14.波乱 3 /kousi
はあはあ、と肩で息をする志摩子さんを見て、私は思わず声をかける。
「し、志摩子さん。追いかけなくていいの?」
彼方へ走っていく乃梨子ちゃんの姿はまだ視界に写っている。今追いかければ間に合うかもしれなかった。
だけど、志摩子さんは無言で私から視線を逸らした。追いかけたくないのか、追いかけたくてもできないのか、今の私には判断できなかった。
「うん、志摩子は追いかけないほうがいいね」
「聖さま?」
「今、志摩子は追いかけるべきではないし、追いかけても話なんかできないだろうしね」
迷いもせずに言い切る聖さま。ここらへんの判断は、さすが志摩子さんのお姉さまといったところだろうか。
聖さまは、志摩子さんの肩をそっと抱いて近くの木の根元に座らせた。
「祐巳ちゃんは志摩子をお願いね」
「へ? せ、聖さまはどうされるんですか?」
「私? 私は乃梨子ちゃんを追いかけるから」
言うが早いか、聖さまは乃梨子ちゃんが走り去って行った方向へと駆け出す・・・
「・・・っと。ああ、そうだった」
かと思った途端、立ち止まり、くるりと器用に首だけをこちらに向けた。
「江利子の駆け落ちの件だけど、また話は今度みたいだね」
それだけ言い終えると、ひらひらと手を振りながら再び駆け出していった。
確かにこんな状況で江利子さまの話なんか・・・って、あれ・・・?
「ちょ、聖さま! 私、江利子さまのこと言いましたっけ!?」
私、江利子さまが駆け落ちしたことなんて一言も言ってないのに・・・!
って言ったら、聖さま。
「あー。江利子が駆け落ちした話なら蓉子から聞いて知ってたから。今日ここに来たのもその理由で祐巳ちゃんをからかいに・・・」
なおも何か言い続けている聖さまだったけど、聖さまの走る距離と反比例して声が小さくなっていくため最後の方は聞き取ることができなかった。
でも、何が言いたいのかだけは理解できた。
聖さまは全部知った上で私の悩む姿を見物に来たのだ、と。
聖さまの姿が見えなくなると、あれだけ悩んでいたことが馬鹿らしくなって気抜けして肩を落とす私だった。