12.波乱 1 /kousi
「お姉さま」
「ふえ?」
唐突に聞こえた声に思わず声を上げる。とは言っても、私に「妹」はいないので、私が呼ばれたわけじゃないんだけど。
思わず声を上げた理由は、その聞こえた声が私のいるほうに向かって語りかけるように響いてきたから。
「志摩子さん?」
振り向いたその先にいたのは志摩子さんだった。隣には乃梨子ちゃんもいる。こんなところにまで二人一緒とは、相変わらずのらぶらぶっぷりだった。
「でも、ということは・・・?」
呼ばれたのは私じゃなくて・・・。隣にいる聖さまの方をちらりと見る。
聖さまは呼ばれた声に笑顔で応えていた。あー、手まで振っちゃったりして。
「ごきげんよう。お姉さま、祐巳さん」
「え、あ。ごきげんよう。志摩子さん、乃梨子ちゃん」
私と聖さまの傍まで来て挨拶する志摩子さん。私もそれに返事をするけど、乃梨子ちゃんは挨拶すらせず、どこか訝しげに聖さまの顔をじーっと見ていた。確かに、私服姿の聖さまはリリアンでは浮いた存在に見えるのも仕方なかった。
それに気付いた志摩子さんは、乃梨子ちゃんに挨拶を促した。
「乃梨子。私のお姉さまの佐藤聖さま。去年までリリアンにいたのよ」
「そうなんですか。ごきげんよう、聖さま」
「お姉さま。妹の乃梨子です」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。宜しくね」
笑顔の聖さま、だけど、乃梨子ちゃんはまだどこか警戒した態度をとっていた。和やかムードに染まりきらないこの場にちょっと不安。
「いやー、志摩子にも妹ができたんだねー」
感慨深げにうんうんと頷き、志摩子さんの肩にぽんと手を置く。
その瞬間、
「あ・・・っ」
不意に上がる声。揃って声の方向を向く。乃梨子ちゃんだった。みんなの視線に気付き、はっと口を押さえる。
「あ、いえ・・・何でもありません。すいません」
慌てたように目を伏せる乃梨子ちゃん。でも、それを見てキラーンと目を輝かせたお人がいた。
「ふーん、なるほどね・・・」
何がなるほどなのかわからないけど、聖さまはにやーっと口の端を吊り上げた。まるで、新しいおもちゃを見つけたとでも言いたげに。
「志摩子、最近どう? 寂しくない」
「え? あ、いえ、乃梨子もいますし。特には・・・」
「いや、そうじゃなくてね」
意図の見えない質問に戸惑い気味の志摩子さんには構わず、聖さまはその髪にそっと触れる。
「お、お姉さま!?」
「私がいないと、どうなのかなぁ。なぁんて・・・おっ?」
聖さまの言葉が途中で中断される。乃梨子ちゃんが志摩子さんと聖さまの間にずいっと身体をねじ込ませたせいだった。
聖さまと相対する格好になった乃梨子ちゃんは、聖さまをじっと睨むようにして見つめる。
「なぁに、乃梨子ちゃん?」
「気安く私のお姉さまに触れないでいただけますか?」
「でも、私は志摩子のお姉さまよ。撫でようが何しようが構わないと思うんだけど?」
「お姉さま『だった』。でしょう?」
「でも志摩子は嫌がっていないわよ?」
「嫌がっているかどうかもわからないんですか? ブランクというのものは恐ろしいですね」
お互い腹の内の探り合い。疑問文の応酬には、一種異様な雰囲気がある。取り合いの対象となっている志摩子さんはオロオロするばかりだった。
きっと聖さまは面白がっているだけなのだろうけど、なおも続く口論を前に私は完全に取り残されていた。
いや、その前に、
「江利子さまの話はどこに行ったのかなあぁ・・・」