うのはしょうがないと思う。あんな所見ちゃったら・・・
「放っておいてあげようよ」
「えっ!?」
「志摩子たち自身の問題だと思う・・・。それに聖さまもいたみたいだし」
確かに令ちゃんの言うとおりかも。それに私たちがお節介を焼かなくても、きっと志摩子さんたちは仲直りできると思う。
いっつもあんなに仲が良いんだから。
「それより令ちゃん、顔洗った方がいいよ」
令ちゃんの顔は涙でくしゃくしゃだった。
* * *
「志摩子さん・・・」
さっきから志摩子さんが震えている。顔は見えないけど、泣いているのだろうか?
そっと志摩子さんの肩に触れようと手を伸ばした。
「祐巳」
「ふぇっ!?」
その時、絶妙なタイミングで聞こえてきたお姉さまの声に、悪いことをしてしまったかのように、咄嗟に出した手を引っ込めた。
「お姉さま!」
私のお姉さま。現・紅薔薇さまの小笠原祥子さまその人が私たちから少し離れたところに立っていた。
私を呼んだお姉さまはその場から一歩も動こうとしなかった。
「お姉さま・・・?」
不思議に思いながらもお姉さまの側に近づくと、お姉さまは私の腕を掴みその場から立ち去ろうとした。
「えっ!? お姉さま?」
「いいから来なさい」
腕を引かれたままの体勢で慌てる私にお姉さまは小声で言った。
私は一瞬、志摩子さんの方を振り返った。
「でも、志摩子さんが・・・」
「いいのよ」
お姉さまはそのまま私を薔薇の館までひっぱって行った。
* * *
その人は私の隣に座ったまま、延々と自分の昔話をしていた。
「私はね、志摩子に救われたんだと思う」
いつまで話すつもりなんだろう?
「そして、志摩子を救ってくれたのが・・・乃梨子ちゃんだよ」
「えっ!?」
驚いて顔を上げると、その人と目が合った。
その人はすごく優しい目をしていた。
「乃梨子ちゃんは志摩子が好きなんだね」
「・・・・・」
「あ、誤解しないでよ。私も志摩子のことは好きだからね。もちろん乃梨子ちゃんもね」
恥ずかしがりもせず面と向かって好きと言われて咄嗟に視線を逸らしてしまう。
「でも、私と志摩子の関係は乃梨子ちゃんと志摩子の関係とは違うんだよ」
視線を戻すと、その人は真っ直ぐに桜の木を眺めていた。
「私と志摩子は同類なんだ。だからお互いに深入りしすぎると両方とも傷ついてしまう」
「・・・・・」
「志摩子は確かに強い人間だよ。本人は否定するだろうけどね。・・・でも、同じくらい弱い人間なんだ」
「・・・仰っている意味がわかりません」
その人は私の言葉に反応して、視線をこちらに傾けた。
「はは。私にもわかんないや」
なんでこの人はこんなに笑っていられるんだろう。
「・・・今なら」
「えっ?」
「今なら、蓉子や江利子が言ってた“孫が可愛い”って意味がわかるような気がするよ」
「・・・・・」
そのまま、その人は黙り込んでしまった。