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『モーニング帝国編 【第二章〜決戦〜】』
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01.
戦争当日、あと数時間で城を発つという緊迫した時に食卓の騎士はマイマイ・チチハエ・タラステルに収集される事となる 
集められた場所は作戦や陣形を決定したり指示したりする軍事戦略会議室だ、通称マイマイハウス 
いったいこんな時間に呼んでおいてマイマイは何を考えてるんだとみなが思ったがひとまずマイマイの話を聞く事にする 
ところがなんとそこでマイマイが発表した作戦はみなが想像していなかった意外なものだった 
「食卓の騎士は全員"遊撃"!!今回の作戦はこれだけ!」 
今までの戦争ではなんらかの陣形を念入りに考え発表してきたマイマイなだけに食卓の騎士は驚きを隠せない 
そもそも何故こんな切羽詰った時まで食卓の騎士に作戦を発表しなかったのだろうか?それだけでマイマイに不信感が募る 
確かに遊撃ならば長い時間説明を受ける必要もないがあまりにもアッサリしすぎているのではないか 
「遊撃って・・・せめてベリーズやキュートで固まって動いた方がいいんじゃ?」 
あまりにいつものマイマイと違うのでウメサンが心配して別の案を提案する 
だがマイマイは誰かがこう来ると分かっていたのか、迅速に言葉を返した 
「この前の大戦ではベリーズとキュートで固まったからそこをミキティに狙い撃ちされちゃったでしょ? 
 今回はミキティは居ないとは言っても新人の4人がミキティレベルの力を持ってないとは言い切れないの」 
マイマイの意見は確かにもっともなものだった 
ミキティ一人に壊滅寸前まで追いやられてしまった経験があるだけにベリーズ達は黙りこくってしまう 
「新人の4人のデータがあまりにも不足しすぎてるからなるべく多くその新人達と戦う機会がほしいんだ 
 誰かが新人と戦って例え負けたとしてもその情報を一般兵を通じて他の食卓の騎士に伝えられると思うの 
 だから今回みんなには1人か2人か3人に細かく分かれて戦ってほしいって事」 
小っちゃくて可愛らしいマイマイだと言うのに目の前にいる食卓の騎士に臆せず意見をバシバシとぶつける 
その意見は納得できる内容であるため食卓の騎士たちも従おうと言う気にもなる 
とは言え今までマイマイに裏切られた事など無かったためどの道信じる事になるのだが 
「でもマイマイ、作戦の概要は分かったけどどうしてこんなギリギリの時間に発表したの? 
 確かに時間を取るような会議じゃないけど・・・もっと余裕持って教えてくれてもよかったと思うけどなぁ」 
マイマイの指示に従うのを前提としたうえでシミハムが素朴な疑問を問う 
その事に関しては他の食卓の騎士も感じていた事だ、なにも出陣の数時間前に呼ばなくてもと思うのが普通だろう 
「それは食卓の騎士の皆がこの1ヶ月の間急成長しているからギリギリまで組分けするのを保留してたの 
 でももう大丈夫、昨日までの皆の実力から判断できる完璧な組分けを作ったから!」 

「まずはモモコ!、モモコは誰とも組まずに一人で動き回ってね」 
指名されたモモコはニコリと微笑みながらマイマイの方を見る 
「シミハムあたりと組まされるかと思ったけど一人とはね、結構分かってるじゃない」 
「うん、モモコにはエリチン・サチウスを徹底的にマークして欲しいの 
 モモコの話だとエリチンはまたモモコと戦いたいって言ったんでしょ?なら一騎打ちを期待できるよね 
 そこでまず確実に一勝して王国軍を有利にして欲しいの」 
「はぁ〜い」 
マイマイがモモコを一人にしたのはエリチン撃破以外にももう一つの理由があった 
それはモモコの暗器を使った戦闘スタイルの独自性だ 
いくら長年連れ添ったベリーズでもモモコと共闘して真価を発揮させるのは骨が折れる 
ならばいっそのことモモコを一人にして自由に歩き回らせた方が良いと踏んだのだ 
「あと次はアイリとチナミとリシャコの3人で組んで欲しいんだけど良い?」 
「えっ、3人なの?」 
指名された3人は驚きを隠せなかった、先に呼ばれたモモコがたった1人で出陣すると言うのに自分達が3人組だなんて 
不満を感じないと言われれば嘘になる 
「勘違いしないで、3人がモモコに比べて劣るってわけじゃないよ 
 今言った3人は大勢の敵を一掃するのが得意だからそれを重点的に頑張って欲しいの 
 リシャコとアイリは一撃で敵兵を倒す事が出来るし、チナミはその大砲で一気に数十人は戦闘不能に出来るよね 
 ここは3人に協力してもらって帝国の一般兵をどんどん倒してもらいたいんだ、良い・・・よね?」 
少し不安気に尋ねるマイマイの顔を見て3人はしばらく考え込んだがやがて笑顔になる 
「私は全然OKだよ!新しく開発した新兵器が役に立つと思うし」 
「私も構いません、そうだリシャコまたメロニアの時みたいに競争しませんか?どっちが多く倒せるか」 
「いいよっ♪モーニング帝国はメロニアより兵士さん多いからやりがいがあるかもね」 
一番不安だったポイントを抜けられてマイマイはほっと一息つく 
アイリやリシャコは天才ゆえにプライドが高そうなのでいっしょに組んでくれるか心配だったのだ 
これで山は越えたな・・・と思ったマイマイだったが 
「おいマイマイ!なんでアイリとリシャコがいっしょで俺がハブられてるんだよ!! 
 俺だって強くなったんだからアイリやリシャコになんか負けないぜ? 
 敵の一般兵なんてやつらの倍の速度でぶっ殺してやるから俺を使えよ!」 
ここでオカールが前に出てくる事は軽く予想外だったのだ 

アイリとリシャコに関して異常なライバル心を燃やすオカールのせいでせっかく上手く行った話も途切れてしまう 
他の食卓の騎士が説得しようと試みたもののオカールは全く聞く耳を持たない 
「オカール、せっかくマイマイが考えた組分けなのに意見するのか?」 
「我慢しなさい!もう子供じゃないんでしょ」 
「やだいやだい!俺はアイリとリシャコに勝つんだい!やだいやだいやだーい」 
ただの駄々っ子と化したオカールに他のメンバーもほとほとあきれ果ててしまう 
だがそんな中、何か考えがあるのかマイマイがオカールの前に立ちはだかった 
「オカール、オカールにはもっと重要なポジションがあるんだよ」 
「重要な?・・・俺が?・・・」 
真剣な顔のマイマイに面と向かって言われたのでオカールは緊張してしまう 
いったい自分がどんな大役を任されるのだろうかと思うと胸も躍る 
そんなオカールに対してマイマイが放った言葉とは・・・! 
「オカールはね、私と・・・二人っきりで戦って欲しいな」 
可愛らしく上目使いでおねだりされたオカールは胸を矢で射抜かれたような衝撃を受けてしまう 
普段からマイマイを可愛いと思い続けていたのでこの攻撃はオカールにとって効果が抜群だったのだ 
もうアイリやらリシャコやらの事はどうでもよくなってしまう 
「え、で、でもななななんで俺とマイマイがい、い、い、いっしょに?」 
「誰よりも私がオカールを一番良く知っている・・・っていう理由じゃ駄目かな?」 
更なる爆撃を受けたオカールはとうとうノックアウト 
その場にフラリと倒れこんでしまう 

「扱いうまいのね、お世辞まで使って丸め込んじゃって」 
そう言いながら床に倒れたオカールの頭をグリグリいじくっているのはモモコだった 
あまりの衝撃で気を失ってしまったオカールはもはやモモコのオモチャと化してしまったのだ 
そんなオカールを特に助けるわけでもなく、マイマイはモモコに反論する 
「ちょっと待って、オカールと私が組むのが一番最適だと思ってるのは本当だよ 
 今までずっとオカールと同じ訓練を経験してきたからどれだけの実力を持っているのか完璧に把握してるし 
 それに私とオカールは同じタイプの戦士だから・・・」 
意外と好感触な返事にモモコは驚いたような顔をする 
そして気絶しているオカールの頭をクイッと引き上げながら 
「あなた良かったじゃない、気に入られてるよ」と言い、またバシバシと叩く 
こんな風にとても自由に振舞っているモモコな訳だが、他の食卓の騎士は緊張でそれどころではなかった 
既にマイマイに指名された食卓の騎士は気が楽だがそれ以外の者は誰と組むのかと思うと気が気ではない 
シミハム、マイミ、ウメサン、クマイチャン、ナカサキ、カンナの計6人は緊張ゆえに互いの顔を見回す事しか出来なかった 
いったいこの中の誰が自分と共に戦場に立つのだろうか、もしくはモモコのように一人で戦うのだろうか 
かなり重要な事なだけにみなが早く呼ばれて不安から抜け出したいと思っていたのだ 
「じゃあ、次の組を発表するね」 
マイマイのその運命の発表に6人全員が注目をする 
そして次にマイマイが告げた組分けはとても意外なものだった 

「マイミ団長とシミハム団長の二人に組んでもらいます、積極的に奥に奥に突っ走って欲しいから二人に組んで欲しいの」 
まさかベリーズとキュートの団長同士が組むとはさすがのモモコも予想していなかった展開だ 
二人とも十分強いので普段は実力の落ちるメンバーのサポートに回ったり、一人で戦場を駆け巡ったりしている 
この二人が組めば確かに「最強コンビ」ではあるが、強い二人が固まるのは無駄とも言えるのではないだろうか 
「僕とマイミが組むの?別に構わないけど理由を教えてほしいな」 
「シミハムとペアになるのはジックス以来かもしれないな・・・マイマイ、何か策があるのか?」 
今までの例を見てわかるようにマイマイも適当に決めたわけではない、すぐさま二人の要求に答え始める 
「シミハム団長は多人数を相手するのは得意だけど一騎打ちは苦手でしょ? 
 で、逆にマイミ団長は一騎打ちは得意だけど多人数相手は分が悪いよね」 
自覚していた己の欠点を言われたシミハムとマイミはなんだか気恥ずかしくなり居心地が悪くなってしまう 
そんな二人を横目にマイマイは更に説明を続ける 
「そこで、シミハム団長が数千もの兵を薙ぎ倒してマイミ団長を敵の本拠地までスムーズに連れて行ってほしいの 
 敵の本拠地には絶対ガキがいるはず 
 戦争の早い段階でガキを撃破できたら帝国軍の士気は面白いくらいに下がると思うんだ」 
マイマイの策を聞いたシミハムとマイミはすぐに納得する事が出来た 
策の通りにモーニング帝国剣士団長であるガキを瞬殺出来れば帝国軍は大混乱に陥るだろう 
「なるほどね、僕はマイミの道を作ってあげればいいんだね!」 
「いきなりラスボス退治か、これは腕が鳴るな」 
重大な任務を任されたのでシミハムとマイミは自然と笑顔になる、こんな時に奮えて怯えるようなタマでは決して無い 
そして他の食卓の騎士もこの2人なら絶対やれるという確信があったので朗らかな気分になった 
ただ一人、マイミと同じ組になれなかったと嘆いているウメサンを除いてだが 

「マイマイ〜なんで私とマイミがいっしょじゃないの〜」 
いかにも悲壮感の漂う表情をしているウメサンが涙を流しながらマイマイに訴えかける 
リカチャン襲来やメロニアの時から考えると半年以上マイミとは共に戦ってない事になるので今回に賭けていたらしい 
この1ヶ月間ずっとマイミと共闘する妄想、もといイメージトレーニングをしてきたので悲しさは倍増だ 
子供みたいに泣きじゃくるウメサンをマイマイがなでなでしながら慰める 
「よしよしウメサンもう大人なんだから泣かないの 
 ウメサンはカンナと組んで苦戦している味方兵を援護射撃してもらいたいの 
 マイミ団長は早くガキの所へ向かわなきゃいけないんだけどウメサン足遅いでしょ?だから我慢して」 
「う・・・うん・・・」 
マイマイに優しくあやされたウメサンはなんとか落ち着きを取り戻す 
だがそれと引き換えにクマイチャンとナカサキが新たに動揺し始めてしまう 
「じゃ、じゃあ私はナカサキといっしょってこと!?」 
「クマイチャンとなの・・・?」 
仮にもライバル関係にある二人がペアになって共闘するとなるとさすがに不安になってしまう 
リカチャン襲来の時も一時的に組んだが、あの時はオカールも居たので特には気にはならなかった 
だが今回は最初からペアで組むと指示されての戦争だ、どうしても二人は意識しあってしまう 
「二人なら大丈夫だよ、たぶんこの1ヶ月間で一番成長したのは他でもない二人だと思うし 
 それにね、二人で組めばどんな相手にも対応できると思うから・・・」 
「「えっ?それってどういう事?・・・」」 
その時外から甲高い信号の音が鳴り始める 
これは出撃する時が来たという合図だ、そろそろ会議を切り上げて集結しなくてはならない 
「あ、ベルが鳴り始めたよ!じゃあ早くいかないとね」 
そう言うとマイマイは先陣をきって軍事戦略会議室を出て行った 



王国の全ての兵が出撃するため広場に集結しているのをミヤビ・アゴロングは病室から一人で見つめていた 
だがそのミヤビの瞳は今にも戦場に向かおうとせんとする兵の瞳と寸分違わぬモノであった 
リカチャンに折られたはずのアゴは新品の鋼鉄でコーティングされており、以前より鋭くなっている 
えぐられた胸も同様に硬く、強固でまっ平らな鋼鉄を埋め込まれていた 
「チナミありがとう、このアゴの仕込み刀と胸のプレートはとても気に入ったよ 
 私の巨乳を披露できない事だけが欠点ではあるけど・・・」 
寝言をほざきながらもミヤビは心から同士であるチナミに感謝を捧げる 
数日前にチナミに新たな仕込み刀を依頼していたために装備面だけで言えば今にも戦場に立てる状態となっていたミヤビ。 
医者には依然ストップがかけられたままではあるがその情熱はモーニング帝国を討伐する事だけに傾けられている 
例え傷口が開き意識が朦朧としても、例え大量の血を流し死に掛けようとしても 
一人でも敵兵を切り捨てる事で王国に貢献したいと心から思っているのだ 
「場合によっては封印していたアレを抜かなくてはならないかもしれない・・・ 
 なるべくそれは避けたいものだがやむを得ない時は覚悟しないとな」 
あの大戦でミキティに傷つけられた肩をさすりながらミヤビは独り言をつぶやく 
もうあの時の傷はふさがってはいるものの精神的な痛みは今も続いている 
そのモヤモヤした気持ち悪い何かを晴らすためにもミヤビは戦場に立たなくてはならないのだ 
「みんなが出撃してから1時間後・・・コッソリ抜け出せば大丈夫なはずだ」 


02.
あの日、あの大戦が行われたとても雄大な大平原 
今日この日もこの大平原を隔てて南北にマーサー王国とモーニング帝国の兵士たちがそれぞれ集結する事になった 
先日の帝国側の宣戦布告により戦争を開始する時刻は決められている 
なのでその時が来るまで互いの兵士たちは陣形と作戦を何度も何度も確認し続けた 
ちなみにこの戦争で王国と帝国が互いに十二分に気をつけている事が一つあった 
それは両国の国民を決してこの戦場にあがらせない事だ 
あの大戦でミキティが流した風説の流布に唆された罪なき国民が何人も無駄な死を遂げていった 
そんな事は二度と繰り返してはならない、国民を死なせない事は敵を倒す事よりも重要なのだから 

「あともうちょっとで始まるね・・・ドキドキするなぁ」 
平原を隔てて北側、帝国剣士の新人コハル・プラムスター・ハグキラリは初の参戦に怯えていたのだ 
自国領土内での悪人討伐くらいなら何度かした事があるがこういった大舞台は初めての経験 
帝国剣士として認められたとは言っても遠くに見える数千数万の王国兵を見て怖がらないはずがない 
「どうしたコハル?コハルはもっと度胸の据わった戦士だと思ってたがな」 
いつも不真面目だったりイタズラばかりしているコハルにここぞとばかりとガキ団長が責めに行く 
「だってあんなに敵がいっぱいいるんだよ!ガキ団長だって最初の時は怖かったでしょ!?」 
「最初の時?・・・」 
コハルに言われたガキは過去の新人時代の自分を振り返ってみた 
タカーシャイやマコ、コンコンと時期を同じくして帝国剣士として選抜されたのだが初戦は散々だった記憶がある 
前日までは意気揚々としていたのだが実際戦場に立ってみるとなんとも言えない恐怖に包まれ立てなくなってしまった 
なんとか他の帝国剣士の足を引っ張らない事だけを考えて行動したものの結局は開始数時間で深手を負い離脱してしまったのだ 
考えてみれば今のコハルは当時の自分のような心境なのかもしれない、ここは団長として恐怖から解き放ってあげるべきだ 
「確かに最初の時は散々だったな・・・あのタカーシャイ帝王ですら初戦では実力の半分も出せなかったらしい 
 でもコハル、お前は奇跡という星の下に立っているんだ、だから普段通りにすればいい 
 コハルの奇跡を打ち破った者は過去に誰もいないんだろ?食卓の騎士なんかに奇跡を敗れるものか」 

「ガキさんもたまには良い事言うんですねー」 
コハルを励ましているガキを軽い声でひやかしたのはエリチン・サチウスだった 
ガキさんと呼ばれるのをひどく嫌うガキは当然の如くブチギレてしまう 
「団長と呼べといつもいつも言ってるだろうがぁっ!!」 
いつもの調子で打刀「一瞬」を抜き取りエリチンに斬りかかる 
・・・が、エリチンは気味悪くニヤニヤしながら刀による攻撃を避けようともしなかったのだ 
「・・・何故避けない?本当に斬るぞ?」 
「ガキさん本当に斬っちゃっていいんですか〜?あと数分もすれば戦争が始まっちゃうんですよ? 
 まぁ別に斬ってもいいんですけどねぇ、ただその分戦争が不利になっちゃうんじゃないかなぁ 
 もし僕が斬られた痛みで戦いに集中できなかったらガキさんのせいですからね!」 
「ムムム・・・」 
「だ・か・ら、今この時間はガキさんって言い放題なんですよ!」 
ガキさんと呼ばれる事よりも馬鹿でアホなエリチンに言いくるめた事がガキにとっては悔しくてたまらない 
あまりに怒りすぎて全身がワナワナと震えてくる 
レイニャやサユは帝国剣士の長であるガキが冷静じゃない事に危機感を感じ、必死でなだめようと試みる 
「ガキさん!戦争に勝った後でエリチンをいくらでも叩っ斬ればいいっちゃ!ガキさん今は我慢と」 
「ガキさん!今ガキさんが暴れたら兵士たちが不安になります!だからガキさん頑張っていつものガキさんに戻って!」 
「うがあああああああああああガキさんと呼ぶな貴様らぁあああああああ!!」 
こんな切羽詰った事態だというのにガキ団長を止める事に数分要したという 

「まったく、無駄な労力使わせないでくださいよ」 
「す、すまない」 
暴走したガキを帝国剣士7人がかりで止める事になったので殆どの帝国剣士はご立腹 
ガキはどうもバツが悪くなってしまう 
「しかしエリチン、エリチンがどうしてもモモコと戦いたいと言うからその通りにさせてあげるんだが大丈夫なのか? 
 アイカの練った完璧な作戦を曲げてまで叶えさせたんだから勝利は絶対だぞ?」 
完璧な作戦と褒められたアイカ・ダンケシェーン・アウシガは顔を赤らめながら照れてしまう 
「完璧じゃありませんよ〜コンコンさんに比べたらまだまだです」 
現在、帝国では失踪したコンコンの代わりに新人帝国剣士のアイカが作戦を担当している 
まだ実戦経験が足りないのもあって粗が目立つものの、新人の割には上出来と言える作戦を毎回練り上げてきた 
コンコンが突然居なくなって困り果ててた帝国に現れた救世主とも言えるだろう 
そしてそんなアイカの作戦を曲げた事を悪く感じているのかエリチンが真剣な顔でガキに話しかける 
「ガキさ・・・ガキ団長、確かにアイカちゃんの作戦に意見したのは悪かったと思ってるよ 
 でもモモコちゃんは絶対一騎打ちを狙ってくると思うし、絶対勝つ自信があるんだ 
 責任取ってここで必ずや勝ち星をあげてみせるよ・・・そして戦況を一気に帝国ペースに変えてみせる!」 
いつもはふざけたり怠けたりしているエリチンの心からの声を聞きガキは感激する 
その奮い立つ心のままガキは全兵士の前に立ち刀を掲げ鬨の声をあげ始めた 
「みんな!今のエリチンの言葉は真なる物だと私は思っている! 
 王国兵は楽な相手ではないがそんな事は関係ない、私たちはそれを遥かに凌駕しているのだから! 
 ミキティが居ないのがなんだ!コンコンが居ないのがなんだ!マコが居ないのがなんだ! 
 我ら帝国の勝利を今も城で待っているタカーシャイ・ハヨシネマ帝王にいち早く報告しようではないか!!」 
ガキが言い終えると同時に時は来た、長く長い大戦が今始まる 


03.
時が来ると同時に数千数万単位の兵が相手を目掛け一気に出撃していく 
はじめ両者の距離は結構あったのだが騎乗しているものが多数のためかなりのスピードで交わり始めていった 
そんな中でもいち早く衝突した戦士が王国帝国に一人づつ。 
まるで打ち合わせでもしたかの如く自軍の先頭に立ち、大平原の丁度真ん中らへんで落ち合ったのだ 
その場にいる全ての兵が「初めの決戦」はその二人によって行われるだろうと思っていた 
まるで魔法のような奇術を自由自在に操る魔女、人間業とは思えぬような怪力で大剣を振り回す怪物 
こんな二人の決戦に水をさせばさすがに身がもたないと思い、手を出そうと思う者は一人も居なかった 
大群に囲まれていると言うのにまるで二人だけ別空間に飛ばされたと思うような不思議な感覚 
今ここであの大戦の再現をモモコとエリチンによって繰り広げられようとしていたのだ 
「エリチン・・・だよね?」 
落ち合った後、騎乗していた馬から降りるなりモモコは目の前の相手に問いかける 
それもそのはず、自分に立ちはだかった戦士は全身を甲冑に包まれていていったい誰なのか判別が出来ないのだ 
その鎧を着た戦士もモモコが混乱しているのに気づき自己紹介を始める 
「そうだよモモコちゃん、僕はエリチン・サチウスだよ」 
そのガタイの良さ、背にしょったグレートソードを見れば確かにエリチンなのだが何故こんな格好をしているのか疑問だ 
その疑問をエリチンがご丁寧にも自ら明かし始めた 
「モモコちゃんの厄介な武器の一つに麻酔針があるからね、これだけ厚い鎧を着けとけば大丈夫だと思って・・・ 
 あ、分かってるとは思うけどこれアルミ製だから磁石にはくっつかないよ」 
エリチンの言葉にモモコはなるほどと心の中で納得する 
だが相手がそういった重装備で来たとしてもそれなりの戦い方がモモコの頭の中に詰まっている 
なんとしてもここでエリチンを打ち破って戦争を優位に運ぶため、モモコは頭脳をフル回転し始めた 

モモコの暗器「ビックリバコ」は七つ道具、その道具の特性を生かしてどうやってエリチンを倒そうかと考える 
エリチンの甲冑を見る限り「毒塗り発射針」や「超小型ダーツ」は通用しないだろう 
この二つは先端に毒が塗られているため当たりさえすれば敵を無力化できるがアルミの鎧を突き破れる自信は無い 
残念な事に先日チナミに作ってもらった7つ目の暗器も相手が鎧に包まれてしまっては効果を発揮できそうにもない 
だがモモコの持つ暗器の中には一つだけ対重装備に使えるの暗器があったのだ 
それさえ良いタイミングで使う事が出来れば敗北は決してないだろう 
「まぁお約束って事で・・・ほーら!」 
モモコは服の中に数個入れていた「超強力電磁石」を周囲にバラ撒く 
エリチンが磁力にも負けないパワーを手に入れたとは言えあるとなしではやはり大違いだろう 
磁石が有ったとしてもあの振りを見せるのだから、磁石が無かったらどれほど凄まじい物になるのか想像に難くない 
エリチンもモモコがこう来るのは当然予測していたらしく、驚くそぶりを見せる事もななかった(顔見えないけど) 
「やっぱりそうすると思ったよ・・・でも僕はあの大戦の時とは違うんだ、毎日毎日筋トレしまくって・・・」 
そう言うとエリチンは背にしょったグレートソード「デカシンボル」に手を伸ばした 
総重量30kg、磁力により実質100kg超の大剣を扱い戦える戦士なんて周辺地域にはエリチンしか存在しないであろう 
大地が揺らぐような雄叫びをあげ、グレートソードを持ち上げ始める 
「うらあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!!!!」 
持ち上げるだけでも周りの兵士から見れば十分"怪物"、格の差を痛感せずにはいられない 
だがモモコはそんなエリチンを見ても何も恐れる事はなく、むしろ妖しげに微笑んでいたのだった 
(ただでさえそんな重い剣を持っていると言うのに鎧まで着けて大丈夫なの?そんな状態で速く動けるわけないよね) 

「おらぁっ!!だりゃあ!!うらぁっ!!!」 
エリチンはモモコを叩き潰そうと重量感たっぷりのグレートソードを何度も振り回す 
その凄まじき勢いの斬撃は空をブチ破り、地を揺るがし、辺り一帯に衝撃音を轟かせた 
しかし斬撃の勢いは良かったものの全体的に重装備なためにどうしても移動に多少のロスが起きてしまう 
一度剣が振り下ろされればそれを避けるのはとても難儀、しかしエリチンがどこを狙っているのか予測はつきやすい 
エリチンは完全に斬撃を見抜かれてしまい、ただ地面に穴を開けるだけだった 
だが避けるだけでは相手を倒す事など出来ないのはモモコも百も承知 
タイミングを見計らいエリチンの斬撃を掻い潜り、攻めにまわらなくてはならない 
(あの剣を喰らったら一撃でお陀仏になっちゃうかも、振り下ろしは速いから正面にまわった瞬間アウトね 
 なんとか注意をひきつけて背後に回らないと・・・) 
そう思うなりモモコはエリチンに向けて何かを投げつけ始めた 
エリチンはそれが何なのか分からなかったがこのまま喰らうのはまずいと思いグレートソードで叩き落す 
・・・が、投げつけられた物体は叩き落されるなり破裂し黒い煙をモクモクと出し始めた 
モモコが投げた物は殺傷能力はゼロだがその代わり尋常じゃないほどの煙幕を発する爆弾だったのだ 
周囲が全く見えなくなり焦ったエリチンはグレートソードをブンブンと振り回し煙を祓おうとしたが時すでに遅し 
この僅かな時間の間にエリチンの大きな背中にモモコがひっついていたのだ 
そんなモモコが懐から出したのは手のひらサイズの小型爆弾だった 
こちらはさっきの物とは違い殺傷能力満点、人を簡単に殺せてしまう代物だ 
鋼鉄の鎧ならまだしもアルミ製の鎧なんて粉々に吹き飛ばしてしまうだろう 

「エリチン、爆弾ならこの鎧はじけとんじゃうよね」 
薄気味悪く笑いながら言うモモコにエリチンは全身の血が逆流するような思いをしてしまう 
今まで自分はモモコを相手にする際にインファイトに持ち込めば優位に事を運べると思っていた 
だがここまで接近されると逆に剣で斬る事は不可能となる、完全に裏をつかれてしまった 
しかもモモコの言う事はおそらく本気だ、鎧を弾き飛ばすほどの爆撃を喰らったらエリチン自身大怪我は必至だろう 
(振り払うしかない・・・!こ、殺される!) 
そう思ったエリチンは必至で飛び上がり背中から地面に落ちるように宙で足をあげた 
言わば柔術の受身の体勢、モモコを自重で押しつぶそうと謀ったのだ 
だがモモコもエリチンが自分を振り払うにはこの方法しかないと予測していたので迅速にエリチンから離れ遠方へと走る 
エリチンの背中に何かをくくりつけたまま・・・ 
バシッと地面に落ちたエリチンの背に激痛が走ったもののモモコを振り払う事が出来たので一安心する 
しかしすぐに背中にある違和感に気づく事になり冷や汗どころの騒ぎでは無くなってしまう 
「な、なんだこれ!?ま、まさか爆弾!!」 
背中の物体に気づいたエリチンはまさに必死、取り払おうと剣を持たぬ左手を背に伸ばしたが上手く取れそうにもない 
どうやらモモコは短時間の間に紐状のものでエリチンの大きな体躯に結び付けていたらしい 
片手では上手く取るのはとても難しい、だが両手を離せばモモコから来る新たな追撃に反応できない 
「く、くそおおおおおおおおおおおおおお!!!」 
焦りに焦っているエリチンを遠目に見ながらモモコはクスクスと笑う 
(馬鹿なエリチン、それ爆弾じゃないのにね 
 まぁこれからもっと酷い地獄が待ってるけど) 

数分間もがき続けたエリチンだがふとある事に気づく 
「あれ?・・・さっき背中から転んだのにこの爆弾は爆発しなかったぞ?・・・」 
爆弾であるならエリチンの体重に潰されれば爆発は間逃れないはず、だがエリチンの背中の物体は依然形を残したままだった 
「これ・・・なに?」 
やっと気づいたマヌケなエリチンを見て、モモコは笑いを堪えるのに必死になってしまう 
なんとか笑いをおさめたモモコは未だに何がなんだか理解していないエリチンに答え合わせをし始めた 
「普通気づかないものかなぁ?エリチンの背中にくっつけたのは爆弾なんかじゃなくてただの磁石だよ 
 でもそのおかげで準備が完了したから助かったけどね・・・これからエリチンに私の必殺技を見せてあげる」 
突然モモコが真剣な顔つきになったのでエリチンはドキリとする 
今まで何度もモモコに殺されそうになったが今度のこのモモコの目こそ本気中の本気 
次に何を繰り出すのかまったく予測の出来ないモモコが相手なだけに一瞬たりとも緊張を抜く事が出来ない 
「ねぇエリチン、まさか私がエリチンをからかうためだけに磁石をつけたと思ってないよね?」 
「えっ?」 
モモコはエリチンが言葉を返すより先にシュッと何かを投げつける 
それは爆弾なのか、それともさっきと同じく煙幕なのかエリチンに判別は出来なかったがここは跳ね返すしかない 
重装備なため避ける事など出来ないのだから飛んでくる物体をグレートソードで叩くしか手段がないのだ 
まるで野球でも始めるかのようにグレートソードを振ろうとしたエリチン、願わくばピッチャー返しといきたい所だ 
しかしモモコの投げた物体は近くに来るなり突然急加速し、エリチンの腹に衝突していったのだった 
例えるなら105キロのスローボールが直前でいきなり150キロ級のファストボールに変化したようなもの 
どんな強打者だろうとそんな急変化に対応できるわけがない、ましてやピッチャー返しなんて狙えるわけがない 
そしてエリチンの腹に衝突した物体はドカン大爆発を起こしたのだ、どうやら今度こそ本当に小型爆弾だったらしい 
「がぁっ・・・な・・・うぁあ・・・」 
爆発をモロに受けたエリチンはその場でフラフラとしてしまう、鎧に穴が開いてしまったが生きているだけまだマシだろう 
「やっぱりこれじゃ死なないかぁ、まぁそれだと面白くないもんね 
 これから愉快な「ツグナガ拳法」が始まるから頑張って耐えて!」 

懐から数百もの細かな針を取り出すモモコ、その針とは一本が全長5cmにも満たない「超小型ダーツ」だ 
ある程度までエリチンに近づいたモモコはその超小型ダーツを一気に投げつけた 
投げつけられた数百のダーツのうち幾つかは周囲にばら撒かれた磁石の方へ反れたものの、ほとんどはエリチン目掛けて飛んでいく 
そして不思議な事に、わりかし雑に投げられたはずのダーツはエリチンの鎧の穴が開けられた部分に自ら向かっていったのだ 
爆破だけでも十分なダメージを受けたというのに更に数百の針が刺さる事でエリチンは激痛に苛まれる事となってしまう 
「ッ〜〜〜〜〜!!!!」 
気を抜くと意識が飛んでしまいそうな激痛に耐える中、エリチンはモモコがいったい何をしていたのか理解し始めたのだった 
さっき投げつけられた爆弾が急にスピードをあげたのはエリチンの背中の磁石に引き寄せられたから 
数百もの針がまるで意思を持ったかのように鎧の穴に目掛けて飛んでいったのも磁石に引き寄せられたから 
全ては自分の背にくくりつけられた磁石のせいだとすると話が全て繋がる 
「そう来るんだったら・・・こっちは・・・」 
無い頭を絞りエリチンが取ろうとした策はばら撒かれた電磁石の中に紛れ込むというものだった 
そんな中に入りこめばグレートソードを持ち上げるどころでは無くなるだろうがこのままでは攻撃をただ受けるだけだ 
電磁石の群れに紛れ込めば爆弾や針はエリチンではなくそちらに目掛けて飛んでいくはず、ダメージは軽減できるはず 
その一心でエリチンは大剣を引きずりそちらへ向かっていった・・・・・のだが 
「えーい!・・・これも!・・・ほーら!」 
「あ、モモコちゃんそれ投げちゃだめ」 
エリチンの考えを見透かしていたのかモモコは地に落ちていた電磁石を全てどこか遠くへ投げてしまったのだ 
深手を負ったエリチンがそれを阻止できるわけもなく、この辺り一帯にある磁石はエリチンの体にくくられた物だけになってしまった 
「はい、これでもう詰みね」 
「モモコちゃん・・・ひどすぎる・・・」 
腹の傷がジンジンと痛み、さらにダーツに塗られた毒のせいで意識が今にも遠のきそうなエリチン 
もう終わりかなと諦めかけていたのだが、丁度その時にさっきまでは無い感覚を覚える事となる 
(あれ・・・なんか剣が軽いな) 


04.
それは今までに体験した事もないほどの清々しい気分だった 
爆弾だの針だのを受けて激痛が走っているはずなのにその時ばかりは何も感じなかった 
グレートソードを持つ右手が楽にあがり、それどころか全身が今にも飛び立てるかのように軽い 
これは磁石が無くなったから軽くなったというレベルでは決して無い、例えるならばそれは覚醒。 
周囲がとても静かになり、モモコの次の行動が手に取るように分かり、それを捕らえる自信がある 
そしてエリチンは気づいたらモモコに向かって走り出していた 
思うように動けなかった先ほどとは違い今はとても軽やかだ、例えモモコが逃げようと追いついてみせるだろう 
突然自分に向かって走ってくるエリチンにモモコはとても驚いた様子で、様々な物をエリチンに投げつけていた 
それは殺傷用爆弾、煙幕爆弾、毒粉入り爆弾などを総称した「五色爆弾」だったり 
数百もの細かい針である「超小型ダーツ」だったり、小指を引く事で発射される「毒塗り発射針」だったりした 
エリチンの肉体はそれらを受け続けてもうボロボロの状態であろう 
だがそんな痛みなんて関係ねぇと言わんばかりにエリチンは足を止めず走り続けた 
後に分かる事だがこの段階でエリチンは一時的に痛覚が馬鹿になっていたらしい、体が朽ちようと脳は決して認めない 
モモコからしてみれば爆弾を何度喰らっても毒をいくら受け続けても生きているような者が居る事自体が計算外 
たとえ死ななくても並の人間なら激痛で発狂してしまうはずだと言うのにエリチンはまるで機械仕掛けのように迫ってくる 
逃げ回り時間を稼ごうにもモモコはスピードがある方では無いのでやがて追いつかれてしまう 
「モモコちゃん・・・やっと捕まえた・・・」 
「な、なんなの!エリチンあんたなんなの!」 
モモコを自分の射程範囲に捕らえるなりエリチンは大きく振りかぶりグレートソード「デカシンボル」を振り下ろす 
当然それを一撃でも喰らえば致命傷なのでモモコは避けようとしたがそれが出来ない理由があった 
それはこの時エリチンが繰り出した斬撃の性質によるものだ 
体をひねり、さらに上から下へ全力で振り下ろす事で遠心力と重力を利用する事が出来る 
普段は普通の斬撃で、ここぞと言う時にだけこの必殺技を発する事で相手の目に慣れさせる事もない 
怪力×日頃の訓練×遠心力×重力×意外性 これらの要素が重なりに重なった結果その剣威は凄まじいものとなる 
エリチンの必殺技「殺中末(さちうすえ)」はモモコに見事に直撃した 

30kgもあるグレートソードを思い切り叩き付けられたのでモモコは当然ひとたまりもない 
「殺中末」を喰らったのが幸いにも胴体だったために暗器の一つ「棘鎧」によって守られたがそれでも被害が甚大すぎる 
対素手や対木製武器には絶対的な威力を誇る「棘鎧」だがエリチンの鋼鉄製のグレートソードの前ではあまりにも頼りなかった 
まるでねじり切られたかのように崩れ落ち、ただのくず鉄と化してしまったのだ 
モモコ自身も一命は取り留めたものの骨だの内臓へのダメージが大きいため今まで感じた事のない激痛を味わう事となった 
だがエリチンはそんなモモコにも容赦なく第ニ撃、第三撃を繰り出してくるためぼーっとしてはいられない 
まだ生きている「手」と「足」を駆使して寝転がった状態のままそれらを避け続ける 
「うらぁぁあ!!どりゃあああ!!はぁあっ!!」 
もぐら叩きのようにモモコを叩き潰そうとするエリチンの顔はいつものフニャフニャしたものではなかった 
立ってるのも不思議なくらいの大怪我を脳が拒否するという異常な状態にあるエリチン 
その表情、そしてその有様はまさにバーサーカーと呼ぶに相応しいものだっただろう 
(やっぱりエリチンは痛みを感じてない・・・アドレナリンってやつなの? 
 どうしよう・・・エリチンがここまで馬鹿だったなんて想定外すぎるよ・・・) 
今度受けたら本当に絶命してしまいそうなエリチンの猛攻をすんでの所で避け続けながらモモコは次の策を考える 
目の前の狂戦士の動きを止めるには痛みに頼るような方法は取ってはならない、労力の無駄だ 
ならば相手が痛みを感じようと感じなかろうとそんなの関係なしに体の自由を奪う策を取ればいい 
そしてモモコの暗器「ビックリバコ」にはそれを可能とする道具が存在するのだ 
「これでもっ・・・喰らいなさい!!」 
モモコは「五色爆弾」の中の煙幕爆弾を取り出しエリチンの顔面に投げつける 
黒煙をモロに受けてしまったのでこれでエリチンはしばらくの間目を開ける事が出来なくなるだろう 
そしてターゲットを捕捉する能力を失ったエリチンの前にすくっと立ち上がり手のひらを天高く掲げる 
モモコのその手のひらに付けられたのは暗器「逆メリケン」、オカールに脳震盪を起こさせた凶悪な武器だ 
惨たらしくもモモコは目を開く事の出来ないエリチンの頬をその「逆メリケン」を使い思いっきりビンタをかます 
痛覚を失っているため痛みは感じないものの全力のビンタゆえに脳震盪の影響が凄まじい 
エリチンは思うように立てなくなり、フラついてしまう 
これだけでもほとんど動きを奪ったのも同然だがモモコは確実に詰ませるためにトドメを指そうと右足を後ろに上げ始めた 
チナミに新しく作ってもらった7つ目の暗器「撃鉄内蔵ブーツ」の威力が今発揮される 

撃鉄とは拳銃のパーツの一つであり、雷管を叩き弾丸を発射させるとても重要な部品だ 
モモコのブーツの先端にはその撃鉄によく似た金属が仕込まれており、スイッチオンと同時に高速で飛び出す仕組みになっている 
そしてそのスイッチは足の小指にくくりつけられていてモモコが足の小指をピーンと立たせる事で瞬時に発動するのだ 
この撃鉄を生身で喰らえばどんな強靭な大男だろうと骨折は必至である 
骨を鍛える事は可能なのだが撃鉄の直撃をひとたび受けて折れない骨など殆ど無い 
しかもモモコは人体急所の一つであるスネを狙っているのでヒットさせる事が出来ればそれで勝利だろう 
さっきの爆弾ラッシュでエリチンの鎧はほとんど壊滅状態に陥っているのでスネはむき出しだから都合もいい 
しかし右足を後ろにあげた瞬間モモコの体中に電撃が走った 
それもそのはず、エリチンの一撃を真芯で受けて体にガタが来ない訳がないのだ 
しかもそんな体で思いっきりビンタをかましたので全身の骨に響いてしまっている 
モモコはこのまま蹴り上げてしまえば体がボロボロになりしばらくの間立つ事も出来なくだろうと直感で感じる事が出来た 
エリチン自体すでに脳震盪になっているのでここで無理しなくても良いのではないかという考えがよぎる 
ここでエリチンにトドメを刺し共倒れか、それともここで無理をせず他の策を取るか 
いつものモモコなら後者をとり己への被害を最小限に抑えただろう 
しかし今この場のモモコはそうはしなかった、前者を選んだのだ 
「エリチンここで寝てて!!」 
モモコの右足はエリチンのむき出しのスネに向かって一気に振り下ろされていく 
そしてヒットすると同時にに右足の小指をピーンと立てる事で「撃鉄内蔵ブーツ」の特性である撃鉄が発射される 
エリチンは瞬間的に現れる撃鉄の存在すら認識できず、己の骨が折れた事にも気づかず、そのまま崩れ落ちてしまう 
「あ、あれ?・・・なんか・・・脚が・・・」 
恐るべきパワーを誇ろうと、痛みを感じなかろうと立てなければ何もする事が出来ない 
この場でエリチンは戦線離脱という事になってしまったのだ 
そしてそれはモモコも同じ 

さっきまでの激戦がまるで嘘みたいに二人はグタッと倒れこんでしまう 
互いに全身打撲のうえに酷い外傷、さらに披露まで積み重なっているので当然と言えば当然だ 
未だに痛みを感じてはいないが脚部の骨折のため立てないエリチンが言葉をかける 
「モモコちゃんやっぱり強いなぁ・・・滅茶苦茶修行したから勝てると思ったんだけど」 
エリチンの言葉は嘘ではない、打倒モモコを目指して日夜大剣を振り続ける事で「殺中末」をも習得できるまでになった 
それだけに今回勝てなかった事が悔やんでも悔やみきれない 
「まぁ引き分けだったから前に比べたらマシだけど・・・」 
諦めをつかせるため自分に言い聞かせたエリチンの言葉を聞いてモモコはピクリとする 
そして自分の体もボロボロだというのにエリチンに覆いかぶさり大声を出し始めたのだ 
「引き分けぇ〜!?どこをどう見たら引き分けなのよ! 
「え、だってこうして二人とも倒れてるじゃん」 
「トドメを刺したのは私なのよ!それに倒れるのもちょこっとだけエリチンのが先だったし 
 そ・れ・に!戦いは終始私のペースだったじゃない!引き分けとか言って逃げないでよね」 
「いやぁ・・・ていうかモモコちゃんたった一撃喰らっただけでそんななってるじゃない」 
「ボクシングではたくさん殴ったほうがポイントいっぱいもらえるの! 
 だからモモの勝ち!!!」 
大人気なくも一歩もひかないモモコを見てエリチンはため息をつく 
ここは年上の自分が引くしかないと思い勝ちを譲ることにする 
「はいはい僕とモモコちゃんの勝負ではモモコちゃんの勝ちって事にしてあげるよ 
 でもさ、大きな目で見たらモモコちゃんもここで終了だからね」 
エリチンの説教じみた言葉が気に食わなかったのかモモコはまた口をとがらせてしまう 
「なにそれ、私がもう戦えないとでも思ってるの? 
 正直言ってこんな状態でもそこらへんの兵隊さんに負ける気はしませんから 
 なんとか他のみんなに合流すれば援護のひとつくらい・・・」 
「残念ながら私たちはそこらへんの兵隊さんじゃないのです」 
「えっ・・・!?」 
後ろから突然聞こえたか細い声にモモコはハッとする 
数日前にも聞いた透明感のある綺麗な声、確実にアイツだと自覚したのだ 
「エリチン、計画通りここからは私たちと交代です」 
「エリチンが勝ってればよかったけんまぁ仕方ないっちゃね、さっさと終わらすと」 
モモコが振り向いた先に居たのはサユ・ミチョシゲ・ラドノイズとレイニャ・ダケ 
エリチンと同じロッキー三銃士の二人だ 

「エリチンがワガママ言わなかったら三銃士再結成だったと」 
周囲にいる帝国兵もこのメンツが同じ場所に揃っている事に驚きを隠せない 
この3人がトリオを組んだのはまだ先々代帝王であるヨッスィー・フットチェケラが現役だった頃以来のこと 
しかもこの3人が組んだ時の勝率はなんと100%、3人が組めばミキティが相手でも勝てるのかもしれないとの噂だったのだ 
ただ、今はエリチンが戦える状況ではないが・・・ 
「怪我人を二人がかりで攻めるからって卑怯者だと思わんといてね 
 ここは戦場やけん確実に勝つためたい」 
そう言うとレイニャは目を鋭くし、木刀「カツヲブシ」をモモコに向け威嚇し始める 
サユも同様に針のように細いレイピア「アルデンテ」をモモコに向ける、二人とも完全に臨戦態勢にあるのだ 
しばらくポカンと口を開けていたモモコだったが、やがて状況を把握し好戦的な二人にこう返した 
「あ、うん、まぁ別に卑怯だなんて思うつもりは無いわよ、私が言える立場じゃないもんね 
 ていうかあなた達ねぇ私がこんな不測の事態を予測してなかったとでも思うの?」 
圧倒的不利な状況にいるはずのモモコが大口を叩くのでロッキーの3人はドキリとする 
そのハッタリとも思えない大胆な表情、まさかモモコはまだ奥の手を隠しているのではないかと勘ぐってしまう 
「な、な、な、何を言うとーと!そんなボロボロなのに勝てるわけなかね!」 
「残念ながらハッタリにしか見えないんだけど・・・強がって意味があるの?」 
「モモコちゃんさすがに無理があるよ・・・大人しく負けを認めるのも大人ってもんだよ」 
ロッキーの3人は口ではこう言っているが心臓の音はバクバクだ 
次に何を出してくるのか全く予測のつかないモモコが相手なだけにロッキー三銃士のレベルでも冷や汗をかいてしまう 
「て、ていうかさっきウチらが来るのを見てポカンとしてたっちゃね!やっぱりハッタリに決まっとぅ!」 
「それはレイニャが他人と組む事とは思ってなかっただけ、ちゃんとエリチンの援護に誰かが来るって思ってたよ 
 その証拠に・・・」 
モモコがそう言うと同時に周囲から「うおおおお」という叫び声とともに二つの影がこちらへと迫ってくる 
そしてその二つの影はまっすぐレイニャとサユに向かい攻撃を仕掛け始めたのだった 
「ちょちょちょ、なんと!?」 
「なんなの!?なんなの!!」 
レイニャとサユも歴戦の剣士なのでこの程度防ぐ事は出来るのだが意表を突かれたので軽く喰らってしまう 
そしてその二つの影は勢いを殺さずロッキー達を掻い潜り、傷だらけのモモコを抱え走り抜けていったのだ 
「いやぁ〜予想外予想外、誰か来るとは思ってたけどレイニャとサユだとはなぁ」 
「でも大丈夫だよ私たちにはあの二人と対等に戦える力が備わってるから」 
モモコを救いに来た二つの影、それはキュート戦士団のオカールとマイマイだったのだ 
キューティーサーキットを完全遂行し終えた二人の実力はロッキー三銃士を凌駕するのだろうか 


05.
時は少し戻り、モモコとエリチンが戦っているのと同時刻 
戦争の最前線ではシミハムとマイミの両団長が手を組み、強行突破しようとしていたのだった 
「なあシミハム、私は天才的な頭脳をフル回転させて簡単に強行突破する方法を考えたのだが」 
「へ〜そうなんだ」 
馬鹿なマイミの考える事なので軽く受け流そうとするシミハムだったが次のマイミの行動を見て驚かされる事となる 
なんとマイミはいきなりかがみだしシミハムの股の間に顔を突っ込み、肩車をし始めたのだ 
「ふぉえ!?な、なにすんのエッチ!!馬鹿!!」 
「あはははははは!これが私の考えた天才的な案なのだ!」 
「ええええ!?」 
そしてマイミはシミハムを肩車したまま帝国兵の群れへと全力ダッシュで突っ込んでいった 
その速さは人間のレベルを遥かに凌駕しており、チーターの走りそのものだ 
「あわわわわわわ!こ、このままじゃ狙い撃ちされちゃうよ!」 
普段経験した事の無いスピードを体感し漏らしそうになるほどビビるシミハム 
そしてそんな目立ちすぎるシミハムとマイミを見て帝国兵が黙っているわけもなかった 
シミハムとマイミを思いのままに通してしまえば帝国の情勢が悪化するのは必至、なんとしても阻止せねばならない 
よってその場にいるほとんどの兵が妨害するため二人の前に立ちはだかったのだった 
「ね、ねえマイミどうするの?で、で、で、で、で、次は?ねえどうするの!?」 
完全にパニックになるシミハムとは対称的にマイミは落ち着きながら返す 
「シミハム、お前がその手に持っているものはただの棒きれか?」 
「え?あ、そうか!!」 
シミハムは両手でしっかりと握っていた多節棍「ギョニクソーセージ」を振り上げ、自分らを阻止する敵に片っ端からぶつけ始めた 
マイミの人外な速度が加わった多節棍の振りの威力はとても凶悪、誰もが一撃喰らうだけで倒れてしまう 
マイミが足となり、シミハムが邪魔な敵を薙ぎ倒す、まさに理想的な作戦だ 
珍しくもまともな作戦を考えたマイミはとても誇らしげな顔で敵の本拠地に向かって走っていく 
ただ、首の後ろのあたりがなにやら熱いのだけが気になるが 

「ひぃい!」 
「き、来たぁ!」 
「死にたくねぇ!」 
シミハム On The マイミに恐れをなさない兵士など居るわけもなく無様にもバッタバッタと倒されてしまう 
中には果敢な兵も何人かは居たのだが、果敢なだけでは太刀打ち出来るというわけではないので軽くひねられる 
ならば銃や弓のような遠距離武器で射抜こうと思ってもシミハムの多節棍の妙技により軌道を完全にそらされてしまうのだ 
そもそも信じられない速度で進んでいるので照準を合わせるのも一苦労、普通の兵士にはなす術がないと言ってもいいかもしれない 
そんな感じで時速50キロ近くのスピードで突き進む台風のような二人は一気に敵陣の深くへと進んでいくのだった 
「ねえマイミ、あそこに見えるのが本拠地じゃないかな?」 
「そのようだなシミハム・・・全力で飛ばすからしっかりつかまっていろ!!」 
数キロ先に見えるキャンプを発見したマイミはその瞬発力を利用しさらなる加速をし始める 
瞬間最高速度100キロを越えたマイミは我が道を遮る全ての敵を弾き飛ばしグングンと進軍していく 
そして本拠地の中心で待ち構えたガキ・コラショワを視界に捕らえるまでに到達したのだった 
「あれはマイミ・・・とシミハムか?まだ戦争は始まったばっかりだぞ?・・・」 
馬鹿みたいな速度で自分へと向かってくる二人を見てガキも目を丸くしてしまう 
まだ始まって30分も立ってないと言うのに呆れるような速さで本拠地まで到達した二人を見て驚くなというのが無理な話 
そしてそんな事よりもシミハムとマイミという二人の強豪が自分を狙いに来ているという事態がまず深刻だ 
他の帝国剣士はすでに他所に派遣しているためこの場には自分一人、とても有利とは言いにくい 
しかもこんな早い段階で総指揮をとっている剣士団長である自分が負けてしまえば全兵士の士気にも多大な影響が出てしまう 
この戦い・・・なんとしても、どんな傷を負ったとしても勝たなくてはならない 
何かを決断したガキは周囲にいる500人、600人単位の帝国兵に向けてなにか叫び始めた 
「お前たち、黙って私に命を預けてくれ!! 
 皆で力をあわせればあそこにいる怪物に勝てるはずだ・・・この戦いは絶対に負けられないんだ!!」 

「おりゃああああああああ!!」 
風を切るほどの凄まじい速度でやってきたマイミはそのまま勢いを殺さずガキに蹴りを入れる 
ガキもかなりの硬度を誇る打刀「一瞬」でその蹴りを受け止めようと構えたのだがその次に来る展開に意表をつかれてしまう 
なんとさっきまでマイミに乗っていたはずのシミハムが宙を舞い、ガキに攻撃を仕掛けようとしていたのだ 
その手に持った多節棍「ギョニクソーセージ」は例え己が空中にいようが自由自在 
ヒットさえすればガキの細身など軽く吹き飛ばす事が出来るだろう 
目の前から来るマイミの蹴り、上空からのシミハムの多節棍、どちらを捌けば良いのかわからずガキは戸惑ってしまう 
勢いづいたマイミの蹴りはひとたび喰らえばそれだけで気を失ってしまいそうになる 
シミハムの多節棍は一撃だけではなくそれに追随するニ撃、三撃も恐ろしい 
『前門の虎後門の狼』ならぬ『前門のチーター上門のハムスター』、どっちつかずの状況に困惑するしかない 
だがガキはふと冷静になり、己に出来る事を見つめてみた 
こんな早くに敵の大将が二人してやってきたので戸惑ってしまったがこれくらいは捌ききれる実力が自分には備わってるではないか 
今まで八方から繰り出される砲丸を一瞬にして地に落とすという訓練もこなしてきた 
それに比べれば今回は2方向からしか攻撃は来ていないのだ、なにを心配する事があるのだろう 
「"中段・野田"、"上段・飛流"」 
「「はっ?」」 
突然ポツリとつぶやくガキを見てシミハムとマイミはキョトンとしてしまう 
だがその次の瞬間、シミハムとマイミは自らに襲い掛かる衝撃に驚かされる事となる 
ガキの鞘から抜かれた打刀は目にも止まらぬ速さでまずマイミの靴を斬り、その勢いで上空にいるシミハムの棍をも弾き飛ばす 
その並ではない斬撃を喰らったマイミは体勢を崩してしまい、シミハムも空中ゆえに当然踏ん張る事も出来ず吹き飛ばされてしまう 
ガキの放った中段・野田と上段・飛流、そして下段・降羅は居合い切りの一種であり一瞬にして敵を切り裂く事が出来るのだ 
それを巧みに扱いこなすガキの実力と技術はまさにモーニング帝国剣士最強と呼んでも決しておかしくはないだろう 

いきなり蹴りを弾き飛ばされたマイミは一旦数歩後ろに下がり体勢を整える 
マイミのその足にはガキの打刀による深い傷が痛々しくも残ってしまった 
「さすがだな、普通は刀で斬られたら立ってはいられないはず」 
最大の危機から脱する事が出来たガキは一安心しながら打刀「一瞬」を鞘に収める 
帝国の数ある剣の中でも最高の鋭さを誇る一瞬を足に受けてしまえば並の人間は激痛に耐える事が出来ないだろう 
瞬時に見極める事が出来たマイミもなんとか直撃は間逃れたものの、どうしても切り傷の痛みに顔を曇らせてしまう 
だがその痛みを相手に悟らせる事など愚の骨頂、マイミはなんともないと言った風に答える 
「意表をついてやっとこの程度か?ガキ団長とやらも大した事ないようだな 
 シミハムとタッグを組めば簡単に・・・」 
そう言った後にマイミはふとシミハムが近くにいない事に気づく 
そういえばさっきガキに弾き飛ばされてどこかに吹っ飛んだような・・・ 
「シ、シミハム?おーいシミハムー!?」 
馬鹿みたいにあちこちを見回るマイミを見てガキは思わずプッと吹き出してしまう 
あまりにもその様子が滑稽なのでガキはシミハムの行方をそっと指差す 
その指差された先はなんと数百もの兵が群がっている密集地帯だったのだ 
「え・・・シ、シミハム」 
「彼らはガキ専属護衛剣士集団"ピンチャポー"、"チャンポンチャン"、"ジュマペール"だ 
 総勢700以上の精鋭を一人で相手に出来るのかは疑問だな 
 そして私とマイミは一騎打ちという形になるな」 

いくらシミハムとは言え相手が精鋭揃いなら苦戦をしてしまうだろう 
やられてしまうという事はないだろうがこのままでは相当の痛手を負う事になる 
「シ、シミハム今いくぞ!」 
さすがに焦ったマイミは敵の密集地帯へと駆け寄ろうとするが・・・ 
「待てぃ!」 
走る隙もなく瞬時に腹部がえぐられたのかと錯覚するほどの深く鋭い斬撃がマイミに襲い掛かる 
その斬撃の主は当然ガキ・コラショワ、その目は完全にマイミとの一騎打ちを狙っている目だ 
腹部をやられたマイミもたまらずガキの方を向き返す 
「どうしても向こうに行かさないつもりか?・・・」 
「私が一騎打ちでキュート戦士団の団長を仕留める 
 そして我が親衛隊が総力をあげてベリーズ戦士団の団長を倒す 
 お友達の所に行きたいのは分かるがこちらにはこの手段しかないのだ」 
そう言うなりガキはまたも鞘から打刀を抜き、居合いを始める 
敵が射程距離にいるなら瞬殺、居ないとしても追いかけて叩っ斬る、ガキが鞘を抜く事は即ち相手の死を意味するのだ 
その刀の初速度の凄まじさを改めて直面してみてマイミは面食らうが死ぬ訳にはいかないのでなんとか受ける 
右拳と左拳に装着されたナックルダスター「ネコノテ」ならば刀を受けても血を流す事はない 
ガキの連撃の速度は確かに目を見張るものがあるがマイミだって己の「連打」には自信がある 
刀の連撃が速いか、それとも拳の連打が速いか 
火花が散るほどの攻防戦が今ここで始まろうとしていた 

「下段・降羅!!」 
マイミの要である脚力を奪おうとガキは下半身へ攻撃を放つ 
その振りの速さは並大抵のものではなかったが、マイミの動体視力で捕らえられないレベルの物でもなかった 
マイミは腰を落とし襲い来る刀の軌道をそらすようにナックルダスターの先端を当てる 
関係ない方向へ刀が飛ばされガだが瞬時に脚、腰、肩、手首の関節をフル動員して更にマイミへ振りなおす 
ガキの基本の剣法は居合いだが初撃で終わりという訳ではない 
どの位置、どんな姿勢でも「居合い」に匹敵する追撃を繰り出せる訓練を繰り返してきたのだ 
第ニ撃、第三撃は初撃ほどの剣威を持たないが敵を仕留めるには十分すぎるほど 
相手が気を抜くまで延々に即死級の太刀を繰り出す事が出来るのだ 
「中段・野田ぁ!上段・飛流っ!下段・降羅ぁっ!!」 
マイミの胴を切断しようと、首を跳ね飛ばそうと、脚力を殺そうと鋭く速い刃を次々と繰り出す 
「はぁっ!たっ!やっ!」 
なんとかその全てを拳で捌ききるマイミだが何か異変に感じていた事があった 
ガキはこんなにも強かっただろうか?・・・確かに強かったがここまでの達人だっただろうか? 
少しでも油断すればその瞬間無数の太刀を受け肉の塊と化してしまうかもしれないという恐怖 
キュート戦士の長であるマイミがそれほどの威圧感を感じるほどの相手ではなかったはずだ 
あの大戦以来いったい何がガキをこうさせたのだろうか・・・マイミにはそれが分からなかったのだ 
「スキありっ!!」 
「なっ!」 
ガキの放った強烈な斬撃に足を踏ん張りきれなかったマイミは数メートル後方に弾き飛ばされてしまう 

「おかしいな・・・計画では今頃には倒しているはずなのだが・・・」 
いまいち調子の乗らないマイミが指をポキパキと鳴らしながらぼやく 
瞬殺までとは言わないが早々にガキを倒しシミハムを助けに行く予定だったので不満が積もる 
だがそんなマイミのぼやきを聞いてガキが面白く思うはずもなかった 
自分を低く見ているマイミに鋭い目でギロリと睨みつける 
そんなガキの反応を見てマイミも闘争心が燃え上がり、拳をギュッと握りしめる 
「悪いがこれ以上時間を取るのはとても困るんだ、全力で行かせてもらう!」 
そう言うとマイミは数メートル先にいるガキに向かって全速力で走り始めた 
超短距離なのでマイミの速度はさきほどの倍近く、その猛進を見てひるまない者などいるはずがない 
そしてガキのもとへ辿りつくなりその勢いを全て右拳に集中させ思いっっっっっきりぶん殴った 
ガキが左に吹き飛ぶ前に更なる瞬発力で先回りしカウンターを入れるように左ストレートを返す 
次もまた跳ね返る地点に先回りしぶん殴る、そのまた次も先回りしぶん殴る 
そして終いには腰を低く落とし天空目掛けて拳を突き上げる、ガキも同時に上空高く舞い上がっていくわけだ 
マイミの必殺技「ビューティフルダンス」の手ごたえは確かなものだった 
殴り終えた今でもその拳はジンジンと痺れている、ここまでの手ごたえは今までに感じた事もなかったもの 
マイミもかなり満足気な表情をしている 
「最初は驚いたが結末はあっけなかったな、さてシミハムの所へ急がなくては・・・」 
だがその時だった、マイミが装着していたナックルダスターが突然パッカリと割れて地に落ちてしまう 
しかもそのナックルダスターに包まれていた拳からも大量の血が流れ落ちる 
「な!?こ、これは・・・」 
驚いているマイミの後ろからずっさずっさとくじいた片足を引きずりながらガキがやってくる 
マイミが勝ったと決め付けたのとは対称的にガキの視線は今もマイミだけを捕らえている 
「マイミ、その足の怪我が技を鈍らせたようだな 
 お前のその連続技・・・全てこの「一瞬」で受け止めてやったのだ・・・」 

自身の最高傑作とも言える必殺技「ビューティフルダンス」を防がれてしまったのでマイミはショックを隠しきれない 
ひとたび放てば確実に相手を仕留めてきた技なだけに落胆も大きいのだ 
それだけではなくナックルダスター「ネコノテ」までも破壊されてしまったので戦況も芳しくない 
達人級の刀捌きを見せるガキを相手に素手で戦えるのだろうかという不安が残る 
・・・が、そんな不安もガキの身なりを見て簡単に吹き飛ぶ事となった 
(ん?・・・どうやら何も心配する事はないようだな) 
目の前にいるガキは立っているのが不思議なほどの外傷を体中に負っていたのだ 
足も引きずっており、肝心の刀を持っている右腕も脱臼だか骨折だかで上手く上げれないように見える 
マイミの猛攻をあれほど受け、さらに天高く飛ばされたのだから無事で済むはずがなかったのだ 
拳ひとつのマイミ、刀も満足に握れないガキ 
どちらが有利とも言いがたいがダメージは明らかにガキの方が上、あともう一発良い突きを喰らわせれば倒れるはず 
「ガキ、今度こそ本当の決着のようだな」 

「・・・・・」 
返事もせず静かに黙ったままのガキに向かってマイミは再度走り出す 
もうガキの斬撃を受け止めるナックルダスターは存在しないが一発当てれば勝利が確定するマイミにそんな事は関係ない 
ガキのその腕から繰り出される斬撃は大したものではないはず、堪えきれる! 
「喰らえええええええ!!!」 
ズキンズキンと痛む利き足を無視してマイミは風を切るように走り抜ける 
なにももう一度「ビューティフルダンス」を放つという訳ではない、ただ勢いを拳に乗せぶん殴るだけでいいのだ 
あと1回殴り飛ばせば起き上がるのは不可能なはず 
あと1回!あと1回殴り飛ばせば!・・・ 
「マイミ、お前は苦労を知らないな」 
マイミが気づいた時にはそこにはガキは居なく、己の胸部に大きな斬り傷が出来ていた 
突然の出来事に対象物を見失ったマイミは勢い余ってフラリとよろけてしまう 
「な、なんだ!?」 
「お前にミキティの代わりを任された者の苦労がわかるか?」 
ガキの一声と同時に背中に激痛が走る 
「この年でいきなり団長を任された者の気持ちがわかるか?」 
ガキの一声と同時に横腹にも激痛が走る 
「本当だったらタカーシャイが団長になるはずだったのに!」 
「ミキティが突然居なくなったせいで!」「いきなり!」「相応の強さを要求されて!」 
「かの黄金剣士と比較されて!」「無茶な修行を積まされて!」「強さと同時に指導力まで身につけさせられて!」 
「その気持ちが初めっから団長であるお前にわかるのかと聞いてるのだああああああああああ!!!!」 


06.
ほんの僅かだけ時は戻る 
ガキの「上段・飛流」により吹き飛ばされたシミハムはそのまま風に乗り敵兵が密集している地帯へと飛ばされたのだった 
なんとか棍を巧みに利用して着地の時の衝撃を和らげたが周囲に居る敵の数にシミハムは愕然としてしまう 
そこに居たのは総勢700を越すガキ専属護衛剣士集団"ピンチャポー"、"チャンポンチャン"、"ジュマペール" 
そのほとんどが騎兵で構成されており、長剣の扱いを得意とする200のピンチャポー 
重装甲に包まれ大剣を愛用する力自慢が勢ぞろいした300のチャンポンチャン 
幾多もの訓練を完遂し技術は誰にも劣らぬ細剣使い、300のジュマペール 
その全てが団長であるガキを守るために組織された親衛隊だ、弱いはずがない 
「貴様、食卓の騎士の一人シミハムだな? 
 護衛剣士の名にかけて我ら総がかりで潰させてもらう」 
代表者らしき者の一声とともに700の剣士がいっせいに小さなシミハムに襲い掛かる 
シミハムも初めは焦ったがすぐに団長としての風格を取り戻し応戦に入る 
「悪いけど一人残らず眠ってもらいマスよ?早くマイミを助けにいかなきゃならないんで・・・」 
「ほざくのはどの口だ!!」 
生意気な口調のシミハムに激怒した大剣持ちがシミハムを叩っ斬ろうと剣を振り下ろす 
だがその剣は簡単にシミハムに避けられてしまい、それによって生じた隙を突かれ三節棍「ギョニクソーセージ」をぶち込まれる 
しかもシミハムはその大剣持ちに打ち込むではなくその勢いを殺さずそのまま周囲の7,8人をも巻き込むのだ 
非力(とは言え一般人よりは強いが)なシミハムでもかなりのリーチを誇る三節棍によって生じる遠心力を使えばこれくらい容易い 
さすがに1撃で倒されるほど護衛剣士は弱くはないが鋼鉄や岩石で出来てるわけはないので軽く吹き飛ばされてしまう 
人数が無駄に多いのでドミノ倒しのように連鎖的に倒れてしまい、もはや何もかもシミハムの思う壺だ 
最初は威勢の良かった敵兵もだんだん警戒をし始めるが巧みに棍を操るシミハムに次々と薙ぎ倒されていく 
しかし好調の見えたシミハムの額から滝のような汗がながれている事には誰も気づいていなかった 
敵を一人、また一人倒し終える毎に額どころか体中から汗がダラダラと流れ落ちる 
(いくらなんでも敵が多すぎる・・・最後まで体力持つかな・・・) 
今まで多人数を相手する事を得意としてきたシミハムでもやはり精鋭700人相手は骨が折れるのらしい 

一撃で仕留められなくとも一気に複数名に当てる事ができるので10秒に5人のペースで倒す事が出来る 
だがそれはシミハムが全力で動き回った時の話、このままだと10分以上も無酸素で動かなくてはならない 
マイミのような馬鹿体力じゃあるまいしそんなペースで戦闘を続ければそのうちぶっ倒れてしまう 
かと言って体力に余裕を持つように戦おうにもそれでは時間がかかりすぎるし相手もそうさせてくれそうにない 
精鋭たちの猛攻はさすがにペースを落として捌ききれるほど易いものではないのだ 
(しょうがない・・・なるべく帝国剣士クラスの相手に使いたかったけど・・・やるしかない!) 
何を思ったのかシミハムはピョイと後ろに跳び、奇妙な型を取り始める 
そしてゆっくりと目を閉じまるで岩にでもなったかのように微動だにしなくなったのだ 
戦場だと言うのに何もせず止まるなんて狂気の沙汰だが精鋭たちはすぐにこの型に意味がある事に気づく 
想像以上に強かったシミハムの事だから何か策があるのだろうと推測できるのは自然な事だったのだ 
全く動こうとしないシミハムに警戒し精鋭たちは少しばかり距離を置き始める 
「いったい何のつもりだ?・・・まさかハッタリという訳は・・・」 
「いやここは安易に攻めるのは危険だと思う」 
「だがひょっとしたらただ休んでるだけという可能性も・・・」 
目を閉じまるで瞑想でもしてるのかと思うくらい静かなシミハムに精鋭の誰もが攻めあぐんだ 
だがいつまでもこうしている訳にはいかないのでやがて数人の兵がシミハムの四方から一気に斬りかかりにいく 
その全ての太刀が急所狙いの殺人剣、いくらシミハムでもこれほどの殺気を持った太刀を全て捌くのはとても難儀だ 
さっきまでのシミハムならの話だが 
「うぎゃあ!」 
「ひぇえ!」 
「ぐはぁっ!」 
「いてええ!」 
突然カッと目を開いたシミハムは流れるように全ての殺人剣を弾き飛ばし、その逆側の棍で兵の腹に強烈なのを喰らわせる 
そしてそれに弾みをつけて敵の密集地帯へとするりするりと入って行き敵の隙を見つけてはそこを思い切り突くのだ 
虚をつかれた敵兵たちは咄嗟に応戦しようとするがシミハムはまるでその反撃の太刀筋、軌道を事前に知ってたかのように振舞う 
敵の剣の勢いがつく前に棍で止め、別の手に持ってたヌンチャクで急所をバチンと叩く 
体積の小さなシミハムは敵兵に邪魔される事もなく流れる清らかな水のように、そして急流のようにグングンと進んでいく 
さっき目をつむった時点で全てのシミュレーションは頭の中で完成していた、疲労もほとんどなくなった 
シミハムの必殺技「きよみず」は今なお進行形で精鋭たちをバッタバッタと薙ぎ倒していっている 


07.
ガキは思いのたけの全てをぶつけるようにマイミを斬りまくった 
しかしさきほどマイミにやられた事で上手く腕に力が入らず、本調子とまでは行かなかったらしい 
本来のガキの振りの速度と鋭さならマイミは思うままに斬られていただろうがこれなら見抜く事が出来る 
完全に回避までとはいかなかったもののかする程度にまでは抑えられたのだ 
とは言えナックルダスターで防ぐ事が出来なかったので無抵抗で刀を受け続ける事になってしまう、この被害は小さくない 
驚異的な"生きるという力"を誇るマイミだがあまりに血を流しすぎたので上手く拳に力が入らなくなってしまう 
マイミもガキもどちらも満身創痍、互いに今にもバタリと倒れてしまいそうな傷だ 
疲労で猛攻が休まった隙にマイミは一旦後ろに下がりガキに話しかける 
「苦労か・・・確かに私は苦労なんてしてないがそんなもの必要ないんじゃないかな」 
「・・・なんだと?」 
ふざけてるのかと思いたくなるようなマイミの発言にガキはピクリと反応する 
これは苦労に苦労を重ねてきたガキの全てを否定されたと言っても過言ではない 
マイミはそんなガキの反応に気づいていたが気にせず言葉を続けた 
「私はキュートの団長として働いてきて辛いと思った事は一度もないぞ 
 ナカサキとアイリは私がミスをした時に的確にフォローしてくれる、マイマイはあの年で尊敬すら出来るほどの知識を持っている 
 ウメサンはとても可愛いしオカールは私のボケに漏れなくツッコミを入れてくれる、カンナは…えっと…汗かいたらタオルを渡してくれる 
 そしてメグは皆の事をいつでもどこでも第一に思っていてくれている」 
いきなり語りだしたマイミにガキは目が点になってしまう 
「で、何が言いたいのだ?」 
「つまりだ、キュートのメンバー全員がしっかりしてくれるからこんな馬鹿な私がなんの苦労もせず団長をやっていけるのだ 
 そんな幸せな事・・・他に無いだろう?」 

満面の笑みを浮かべ幸せそうに言い終えるマイミを見てガキはついに堪忍袋の緒が切れてしまう 
苦労なしに指導などありえない、そのような考えを持つガキにとって目の前にいるマイミは許せたもんじゃない 
マイミが語っている間に回復した体力を全てつかいきるつもりで全力で突撃をしかけたのだ 
「これが最後だぁっ!野打!降羅!野打!飛流!野打!降羅!降羅!飛流!野打!降羅!野打!野打!降羅!降羅!降羅ぁああ!!」 
もしガキのコンディションが万全だったらと思うとゾッとするような連続攻撃を一気に繰り出してくる 
腕を怪我しているのでその斬撃はスローモーションだったがマイミも全身を怪我しているので避けるのがやっとだ 
体をひねり、サッと屈み、ヒュッと跳び、突きで軌道を逸らしなんとか巧みに回避を続ける 
全てを避けきれるわけではないのでいくらか喰らってしまうが多少のかすり傷は気にせずマイミはただひたすらに避け続ける 
体力には誰よりも自信があるためこのまま避け続ければいつか反撃のチャンスが舞い降りてくると信じているのだ 
今のようなこの猛攻をガキがいつまでも続けられるはずもない、疲れて手を休めた時がチャンスだ 
その瞬間に懐に潜り込み主導権を握る事が出来れば・・・マイミはそれだけを思い虎視眈々と待ち続けた 
しかしその時だった 
ガキが上段斬りを放っていたはずなのに何故かマイミの太ももに激痛が走る 
(痛ぅっ!!・・・こ、これは!?) 
気づけばマイミの白い太ももには一本の矢が突き刺さっていたのだ 
明らかにガキの放ったものではない矢による狙撃・・・さすがにマイミは外からの攻撃までには注意を払う事が出来なかった 
そしてマイミを待っている最大の不幸はこの狙撃なんかではなく・・・ 
「隙ありぃ!!」 
矢の激痛に気を取られる事によって生じたスキをガキに完全に見抜かれてしまう 
咄嗟の事なのでマイミも十分な対応を取る事が出来ず「中段・野打」を胴でモロに喰らう事に・・・ 

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!) 
渾身の一撃を胴で受けたマイミは悶絶してしまう 
しかし今はもがき苦しんでる場合ではない、このままだと二撃三撃が襲い掛かってくる 
マイミの並外れた"生きるという力"のおかげでギリギリの所で生命を維持しているがまた喰らうとなるとさすがに保証しきれない 
だがこの数分間で何十回ものガキの斬撃を見てきたのでさすがに見慣れている、つまり完全に見切っているのだ 
ガキに喰わされた一撃があまりにも痛すぎるが逆にその痛みのおかげで頭はシャッキリとしている 
なんとか次にやってくる振りの軌道を僅かでも変える事が出来れば反撃へと続く道が見えるはずだ 
王国兵の士気を高めるためにもここで必ず勝たなくてはならない! 
「マイミ・・・もう終わってるぞ?」 
「えっ・・・」 
ガキが何を言っているのかマイミは理解できなかったが1秒、2秒経つごとに痛みが強制的に理解を強いる 
ふと気づけばガキの打刀はすでに鞘の中、いつの間にやらマイミの肩から大量の血がドクドクと流れている 
「い・・いったいいつ?・・・」 
「今だが?」 
ガキが今しがた放った斬撃は今までのソレとは桁違いのスピード 
マイミの驚異的な動体視力でもその振りを捕らえる事は出来なかったのだ 
振りどころか斬る仕草さえ見えなかったのでマイミは信じられないといった顔をしている 
「な・・・馬鹿な・・・だってさっきまでは・・・」 
「さっきまで、か・・・とっておきの必殺技という物は最後まで取っておくものなのだがな 
 マイミ、お前は必殺技をあまりに早く使いすぎたように見える」 
太ももに激痛、胴にも激痛、そして肩にも激痛・・・このままでは確実にマイミはぶっ倒れてしまう 
それだけはまずいと思ったマイミは倒れる前にガキを殴り倒してやろうと一気に飛びかかった 
「愚かだな・・傷が開くぞ」 
ガキがそう言い放った途端左肩からボコッという嫌な音と共に、発狂してしまいそうなほどの痛みがマイミを蝕む 
そして信じられない事に肩から赤い煙がシューシューと湧き上がり発熱しだした 
「な、な、なんだこれは・・・!?」 
最後にガキが放った振りがあまりにも速すぎたためマイミの肩の骨と激しい摩擦を起こし血の湯気が吹き出したのだ 
湯気が出るほどの速い振り・・・光速を越えたかもしれない一太刀を喰らい、なお立っていられる人間など存在はしない 
ガキの必殺技「摩湯気光閃」を受けたマイミはその場にバタリと倒れてしまう 

ガキは気絶したマイミの上半身を起こし無理矢理口を開けさせ謎の液体を流し込む 
その液体は実は毒薬、並の人間なら少量を口に含むだけで倒れてしまうほどの劇薬だ 
とは言ってもガキもマイミを殺すつもりで薬を飲ませたわけではない、帝国側も無駄な殺生はなるべく避けたいと思っている 
マイミの異常なまでの生命力なら死ぬ事はなくせいぜい一日中眠り続けるだけで済むと予測していたのだ 
全ての帝国剣士が対マイミの時にだけ使用を許された数デシリットルのこの劇薬、これで完全にマイミを封じる事が可能になる 
せっかく倒したマイミが何かの間違いで復活しても困るのでその時のために携帯する事を決められたのだ 
マイミに薬をしっかりと飲ませたガキは立ち上がり、あたりを見回す 
そしてフゥとため息をつき独り言をつぶやいたのだった 
「呆れたものだ・・・誰一人立っていないじゃないか」 
ガキがこう言うのも無理はない、さっきまで700人近くいた親衛隊がみな地に倒れているのだ 
その犯人はどう考えてもシミハムしか居ないだろう 
ガキもシミハムによって親衛隊のかなりの数が倒されると予想はしていたがまさか全員だとは思いもしなかった 
マイミとシミハムにここまでかき乱された事を反省しざるをえない 
だが、そのシミハムも今はガキの目の前に寝っ転がっている 
「シミハムもここまでのようだな、皆はよくやってくれたよ」 
ガキが見る限りシミハムは確かに気を失っている、狸寝入りのようにも見えない 
そして驚く事に倒れているシミハムの体中に計5本の矢が突き刺さっていたのだ 
急所に刺さっているという訳ではないがこれほど刺さればまともに立てるはずもない、おそらく矢のせいで倒れたのだろう 
しかしガキには不思議に思う事が一つあった 
「おかしいな・・・私の新鋭隊には弓兵は一人もいないはずなのだが・・・ 
 さっきのマイミに刺さった矢と言い、このシミハムの矢と言いいったいどこの誰が・・・」 


08.
「たぁっ!・・・ウヒヒ、これで500人目」 
相手の肺の位置を突き止めピンポイントに三叉槍で一突きにする戦法でリシャコはこれまで多くの敵を仕留めてきた 
今日だけでも既に撃破数は累計500人と言ったところ、一撃確殺なのでペースも好調だ 
だがリシャコはこれだけでは決して満足はしていなかった 
その理由はともに撃破数を競って戦っているアイリが気になって仕方が無いからだ 
アイリもアイリで敵兵の弱点を見抜き棍棒を叩きつけ、とても速いペースで勝ち星を上げつづけている 
現段階でリシャコとアイリの倒した数はまったくの互角、さすがライバル同士なだけあって実力は均衡しているのだ 
「リシャコ、ちょっとペースが落ちてるんじゃないですか?」 
「アイリこそ疲れてるじゃん!ちょっと後ろで休んだほうがいいんじゃないの?」 
「ま、まだまだ全然大丈夫なんだから!」 
言い争っているように見えるがリシャコもアイリも心の底から楽しんでいる 
メロニアの時から1ヶ月以上の月日が経ったが自分たちがどれくらい強くなっているのか、ライバルにどれだけ差をつけたのか 
それを知る事が他のどんな事よりも楽しみなのである 
「リシャコ!絶対負けませんから!!」 
「こっちだって!」 
そんな二人を見てチナミは母が子を見るような和やかな表情をしている(大砲をぶっ放しながら) 
越えたいと意識している相手がいるというのはとても素晴らしきこと 
切磋琢磨し合い己の技能を研ぎ澄ますのに最も有用なエネルギーを生む事が出来るからだ 
(あの二人羨ましいなぁ・・・私も昔はマイハとよく・・・) 

それから数分経ちリシャコとアイリはそこら一帯に居た敵兵を完全に倒しつくしてしまう 
かなりの疲労が溜まってるはずだと言うのにそれを感じさせないほどの笑顔を互いに見合わせる 
そして自分たちがどれくらい倒したのか無邪気に発表し合うのだ 
「私は666人!アイリは?」 
「残念、私も666人だから引き分け・・・」 
「なぁんだつまんないの」 
二人とも1秒に一人のペースで倒し続けているのでほぼ同数に収まるのは当たり前なのだが、こうも毎回同じだと気味が悪い 
何か運命めいた物が二人にあるのか、それともただの偶然なのか分からないがそんな事は二人にとってはどうでもいい 
とにかく一人でもいいから敵兵を見つけて白黒付けたいとしか思っていなかった 
だがここでリシャコがある事に気づく 
「ねぇ・・・・ねぇチナミ!チナミはどれくらい倒したの!?ねぇ!ねぇチナミは!?」 
リシャコにいきなり胸倉をつかまれたチナミはビックリしてしまう 
そして弱弱しい声でこう答える 
「よ、444人だよ・・・ていうかリシャコ痛いよ・・・」 
「チナミがちょっとだけ私たちに譲ってくれれば決着がついたかもしれないのに!チナミ空気読んでよ!」 
「ええ〜・・・そんな事言われても」 
困ったチナミはそばにいるアイリに助けを求めようとしたが残念なことにアイリもリシャコと同じような目をしている 
戦場という場なのでリシャコも本気で言ってる訳ではないと思うがとても目が怖い 
(はぁ〜・・・正直に666人倒してたなんて言ったらリシャコはもっと怒ったんだろうなぁ・・・) 
強さも将来性もバッチリな二人だがこの点だけがタマに傷、これさえ無ければ・・・とチナミは頭を痛める 
するとそんな悶着に対して聞いた事もない二つの声がかけらる 
「そんなに戦いたいんだったら私たちが戦ってあげるよ!」 
「666勝に444勝・・・とても不吉な数ばっかりですねぇ」 

突然の敵の登場に3人は面食らったがすぐに戦闘態勢を取り始める 
特にリシャコとアイリの目の輝かせ方は尋常なものではなかった 
「「敵だ〜〜!!!」」 
リシャコとアイリ二人の決着をつけるためには御誂え向きな敵の登場 
我先に敵を仕留めようと猛ダッシュで駆けて行ったのだ 
リシャコの三叉槍の矛先はアイカに、アイリの棍棒の狙いはコハルに向かっていた 
(隣の子と違って大きな胸・・・でも肺を貫かれたら誰でもお終いなんだよ) 
(見えた!弱点はその細い脚・・・一発でポキッと折れちゃいますね) 
リシャコとアイリ二人の狙いはともに一撃必殺、ライバルより先に撃破する事を求めている 
ダッシュの勢いを互いの得物に乗せ一気に攻撃を仕掛けようとした 
・・・はずだったがここでリシャコにとってもアイリにとっても思いもしなかった出来事が起きてしまう 
スカッ! ドテン! 
リシャコの放った渾身の突きは不気味に微笑んでいるアイカにかる〜くかわされてしまい 
アイリにいたってはコハルにたどり着く前にその辺の石に躓いてしまったのだ 
自信満々に出向いたリシャコとアイリだけに自分たちに何が起きたのかまったく理解できずにいる 
そして当然傍から見ていたチナミにも何が何なのか分かりはしなかった 
分かるのはただ一つ、このままではコハルとアイカから間違いなく反撃を食らってしまう事だ 
「うふふふ・・・食卓の騎士ってこんなもんなんですねぇ」 
「へぇ〜あんなに強い人でも転ぶんだぁ・・・じゃあ今度はこっちがいくよ!」 
そう言うとアイカもコハルもともに武器を構えポカーンとしているリシャコとアイリを狙い攻撃を仕掛け始める 
アイカの武器は手のひらに隠れるほどの小さなサイズのダガー「リンゴキリマス」、素早くリシャコの喉元に斬りかかる 
コハルの武器はアイカとは対称的に身長ほどの長さを誇る薙刀「ワフウビジン」、転んだままのアイリに一気に突き刺そうとする 

このままではまずいと判断したチナミは左手に持った新たな小型大砲をブチかます 
右手に持った従来の「ビービーダン」とは違い大きなシリンダーが搭載されズッシリとしている 
この新たな小型大砲は連射機能が備わっているためそれに耐えうるデザインとなっているのだ 
一発一発の威力は鉄壁を破壊するほどの「ビービーダン」には遥かに劣るがそれを補うほどの連射性能 
1秒1発を目指し開発されたこの新・小型大砲「オハジキ」から放たれる砲弾は目にも止まらぬ速さでコハルとアイカに襲い掛かる 
「!」 
その砲弾にいち早く気づいたのはアイカだった 
完全なる不意打ちなので少しでも判断が遅れたら直撃してしまうと言うのに、アイカは見事に体をひねり避けたのだ 
対象物を完全に見失った砲弾はアイカの居る位置をいくらか過ぎた地点でむなしく爆発してしまう 
このアイカの判断にも驚いたがそれ以上にチナミが面食らったのはコハルの方だった 
コハルはアイリに薙刀を突き刺そうとするために完全に下を向いていた、ゆえに遅い来る砲弾に気づきはしなかった 
(しめた!)と思ったチナミだったが砲弾がコハルに当たろうとせんとする次の瞬間信じられない出来事が起こる 
「ひゃっ!!」 
なんとコハルは勢いをつけるため薙刀を天高く持ち上げたが、不慣れな体勢ゆえバランスを崩し転んでしまったのだ 
そして転ぶと同時にそれが防御となり、コハルを狙っていた砲弾はあさっての方向を飛んでいってしまうことに・・・ 
チナミはその顛末を見て開いた口が塞がらなかった 
連射機能の他に初速度も強化されたこの新たな大砲、まだアイカのように卓越した洞察力で交わされるのは理解ができる 
しかしコハルのような馬鹿みたいな避け方で避けられるなんて想定もしていなかった事だ 
ヒットはしなかったもののこの隙にリシャコとアイリが二人の射程から逃れる事が出来たので結果的には良かったのだが 
チナミはどうも釈然としない様子だ 

(なんなの?・・・あの二人ああ見えてなかなか只者じゃないのかも) 
いとも容易く砲撃をかわしたアイカ、偶然なのか故意なのか分からないが転倒により回避したコハル 
チナミにはどうもこの二人がそんじょそこいらの兵と同等とは思えなかったのだ 
「リシャコ!アイリ!その二人から十分な距離をとって!」 
リシャコとアイリ自身はまだやれると思いまた突っ込もうとしていたがチナミの声を聞くなり指示に従い始める 
普段おちゃらけているチナミがここまで真剣な顔をしているのだ、聞かない耳など持ち合わせていない 
「賢明な判断ですねぇ、次もまた考えなしに来たらこれで掻っ切ってるトコでしたよ」 
そう言うとアイカは右手に持ったダガーで空を切ってみせる 
コハルもなんとか転倒から起き上がり薙刀を振り下ろすしぐさをして見せて格好を付ける 
「あなたたちひょっとして帝国剣士でしょ?確かコハルとアイカとか言う新人!」 
チナミに指を指された二人はコクリコクリと頷く、そして自己紹介を始めた 
「そうだよ、私はコハル・プラムスター・ハグキラリ、私達のことよく知ってるんだね」 
「こっちはアイカ・ダンケシェーン・アウシガです、確かセンパイのエリチンさんがベラベラ喋っちゃったんでしたっけ?」 
目の前の二人が帝国剣士だと分かるや否やチナミ達にも緊張が走る 
甘く見てたとまでは行かないが考えなしに突っ込んだ事には反省せざるをえない 
「二人が帝国剣士なのはわかった・・・けど・・その、コハルだっけ? 
 私の砲弾を見てなかったのにどうやってかわしたの?・・・」 
「えっとそれはねぇ〜」 
「コハル!黙りなさい!」 
「ふぇ〜ん・・・・」 
軽はずみに真相を言ってしまいそうになるコハルをアイカが一喝する 
どういったトリックを使ったのかは分からないがコハルの頭が少々弱い事はチナミも理解できた 
「どうやってかわしたのか知られても痛くも痒くもありませんけど貴方たちに教える必要もありませんねぇ 
 自分で言うのもなんですが私アイカの実力は正直言って食卓の騎士一人分にも満たないほど微弱です 
 ですがパートナーのコハルは食卓の騎士5人分の実力を誇ります、地面に寝っ転がる覚悟をしたほうが良いと思いますよ」 

このヘラヘラしているだけにしか見えないコイツが食卓の騎士5人分?・・・ 
どうもチナミ、リシャコ、アイリの3人はアイカの言葉を信じる事が出来なかった 
見るからに何も考えて無さそうなその表情からはそのようなオーラが全くと言っていいほど出ていないのだから 
しかし現にアイリの攻撃をかわし、チナミの砲撃も不恰好ながら回避してきたのだから油断はならない 
実力を隠しているのかどうかはわからないが少なくとも並大抵の剣士ではない事だけは確かだ 
「リシャコ、アイリ離れてて・・・いくら凄くてもこれは避けられないっしょ!」 
新型大砲の方を持ちチナミが大声をあげる、狙いは当然コハルだ 
コハルを中心として半径1メートルの範囲に7,8発の砲弾を次々と発射していく 
この距離なら逃げたとしても破片に巻き込まれる事は必至、避ける事も叩き落す事も不可能なほどのスピードと重量感 
直撃すればマイミほどの生命力を持ち合わせない限り即病室行きが約束される・・・もはやコハルは詰みだ 
(普通の剣士だったらここでゲームオーバー・・・だけど食卓の騎士5人分だったら切り抜けられるよね 
 どう出る?・・・どう切り抜ける?・・・魅せてよ!!) 
チナミはコハルがこの先どう出るのか非常に興味があったが当の本人は怯えて何も出来そうにない様子だった 
ブルブル震え、頭を抱えしゃがみこんでしまう 
「キャ〜〜〜〜〜こわぁぁああいいいい!!」 
腰が完全に引けている状態のコハルを見てリシャコとアイリは勝利を確信した、チナミも考えすぎだったと胸をなでおろす 
そもそも無数の砲弾に襲われてどうにかできる者なんてそうそう居ないはずだ 
居るとしたらよほどの馬鹿体力か、よほどのスピードを誇る者か、よほどの命知らずか、よほどどのキレ者か 
あるいはよほどの幸運者か 
ドテッ 
「・・・・・・え?」 
「・・・・・・・あれ?」 
「・・・・・チナミ?」 
チナミもリシャコもアイリも予想もしていなかった信じられない光景に動きを止めてしまう 
チナミの放った数発の砲弾の一つはコハルのはるか手前に着弾し、一つは右に大きく反れ、一つは左に反れ 
結果的に放たれた砲弾全てがコハルの居る地点に到達しなかったのだ 
「あれぇ?・・やったぁ!助かったぁ!凄いハッピー!」 
「そ、そんな・・・ちゃんと狙ったはず・・・メンテナンスもしっかりしたし・・・なんで!?」 
機械というものは定期的なメンテナンスが必要であり、チナミもその点において怠った事は決してなかった 
しかしどうしても不良品という物は現れてしまうものでありこれはいくら精密に検査をしても防ぐ事はとても難しい 
とは言え今放った数初の砲弾全てが不良品というケースは稀も稀なのだが・・・ 

ほとんどありえないと言っても良い事態にチナミは困惑したがそれ以上に重大な事にすぐ気づく 
「アイカは?・・・アイカがいない!」 
リシャコとアイリも言われてからハッとする 
コハル周辺の出来事があまりにも奇怪だったために一瞬だがアイカに対する注意を怠ってしまったのだ 
辺りは何もない平原だと言うのに辺りを見回してもアイカは見つからない 
3人に焦りが生じた頃にリシャコがようやく発見する 
「いた!アイリのすぐ後ろだよ!!」 
気づいた時にはアイカは既に手に持ったダガーをアイリの細い首に向けて振り下ろそうとしている所だった 
サッと振り向いたアイリはダガーで首を掻っ切られる前にしゃがみ込みなんとか九死に一生を得る 
そして回避すると同時に「見る」ことでアイカの弱点となりえるポイントを探知するのだ 
(あれ?弱点が見つからない・・・足じゃない、腕じゃない、胸じゃない・・・っていうかムカつく胸ですね 
 弱点が無いなんてありえないはず、よく見れば・・・・あ!あった!) 
弱点を見つけるなりアイリは後ろに跳び距離を保つ、弱点は分かったが情報が少なすぎるため近寄るのは危険だ 
そして十分な距離を保った後にビシッと指を突きつけこう言ったのだった 
「あなたの弱点は目です!目さえ潰せば・・・」 
自信満々に言い放ったアイリだったが呆れた表情をしたアイカに鼻で笑われてしまう 
「逆に聞きたいんですけど目が弱点じゃない人間なんているんですかぁ?」 
「えっ・・・それは・・・」 
ごく当たり前の事を普通に指摘されてアイリはなんだか恥ずかしくなってしまう 
でもさっきザッと見た限りではアイカの弱点は目以外に見つからなかったのでやはりそれにすがるしかないのだが・・・ 
「しかし貴方のような人に直接言われて自信が確信に変わりました 
 私アイカの実力は食卓の騎士一人分にも満ちませんけど・・・その代わり弱点は一切ないみたいです」 

アイカに小馬鹿にされてしまったがアイリは知りえる情報にすがるしかない 
棍棒「ソノヘンノボウ」を力強く握り締めアイカの顔面めがけて勢いよく振り上げた 
しかしアイカもただ黙って見ているわけもなくスウェーの動きでスルリとかわす 
その次に来るニ撃目三撃目もアイカはいとも容易くかわしてしまったのだ 
せっかく厳しいキューティーサーキットを乗り越え命中精度を上げたというのにこの有様では自信も失せてしまう 
いくら攻めようにも仏のように全てを見透かしているようなアイカの前では無力に等しいのだ 
だがアイリもただただ目だけを闇雲に狙っているだけではなかった 
(動きを止めるために脚をもらいます!!・・・避け切れますか?) 
アイリは棍棒で目を狙うと見せかけ、その細い脚で足払いを仕掛けようとしたのだ 
さっきから散々顔に叩きつけようとしてきたので上に注意は払えても下にまでは行き届かないはず 
これを機にアイリはアイカの鉄壁の防御を切り崩しに行こうとしたが・・・ 
「アイリさんバレバレですよぉ」 
思惑を見抜いていたのかアイカはニヤニヤしながらアイリの足の甲に向けて2本目のダガーを投げつける 
足にダガーが刺さってしまったアイリは軽いパニックに陥り、アイカを追い払うように棍棒をブンブン振り後ろに下がる事に 
「なんで?・・・なんで当たらないの?・・・あんなに特訓したのに」 
半泣きになっているアイリを見てアイカは逆に半笑いになりながら話しかける 
「特訓ですか、ひょっとして動く人を叩く練習ですかぁ?」 
涙で目を赤くしたアイリは悔しそうにこくりと頷く 
「ふ〜ん・・・でもその人はおそらく攻撃を見てから避けようとしてたみたいですねぇ」 
まるでマイミを馬鹿にしたような発言にアイリはぴくりとする 
そんなアイリの反応に気づきながらもアイカは言葉を続ける 
「攻撃を見てから避ける人を相手に特訓するようじゃ私は倒せませんよ 
 私は攻撃が来る前に避けてますからねぇ」 


09.
アイリがアイカ相手に苦戦している頃、数メートル先でチナミもコハルに手を焼いていた 
連射性能の備わった新たな大砲を左手に、威力の高い従来の大砲を右手に持ちドカドカ撃ってもまったく当たる気配がしないのだ 
「キャーーー!!」「うひゃーーー!!」「こわぁーい!!」 
コハルは依然変わらず砲撃を恐れてはいるがさっきとは違いあちらこちらとちょこまか動き回っている 
コハルの奇怪な行動パターンはただでさえ狙いを定めるのが難しく、その上更に心当たりの無い整備不良が補正として加わっている 
新たな大砲、従来の大砲どちらからの砲撃もコハルに破片やら爆風やらを当てるだけに留まり、直撃する事は一度も無かったのだ 
いくら衝撃を抑える改造を施したとは言っても片手で大砲を撃つのは身体に負担がかかりすぎる 
特にチナミのすらりとした細腕では他の戦士の倍近くの負荷がかかってしまう 
身を削る思いをしてまで砲撃を続けているというのにコハルが受けるのはかすり傷や軽い火傷程度・・・全く割に合わない 
(骨に響くぅ・・・でもここで辞めるわけにはいかないよ! 
 こんな得体の知れない敵は絶対ここで倒さないと・・・たとえ私が腕を壊したとしても) 
だがその思いに反しコハルはどんどんチナミの元へと近寄ってくる 
あっちへ行ったりこっちへ行ったりとまさに奇妙なルートだが着実に接近をしてきている 
遠距離武器は接近戦に弱いのは至極当たり前の常識、大砲のような広範囲に被害を及ぼす武器ならなおさらだ 
「大砲敗れたりぃ!コハルの勝ち!!」 
迂闊に大砲を発射出来ない位置まで迫ってきたコハルは大袈裟なモーションで薙刀「ワフウビジン」を振りかざす 
おそらく避けようとしても不公平で理不尽な何かが起こり結局避けられないのだろう 
(こうなったら私はどうなってもいい!至近距離で撃てば絶対当たるはず・・・) 
チナミがそう投げやりになった時だった 
ガキィンと言った金属音が周囲に鳴り響く 
「まだ君の勝ちじゃないよ!・・・チナミは私が守るから」 
その金属音とはコハルの薙刀とリシャコの三叉槍がかち合った音だったのだ 
三叉槍に力をこめ薙刀を押し返し、コハルに尻餅をつかせる 
「いたぁ〜い!・・・こんなのハッピーじゃないよぉ・・・」 
勇ましく三叉槍を突きつけ、リシャコはチナミに声を投げかけた 
「大砲が壊れちゃったんでしょ?チナミの作った物があんな変な風に飛ぶわけないもんね 
 ここはしっかり食い止めるから気にせずチャチャっと治しちゃってよ!・・・チナミなら絶対出来るから」 
小型大砲を治す・・・その言葉にチナミはハッとする事となる 
治すには一旦分解せねばならない訳だが、この二つの大砲は一旦分解しその後一つに合体する事が出来るよう設計されているのだ 
その合体した大砲の威力とスピード、そして爆発が届く範囲は今までのものとはケタ違い 
言うならばチナミの必殺技だ、未完成ゆえに負担は尋常なものではないがその威力は先読みや幸運で回避できるものでは決してない 
チナミの最高傑作、その名も「大爆発(オードン)」がここで通用しなければもう敗北を覚悟する他ないだろう 

「くらえっ!」 
「うひゃぁ危ない!」 
転んだコハルに追撃を加えようにも奇妙な避け方で回避されてしまう 
理屈はよく分からないがコハルが何か奇跡のような不思議なもので守られている事はリシャコも理解し始めている 
それならば絶対に避けきれない状況をリシャコ自ら作り出せばいいだけだ 
首根っこ掴んで身動き取れなくすればどんな幸運が舞い降りようとも避ける事はできないはず 
ただ捕まえるだけ、それだけを集中的に行おうとリシャコは前に乗り出し始めた 
ズルッ! 
「いったぁい!」 
意気込んでいたリシャコだったが地面のぬかるみに脚をとられて顔面からすっ転んでしまったのだ 
必死だったので気づかなかったがさっきからポツリポツリと雨が降り始めている 
この細い雨が気づかぬうちに地面にぬかるみを作っていたのだろう 
この雨さえもコハルの幸運の内なのかと思うと泥んこ顔のリシャコもゾッとしてしまう 
リシャコと同じく泥んこになったコハルの反撃を槍でなんとか防ぎながらも実は勝てないんじゃないかという考えがよぎる 
天候まで味方した相手にこの先どういう術を行使すれば倒す事が出来るというのだろう 

そういった感じに萎縮してしまっているリシャコと時を同じくして、アイリもまた苦戦を強いられていた 
何度も、何度も何度もアイカを狙い続けているのに全く当たる気配がしないのだ 
気づけば雨が降っているし、涙で前はよく見えないしもう踏んだり蹴ったりだ 
キュート戦士団一の天才と呼ばれた自分がこんな酷い有様だなんて恥ずかしいというもんじゃない 
相手の弱点はしっかりと見えているのにそれに当てる事すら出来ないという歯がゆさは今まで感じた事のない感覚だった 
ストレスが重なりに重なったアイリはもうヤケクソになり、考えもクソも無い大降りの打撃を繰り出してしまう 
「もういい加減倒れて!!」 
バキィッ!! 
「え?・・・当たった?」 
アイリはしばらくの間その手に残るビリビリとした手ごたえを受け入れる事が出来なかった 
しかし目の前のアイカは確かに負傷したであろう左腕を押さえてにがにがしい顔をしている 
今までかすりもしなかったアイカにやっと攻撃を当てる事が出来たのだ 
「チッ・・・ちょっとヘマしちゃいましたよ・・・」 
「あ・・・当たった!当たりました!」 
「うるさいです!たった一回当たったくらいではしゃがないでください!」 
ちょこっと不機嫌になったアイカにニ、三喰らってしまったがモチベーションはさっきの非ではない 
今自分が相手にしている相手は何も神とか仏とかそういった者ではないのだ、倒せない相手では決してない 
そしてここから事態はさらに好転する 
「リシャコぉ!アイリぃ!今すぐ敵から離れてぇ!! 
 これで絶対!絶対!ぜぇ〜ったい倒すから!」 
両腕で一門の立派な大砲を抱えたチナミが自信満々な顔でリシャコとアイリに叫びかけたのだ 
その腕で抱えられた大砲は「ビービーダン」と「オハジキ」が合体したチナミの最高傑作「大爆発(オードン)」 
今こそ砲撃の時が来たのだ 

いかにも殺傷能力の高そうな合体大砲を見てアイカは焦り始める 
あの大砲は自分とコハルのどちらを狙うのだろうか、厄介なコハルか、指示を出している自分か、あるいは両方か 
チナミの視線から察するにまだどちらを狙うか決めてはいないようだが・・・おそらく二人を同時に狙う事も可能だろう 
もはや小型大砲とは呼べないその大砲は長く広いバレルを備えている、そこから放たれる砲弾の威力は想像に難くない 
ここにきて出してきた切り札、どう考えても先の2つのものと比べて遥かに強力であろう 
連射性能の方の大砲は事前に見ていたために避ける算段がついたが今回のは同様に避けきれる保証は全く無い 
(ていうかあのチナミって人は情報に無かった武器ばっかり使いますねぇ・・・こういう人嫌いですよ) 
しかし合体大砲を前にして全くの無策という訳ではない 
撃たれたらどうなってしまうか分からないのならばそもそも撃たせなければいいのだ 
アイカは自分から離れようとするアイリをピッタリマークする事でチナミに撃たせるスキを与えまいとする 
「は、離れてくださいよ!」 
「いやですぅ」 
ボテッとした体形の割には敏捷性のある動きでしっかりとアイリの逃げる方向へついていく 
走ると同時にその豊かな胸を揺らす事でアイリへ与える精神ダメージもバッチリだ 
雨がさっきより更に強くなったので転ばないよう気をつけなくてはならないがそれは相手も同じ 
「いくら強力な大砲でもこうすればチナミさんは撃てませんよね、味方に当たっちゃいますもんねぇ」 
「・・・!」 
してやったりといった顔をしたアイカはすぐさまコハルにも教えてあげようとする 
自分がアイリにくっつき、コハルもリシャコにつけばあの禍々しい大砲も完全に封印する事が出来る 
さぁコハルにも伝えてあげようと後ろを振り向いた時だった 
「きゃああああああああああこわいいぃぃよおおおおおおおおお!!!」 
「コ、コハルの馬鹿・・・!」 
気づいた時には既に遅し、コハルはリシャコとは正反対の方向へピューッと逃げていっていたのだ 
泥んこの道をグチャグチャと踏んで全身泥だらけになりながら不恰好なフォームで走っている 
あのチナミの大砲はどう見ても射程は広い、おそらくコハルがいくら逃げても射程から逃れる事は出来ないのだろう 
このチャンスをチナミが逃すはずもない・・・アイカは観念するしかなかった 
コハルになんらかの奇跡が舞い降りる事を期待するしかなかった 
「よーし・・・狙いはコハルただ一人!! 
 さっきから変な事ばっかりでさんざんだったけどそれももう終わりだね・・・オードン!!」 
チナミは合体大砲「大爆発(オードン)」の引き金を引き始める 

ドゴオオオオオオオオン!! 
チナミが引き金を引いた瞬間、眩い閃光と共に耳がちぎれるのではないかと思うほどの轟音が周囲に鳴り響いた 
その異常な音量はもはや恐怖の域、この「音」は3キロ強先に居る戦士にも聞こえるほど広範囲に轟いたと言う 
目が焼けるほどの光、鼓膜が破れるほどの音にさすがのアイカも耳を塞いでうずくまってしまう 
(あ、あ、ありえない!!これほどの代物を人間が作り出すなんて・・・化け物か!?) 
常に計算計算で生きてきたアイカだったが人智を遥かに超越する物に直面してしまえばもう何もする事が出来ない 
音を聞くだけで全身が震えてしまうほどの兵器に生身の人間がどう立ち向かう事が出来るというのか 
だがこの場で恐れおののいているのはアイカだけではなかった、リシャコやアイリも同様にうずくまっていたのである 
リシャコとアイリも食卓の騎士とは言え年齢はまだ幼い、震えてしまうのも無理も無い事だろう 
轟音が鳴り響いて5,6秒たち、二発目が無い事に気づいたアイカがある事を思い出した 
(そ・・・そうだ!コハルは?コハルは無事!?) 
そう思うなりアイカはすぐさまコハルの方へと振り向く 
予想を遥かに越えていた砲撃だったので正直言ってコハルはもはや戦える状態に無い事は覚悟していた 
あれほどの強力なエネルギーを回避するほどの奇跡なんてこの世に存在する訳無いと思っていた・・・のだが 
「ふぇ〜ん・・・怖いよぉ・・・怖いのやだよぉ・・・」 
「え?生きてる?」 
気の抜けたコハルの泣き声を聞いてアイカどころかリシャコとアイリも目を丸くしてしまう 
コハルは生きているどころかむしろピンピンしている、傷と言えばさっきチナミやリシャコに負わされたかすり傷程度だ 
当の本人はまだ助かったという自覚が無いらしいが現にこうしてしっかり生きている、とても不恰好にもがいてはいるが 

しかしさっきまでの閃光と轟音は確かな物のはずだ 
アイカもリシャコもアイリもいったい何が起きたのかとコハルとは逆方面に居るチナミの方を振り向いた 
そして振り向くと同時に更に驚愕する事となる 
「チナミ!!ど、どうしたの!?」 
なんとチナミは真っ黒になっていたのだ 
いや、チナミは元々色黒なのだがそれどころの話ではなく全身が火あぶり等で焼け焦げた風になっていたのである 
黒コゲになり膝をついてしまっているチナミ、さっきまで誇らしげにかかげていた合体大砲は見るも無惨な姿に成り果てている 
クズ鉄同然となった合体大砲の鉄片がバチバチと電撃音を発しているのを確認したアイカは一つの結論に辿りつく 
「雷か!!・・・さっきの光は雷だったんですね!」 
信じられない事に真相はアイカの言うとおり、雷がチナミに落ちたのだった 
幸いな事に全ての電気が鋼鉄の塊である合体大砲の方へ放電されたため命に別状は無いが無論無事でも無い、大砲も使い物にならない 
そしてこのチナミの惨状を見てリシャコとアイリは確かな物に気づく、今までコハルの周りで起きていた偶然は必然だという事だ 
本人の意思かどうかはわからないがこのタイミングでのチナミへの落雷はコハルが引き起こした物に他ならないだろう 
自分の命を守るためなら落雷まで起こしてしまう・・・そんな相手を前にリシャコとアイリは今度こそ真の恐怖を抱き始める 
そんな二人の心の中を現すようにさっきから降り続いていた雨はいよいよ豪雨へとなっていった 


10.
話はしばし過去にさかのぼる 
それはまだヨッスィー・フットチェキラが帝王として現役だった頃のお話 
帝国剣士を更に強化しようとヨッスィーが選考に頭を悩ませていた時だった 
「ふぅむ・・・この資料を見る限りじゃみんな似たりよったりなんだけどなぁ・・・ 
 ていうかこの山のような資料を全部見なきゃだめなの?・・・」 
「駄目です、必ず全てに目を通してください」 
「トホホホ・・・コンコンは厳しいな」 
ヨッスィー帝王の前にドッサリと詰まれた資料、これら一つ一つが全て帝国剣士を志願している有志のデータなのである 
帝国剣士と言えば帝国軍の中で最高のステータスを誇る役職だ、それゆえに志願の数も尋常ではない 
しかしあれもこれもと好き勝手に合格させていいというわけではない 
戦闘力はもちろん過酷な試練に耐えうる根性、そしてある種のカリスマ性と呼べるものも必要不可欠だ 
ヨッスィー帝王が目を通したデータには今のところそのような兵は見当たらないのである 
「コンコン、コンコンのおすすめは居るの?」 
「私に頼らないでヨッスィー帝王自らお決めください」 
「じ、自分で決めるさ・・・ただちょっとコンコンがどう思ってるのか知りたかっただけだよ」 
めんどくさがりなヨッスィー帝王に半ば呆れつつもコンコンが仕方な答える 
「そうですね・・・直接会ったわけじゃないですけどこのキッカ・モニカなんて良いんじゃないでしょうか? 
 若手兵士の中でも実力はトップらしいですし敵を恐れず突き進む勇気も備えてると聞きます 
 それに彼女の扱うチャクラムという剣を丸めたような武器は帝国剣士に不足している遠距離武器として重宝しますよ」 
コンコンが指差した資料を見つめながらヨッスィーは真剣な目で考え始める 
だがすぐにため息をつき首を横に振ったのだ 
「優秀なのは分かるけどどうも決め手に欠けてなぁ・・・この程度だったら帝国剣士にはついていけないよ 
 正直言ってコンコンもそう思うだろ?」 
「はいそうですね、ぶっちゃけて言えばこのキッカ・モニカは志願者の中でギリギリマシかなというレベルです 
 帝国剣士に入ればその瞬間ぶっちぎりの実力最下位になる事は間違いないでしょう」 
「はははコンコンは厳しいな」 
とは言え笑っている場合ではない、このままでは帝国剣士を強化する事が出来ないのだ 
募集を開始する前まではここまでにレベルが低下している事は予測してはいなかったのだが・・・ 
「ん?今気づいたけど床に資料が1枚落ちてるじゃないか、コンコンこれは見たの?」 
「いえ、まだ見てませんけど」 
「ふぅん・・・コハル・プラムスター・ハグキラリとアイカ・ダンケシェーン・アウシガねぇ・・・強いのかな」 

「なぁなぁ今日はヨッスィー帝王が見に来るらしいぜ」 
「マジで?やっぱり次の帝国剣士を決めるためかな、アピールしないといけんな」 
突然流れたひとつの噂に兵士たちはピリリと気が引き締まる 
ヨッスィー帝王が帝国剣士の選考に頭を悩ませている事は衆知の事実だったのでみんなどうしても張り切ってしまう 
そんな中、かねてから有望視されていたキッカ・モニカは周りから当然のように期待を集めていた 
「チャンスじゃんキッカ!キッカの実力なら帝王もすぐ認めてくれるって」 
「そんな事ないですよ・・・他にも有力な方はたくさんいますし」 
「キッカは相変わらず謙虚だなぁ、キッカにかなうヤツなんて帝国軍に居ないよ」 
「私なんかまだまだ未熟ですから・・・」 
周りからベタ褒めされたキッカは顔を真っ赤にしながら照れてしまう 
キッカの実力は周囲に十分に知れ渡っているし、そのうえ自惚れを知らない性格なのでみなに好かれていたのだ 
「とにかく!私の事なんかどうでもいいので!早くみんなで訓練を始めましょう!」 
恥ずかしくてその場に居られなくなったキッカは早々にチャクラムを持ち訓練を開始する 
他の兵士たちもキッカといっしょに帝国剣士になるのを夢見ていつも以上に訓練に勢が出る 
そしてそれからしばらく経つと訓練場の門がバタンと開かれた 
「ヨッスィー帝王だ!」「帝王だ!」「帝王だ!」「細い!」「お美しい・・」「ホクロ多いなぁ」 
ヨッスィー帝王が姿をあらわすなりこの大人気、どの兵士もまるで訓練に手がつかなくなってしまう 
「おいお前ら訓練はどうした!早く元の位置につかんか!」 
「まぁまぁそんなカッカしないで、ちょうどお昼だしちょっとくらい休憩しても良いんじゃない?」 
兵士の気の緩みに激怒をした長官だったがすぐにヨッスィー帝王に制されてしまった 
ヨッスィー帝王の人気の理由はこの気前の良さにあるのだ 
中には適当だの無責任だの言う者もいるがほとんどの兵士や国民に愛されている 
そしてヨッスィー帝王を愛している兵士の一人が大声をあげて推薦をしだしたのだった 
「帝王、新たな帝国剣士にはキッカ・モニカを推薦したいと思います!キッカの強さを見てみてくださいよ!」 
「や、やめてください!私そんな・・・」 
突然名前を出されて恥ずかしがるキッカ・モニカを見てヨッスィーはピクリと反応する 
データ上では最強だったキッカの実力をその目で見てみたいと思っていたヨッスィーはこんな提案を出し始めた 
「よし!じゃあキッカ・モニカとアイカ・ダンケシェーン・アウシガで組み手をやってよ、ここで見てるから」 
ヨッスィー帝王の提案を聞いた周囲の兵士はざわざわと騒ぎ始める 
キッカはともかく何故あのどんくさいアイカを選んだのか?惨殺ショーでもさせるつもりなのだろうか? 
「私・・・ですかぁ?」 
誰よりもアイカ本人が一番驚いていたのは至極当然の事だろう 

ヨッスィー帝王の思いつきにより成績優秀なあのキッカと対戦する事になってしまったアイカ 
アイカは練習の時も常に訓練場の隅っこで素振りをしているような子なので当然ガチガチになってしまう 
そんなアイカを見ていたたまれなくなったキッカは優しい言葉をかけて励ます 
「アイカさん、何も殺し合いをするわけじゃないんだからそんなに怯えないで 
 お互いの持てる力を全部出し切って良い試合をしましょう」 
ニッコリと微笑みかけてくるキッカを見てアイカはいくらか楽になり始める 
そして差し伸べられたキッカの手を頼りに訓練場の中心へと歩いていく 
「キッカ・・・私上手く戦えないかもしれないけど・・・お願いしますぅ!」 
「うん、お願いします」 
初めは先行きを案じていた周囲の兵士達もだんだん和やかになり始める 
キッカの暖かく、それでいて清々しい態度を見てなお心が荒んだままの人間なんてそうそう居るはずはないのだから 
「キッカもアイカもどっちも頑張れー!!」 
「キッカもちょっとは手加減してやれよー!」 
「負けても恥なんかじゃないぞ!胸を借りるつもりで頑張れ!」 
「アイカ!アイカ!俺の嫁!」 
キッカのおかげでお世辞にも人気があるとは言えなかったアイカにも声援が飛び交いはじめる 
一瞬にして場の雰囲気を変えてしまうキッカの持ってうまれた物にはさすがにヨッスィーも無視できなかった 
(なかなかカリスマ性はあるみたいだなぁ・・・こりゃちょっと悪い事をしちゃったかも 
 でもアイカのデータに書いてあったのがちょっと気になるんだよなぁ・・・) 
色々とヨッスィーが悩んでいるうちに開始の合図が始まる 
訓練場の中の全ての視線が中央にいる二人に集まっている 

(アイカさん、すぐ終わらせてあげるからね) 
キッカは組み手をはじめる前から自分もアイカもどちらも傷つかず終了させる方法を思いついていた 
アイカの武器は右手に握られたダガーだけに見えるのでそれをはじき落とせば勝利も同然だ 
キッカの愛用するチャクラム「デケーワゴム」をアイカの手元に的確に飛ばせば良いだけだしキッカにはそれが可能である 
そうすれば後はアイカの降参を待つだけ、誰も傷つく事はない理想的な解決策だ 
「それじゃお先に・・・えいっ!」 
手首にスナップを効かせ投げつけられたチャクラムはアイカの手元へと綺麗に飛んでいく 
努力家であるキッカは日に数千の投てき訓練をしてきたため狙った位置に飛ばすくらい朝飯前なのだ 
今回も正確に狙いをつけあっという間に組み手を終わらせる予定だった 
しかしここでキッカが予想もしていなかった事態が起こる事となる 
チャクラムは確かに狙った位置にスーっと飛んでいったのだがそこには肝心のアイカが居なかったのだ 
並の兵士なら避けきれぬほどのスピードで投げたはずなのにアイカにいとも容易く避けられたのでキッカは目が点になってしまう 
そのままブーメラン状に戻ってくるチャクラムをキャッチする様子は傍から見れば間抜けな姿だった 
(お、思ったよりやるんだね・・・でも今度は移動補正をちゃんと計算するから・・・) 
冷や汗をかき始めているキッカは今度こそちゃんと仕留めようとアイカの移動するであろう位置を計って再び投げつける 
だがアイカはその狙った地点とは逆に避ける事で事なきを得てしまった、これではまたキッカの恥が増えてしまう 
あのキッカがアイカ相手に2回もチャクラムを外したので周囲はざわざわと騒ぎ立てる、それだけ異常な事態なのだ 
そしてキッカにとって屈辱的な事に対戦相手であるアイカに直接心配の言葉をかけられてしまう 
「キッカ・・・体調でも悪いんですか?」 
「う、うん大丈夫、ちゃんと本気出すから」 
しかしその言葉とは裏腹にキッカの投げるチャクラムは次から次へとアイカに避けられてしまう 
いくら正確に狙っても、いくら避けにくい一投をしても、いくら相手の動きを読んでも当たる気配が全く無いのだ 
優等生だったキッカはこんな事態は今まで一度も経験した事がない、それゆえにパニックに陥ってしまう 
「当たって!」「なんで!」「ああー!!」「当たれよ!!」「もう!」「くそっ!」「避けんじゃねぇよ!!」 
だんだんと口の悪くなっていくキッカを見て周りの兵士たちは閉口してしまう 
憧れだったはずのキッカがだんだんガラ悪くなっていってるのだ、レイニャなら似合うがキッカはそんなキャラではない 
焦れば焦るほどどんどんドツボにはまっていくキッカはとうとうキレてヤケクソになってしまう 
なんと懐から20近くのチャクラムを同時に取り出し一気に投げつけたのだ 
「これなら絶対避けられないだろ!!切り刻まれればいいんだ!!」 
しかし気づけばアイカはすでにキッカの視界には居なかった、あまりに怒り狂いすぎてアイカを見失ってしまったのだ 
アイカの居場所はキッカの背後、キッカは後ろからダガーを突きつけられる 
「これで・・・私の勝ち・・・でいいんですよね?」 

「ふ・・・ふ・・ふざけんなよお前・・・私はまだ負けてないんだよ!!」 
そう言うとキッカは懐から取り出せるだけ取り出したチャクラムをすぐ後ろにいるアイカに全部投げつける 
これだけの刃を全身に受けてしまえば当然重症だろう、アイカは大ピンチだ 
だがその瞬間危険を察したヨッスィー帝王が自らキッカとアイカの間へと入り込み、素手で全てのチャクラムを叩き落しす 
信じられない事にヨッスィーの掌にも拳にもかすり傷ひとつ付いていなかった、現役を退いたとは言えさすがは元帝国剣士だ 
その一連の光景にキッカもアイカもその他の兵士もみなポカンとしてしまう、人外の技を見てしまったので無理もない 
茫然自失という言葉が似合う状態にあるキッカの腕を掴みヨッスィーが話しかける 
「キッカ、戦場なら背後を取られた時点で負けてるんだぞ? 
 それと簡単に我を忘れてしまうような者は帝国剣士には要らないんだ」 
ヨッスィーに直接叱られる事でキッカの気分は完全に落ちてしまう、これは帝国剣士に落選したのと同義だろう 
目の前が真っ白になり、足腰が震え膝から崩れ落ちてしまう 
そしてこれ以上この場に居るのは精神的にも肉体的にも苦痛でしかないと判断されタンカで運ばれてしまったのだ 
一人の戦士が精神面でズタボロになっていく様子を目の当たりにした周囲の兵士たちも暗い気分になってしまう 
ヨッスィーもヨッスィーで思う所があるようだ 
「結果的にはキッカに悪い事しちゃったかなぁ・・・あんな子だとは思わなかったんだよなぁ 
 でもおかげで新たな帝国剣士を見つける事が出来たから大きな目で見ればよかったのかも」 
そのヨッスィーの発言を聞いたアイカはピクリと反応する 
そしてアイカの側を振り向いたヨッスィーに驚くような言葉をかけられるのだった 
「アイカ、これからやる試験に合格したら帝国剣士にしてあげるよ」 
「ええっ!?」 
まるで洗濯当番を決めるかのようなテンションで言うものだからアイカは衝撃を受けてしまう 
だが次の瞬間ヨッスィーの顔が真顔になるのを見てその試験は決して簡単なものではないとアイカは悟り始める 
「試験はたった1秒、すぐに帝国剣士にしてあげるよ・・・・・・・これを喰らって立ってられたらなぁっ!!」 
ヨッスィーの全身全霊の力を籠めた右ストレートが光のような速さでアイカの顔面に襲い掛かる 

その場にいるほとんどの者が悲惨な現場を見たくないと目をそむける 
国を守る戦士とは言えまだ若くあどけない女の子・・・そんな女の子の顔が潰れる姿など誰も見たくはないのだろう 
しかしヨッスィーがアイカを殴って数秒はたつがなんだかやけに静かだ、目をそむいた者たちは恐る恐る中央へと目を送る 
目を送ったさきの光景は不思議なものだった、アイカの顔面のすぐ手前でヨッスィーが拳を止めたままだ 
何がなんだかよく分からないがアイカが無事だったので皆はほっと胸を撫で下ろす 
そんな中、拳を宙にとどめているヨッスィーがアイカに一言問いかけた 
「アイカ・・・どうして避けなかった?」 
その言葉を聞き周囲の者はヨッスィーが最初から殴る気なんかなかった事を理解し始める 
しかし何故そのような事をしたのだろうか?アイカに帝国剣士になるための度胸でも試したのだろうか 
周りがそんな疑問を抱いている中、アイカもヨッスィーの問いに答える 
「だって帝王は最初から殴る気なんて無いように見えたんですぅ・・・」 
「へぇ、これでも闘気はバリバリに出したつもりなんだけどな」 
「いえ闘気とか気配とかそういうのじゃなくて・・・目を見たら分かったんです」 
目を見たら分かった、という返しにヨッスィーとコンコンは舌を巻く 
いくらヨッスィーの瞳が常人よりは大きいとは言ってもこんな状況で冷静に判断できる者は少数だ 
そもそも目を見て相手がどう出るか理解できるような人間ですらそうそう居ないと言うのに 
「なるほどねぇ・・目ねぇ・・なんとなくアイカがキッカに勝った理由が分かった気もするな」 
納得した風に言うヨッスィーにコンコンも続く 
「ええ、おそらくアイカはキッカの視線から判断してどこにチャクラムが飛んでくるのか予測していたのですね 
 これなら相手が攻撃する前に避ける事が出来ますしヨッスィー王が攻撃する気のない事も分かります 
 そのような目を持っているならばエリチンくらいなら余裕で倒せるんじゃないでしょうか?あの子単純ですし」 
滅多に褒めないコンコンが珍しくベタ褒めなのを見てヨッスィーもなんだか嬉しくなってしまう 
そしてその勢いで帝王としての最高任務の一つをこの場で遂行し始める 
「アイカ、今日から君はモーニング帝国剣士の一員だよ!みんなも文句ないな?」 
ヨッスィーによる任命に周りから文句は一つも出なかった、ヨッスィーとコンコンが認めているのに文句なんて言えるわけがない 
だが文句こそ出なかったがヨッスィーは確かにある不満感をひしひしと感じ、なんとか解決策を提案する 
「はいはい分かった分かった私が勝手でござんした、だったらお前たちにもチャンスを与えたら納得してくれるよな? 
 よーしじゃあ一番最初に私に傷を負わせたヤツもおまけで帝国剣士にしてあげるよ! 
 その代わりこっちも本気で行かせてもらうけどな・・・」 
ヨッスィーの新たな提案に周囲はまたも驚愕する 
しかし傷ひとつ負わせるだけで帝国剣士になれるという好条件なのに意気揚々と立ち向かう者は一人も居なかった 
現役時代に「天才的に強い」と評されたヨッスィー・フットチェケラに立ち向かえる度胸、そうそう備えてはいないのだろう 

向かってくる兵をぶっ飛ばす気マンマンなヨッスィーを見てほとんどの兵はみな萎縮してしまう 
近接武器で挑もうにもヨッスィーの射程範囲に入ってしまえばそのスラリとした右腕で殴り飛ばされてしまうだろう 
ならば弓や銃などの遠距離武器で挑めばどうなるだろうか? 
それもやはり駄目だろう、さっきキッカのチャクラムを容易く防いだ様を思い浮かべば無駄だと分かる 
結局誰もヨッスィーに挑もうとする者は居なかったのだ 
ヨッスィーも自分に傷を付けるまではいかなくても野心の溢れている戦士を期待していただけにガッカリしながら場をしめる 
「なんだよ誰も居ないのかよ、じゃあ今回の新人はアイカだけってことで・・・」 
「遅刻しました!!訓練長さんごめんなさい!!」 
ヨッスィーが打ち切ろうとしたその瞬間バタンとドアが開く 
やって来たのは長身で、それでいてどこか田舎くさい女の子だった 
ズサーっと滑り込んできた一人の少女を見たヨッスィーはにやりと口元をゆるがせる 
「おーいそこの可愛い子ちゃん遅刻は許してやるから私に挑んできなよ、かすり傷でも負わせたら帝国剣士にしてやるぜ」 
「え?・・・あなただれですか?」 
帝王に対して無礼極まりない態度を取る少女に周囲は騒然としてしまう 
責任のある役職のものが叱り飛ばそうと立ち上がったがヨッスィーがスッと手を上げ止めようとする 
「面白いやつだなお前、帝国剣士にしてやるって言ったのは本当だからかかってきなよ」 
「本当ですか!?わーいやったぁ帝国剣士には前からなりたかったんだぁ」 
舞い上がった少女は右手に持っていた薙刀をヨッスィーに向けて思いっっっっきりぶん投げる 
一直線にヨッスィーへと向かう薙刀だが当の本人は少しも避けるしぐさを見せなかった 
(このくらいの投てきは今まで何千回も打ち落としてきたんだぜ?・・・やる気は評価するけどここまでだ!) 
ヨッスィーは薙刀を迎撃するために着弾地点を予測してバックステップを開始する 
ヨッスィーのセンスにかかればこの程度を打ち落とすのは朝飯前なのである 
だがバックステップをしているうちに何かポヨンとした柔らかい物にぶつかり、不本意にも転倒してしまったのだ 
「うわぁっ!?や、やばい」 
「いやぁん、何するんですか」 
そう、アイカの胸にぶつかったのである 
そして投げつけられた薙刀はそのまま倒れているヨッスィーの太ももにプスリと突き刺さる 
「いだああああああああああああああああ」 
「やったぁ!!帝国剣士だぁ!」 
その場にいるほとんどの者がヨッスィーの悶絶する表情を見たのは初めてだという 

「帝王!だ、大丈夫ですか!?」 
綺麗に薙刀が突き刺さった太ももを見て周りはみな慌ててしまう 
一国の帝王がここまでの痛手を負うのを目の当たりにして平常心でいられるわけもない 
そして騒ぎが大きくなっていく様を見て少女もだんだん不安になってしまう 
「て、帝王?・・・まさかお姉さんひょっとして・・・帝王様!?」 
「お前今更気づいたのかよ!・・・あーちくしょう痛ぇ・・・・」 
少女にツッコミながらも太ももからはドクドクと血が流れていく 
すぐさまその場で救護員に処置を受けたが傷が完全に貫通しているので傷は一生残ってしまうだろう 
憤慨した兵士が少女を怒鳴り飛ばそうと一歩前に出るが・・・ 
「あーいいのいいの、この傷は私が未熟だからついたんだしその子には罪ないよ 
 それよりそこの君!・・・名前はなんていうの?」 
半分目がうつろになってるヨッスィーに突然呼ばれて少女はピクリとする 
そしてその場にいる全員に向けて指示通り自己紹介を始めたのだった 
「コハルです・・・コハル・プラムスター・ハグキラリです!」 
その名を聞いてヨッスィーとコンコンは互いに顔を見合わせる 
以前床に落ちてた資料の表面に書いてた名前と同一であったからだ 
「そっか・・・お前がコハルかぁ!お前だったのか!!」 
「え?な、なんで知ってるんですか?」 
「いやいやこっちの話だから気にしないで・・・しかしお前がコハルだったのかぁ・・・」 
太ももの痛みも忘れて無邪気にはしゃぐヨッスィーを見て周りの者は不審がる事しか出来なかった 
そんな中事情を知っているコンコンは頭の中でニ、三考え始める 
今思えばコハルがヨッスィーの顔を知らない事が幸運だったのだろう、知っていれば他の兵士同様萎縮してしまったに違いない 
そして遅刻したからさっきヨッスィーがチャクラムを華麗に捌くのを見ないで済んだ、これも幸運だ 
さらにヨッスィーが偶然アイカの豊かな胸(コンコンにはかなわないが)にぶつかって転んだのも幸運だった 
いや、ここまで幸運が続くのはもはや必然だろう 
もしコハルが幸運の星のもとにうまれた人間だとしたら・・・かつての黄金剣士を越える剣士に成長するのかもしれない 
「しかしこれでやっと合点がつきましたよ 
 "アイカは過去の訓練で一度も被弾経験なし"、"コハルは過去の訓練で一度も的を外した事なし" 
 これらのデータはミスじゃなかったみたいですね」 
コンコンがパズルを完成させて満足してる中、なんとか立ち上がったヨッスィーがコハルとアイカに向かって言葉を発する 
「コハル・プラムスタ・ハグキラリ、アイカ・ダンケシェーン・アウシガ、お前たちは文句なしに今日から帝国剣士入りだよ」 


12.
「コハル!今こそ勝負を決める時です!」 
黒コゲになったチナミをビシィッと指差しながら大声で叫ぶアイカ 
その叫び声は降りしきる大雨にも負けずコハルの方へと向かっていく 
雷に恐れをなして混乱していたコハルもその指示を聞いて我を取り戻す 
「アイカ・・・あそこに投げればいいんだね?・・・わかった!」 
やるべき事を理解したコハルは自然に勇気が涌きだし、立ち始める 
そして右手に持った薙刀「ワフウビジン」を全身全霊の力を込めて空高くぶん投げたのだった 
「ミラクルエェエエエエエス!!」 
ただひたすらに、がむしゃらに天に向かって薙刀を投げつける・・・これこそがコハルの必殺技「ミラクルエース」である 
特に誰を狙うわけでもなくただただ天空へと突き上げるだけの技なのだがこれを見た食卓の騎士たちは恐怖を抱いたのだった 
今までのコハルの行動は異常なまでの幸運により全てコハルの思いのままになってきたのだ、ならばこれも同様だろう 
これほどまでに高く舞い上がった薙刀、どれだけの速い速度で落下してくるのか想像に難くない 
薙刀の落下を受けてしまえば腕の一本や脚の一本を失う事はありえるし、かと言って避けようにもコハルの幸運に阻止されてしまう 
この状況で3人が出来る事といえば・・・ 
「空に注意を払って!なんとか食い止めて被害を最小限にするの!」 
そう言ったのは雷に打たれたはずのチナミだった 
全身火傷なので降る雨が染みるがまだ動く事は出来る、頼りの大砲が大破したため砲撃は不可能だがあがくには素手で十分だ 
そんな満身創痍のチナミの指示をリシャコとアイリはしっかりと受け止め自分たちに襲い掛かるであろう宙の薙刀を視る 
しかし不幸な事に激しい雨のせいで薙刀の動きを捉えるのが困難な状況になってしまったのだ 
これもまたコハルの幸運の影響であろう事は言うまでもない 
「見えない・・・見えないよぉ!」 
「しっかり見るの!リシャコとアイリの観察力だったら絶対見えるはずなんだから!」 
戦闘能力を失った今のチナミに出来る事は叫んで指示を出す事だけ、弱気になってしまうリシャコをしっかりと励ました 

しかし次の瞬間 
ザクッ 
と言った嫌な音がチナミの背中から聞こえてくる 
「えっ・・・そ、そんな・・・」 
嫌な音の元となったダガーはそのままチナミの背中を深く深く傷つける 
ギリギリの所で意識を保っていたチナミは堪えきれずバッタリと地に倒れてしまう 
「馬鹿ですか貴方は、敵はコハルだけではないと言うのに」 
チナミにトドメをさしたのは言うまでもなくアイカだ、リシャコとアイリは突然あらわれたアイカに衝撃を受ける 
いくらコハルの薙刀ばかりに注目していたとは言え最低限の注意は払っていただけに迫り来るアイカに気づかなかった事はおかしい 
だがそれを可能にしたのがアイカの必殺技「密追」だ 
相手の目を見てどこが死界かを察知しそこを極力足音を立てずに素早く移動、つまりは全く気づかれず攻撃出来るという凶悪な必殺技 
激しい雨が降っていたので足音は消しやすかったし、その上3人とも空ばかり見上げてたので存在を微塵も感じられる事が無かったのだ 
威力は並の斬撃程度にすぎないが幸いにも対象であるチナミは背をポンと押すだけで倒れてしまうほど衰弱していた 
そんな状態なのにダガーをザクッと一突きされたら簡単に気絶してしまうだろう 
チナミが戦闘不能になったとやっと理解したリシャコは憤慨し始める 
「よくもチナミを・・・ゆ、許せない!!」 
「ちょ、ちょっとリシャコ!しっかり上を見なきゃ・・・」 
アイカに跳びかかろうとしたリシャコをアイリが制しようとしたが時はすでに遅かった 
ドグシャァッ!! 
丁度前のめりになっていたリシャコの背中から薙刀は突き刺さりそのまま腹を突き破ったのだ 
タイミングが良すぎるとかいう文句はここでは通用しないだろう、コハルはそういうものだとリシャコもアイリも重々理解していたのだから 
「ゲホッ・・・い・・た・・・い」 
アイカとアイリは大量の返り血を浴びてしまうがすぐに激しい雨が洗い流してくれた 
ドクドクと流れ続けるリシャコの腹の血を流すにはさすがに時間がかかるだろうが 
「せっかくチナミさんが必死に忠告してくれたのに守らなかったら駄目ですよ 
 それにしてもこれで一気に2人倒しちゃいましたね、後はアイリさん・・・あなただけですぅ」 
コハルの必殺技「ミラクルエース」、アイカの必殺技「密追」 
放つ事で確実に一人仕留めているのだから必殺技の名に恥じない働きをしてると言えるだろう 

アイカ・ダンケシェーン・アウシガ、彼女が自らの能力に気づいたのは帝国軍に入隊してからいくらか経った日の事だった 
「相手がどこを見ているのか理解できる目」、普段から観察力に秀でている彼女だからこそ得た目だろう 
相手の視線を見極める事で次にどう出るのか、どこを攻撃してくるのかを推理する事が出来る 
さらに相手の視界に無い所、つまりは死角に入り込めば撹乱攻撃も可能となる 
つまりはこの目は攻防ともに優れた能力だという事だ 
だがいくらこのような目を持っていてもアイカ自身の身体能力が低くてはどうしようもない 
なので帝国剣士になってからは襲い来る砲弾を避ける特訓、足音を極力小さくし速く走る特訓などを施してきた 
タカーシャイ帝王直々の「テラ合宿」でも実戦形式の回避訓練を死に物狂いでこなしてきたものである 
特殊な目、回避しきれる反射神経、無音の脚、そして帝国剣士の水準の戦闘能力 
これらを兼ねそろえたアイカはまさに死角は無いと言っても過言ではないだろう 
視線を悟られないように目隠しでもして挑めば少しは有利になるかもしれないが 
「アイリさん、2対1になっちゃいましたねぇ・・・」 
「くっ・・」 
アイリも相手がアイカ一人ならなんとか突破口を見出して勝てるかもしれなかった 
しかしそこにコハルも加わるとなると勝率がガクッと下がる 
いくらアイリが天才とは言え厄介なこの二人を前に勝利するのは不可能に近いだろう 
だがその時だった 
「あば・・・あばば・・・」 
薙刀に貫かれて倒れたはずのリシャコがフラフラしながらも立ち上がる 
悪くて死亡、良くても戦闘不能だと思っていただけにアイカとアイリは衝撃を受ける 
「まだ戦えるんですか・・・いいですよ、トドメをさしてあげます」 
アイカは一瞬戸惑ったがすぐにリシャコの方へと駆け寄ろうとした 
しかし起き上がったリシャコは当然戦える状態なんかではなく、ただただブツブツと呟くだけだったのだ 
「やだ・・・怖い・・・痛いし怖い・・・あばば・・・なんでこんな痛いの・・・やだよ・・・ 
 怖い・・・当たらないし・・・なんで?・・・怖い怖い怖い・・・やだやだ・・あばっ 
 あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」 
「恐怖でおかしくなりましたか、寝てればいいものを!!」 
リシャコの視線から判断して攻撃してこない事を悟ったアイカは一気にダガー「リンゴキリマス」を突き刺そうとする 
(あれ?・・・おかしいな・・・ 
 絶対攻撃してこないはずなのに・・・どうして・・・) 
次の瞬間アイカは右肩を三叉槍で貫かれていた、攻撃のサインを一切発してこなかったリシャコに、だ 

「三叉に出くわしたら彼女がアバるのを期待するしかない、さもなくばお縄になってしまう」 
これはピチレモン国内の暴漢の間に広く知られている格言のようなものである 
三叉のリシャコは正義感溢れる上にかなりの実力を誇るためピチレモン中の悪人から恐れていた 
運悪く出くわしたものならその瞬間見事な槍捌きを目撃すると同時に仕留められてしまうものだろう 
だが悪人たちもただやられるばかりだけではなく、そのうち対策を見出すようになったのだ 
リシャコは急に起きた物事を処理する能力が並の人間と比べて弱冠・・・というよりかなり劣っている点に着眼したのである 
ガチンコの対決ではかなわないのでなんとかして言葉巧みにリシャコが不安がるような言葉を並べると混乱させる事が出来る 
混乱したリシャコは「あばばば・・・」と奇声を発しながらその場にへたりこんでしまうのでその隙に逃げればいいのだ 
だがここで気をつけねばならない事がある 
リシャコがアバる事で100%無事に逃げる事が出来るわけだが、決してそれ以上の欲を出してはならない 
欲を出してリシャコを返り討ちにしようとした瞬間手足の一本や二本失う程度では済まない事態が起きてしまう 
考える能力を一時的に失ったリシャコは半径1メートルに入り込んだ者を敵味方関係なく槍で滅多打ちにしようとするのだ 
リシャコ自身も自分で何をしているのか把握できてないので相手が降参しようが容赦なく何度も、何度も、叩きのめし続ける 
この状態になったリシャコは自制というストッパーを完全にはずしているため反則的に強い 
そのため悲惨な結果になってしまった暴漢は数知れずだ・・・ 
爆弾が爆発したかのように暴れまくり敵を確実に死に追いやるその様は必殺技と呼んでもおかしくはない 
漢字をあてて「暴爆爆爆爆」、こうなってしまったリシャコを止める手段は未だに解明されてないと言う 

「あばばばぁあああ!!」 
この状態のリシャコの攻撃はもはや槍捌きと呼べるものではない、ただの叩きのめしだ 
槍は基本的に「突く」「斬る」武器なのだがリシャコはそんなの無視と言った感じで「殴る」武器にしてしまっている 
ただ目の前にいるアイカの動きを止める事だけを目的に槍でボコボコと殴りまくるのだ 
リミッターが外されたそのパワーは尋常ではなく、アイカの身体は既に全身打撲となっていた 
「チッ・・・さっきまで死にそうだったくせに!!」 
そう言うとアイカはリシャコの腹の傷口にダガーを突き刺そうとするがすぐにはたき落とされてしまう 
さっきまでリシャコやアイリの全ての行動を視線から予測し完全に回避していたアイカだったがそれが今は全く機能していない 
それもそのはず、リシャコは何も考えずただただその辺にいる相手を殴っているだけなのだから予測も何も出来ないのだ 
おそらく今のリシャコには「視力」なんて全く関係のない世界で戦っているのだろう 
自分のテリトリに入り込む音やら気配やらそう言ったものを全て排除するために暴れている 
こうなってしまうと普通の剣士に毛が生えた程度の実力なアイカはどうする事も出来ない 
能力を封じられた今、この危機を引っくり返す底力など持ち合わせて居ないのだ 
ピンチを察知したコハルがこちらへ向かっているがそれより先に殴り倒されるのが早いのだろう 
「相手の目を見る能力」が全く通用しない相手に始めてであったアイカはただ恐怖する事しか出来なかったのだ 
「いやだ、いやだ、こんなのいやですぅ!!」 
悲痛な叫び声も虚しくアイカは気づけばリシャコにマウントポジションを取られてしまっていた 
リシャコの血とアイカの血が混ざり合ったもので真っ赤に染まったアイカ、あとは槍が振り下ろされるのを待つのみ 
「いやですぅ・・・やめて・・お願い」 
ドシャッ 
非情にも狂人状態のリシャコは命乞いをするアイカの顔面に槍を叩き付ける 
その後リシャコは出血多量で気を失うまで目の前のアイカをのめし続けたという 
その間アイリとコハルはすぐそばに居たのだが止める事なんて出来やしなかった 
リシャコをまとう禍々しいオーラに誰もが恐怖してしまったのだ 
「リシャコ・・・」 
自分と実力伯仲だと思い込んでたリシャコのこんな姿を見てしまったアイリは浅はかさに絶望してしまう 
あの状態になったリシャコに勝負を挑んで勝利するビジョンがアイリにはどうしても浮かばなかったのだ 

降りしきる大雨の中アイリとコハルはただ呆然と目の前の仲間を見ていた 
リシャコの腹から流れる大量の血は激しい雨にも流される事はなく真っ赤に染まったままだ 
今まで繰り広げられていた惨劇を前にぼんやりとしていたアイリもやがてハッとし始める 
気づけば互いに1対1の勝負になっているのだ、守ってくれる味方はもう一人もいない 
特異な能力を持つコハルをなんとしてもここで仕留めておきたいアイリは棍棒を構えコハルの前に立ちはだかる 
「貴方がいくら運が良くても武器が無かったら戦えないでしょう!ここは通しません!」 
そう、コハルの薙刀「ワフウビジン」は依然リシャコに突き刺さったままなのだ 
そこから勝機を見出したアイリはなんとか薙刀を回収させまいと意識を集中させる 
しかしコハルはそんなアイリの言葉を無視して強行突破し始めたのだ 
「邪魔!どいて!!」 
そのコハルの叫びとともにアイリに向かって突風が巻き起こる 
「!?」 
線の細いアイリは突然の強風にバランスが取れなくなりよろけてしまう 
そしてその隙をつかれコハルに突破されてしまったのだ 
おそらくこの突風もコハルの幸運からなるもの、そしてコハル自身それをコントロールし始めている 
そんなコハルに薙刀が加わってしまえば本格的な危機に陥ってしまうのは容易の想像できるのでアイリは必死で起き上がる 
「させません!」 
「うるさいうるさい!邪魔!」 
コハルが叫ぶ事でまたもアイリに不幸が襲い掛かる 
アイリはまたもぬかるみに足を滑らせ顔から転倒してしまったのだ 
この際痛みだとか屈辱だというものはどうでもいいがこのままではコハルに武器がまわってしまう 
だがいくら前に進もうにも雨風やぬかるみに邪魔をされてしまうのだ 
そしてアイリが絶望の淵に立たされているさなかコハルがついにリシャコに突き刺さった薙刀に手をかける 
「許せない・・・血だらけになったアイカなんて見たことない!! 
 君たちみんな倒してやるんだから・・・倒してやる!!」 
薙刀を乱暴に引っこ抜くコハルは怒りを露にしてアイリを睨みつける 
その表情は今までのヘラヘラしたような緊張感の無い顔ではない、それはまさしく戦場に赴く戦士の顔だ 
コハルの感情が激昂するとともに雨もだんだん強くなっていき、もはや呼吸すら難しいほどの豪雨と化す 
新人帝国剣士、いや最強帝国剣士のコハル・プラムスター・ハグキラリはアイリに向かって豪雨の中を突き走っていった 
(どうしよう・・・いくら頑張っても立てないし・・・このまま負けちゃうのかも) 
だがこの時アイリは気づいてはいなかった、自身の体が妙に軽く清々しい事を 

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今から十数年前、マーサー王国にはとある指揮官が在籍していた 
その戦士はそれなりに強いし人望も厚かったのだがどうも指揮官と呼ぶには頼りの無い感じであった 
実力があるにはあるのだがいかんせん勝負強さに欠けており、ここぞという所で勝機を逃してしまうのだ 
それと優柔不断な性格であるので部下を困らせてしまう事も多々あったという 
指揮官は自分の不甲斐ない面を見せてしまう度に申し訳ない顔をして謝ったが誰も指揮官を咎める者はいなかったらしい 
それは王も同僚も部下も国民もみながこの指揮官が誰よりも努力して誰よりも国を思っている事を知っていたからだ 
頼りなくはあるがついていくだけの価値はある、みながそう思っていたのだ 
とは言えネガティブな指揮官は自分はこのままで良いのかと日々悩み続けていた 
何か手柄らしい手柄でも立てないと見捨てられてしまうのではないかと不安でしょうがなかったのだ 
実際そんな事は決して無いのだがどうも優柔不断なうえに心配性な指揮官はそればかりが気がかりだったという 
だがそれから数日後のとある戦争で指揮官の念願は叶ったのだ 
それは息も出来ぬほどの激しい雨の日、雨やら泥やら血やらで混戦どころではない事態の事だった 
敵も味方も異常気象とも呼べる雨に体力を奪われ本来の実力の1/10も出せずにいてまさに泥試合だ 
しかしそんな中唯一指揮官のみがいつもと変わらぬ表情で、いつもと変わらぬクオリティで敵を倒し続けていたのだ 
普段はそこそこの実力の指揮官、しかし敵軍全員が疲弊した今指揮官の相対的な実力は英雄クラスと化したのだ 
しかも指揮官は「雨でも実力が落ちない」どころではなく不思議と「雨でいつもより調子が良い」状態になっていっている 
勘もさえるし振りの速度もいつも以上、撃破数も普段と比べてうなぎ上りだ 
そして終いには台風の到来によりみなが戦争どころではなくなる中一人だけ最後まで戦場に立つ事が出来たという 
この雨を味方につける能力を持ち合わせた指揮官はより一層支持を広げる事になる 
指揮官本人もこの一連の活躍に満足し、数ヵ月後に周囲に惜しまれ兵役を退く事を決意する 
元々信仰を集めていた指揮官なだけに国王もギリギリまで踏みとどまるよう説得したがその意思は固かった 
「どうしても退役するというのか?指揮官ならもっと上を狙えたというのに・・・」 
「いえ私はこれで十分満足です」 
「そうか・・・しかし指揮官が居なくなると一気に戦力が落ちるかもしれないな・・・」 
「王、あと8年お待ちください」 
「?」 
「私の可愛い娘を必ずやこの素晴らしい王国軍に加入させたいと思っていますので」 
指揮官のその可愛い娘は後に天才と呼ばれ王国にとって無くてはならない存在となっていく 
カッパー家に代々伝わる「雨を味方につける」能力、そして努力の末に会得した「敵の弱点を見抜く」能力の二つを持って 


13.
「これでお終いだよ!」 
地面に倒れたままのアイリに薙刀を手に入れたコハルが襲い掛かろうとする 
さきほどまでのクネクネした動きとは真逆の直線的な進撃 
今のコハルはいつものコハルではない、それはもはや真の戦士と呼ぶに値するほどだ 
幸運ばかりが取り上げられているが元来コハルは薙刀の扱いも十分に長けている 
唯一弱点であった勝利への執念というものもタカーシャイ直々のテラ合宿にて補う事が出来た 
今この窮地でそれを再度涌き起こす事が出来た事はコハルにとってこれ以上無い"幸運"だろう 
泥水の中でも奇跡的に転倒する事なくコハルはアイリのもとへ駆け寄り強烈な突きを仕掛ける! 
「えいっ!!」 
突くだけの槍とは違い切るも払うも自由自在の薙刀「ワフウビジン」、しかしその真骨頂はやはり突きに凝縮されている 
帝国剣士の中でも1位2位を争うほどの高身長から繰り出される突きは力以外にも重力を味方し敵を貫かんとする 
そこにコハルのもって産まれた幸運が補正されるのだ、この突きを避けられる敵など今まで存在しなかった 
たった今この瞬間までは 
「避けた?・・・やっぱり強いね」 
コハルは信じられないと言った風でアイリを見ていた 
さっきまで寝転がっていたアイリのはずだが一瞬にして起き上がり、突きを避けていたのだから無理も無い 
そして誰よりもこの状況が信じられないのは他でも無いアイリ自身だ 
今までに感じた事の無いようなこの清々しさ、身の軽さ 
そして目の前に居るコハルを倒すというイメージがどんどん湧き出てくる新感覚 
超人にでも生まれ変わったかのような思いにアイリ自身も戸惑うほどだ 
(コハル・・・パー5のロングホールってとこかな・・・ 
 すごい、第一打がわかる・・次もわかる!その次もわかる!・・・5打で倒せる!!) 

その後もアイリは紙一重でコハルの突きや斬撃を避け続けた 
完全回避とまでは行かないがアイリの動きは明らかに良くなっていき、被害を最小限に食い止めてる 
さっきまではコハルやアイカの側が回避をし続けていたのでまさに正反対の展開になっていると言えるだろう 
滅多に攻撃を外す事の無かったコハルにもだんだんと焦りが積もり始める 
(なんで!?なんで当たらないの?・・・いつもと全然違う!) 
異常なまでの幸運が通用しない者を初めて相手にするコハルの動揺は並ではなかった 
ここで幸運が通用しなくなったのはとある理由がある 
雨が降れば降るほどアイリの調子が良くなるわけだが、これで上昇するのは身体能力や耐久力だけでは無いかのだ 
アイリの父は大雨の日には奇跡的なファインプレーを多く経験したと言う 
はじめは集中力の上昇によるもの、もしくは他人が落ちているので相対的に良く見えるという事だと思っていた 
だが雨の中の戦いを重ねるにつれてそれが実力や戦闘能力に左右されるものでは無いと気づく事になる 
闇雲に打ち込んだ打撃が偶然にも相手に急所にヒットしたり、足元の石を打てば遠方の敵軍主将の口にチップインしたり 
言うならばそれは雨の日限定の強運 
それを引き継いでいるアイリ自身もこの時だけ幸運に身を守られる事になっているという訳だ 
単純計算にはなるがこれによりコハルとアイリの幸運は相殺され純粋な実力の勝負へと持ち越される 
雨の日のアイリ対本気を出したコハル 
運勢等の不確定要素を全て排除した場合、どちらが上を行くのか互いにも分からなかった 
分かるのは必ずや相手を倒さねばならないという事のみ 
「たぁっ!!」 
乗りに乗ったアイリが再度コハルの弱点である細い脚を狙おうと打ち込み始めた 
初めは幸運により防がれてしまったが今なら倒せると踏んだのだ 
だが運が相殺されたとは言えコハルの薙刀捌きは伊達ではなく、ギリギリの所でアイリの棍棒を受け止める 
テラ合宿で死の境を経験した実力はそう容易く打ち崩せるものでは無いという訳だ 
思ったより上手くいかなかったのでアイリは一旦後方に下がり、何かを考えはじめる 
そしてすぐに顔をあげコハルの脚にビシッと棍棒を向け何かをつぶやく 
「コハル・プラムスター・ハグキラリ・・・とても長いホールだけど全体の起伏はほとんど無くとてもやり易い 
 雨風は競技中止のレベルだけど無理に突破すれば攻略できない事もなし、バーディの確率は低いけどボギーもほとんど無し」 
なにやら意味の分からない事をゴチャゴチャ言うアイリにコハルもいらだってくる 
「さっきから何言ってるの!真面目にやってよー!!」 
コハルの意見にもっともだなと思ったアイリは棍棒を構え臨戦態勢に入り一言つぶやく 
「これから私の必殺技を見せてあげるって事ですよ、トゥーカップベクトルをね」 

アイリの目標はただ一つ、コハルの弱点であるそのか細い脚のみ 
信頼できる自身の目がそう教えてくれるのだからそれに間違いは無い 
その脚は一撃食らわすだけで折る事が出来るだろうし、それにより今後が有利になるのは確定的 
ただ一つ問題なのはコハルがそう簡単に狙わせてくれないという事だ 
コハルの実力は先ほども述べたとおり運勢抜きにしてもかなりのものを誇るため容易に仕留められるはずがない 
己の弱点は十二分に把握しているため下半身を中心にしたガードがなかなかに固いのだ 
こう言った事態はアイリも過去に何度も経験しており、敵が主力クラスともなると自分の流れを掴めない事がしょっちゅうだ 
一撃を食らわせれば勝利する事が出来るのに「その一撃」が遠いため歯がゆい思いを味わってきた 
そこでアイリが編み出した戦闘法が「トゥーカップベクトル」なのである 
アイリの目で見抜いた弱点を最終目標の"カップ”と定め、そのカップに打撃を食らわすための手順を頭の中で思索する 
どこを先に殴ればスキが出来るか、その次にはどこを叩けばいいのか、そうやってカップへの道を切り開いていく 
的確な位値にヒットさせていけば最短で3打、最高でも5打以内には弱点を叩く事が出来るというのがこの技の理念なのである 
そしてたった今アイリがそれを実践するために注目の第一打を打ち始めた 
「チャー・シュー・メーン!!」 
奇妙な掛け声と共にアイリの棍棒「ソノヘンノボウ」はコハルの顔面に向かって放たれる 
突然の奇声と顔面に襲い掛かる棒に意表を疲れ、コハルは攻撃を薙刀で受けると同時に少しひるんでしまう 
そしてその流れのまますかさずコハルの弱点へと視線を移し一気に畳み掛ける 
(1打目は芯をとらえてた!このまま行きますよ!) 
しかしコハルもひるんではいたものの己の弱点への警戒は怠る事はない 
背丈ほどはある薙刀を最大限の利用して柄の部分でなんとかアイリの第2打を受け止めたのだった 
「あぶなぁい!怖いなぁ」 
(アルバトロスとまではさすがに行かないかぁ・・・でもここまでは計算通り! 
 残り3打で絶対仕留めてみせる!!) 

次にアイリが繰り出した第3打はコハルの思いもしなかった方向であった 
二打目を柄の下部で防がれた後に一旦棍を引き、勢いをつけコハルの右側の「空」に打ち込んだのだ 
その一撃の意味がコハルには分からなかったがとりあえず防ぐしか道が無い 
そのため先ほど下に落とした薙刀をくるりと回しアイリの打撃に備える事にした 
アイリもそう来るのは分かっていたらしく狙った先に現れた薙刀を棍棒でバチコーン!と叩きつけた 
そしてお次はその反動を利用してコハルの逆側の「空」へ棍棒を振り下ろしたのだ 
三打目に引き続き四打目までも不可解な位値を狙うアイリの考えがコハルには微塵も読めなかった 
(なんなの?・・・なんでそんな事するの?・・・別に防げるけど・・・) 
右の空への打撃を防いだのと同じようにして薙刀をくるりと回し左側へと備える 
そしてアイリもアイリでさっきと同じように薙刀をバッチーン!と叩きつける、まさに3秒前の再現だ 
コハルには棍棒の衝撃でビリビリとしびれるがダメージらしいダメージはほとんど無い 
間髪入れず次の打撃を放ってくるので反撃するスキが見えないがこれがいつまでも続くとも思えない 
ゆえにアイリの行動がコハルにはどうも無意味な物にしか見えなかった 
そう不思議に思っていた次の瞬間、アイリが宣言していた五打目を繰り出してくる 
その矛先はさっきまでの無意味な方向ではなく弱点である下半身だったのだ 
ここでコハルはアイリの考えを予測し始める 
(そうか!今までのは私を油断させるために変な所を打ってたんだ!この最後の五打目のために☆カナ 
 でも絶対油断なんてしてあげないんだから!絶対!絶対防いでやる!!) 
そう思いコハルはさらに薙刀を回転させアイリの「五打目」に対抗しようと備える 
五打で仕留めると自信満々なアイリの出鼻をくじくにはここで防ぎきるのが絶対条件だ 
自信を打ち砕かれた人間には大なり小なり必ずスキが生じてしまう 
そのスキを見せた瞬間薙刀で串刺しにしてやる、コハルはそればかりを考えていた 

アイリは最初から5打で仕留める事だけを考えていた 
あわよくば4打で・・・といった考えを完全に排除して最後の5打目だけに意識を集中し準備を進めてきている 
1打目、2打目、3打目、4打目・・・全てがこの最終打のためにベクトルが結ばれている 
アイリは3打目4打目であえてラフに飛ばし、そこからのチップインを狙っていたのだった 
反撃を許さぬ程の高速連打で短時間のうちに仕留めるにはそれしか道が無かったのだから 
「これがっ!最後!」 
アイリの5打目は先にも書いた通りコハルの弱点である下半身へと向かっている 
トドメに相応しく今までの4打と比べてスイングのキレもスピードも一段階上のものだ 
しかしいくら振りが速くてもコハルが気づかぬほどでもない、コハルの薙刀はスイングの軌道上に先回りしている 
(5打で倒すなんて調子にのっちゃうからこうなるんだよ!これを凌いで絶対絶対ぜ〜ったい反撃してあげるんだから!) 
そう思いながらコハルは手に力を込めアイリの打撃に神経を集中させる 
だが次の瞬間、バキィンと言った音を聞くと同時にコハルの集中力は完全に途切れてしまう事となる 
その音はなんとコハルの薙刀が折れた音、アイリの棍棒による打撃により折られてしまった音だったのだ 
アイリの2打目、3打目、4打目を全て「柄」で受けたコハルだったがそれが仇になってしまった 
アイリの弱点を見抜く目の対象は人間だけではない、対象物が物だとしても同様の効果を発揮する 
コハルの薙刀の比較的弱っている部分を2〜4打目で更に脆くするために防御位置を誘導してきたのだ 
ただでさえ脆かった部分に何度も強打を当てられてしまえば折れてしまうのも無理は無いのだろう 
強運ゆえに武器破損など経験した事の無いコハルがこの事態に対応する術など待ち合わせている訳がない 
完全にフリーズしてしまったコハルはそのまま襲い掛かってくる棍棒をただ待つ事しか出来なかった 
「やだやだやだやだやだやだやだやだ」 
「行けぇっ!!!」 
薙刀を折った勢いそのままで振られた棍棒は同様にコハルの両足の骨も良い音を鳴らし折る事に成功する 

「キューティーサーキットをやってて良かった・・・おかげで思い通りに薙刀を叩けました」 
「そんな・・・痛い・・・痛い・・」 
骨をも砕く程の強烈なスイングを直接受けたコハルは立っていられなくなり顔面から落ちてしまう 
下半身の激痛、潰れた鼻の痛み、そしてアドレナリン切れによる全身の痛みを感じ気が狂いそうになる 
これほどまでの痛み、コハルにとって生まれて初めての体験なのだ 
「やだ、やだ、やだ、やだ、こんなのハッピーじゃないよ・・・やだやだやだやだ」 
起き上がって戦いを続けようにも折れた足がそれを許してくれず泥だらけの地の上で這い蹲っているのみ 
いつも上へ上へ、をモットーに生きてきただけに起き上がる事すら出来ないこの事態はこれ以上無い屈辱だ 
そんなコハルを見下ろしながらアイリが言葉を発する 
「あなたの幸運はとても脅威ですけど動けなかったら意味はありませんよね 
 ここから半径50メートル以内を隔離するよう味方の軍に伝えておきます 
 万が一の事があってはいけないように・・・」 
その言葉を聞いたコハルは絶望してしまう 
隔離を徹底するという事は帝国軍の侵入も簡単には行かないという事 
今こうして脚が動かない訳だが味方の助けがあれば戦闘を続けられるかもしれなかった 
実際生まれて初めて出会った天敵であるアイリ以外なら下半身を失ったとしても勝つ自信はある 
だがその道もアイリによって途絶えてしまうのだ 
ならばこの場でアイリの息の根を止めるしか・・・! 
「そんなのやだ!コハルはまだ戦いたいの!」 
そう叫びながらコハルは上半身をひねり右手に持った薙刀「ワフウビジン」をぶん投げる 
最後の力を振り絞って放った必殺技「ミラクルエース」は速く、力強く、とても雄雄しい 
しかもコハルとアイリの距離はたかだか3メートル程度、避けきる事など不可能に近い 
「!!」 
すんでのところで反応したアイリだったが完全には避けきれずその細いももにブスリと突き刺さってしまう 
ももから下がもげそうになるほどの激痛だったがアイリはすぐにそれを抜きコハルを睨みつけ棍棒を構える 
・・が、その構えた棍棒をすぐにしまう事となった 
何故かと言うと目の前のコハルは既に力尽きており地にうつ伏せになっていたからだ 
「ミラクルエース」はまさしく最期のあがきだったのだろう、気を失うスレスレで戦っていたコハルに弱冠の恐怖も覚える 
(なにはともあれ勝って良かった・・・この強運さん相手ならマイミ団長でも危うかったかも・・・) 
そう思いながらアイリはふらつく足で倒れたリシャコとチナミの元へと歩いていく 
(お医者さん・・・お医者さんを呼ばなきゃこの2人死んじゃう・・・私の足も・・・腐っちゃう・・・) 


モーニング帝国編【第三章(仮)】
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