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4.切り札 /kousi



 一瞬、由乃さんの話している内容を理解することができなかった。

「名付けて、『美奈子さま作戦』よ!」

 日が傾いて西日が窓から差し込んでくる時間帯。すでに薔薇の館には、私と由乃さんの2人だけしか残っていなかった。
 いきなり話しかけてきた由乃さんの発言に、私は思わず言葉に窮する。

「へ? ええっと、それってつまり・・・?」
「鈍いわね、祐巳さんは。だから、あの例の・・・」

 そこまで聴いて、ようやく合点がいった。由乃さんは事件から手を引く気などまったくなかったのだ・・・って、

「由乃さん、あれだけ釘を刺されてたのにまだ諦めてなかったの!?」
「当たり前よ。何? あの、人を見るなり「由乃、ダメだからね」? ホント、何様のつもりなのかしら」

 肩を怒らせて言う由乃さん。由乃さんのお姉さま・・・って言ったらダメなんだろうな、雰囲気的に。
 由乃さんのこの怒りようからして、多分、事件に対する興味よりも、令さまに対する反発の方が大きくなってると思う。令さまは由乃さんのことを心配しているだけなのに・・・。

「で、もちろん、祐巳さんも乗るわよね?」
「乗るって・・・さっき言ってた何とか作戦っていう・・・?」
「美奈子さま作戦よ」

 乗るも何も、作戦名だけでは何も解らないと思うんだけど。しかも、その作戦名に良く知った人のお名前があれば尚更なわけで・・・。

「どういう作戦なの、それ?」
「バレンタインの企画のことを覚えてる?」
「え? あ・・・う、うん」

 返事を待っていたのに、いきなり聞き返されてしまったので思わず言葉に詰まってしまった。そんな私には構わず、由乃さんは言葉を続ける。

「じゃあ、あの時、美奈子さまがとった行動も覚えてる? 令ちゃんや祥子さまに了承を取り付けるためにとった行動」

 もちろん覚えている。あの時美奈子さまは、お姉さまのお姉さま、つまり当時の薔薇さまたちに直談判に行ったのだ。

「えっと、それは確か、お姉さまの・・・って、まさか」

 そこまで言って、はっと思い当たる。由乃さんが何をやろうとしているのかを。

「そうよ。いくら卒業したとはいえ、令ちゃんや祥子さまのお姉さまだった事実は変わらないわ。しかも、あの面白いものには何でも飛びつく江利子さまとなれば・・・結果は問うまでもないわね」
「飛びつくって・・・犬じゃあるまいし」

 あくまで隠れて調査するという選択肢はないようだった。それを由乃さんに言ったら「そんなコソコソするなんて真似できない、卑怯よ」と返されてしまった。
 どうやら山百合会「公認」という肩書きが欲しいらしい。

「でも・・・コソコソと江利子さまに談判に行くのは卑怯じゃないのかなぁ・・・」

 誰の耳にも届かなかった言葉は、何の答えも出ることはなかった。



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