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『モーニング帝国編【第三章〜激戦〜】』
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01.
「何言ってるの!?10秒で倒せるわけが・・・」 
マイマイの発言にまず驚いたのはオカールではなくモモコだった 
これから相手にするのは自分が瀕死になる程の死闘を繰り広げたエリチンと同クラスの剣士なのだ 
倒すだけでも文字通り骨を折るというのにましてや数秒で倒せるわけがない 
だがマイマイはそんなモモコの目を見てニコリと微笑み一言つぶやく 
「大丈夫、私はオカールの事を全部把握してるんだから」 
それを聞いたオカールはテンションが上がりに上がり、ついに最高潮へと達する 
俄然やる気になったオカールは細い目、もとい鋭い目でサユを睨みつけ一気に突進を始める 
「うおりゃああああああ!!10秒で仕留めてやらぁああ!!」 
自分を軽く見られてムッとするサユだがオカールの突進の勢いを見て驚く事となる 
(・・・速い!) 
数メートルはあった間合いを一瞬でつめるほどのダッシュ、突然こう来られたら戸惑ってしまうだろう 
そのキレとスピードはマイミのものに匹敵するほどだ 
オカールは辛く苦しいキューティーサーキット経てこれほどまでの瞬発力を手に入れたのだ 
(でも・・・その程度で私を倒そうなんて甘すぎるの) 
猪のように突っ込んでくるようなオカールはサユにとってこれ以上倒しやすい相手もない 
右手にレイピア「アルデンテ」、そして左手に左手用短剣マインゴーシュ「マカロニサンボン」を構えサユは迎撃の姿勢をとる 
マインゴーシュ「マカロニサンボン」は相手の攻撃を受け流す事に特化された補助的な短剣である 
考え無しに突っ込んでくるような敵の太刀をこれで弾き飛ばし、そこに生じたスキをレイピア「アルデンテ」で狙う 
これこそがサユの必勝パターンなのだ 
(うおおおおおおおお10秒!10秒!10秒で倒したらマイマイにキスしてもらえる!10秒!10秒!) 
(馬鹿が私に勝てるわけ無い事を教えてあげるの) 

考え無しに突っ込んでくる単純な敵を華麗に返し、反撃を加える 
サユはそのつもりだったし、それをこなせる実力も自信も経験も十分あった 
だが今回ばかりはいつもとは違う出来事が起きてしまう 
(・・・え?消えた?) 
自分に向かって一直線に向かってきたはずのオカールだったが突然姿が見えなくなってしまったのだ 
不測の事態に面食らうサユだったがすぐに冷静さを取り戻し後ろを振り向く 
するとそこには案の定自分を狙うオカールがいたのだ 
予想外だったのでオカールのジャマダハルにより一閃を完全に捌ききる事は出来なかったが急所への被害は免れる 
オカールの突きは人体急所をムダ無く狙うものなのでこれを喰らっていれば本当に10秒で倒されてしまっていただろう 
「うっとおしい!!」 
多少予定外だったもののここまで来たら後はいつも通りの仕事をするだけだ 
攻撃を受けられてスキだらけのオカールにレイピア「アルデンテ」で一気に突き刺そうとするサユ 
だがしかしその突き刺した先にもオカールは居なかったのだ 
(また消えたの!) 
またも同じような手を喰らってサユはだんだんと焦り始める 
オカールの手口はさっきの物と同じなので後ろを振り向けばそこにいたのだが防ぐのがやっとでまた逃げられてしまう 
決してサユの動きがのろい訳ではないのだが何度も何度もあとちょっとの所で逃げられてしまいくるくる回る事しか出来なかった 
実はこの時オカールはサッカーやバスケ等で言う「フェイント」に近い行為を行っていたのだ 
まっすぐ動くと見せかけて相手の視線を誘導した後に予想外の方向へと転換をする 
初動を右に避けると見せかけて相手の注視から外れている左へと切り替える、と言った事を自然にしていたのだ 
両者があまりにも接近していた場合、まるでその場から消えたかのように見えてしまう 
サユは初めにオカールが猪に近い単純者だと思い込んでいたがそんな事は無い 
これほどの頭脳的な動きをナチュラルに行う事の出来るオカールはそう言った存在とは間逆だろう 
1ヶ月に及ぶキューティーサーキットで避け続けるマイミを仕留めるために編み出した技術の賜物がこれなのだ 
チョコマカと動き回るオカールほどうっとおしい戦士もそうそう居ないだろう 

「ねえ、10秒で倒すとか言ってたけどもうとっくに過ぎてない?」 
寝っ転がっているモモコが少し顔をあげてマイマイにささやく 
モモコ自身オカールの健闘を認めてはいるが、それゆえに面白くないらしく揚げ足取りをせずにはいられないらしい 
だがそれを聞いたマイマイも平然とした顔で返す 
「初めっからオカールが10秒で倒せるなんて思ってないよ、あわよくば・・とは思ってたけどね」 
「なにそれー騙してたってこと?」 
「ううん、オカールはああ言っておけば勝手に張り切ってくれるの」 
笑顔で何気に酷い事を言うマイマイにモモコは軽く引いてしまう 
「うわぁ・・・」 
少し自分のダークな部分が出てしまった事に焦ったマイマイは必死で自分をフォローし始める 
「でもね、でもねだけどこれは私がオカールの全てを知ってるから言える事なの 
 オカールは私が励ませば元気になってくれるし、私が期待をかければそれに答えてくれるし!」 
だけどモモコの目は以前冷めたままだ、今まで「可愛い」と思っていたマイマイのイメージが豹変してしまったのだから無理も無い 
「とにかく!今は話なんかしてる場合じゃないの!」 
そう言うとマイマイは一歩前に出て斧「パリパリナッタワイシャツ」を持ちながら大きく振りかぶり始める 
マイマイの視線の先はサユの異変に気づきすけだちに向かおうとしているレイニャだ 
ここからレイニャの所までは数メートル離れているためすぐにはやり合う事が出来ないはずなのだが・・・ 
「いくよっ!たあああっ!!」 
なんとマイマイは両腕で持つのがやっとなほどの斧をレイニャに向けてブン投げたのだ 
総重量がマイマイの体重の倍以上ある斧だと言うのに空中をグルングルン回転しながら進んでいく 
「えっ?・・・なんと?」 
斧が空を舞うという奇怪な光景にレイニャも一瞬まともな判断が出来なくなってしまう 
とにかくこのままではいけないという一心のみで木刀で斧を迎撃しようとするが 
スパッ 
・・・と当然の如く木刀「カツオブシ」は真っ二つに斬られてしまう 
「し、しまったっちゃああああ!!」 
レイニャの木刀を切断した斧はブーメランのようにマイマイの元へと舞い戻ってくる 
しっかりとそれをキャッチしたマイマイは武器を失ったレイニャにニ撃目三撃目を与えるつもりだ 
その光景を一部始終寝ながら見ていたモモコは口を広げたまま唖然としていた 
「凄い・・・オカールどころかマイマイまで戦力になってるじゃない・・・ 
 本当に二人だけでロッキー三銃士に勝てちゃうかも・・・」 

「なんちゃって!木刀はまだあるとよ」 
そう言うとレイニャはどこからかスッと木刀を取り出しマイマイの攻撃に備える 
しかも今回は右手と左手それぞれに持っている 
「ニヒヒ、ニ刀流っちゃ」 
裏をかいた気になり上機嫌なレイニャはニヤけながら迎撃準備を始めた 
レイニャは他の帝国剣士に比べ動きがすばしっこいためその真骨頂はニ刀流になった時に発揮されるのだ 
その圧倒的な手数によって繰り出される斬撃は得物が木刀だという事を忘れるほどの破壊力 
そこに火炎が加われば総合的なダメージはエリチンのそれに匹敵するだろう 
ただ今回は何故か火炎が無いのだが・・・ 
「木刀の一本や二本増えても無駄!私の斧は全てを折る!」 
小さな体をぐいんぐいんとひねりマイマイはレイニャを叩き斬ろうとする 
モモコはレイニャに向かって何の策も無しに突っ込んでいくマイマイを見て異変に思った 
マイマイほどの戦士ならレイニャに近接戦を挑む事は厳しい戦いになる事くらい知っているはず 
明らかに自分よりスピードの勝るレイニャ相手にその重い斧で何をすると言うのだろうか 
しかしマイマイの表情は見れば見るほど自信に満ちている・・・何か考えがあるのだろう 
「無駄はそっちたい!そんなの交わしてやるっちゃ!」 
マイマイの斧による強烈な振りは一直線にレイニャに襲い掛かった 
しかしレイニャは斧の力がかかったポイントに巧みに木刀を突きつけ受け流さんとする 
その技術は目を見張るものがあり、レイニャの枝のような細腕でも見事に斧の軌道をズラす事に成功したのだ 
受け流された斧は急に止まる事が出来るはずもなく一目散に地面へと向かっていく 
当然その間マイマイはスキだらけだ 
「馬鹿っちゃね、そのまま死ねばいいと!」 
そのまま流れるようにレイニャはマイマイへと木刀を振り上げる 
これでマイマイの詰みかと思いきや・・・意外なものがレイニャの攻撃を阻止したのだ 
下方から無数の石やら砂やらがレイニャに襲い掛かる 
「うわっ!?な、なんと!?」 
その謎の攻撃の正体は受け流された斧が地面を破壊したその破片 
あまりもの衝撃により石、砂等が上空へと舞い上がっていったのだ 
目をやられたレイニャはニ、三秒は光を見る事が出来ないだろう 
ここまで全てマイマイの計画通り、ここから第ニの計画へと移る 

地面から舞い上がった砂によってレイニャは視力を奪われてしまった 
だが目が見えなくても研ぎ澄まされた勘までも奪われる事はない 
これから来るであろうマイマイの追撃を予測しバックステップをする 
(目ぇ痛くて開けないけん、やけど音と気配で大体わかると) 
レイニャ自身今まで視界を潰された事は多々あったのでそこまで焦る事はなかった 
巨大な斧を投げたり、砂を舞い上がらせたりと意外な事が続いたが地力と場数は圧倒的にレイニャのが上 
そしてレイニャには相手の正確な位置が掴めなくても攻撃する手段がある 
左手に持った木刀をサッと前に突き出し、もう片方の手に持った木刀にこすり付ける 
その瞬間こすり付けられた互いの木刀にボッと火が灯る、レイニャお得意の火を扱う戦術の始まりという訳だ 
実は改良されたレイニャの木刀の刀身には細かなリンがまんべんなくまぶされている 
こすり付ける事で摩擦により一気に発火する、相手を斬る時の摩擦で発火させる事も可能である 
そして今回レイニャは火が灯った木刀をブンと振り回す事で火の粉を周囲に撒き散らしたのだった 
人間の火に対する恐怖は尋常なものではない、喰らっても火傷程度だろうがスキは必ず生じる 
それを突破口にすれば視力を奪われているレイニャにも十二分に逆転出来るはずなのだ 
「ニヒヒ・・・熱がればいいと!」 
レイニャはマイマイの「熱い」という一言を待ち続けた 
声さえ聞こえればあとはそこに向かい斬りに斬りまくればいいだけだ 
木刀による連撃が避けられたとしてもレイニャの木刀は火炎木刀だ、火の粉から逃れる事は出来ないだろう 
そうして行くうちにやがてレイニャはマイマイの居場所を確実に掴み始めるはず 
つまりはレイニャの火炎殺法の前では目潰しなどなんの意味も持たないのだ 
・・・と思い込んでいたレイニャだったがここで困った事に直面してしまう 
さっきから火炎木刀をブンブン振り回していると言うのにマイマイの「熱い」という声が聞こえないのだ 
それどころかマイマイの気配すら感じとる事が出来ない・・・レイニャは完全にマイマイを見失ってしまった 
「お、思ったよりなかなかの達人のようっちゃね・・・ここまで気配を消すなんて」 
さすがに焦ったレイニャは更に警戒心を高める 
だがだんだんと目が開くようになるにつれてレイニャは更なる衝撃を受けてしまう 
「あれ!?おらんと」 
なんとマイマイはいつの間にやら自分の周囲から消えていたのだ 
そう、マイマイはレイニャなんかほっといてさっさとオカールを助けに向かっていたのだった 
つまりレイニャは周りに誰もいないのに一人必死に警戒ばかりしていたという事 
「な、な、なめんじゃなかぁ〜〜〜〜!!!」 


02.
「邪魔が二人も・・・」 
オカールを相手にするだけでも手一杯だと言うのにさらにマイマイにまで加勢されてサユは困ってしまう 
すばしっこくて致命傷を与えづらいオカールに対する打開策さえ見つかっていないのでこの事態はとてもピンチだ 
そもそもレイニャは何をやってるのだろうかと気になったが2人相手では気にしている間もあまり無い 
今相手にしている2人が侮るべき敵では無いとわかった今、すべき事は被害を最小限に抑えて堪え続ける事だ 
かつて「陶酔のサユ」の二つ名を貰ったサユはこのような状況も乗り切る自信がある 
無数の大群からなる攻撃を全て避け、その実力の凄さに思わず自己陶酔した事からつけられたこの二つ名 
そこからも分かる通りサユは並外れた動体視力と回避技術を兼ねそろえているのだ 
そういった面ではアイカと同じだがアイカとは決定的に違う点が一つある 
それは両手に持った二つの短剣による受け流しの技術だ 
オカールの一撃必殺の突撃をここまで交わし続けているのもレイピアとマインゴーシュの扱いの賜物だろう 
オカール一人仕留められずにいるのはサユの侮りが大きかったせいだろうがそう簡単に負ける事も無い 
サユのレイピア捌きにかかればオカールとマイマイ二人の猛攻を前にしても避け続ける事が可能だろう 
何もサユ一人でオカールとマイマイを倒す必要は無いのだ、レイニャが来るまで持ちこたえればそれで十分 
サユのニ刀流、レイニャのニ刀流、あわせて四刀流の妙技を持ってすればやはりオカールとマイマイなど敵ではない 
今回は少しばかり自惚れが過ぎたが本来の実力を出し切ればいつも通り勝利を収める事が出来るのは知れた事 
(でも・・・レイニャのやつ遅すぎなの!!) 
勝てるは勝てるのだがいくら待っても一向にレイニャがやってこない 
いったいどうしたと言うのだろうか・・・ひょっとしてあの一瞬でマイマイに倒されたのでは 
そのような憶測がサユの頭の中で飛び交う中ひとつの叫び声が聞こえてきた 
「な、な、なめんじゃなかぁ〜〜〜〜!!!」 
あ、レイニャの声だ 
半ば呆れながらも勝機の到来にサユの口元が歪み始める 

「ギッタンギッタンのメッチャメッタにしてやるたい!」 
馬鹿にされてプライドズタズタなレイニャが走ってこちらへと向かってくる 
それを見て安心したサユはオカールとマイマイに集中業火を受けている最中だと言うのに剣を止め始めた 
そんなサユを見てオカールとマイマイは疑問に思う 
(え?なんでこいつガードしないんだ?・・・斬っちゃっていいのかな?・・・) 
疑問と同時に戸惑いを感じたオカールは攻めるに攻められなくなってしまう 
そして不可解な行動に異変を感じたマイマイはオカールにこう指示を出したのだった 
「オカール止めて、何か企んでるはず!」 
マイマイの指示を聞いたオカールはすぐに動きを止める 
実際攻め倦んでいた所だったのでこういった指示を聞く事で一種の安堵感も感じている 
だがこの時までにちゃんとサユを仕留められなかった事をすぐに後悔する事となるのだった 
「馬鹿っちゃね!今のうちにサユを斬っておけばよかものを・・・サユはただタメてただけったい」 
「そう、レイニャが来るこの時のために」 
レイニャがサユの思う領域に入り込んだ途端辺りの雰囲気が一変した 
体が押しつぶされてしまいそうなほどの圧迫感、オカールとマイマイは同時にそれを感じ始める 
(ここに居たら殺される!逃げなきゃ・・・) 
心の中ではそう思っていても二人の体は思うように動かない、まるで世界がスローになったような不思議な感覚 
この感覚は人間が死ぬ直前に見るような走馬灯に近いものがある 
必死で逃げようとしているのに体は動かない、レイニャとサユはゆっくりとゆっくりと自分たちに襲い掛かる 
「半径3メートル以内にロッキー三銃士を二人以上入れたらいけないよ?死んじゃうから」 
「本当はエリチンも居ればよかったけん、まぁ二人だけでも十分とね」 
二人が言い終えると同時にオカールとマイマイの体に激痛が走った 
深い打撲跡と無数の刺傷がオカールとマイマイにあらわれる、それぞれレイニャとサユによるものだろう 
レイニャとサユがこの時放った斬撃は過去の誰もが避ける事の出来なかった妙技なのだ 
本来はこれにエリチンも加わる事で技も完全なものとなるのだが二人だけでも十分すぎるほど強力 
ロッキー三銃士の合体奥義「赤い香雪蘭」はその名の通り美しい血しぶきを空に舞い上げる 

「赤い香雪蘭」を受けたオカールとマイマイはあまりものダメージにフラついてしまう 
だが幸いな事にエリチンが居なかったので意識を失うまでの負傷とは行かなかった 
逆に言えばエリチンさえいればオカールとマイマイは気絶や骨折どころでは済まなかっただろう、そう思うと真に安心する 
だが今の状況が良いという訳では決して無い、レイニャとサユの追撃が待っているのだ 
「仕留められんかったけん、トドメさせばいいとね!」 
燃える木刀を両手に持ちながらオカールへと駆け寄るレイニャ 
その燃えた刀で傷を狙い撃ちされたらひとたまりもないだろう 
そう思ったオカールはひとまず距離を取ろうと自慢の脚で跳ぼうとする 
しかしその時オカールは自分の脚におこった異変に気づく事となった 
さっきまで軽々としていた脚が突然重くなってしまったのだ 
(なんだ!?・・・脚が動かない・・・) 
確かに酷使していたとは言ってもここまで重くなるほど疲労はしていないはず 
理由の分からぬ重みにオカールは焦りを拭えずにいてしまう 
(やばい!早く逃げないと・・・このままじゃ・・・このままじゃ・・・) 
オカールの意思に反して脚はちっとも動かない 
そしてやがてレイニャの射程に捕らえられてしまい・・・ 
「燃えればいいと!」 
レイニャの燃える木刀による斬撃、この状況にあるオカールに避けられるはずもなく 
見事に直撃してしまい悲痛の叫びをあげてしまう 
「うぐあああああああああ」 
「オ、オカール!」 
オカールと同じようにサユに追撃を喰らう所だったマイマイだったがなんとか寸での所で防ぐ事が出来た 
しかしオカールの叫びを聞いてマイマイの心にも乱れが起きてしまう 
「余所見なんかしちゃ駄目でしょ」 
その一瞬のスキを見極めたサユにレイピアで胸部を突かれてしまった 
心臓を一突き、という訳では無いがその激痛は想像に難くないだろう 
少しは優勢かと思われていたオカールとマイマイが逆転されていく様を見て寝ながら見ているモモコも驚きを隠せない 
そしてなによりも突然オカールの動きがにぶくなった事が理解できなかった 
「あれはね、サユの必殺技だよ」 
突然ささやいてきた声に振り向くモモコ、そこにいたのはモモコと同様に寝ながら戦いを観戦していたエリチンだ 
「サユの必殺技ヘビーロード、あれを喰らっちゃったらどんだけすばしっこい人でも脚が重くなっちゃうんだよねぇ」 

「モモコちゃん、オカール君の脚を見てごらん?」 
「えっ?・・・」 
エリチンに言われオカールの脚へと視線を落としたモモコはある事に気づく 
オカールの下半身は全体にまんべんなく無数の傷が出来ているらしく、ダラダラと血が流れている 
一つ一つの傷口からの出血はたいした事ないのだろうがこうも出所が多いと出血多量の恐れも拭えない 
しかしいつの間にこれほどの傷を負わされたのだろうか? 
「さっきサユとレイニャが魅せた"赤い香雪蘭"あるでしょ?その時にサユが仕掛けたんだよ 
 赤い香雪蘭は色んな技を組み合わせる事が出来る特別な技だからね、サユはその時自分の必殺技を入れたんだと思う」 
サユの必殺技である「ヘビーロード」とは相手に気づかれぬうちに脚部に多段の突き攻撃を繰り出すというもの 
注射針のように細いレイピアの先端は上手く扱えば相手に痛みを感じさせぬように突き刺す事も出来る 
大技の最中にこの「ヘビーロード」を織り交ぜる事でオカールに全く悟られず脚部に蓄積したダメージを与える事が出来た 
たとえ痛みがなかろうと無数の穴を開けられれば脚が重く感じるのは当然のこと 
多量の出血によりフットワークのパフォーマンスが低下するのは俊足オカールでも例外ではない 
ひとたびヘビーロードに足を踏み入れてしまった者は一歩も歩けぬままなぶり殺されるほか道は無いのだ 
「もう潮時、レイニャ!トドメいくよ」 
「了解たい」 
気づけばオカールとマイマイはまたもサユとレイニャの射程範囲内に居た 
二人が狙うのは当然「赤い香雪蘭」、本日二度目の大技だ 
先の猛攻で疲弊し尽くしてしまったオカールとマイマイは避けられるはずもなく覚悟を決めるしかなかった 
(ちくしょう・・・こんな所で終わりかよ!) 
(強すぎる・・・私甘かったのかも) 
ツカミはよかったし風も自分達寄りだったのは確かだ 
1ヶ月にも及ぶキューティーサーキットで実力の底上げも出来たはず、欠点も補えた 
しかし目の前の二人は帝国剣士の中堅であるロッキー三銃士・・・格が違いすぎたのだ 
食卓の騎士上位のモモコでさえボロボロになるような相手にここまで善戦する事が出来ただけでも良しとするしかない 
願わくばもう少しだけダメージを与えたかったものだったが・・・ 
「・・・レイニャ!構えるのは辞めて!」 
「なんと!?」 
赤い香雪蘭の準備に入っていたサユが突然大きな声を上げ、モーションを中断する 
そしてその次の瞬間自分目掛けて飛んで来た銃弾をレイピアでシュパッと叩き落したのだった 
「誰!?・・・邪魔をするのは」 


03.
オカールとマイマイはその銃弾を打ち込んだ人物が誰なのかすぐ分かった 
そしてそのすぐ後に別の方向から放たれた銃弾の主も同様に分かる事が出来た 
「なんとや!?」 
レイニャはサユが捌いたのと同じように木刀を振ったのだが銃弾が破裂した事に面食らってしまう 
こちらの銃弾はサユを狙った代物とは違うタイプ・・・そう、散弾銃だったのだ 
レイニャとサユはこの散弾銃の弾丸に見覚えがあった、そしてその心当たりのある人物がこの場に居る事に焦りも感じ始めていた 
「まさか・・・ウメサン!!」 
平らな胸に散弾を受け血を流したレイニャが見上げた先に居たのは案の定ウメサン・アラブ・ソイビーン 
そしてその逆方面にはウメサンと共に遊撃を任されていたカンナ・ディスライクハンドの姿 
たまたま近場で戦っていたウメサンとカンナのもとへ味方兵が状況を伝達したゆえに応援にやってきたのだ 
「「ウメサン!カンナ!」」 
本気で敗戦を覚悟していたオカールとマイマイは胸が踊るような気分になる 
2対2では劣勢だったがこの2人が加わる事で事情は急変する、戦況は一転優勢だ 
「邪魔が入ったか・・・だったら早くトドメをささないとね!」 
危機感を感じたサユはマイマイを仕留めようとレイピアを振り上げた 
レイニャも同様にオカールを仕留めるため構え始める 
しかしそんな二人をウメサンとカンナが黙って見逃すはずもなく銃を連射し阻止を開始する 
ウメサンもカンナも狙撃に関しては十分すぎるほどの腕前を持っているため見事に二人の追撃の手を止める事が出来た 
レイニャとサユも早急にトドメを刺したいとは思っているが銃弾の雨あられのせいでそれも叶わず、 
こうして銃弾の処理にばかり手間取っているのでマイマイに時間の余裕を与える形になってしまったのだ 
これだけの時間があれば体勢を整えるには十分だ、少し足がフラつくが戦う事は出来る、策を練る事も出来る 
そして歌う事も出来る! 
「超可愛いってぇ、今日も言われたい♪」 
「は?・・・」 
突然戦場で歌いだすマイマイにみながポカンとしてしまう(無論手は休めてはいないが) 
可愛らしい歌声で癒されるのは確かだがこの状況で歌うなんて気でも違ったとしか思えない 
その場にいる誰もがマイマイの真意を汲み取る事など出来なかった 
だがマイマイが次の節を歌うとともにそれは明らかになっていく 
「新しい、技を見てほしいなぁ♪」 
歌い終えると同時にマイマイは銃弾処理に手間取っているサユに跳びかかった 
死の刻印をその美しい顔に刻むために 

以前のメロニア遠征にてマイマイは一生消えない傷を負うはめになった 
マサオ・ダチナイによる鎖鎌の乱舞によりその可愛らしい顔を傷つけられてしまったのだ 
マイマイは食卓の騎士とは言ってもまだ幼い少女だ、一生残る傷を顔に負ってショックを受けないはずがない 
そのおかげでメロニアから帰ってきても数日は不安や不快感で胸をえぐられるような感覚が続いたという 
そんな不安定な心境の中マイマイはキューティーサーキットをこなしたり、大戦に向けての作戦を練ったりしなくてはならなかった 
本当ならわんわんと泣きたかったのだろう、どこかへ逃げ出したかったのだろう 
しかし責任ある立場のマイマイがここで挫けたりしたら確実に士気は低下してしまう、泣ける場所は自分の部屋だけだ 
他の食卓の騎士や兵士たちには絶対自分の弱い所を見せてはならない・・・それだけは守ろうと決めていた 
そう決心したマイマイは訓練でも会議でもなんでも他人と顔をあわせる場では全力で勤めるよう心がける事となった 
今置かれている自分の状況を把握し、様々なマイナス要素をどうにかプラスにしようと尽くしたのだ 
そしてそこでマイマイはとある発見をするようになった 
自分は顔を切られる寸前とても恐怖したわけだが、その恐怖を利用して自分の技に組み込めないものかと思ったのだ 
女性が顔を傷つけられる事に関して恐怖し忌み嫌う事は当然のことであり、マイマイも身を持って体験している 
そしてこれは決して女性に限った事ではない、身体の重要な機能が集まる顔へのダメージは人間が最も恐れている事の一つだ 
顔面への攻撃は恐怖を生み、そして冷静な判断をも阻害する 
言わば顔へのダメージは人によっては「死」にも等しいダメージ、顔への傷は「死」の刻印だ 
マイマイの必殺技「DEATH刻印」はその「死」の刻印を相手の顔面へと刻むという最も残酷な技 
相手がサユのようなナルシストならその威力は計り知れないだろう 
「たあああああ!!」 
カンナの狙撃に手間取っているサユの目掛けマイマイは巨大な斧を大きく振りかぶる 
狙いは当然サユの命とも呼べる部位である「顔」だ、いつもは可愛いマイマイもこの時ばかりは非情を貫き通す 
そしてサユもマイマイの狙いに気づいたのか、顔だけは斬撃を喰らいたくないと焦り始めた 
「や、やなの!やなのやなの!顔だけはやなの!!」 
いかつい斧で顔面を狙われようものならサユでなくてもパニックを起こしそうなものだがサユの場合、それが常人以上だ 
今まで自分が狙撃されていたのも忘れて右手のレイピア、左手のマインゴーシュによる全てのガードを顔に集中させる 
(もうなにがどうなってもいいの!顔だけは・・・顔だけは・・・) 
もはやヤケクソなサユを見て勝利を確信したマイマイは顔面目掛けて投げかけた斧をピタリと止める 
顔を傷つけられる恐怖を嫌と言うほど味わってきただけに、はなからサユの顔を傷つける気など毛頭なかったのだ 
しかしその代わり 
ダン!ダンダン!ダンダンダンダンダン!!! 
カンナの放った銃弾は何者にも邪魔される事なくサユの脇腹へと突き刺さっていく・・・どの道サユはここでやられる運命だったのだ 

まさかのサユの脱落にエリチンもレイニャも驚きを隠せなかった 
これからオカール、マイマイ、ウメサン、カンナ全員の照準はレイニャへと向けられて行く 
いくらレイニャが強いとは言っても相手は4人、しかもその中にはモモコと同等の実力を誇るウメサンが居るのだ 
もはや詰みと言っても差し支えない状況だろう 
「くっ・・・これはまずか・・・」 
窮地に焦るレイニャに食卓の騎士4人は容赦なく猛攻を開始する 
ウメサンの散弾、カンナの狙撃、そしてマイマイとオカールの斬撃を同時に避けるのは至難の業だろう 
マイマイとオカールは負傷しているため本調子で向かう事は出来ないがそれでも脅威には変わらない 
この状況ならものの数分で決着がつくだろうと踏んだモモコは安心しながらポツリとつぶやく 
「結構あっけなかったわね・・・ロッキー相手に被害が一人だけなら上出来じゃない」 
「そうでもないかもしれないよ?」 
「えっ?」 
なにやら意味ありげに否定するエリチンを見てモモコは横を振り向く 
モモコの視線を確認したエリチンはそっと手をあげ、ある方向を指差しこう言った 
「サユが倒れたままだったらまずかったけど・・・そうじゃないみたいだからね」 
エリチンが指差した先に居たのはさきほどカンナに撃たれたはずのサユであった 
銃弾の連射を脇腹に受けて気絶したのかと思いきやまだ息があったらしく、みなの居る場所から逃げるように走っている 
しかしその走る様はいつもの美しいサユからは想像も出来ないほどに不恰好 
口からダラダラと血を吐きながら、ズッサズッサと足を引きずりながら、ゼェゼェと息を切らしながら走っていたのだ 
レイニャを狙っていたウメサンもそんなサユにすぐ気づき照準を変え狙撃する 
心身ともにボロボロな状態のサユがウメサンの散弾に耐えられる訳もなくすぐにバタリと倒れてしまう 
倒れ方や表情を見る限り今度こそ本当に気を失った事だろう 
しかしオカールやマイマイに襲い掛かるならまだしも何故わざわざ立ち上がって逃げようとしたのだろうか 
その真の理由は食卓の騎士には誰にも理解できなかった、だがレイニャとエリチンには十分伝わっている 
「サユ、サユのカタキは絶対とるとね!」 
そう言うとレイニャは懐から何かビンのような物を取り出し中身をあたりにバラ撒き始める 
そのバラ撒かれた液体にオカールとマイマイは一瞬ひるんだが特に何が起きるというわけでもなかった 
「あれは・・・まさか!」 
その液体の臭いからモモコは何か勘付き始める、過去に自分もその液体を利用しようと企んだ事があったからだ 
「モモコちゃん気づいた?レイニャの本気はここから始まるよ・・・レイニャは味方が居なくなれば居なくなるほど強くなるんだ」 
レイニャが火炎木刀で地面をバシッと叩いたその瞬間、地獄の業火が辺り一帯の平原を覆いつくす 

レイニャが放った火炎は瞬く間に広がり、ゴウゴウと辺り一帯を燃やしにかかる 
その火は近くにいたオカールとマイマイはもちろん、やや遠方に居るウメサンとカンナにまで及ぶ勢いだ 
この全てを燃やし尽くさんとする火炎こそがレイニャの本気中の本気、名を「ヤキニク」と呼ぶ業火である 
いくら屈強な戦士でも高熱の前にはひれ伏すしかなく、オカールとマイマイもこのままでは焼け死んでしまうだろう 
だからと言って火の外へ逃げようとしても耐火素材を身にまとったレイニャに阻止されてしまいそれも叶わない 
またこの「ヤキニク」はあまりにも巨大すぎる火炎なために陽炎の濃さも半端ではない 
さっきからレイニャを撃とうとしているウメサンとカンナだが強力すぎる陽炎の影響で狙いをうまくつける事が出来ないのだ 
圧倒的な破壊力と回避力を兼ねそろえたこの業火は言わば攻守ともに優れた最強の要塞 
火を撒くだけでレイニャは圧倒的不利な状況を打破してしまった 
だがこれだけ強力ならば何故レイニャは最初から業火を発生させなかったのだろうか? 
その理由はさっきまでサユといっしょに共闘していた点にある 
これほど巨大な炎なのだからひとたび起こしてしまえばサユも多大な被害を負わされてしまう 
なのでサユが最後の力を振り絞って火炎の圏外に辿りついてこそ初めて「ヤキニク」を放つ事が出来たのだ 
レイニャはロッキーで共闘しても強く、「孤炎のレイニャ」として独り戦っても強い、そう言った剣士なのである 
その証拠に今なおオカールとマイマイが焼かれ、もがき苦しんでいる 
(熱い!熱い!し、死ぬマジで・・・) 
(もう駄目・・・意識が・・・) 
人間が焼死するには一分も必要としない、ものの数秒で毒性のある気体が意識を奪い体組織を破壊していく 
生身では無いとは言え耐火性能を持たない鎧をまとっているだけのオカールとマイマイが焼死するのも時間の問題だろう 
生きるために必死で圏外へと脱出しようとしてもレイニャという壁が前に立ちはだかり思うようにいかない 
そもそもオカールはサユの「ヘビーロード」を喰らいまともに歩けない状態なのでなおさらピンチだ 
「どけよてめぇ!!」 
「誰に向かって口聞いとーと?あぁ!?」 
そう叫ぶとレイニャはフラついてるオカールをガシッと蹴飛ばす 
そして再度睨みつけこう言ったのだった 
「エリチンもサユもやられた言うのにカタキも取らんでホイホイ道を通す馬鹿がどこにおる? 
 お前ら4人全員皆殺しったい・・・この炎があればそれが出来ると・・・みんな焼け殺してやるっちゃ!!」 
この時のレイニャの気迫は並大抵のものではなかった、言うならばその表情は鬼神に近い 
ここで食卓の騎士は「ロッキー三銃士最強はレイニャ」だという事実を嫌でも思い知らされる事になる 
オカールとマイマイが焼死するまでもって残り15秒 
鬼神と化したレイニャをたった15秒で倒す事など出来るのだろうか? 

誰もがこの状況でレイニャに勝つのは絶望的だと思っていた 
もうレイニャを倒すのは二の次で、皆の考えはいかにしてオカールとマイマイの命を救うかという点に移っていた 
しかしこの後、事は誰もが予想していなかった方向に進んでいく 
(なんか変っちゃね・・・火がいつもより弱か) 
はじめにその異変に気づいたのはレイニャだった 
いつもなら火柱が天高くほとばしり真っ赤に輝いていたのだが今日は足元でちょろちょろと弱々しく燃えている程度だ 
例えるならば強火で湯を沸かそうと思ったら弱火しか出なかった時のようなガッカリ感 
広範囲に渡って燃えているので十分巨大と言ってもいいほどなのだがどうも気になって仕方が無い 
この程度の火力ではマイマイとオカールに大火傷を負わせる事は出来ても焼死まで至らせるには時間がかかるのではないだろうか 
このままではまずいと思ったレイニャは懐から更に謎の液体の入ったビンを取り出す 
そのビンの中身は実は「石油」、とても貴重なものなので日に1リットルも使えないが確実に敵を倒すなら仕方のない出費だ 
これさえばら撒けば火炎はいつもの輝きを取り戻すはず・・・そう思いレイニャは投球フォームをとり始める 
(これで本当におしまいっちゃ!) 
投げられたビンはくるくると放物線を描きながら飛んでいく、これが地面にぶつかれば一気に引火して爆発的に燃え上がる事だろう 
だがレイニャの本当の不幸はここから始まるのだ 
ザアーーーーーーーーーーーー 
石油入りのビンが地面に叩き付けられるとほぼ同時にドシャブリの雨が激しく降り注ぐ 
あまりにも突然すぎる豪雨にレイニャは一瞬何がなんだか分からなくなってしまった 
しかし実は雨はさっきから降り続けていたのだ、火力が弱まったのはその影響があったのだろう 
火の灯りばかりが目立って小雨が目に入らなかったゆえに今回の豪雨を前に戸惑うという形になってしまったのだ 
「な、なんでっちゃ・・・なんでこんな時に限って大雨が降ると・・・」 
業火はレイニャの意気が消沈するのと同じくらいの速度でどんどん消化されていく 
オカールとマイマイもようやく自分達を焼き殺そうとする炎から開放される事となった(大火傷は負ってしまったが) 
「助かったぁ!!」「良かった・・・本当に良かった・・・」 
レイニャには何故自分がこんな目にあっているのか理解が出来なかった 
大雨さえ降らなければ勝てたはずなのだ、まさに最悪のタイミングでの消火作業・・・ 
あまりにも相手にとって都合の良すぎる豪雨に納得など出来るわけがない 
まるでどこかの幸運者が自分の身を守るために起こしたような理不尽極まりない豪雨なのだから 
「今だ、これでも喰らいなさい!!」 
炎が消化される事で陽炎も当然消える、このチャンスを見出したウメサンはすかさずレイニャに向けて狙撃を開始する 
咄嗟に銃弾を防ごうとしたレイニャだったがそれは叶わなかった、何故なら木刀「カツオブシ」は既に燃え尽きてしまっていたのだから 

「くっ・・・はっ・・・」 
ウメサンの放った散弾銃はレイニャの平らな胸にぶつかるなり弾けて飛び散る 
その飛び散った破片は肩や腰、足の甲らにまで及びグググッと押し込まれた 
気が遠くなるほどの激痛に目の前が霞んでいくのを感じ、ここでやられてしまうのかという意識がよぎる 
しかしこのままタダで負ける訳には行かなかった 
こちらは帝国剣士の要であるロッキー三銃士が3人もやられているというのにあちらの戦闘不能はモモコのみ 
せめて火傷で苦しんでいるオカールとマイマイさえここで仕留める事が出来れば戦況は少しでも有利に働くはず 
スペアの木刀を取りに行く暇は無いがあれほどの怪我人、素手でもいける! 
「う・・・う・・・うあああああああああああ!!」 
声にならないような声を発しながら瀕死のレイニャはオカールへと立ち向かっていく 
ウメサンとカンナの追撃が来る前に自慢の鋭い爪(最近爪切ってないだけ)で引っ掻けばなんとかなるはずだ 
ガキさんに、コハルとアイカに、ジュンジュンとリンリンに全てを託すためにここで持てる力全てを発揮するんだ 
ロッキー三銃士がこの程度で敗北してしまうなんてあってはならない・・・!! 
「あぁ?まだ生きてたのかよ」 
ゆらりゆらりとフラつきながら向かってくるレイニャの首をガシッと掴んだオカールはギラリと睨みを利かせる 
レイニャは悲しい事に被弾によって想像以上に運動能力を奪われてしまってたのだ 
そのまま何も出来ずオカールに組み技をかけられ身動きを取れなくなってしまう 
「は・・・離せ・・・」 
「離さねぇよ・・・こっちは散々熱い思いをしたんだからさ・・・」 
そう言うとオカールはジャマダハルを装着した右腕をぐいっと後方に持っていく 
そしてそのまま勢いをつけてレイニャの額にガッ!と突き刺した 
「にゃ・・・にゃあああああああああああああああああああ」 
叫び声と大量の血液を吹き出しながらレイニャは今度こそ完全に意識を失ってしまった 
レイニャは他の剣士と比べて体力や防御力の低い方なので当分は立ち上がる事も無いだろう 
だが最後のトドメのために全力を尽くしたオカールも予想以上に体力を消耗してしまっている 
レイニャの戦闘不能を確認すると一仕事終えた風にバタリと寝っ転がってしまう 
「やべぇだりぃ・・・あちこち痛いし・・・ちょっと休むわ・・・」 
そんなオカールと同様にマイマイもペタリと座りこんでしまう、二人とも格上相手にかなりの神経を消耗していたのだろうか 
そんな二人をしっかりとした場所で休ませようと気を回したウメサンは周囲にいる兵士達にこう叫んだ 
「みんな早くテントを貼って!それとオカールとマイマイとモモコが結構やばいから救護班も急いで! 
 それとエリチン、レイニャ、サユを縛るからとってもきっつ〜い縄も持ってきて!とびっきりキツいやつね!」 


04.
戦争も中盤に差し掛かる頃、一人の戦士がフラつきながら戦場の中を歩いていく 
その戦士はこの戦場にいる者のうちではかなりの実力者だったので行く手を阻止する敵は容易く撃破する事が出来た 
しかし初めから負っていた大怪我に思いのほか苦しまされてしまい足元が覚束なくなってしまったのだ 
(痛い・・・やっぱり素直に休むべきだったか・・・いや!ここで戦わなければ皆と肩を並べる事なんて出来ない!) 
実はその戦士こそベリーズ戦士団最強の名高いミヤビ・アゴロングであった 
チナミに新調してもらった顎の仕込み刀と胸の金属プレートで敵を倒すために病室を抜け出しここまでやって来たのだ 
狙いは「帝国剣士を一人でも撃破する事」・・・普段のミヤビなら問題なく遂行できるであろう目標だ 
だがかつてリカチャンにやられた傷は収まるどころかさらに広がってしまっている 
絶対安静が必要だと言うのに無理をしてきた罰だろうか・・・今のミヤビの戦力は食卓の騎士に遠く及ばないものかもしれない 
果たしてこの状態で王国軍に貢献する事が出来るのだろうか 
だが幸いな事にミヤビはここで今のミヤビにも倒せる可能性のある帝国剣士に出会う事となる 
その相手を目で捉えた時は緊張感が走ったがやがてその感情は高潮感へと変化する 
今出会ったこの相手を倒す事が出来ればなかなかの手柄になるだろう、そう思うとモチベーションも上がるものだ 
そう、目の前にいるガキ・コラショワを倒せば自軍の士気が上がりに上がるのだ 
「ミヤビ・アゴロング・・・どうした?かなりの大怪我じゃないか」 
「そちらこそ、その分だとシミハム団長やマイミとでもやりあったのかな?」 
「両方倒させてもらったよ、この怪我はその勲章なのだ」 
「!!」 
シミハムとマイミが倒されたと聞いてミヤビに若干の不安が襲い掛かる 
はじめはデタラメかとも思ったがガキのボロボロっぷりを見るとなかなかに信憑性が感じられる 
「本当に・・・二人を?」 
「こんな事で嘘をついても仕方が無い」 
ミヤビにはどういう戦いだったのか想像も付かないがガキが以前より強くなっている事だけは肌で感じられる 
しかし今ここで逃げる訳にはいかない、こちらも怪我を負っているがガキもどう見ても重傷だ 
ミヤビもガキも立っているのがやっとなほどの状態・・・決着は一撃で付くだろうと互いに感じていた 
ならば遠慮は要らない、初っ端から全力の大技でやられる前にやるべきだ 
「必殺!猟奇殺人鋸!!」 
「必殺!摩湯気光閃!!」 
ミヤビとガキ、二人の全力と全力がここでぶつかり合う 

ミヤビとガキが出会った場所から200メートルほど離れた場所では王国軍と帝国軍の兵士達が数百単位でぶつかり合っていた 
ちょうどミヤビとガキだけがそう言った白兵戦から逃れたて決着をつけている、という形になっている 
この場で争い合っている者たちは全てが近くでミヤビとガキが居る事に気づかずに目の前の敵兵を相手するのに躍起だ 
それは至極当然の事だし、戦場に立つ兵士として目の前の敵に集中するのは何より大事な事だろう 
だがそんな兵士達が大多数の中、ただ一人だけが目の前の敵ではなく検討違いの方向を向いていた 
「バランスが悪いんだよなぁ・・・ここで共倒れになっちゃったら」 
弦をギリリと引いたその弓兵が向いている先はミヤビとガキの居る方向、正確に言うと矢面はミヤビを向いている 
実を言うとこの弓兵、ミキティが送り込んだ刺客の一人ロビン・キュジー・ストューカスなのだ 
帝国剣士側にひっそりと紛れ込み最新の情報を得て、王国と帝国の勢力を均一にするため臨機応変に敵を射る・・・それが役目 
はじめにガキがやられそうになり帝国の士気が低下すると判断した時はシミハムとマイミを射抜いた 
そして「帝国剣士が何人も撃破されている」という情報えを得たロビンは今回もまた同様にミヤビを射抜くつもりなのだ 
絶対的な将が倒されてしまうという事は思っている以上に兵士達を不安に駆らせ、戦力を著しく低下させる 
帝国剣士が何人も倒され、そのうえガキ団長までやられてしまえば帝国軍にこの先勝機は訪れないのだろう 
ならばここで倒させる訳にはいかない、ボロボロでも戦力にならなくても、ただのお飾りでいいからガキには居てもらわないと困るのだ 
つまりロビンにとってはガキなんてただの置物、ちょっと王国が不利になればその瞬間容易く射抜く事が出来る・・・そんな存在だ 
(でもまぁ、当分は生かせてあげるから安心してね団長さん) 
そう思うなりロビンはスッと目を閉じて集中を始める 
この集中こそがロビンの特殊技能の始まり・・・強いてはミキティがロビンを認めた理由でもあるのだ 
ここからミヤビとガキの居る場所は先にも述べた通り200メートル弱、射抜くにはあまり十分とは言えない距離である 
しかもロビンの周りには味方(という事にしてある)の兵士がうごめいているために簡単に矢を放つわけにはいかない 
しかしロビンは集中力を極限にまで高める事で風の情報を肌で感じる事が出来るのだ 
どちらが風上かという情報に始まり、味方の動きからミヤビの現在位置まで風は教えてくれる 
この風を知る能力は弓兵にとって何よりも有難い能力・・・これをロビンは「風のうわさ」と昔から呼んでいた 
「風のうわさ」さえあればどんな状況でもどんな敵でも射抜く事が出来る・・・そんな確固たる自信をロビンは持っていた 
(じゃあミヤビさんはここで試合終了って事で勘弁してねぇ〜・・・まぁそんな大怪我ならどの道すぐ倒れちゃってんだろうけど) 
ちょうどこの時ミヤビとガキが各々の必殺技を繰り出そうとしていた時だった 
ミヤビの攻撃が当たる前に射抜けばそれで任務は完了、またひとつミキティに褒められる事だろう 
他のエッグ達の前で自分だけが褒められるという優越感・・・想像しただけでもブルブルと震えてくる 
たった1回弓を引くだけで一つ褒められる・・・これほど割の良い仕事はそうそう無いだろう 
だがそんな風にロビンが悦に浸っているちょうどその時、背後から予期せぬ掛け声が聞こえてきたのだった 
「水なんか差してんじゃねぇよ、本気の勝負によ」 


05.
ロビンはその人物の存在を「風のうわさ」により気づいていたのだが、ただの一般兵だろうと思って特に気にとめていなかった 
だが掛け声の主は言い終えるなりロビンの元へ駆け寄り、手に持った鉈で射撃の阻止にかかったのだった 
「な、なんなの!?」 
突然邪魔に入ってきた戦士にロビンは戸惑ってしまいミヤビを射抜くチャンスを逃してしまう 
なんとか鉈による斬撃をすんでのところで避け、大事な弓と体への被害は防いだが絶好の機会を失ったのはとても痛い 
おかげでミヤビとガキをすんなりと衝突させてしまう事になってしまった・・・作戦失敗も良いとこだ 
何もかもこの乱入者のせいだろう 
「あなたいったい誰なの!!なんで邪魔するのよっ!」 
乱入者をビシッと指差して激怒するロビンに周りの兵士達も異変に思いチラホラと目をやり始める 
そして兵士達はだんだんとその乱入者の正体に気付き、信じられないと言った風に驚愕してしまう 
「え?なに?なんでみんな驚いているの?」 
乱入者の正体を知らぬのは帝国軍では無いロビンのみ、帝国軍なら誰もがその顔を知っているのだ 
たとえ数年前に突然失踪したとしても決して忘れられるはずがない 
「俺の顔を知らねぇって事は・・・てめぇがミキティが送り込んだ刺客だな?」 
「!!?」 
ロビンはミキティという名が出た事に声にならないような声で驚いてしまう 
自分がこの場を乱すよう命令されたのはまったくの秘密裏だったはず・・・何故目の前の乱入者はその事を知っているのだろうか 
「な、なんでその事を!」 
「教える必要はあんのか?」 
「・・・!」 
乱入者の言う通りだ、理由は分からないが乱入者がロビンを敵視している以上安々と教えるなんて事はしないだろう 
ロビンはさっきとは別の意味でガクガクと震え、背筋が凍り、全身汗ダクになってしまう 
乱入者がそこまで事情を知っているのならミキティの真の目的も・・・そして今後何をしようとするのかも知っている恐れがある 
それが王国や帝国に知られてしまったら全てがパーだ 
「殺すしかない・・・」 
「は?」 
「お前を殺すしか無いって言ってるんだよ!!ていうかお前誰なんだよチキショー!!」 
ロビンは顔を真っ赤にし、涙をボロボロと流しながら目の前の乱入者に怒鳴りつけた 
もしこの場で乱入者を仕留められなかったらミキティにどんな残酷な罰を受けるか知ったものではない、それ故かなり必死だ 
乱入者もロビンに戦闘の意思があると判断し、指をパキパキと鳴らしながら質問に答える 
「俺はオーガ・フロントステーションだよ、名も無い盗賊さ・・・だが真剣勝負に水を差すような馬鹿は成敗しないといかんよなぁ」 

「マコ様、加勢します!」 
オーガの周囲に居る兵士達はみな武器を構え真の乱入者であるロビンに立ち向かおうとする 
しかしオーガはすっと手を上げ、興奮しきっている兵士達を制した 
「お前ら戦争の真っ最中だろ?サボってないで王国兵でもブッ飛ばしてろよ 
 それに俺様は今はもう帝国剣士なんかじゃないんだ・・・部外者は部外者同士やらせてもらうぜ」 
"お前ら邪魔すんなよオーラ"を撒き散らしているオーガに対し兵士達は何も言えなくなってしまう 
だが今は王国との決着をつけねばならないのも事実 
オーガの事は気になるがここはやはり言う通りにしておくべきだろう 
「マコ様・・・大丈夫だとは思いますが本当にお気をつけてくださいね・・・」 
「俺様を誰だと思ってるんだよ・・・それにもうその名前で呼ぶなよな、オーガに生まれ変わったんだ」 
そう言うとオーガは再度大鉈「イタマエガモッテルヤツ」を構えロビンに突きつける 
帝国剣士団を抜けて長い事経ったとは言え実力は昔と大差無い・・・オーガは完全にやる気だ 
「お前一人だろうがっ!何人でこようが関係ないんだよおっ!!」 
袖で涙をグイッと拭いたロビンは長弓「デケーカキノタネ」でオーガを狙おうとする 
本来遠距離にいる敵を狙撃するのを得意とするロビンのため接近戦は不慣れだ 
ボウガンでは無いために連射も不可能なので一発一発を正確に狙わないとあっという間にオーガに負けてしまう 
だがロビンには「風のうわさ」があるためにオーガの動きを少しは予測する事が出来る 
右に左に、どちらに動こうとしようと微妙な空気の動きは全ての情報をロビンに与えるのだ 
激昂しているロビンだがそこは確かに気を持ち冷静に判断するだろう 
ギリギリと矢を引きながら一射入魂の思いで腕を緊張させる 
だがオーガはロビンの予想とは反し勢いよく真正面へと駆け出したのだった 
右にも左にもまったくブレる事なくただロビンに向かって猛ダッシュ 
まどろっこしい事が大嫌いなオーガはただロビンをぶった斬る事だけを考えている 
(おかしなやつだ・・・このまま射抜かれればいいんだ!そして死ね!) 
ロビンはオーガの心臓目掛けて光速の矢を放つ 

放たれた矢は光のような速さでぐんぐんとオーガの心臓を狙い飛んでいく 
もともと距離はそんなに開いてないのであっとういう間にオーガの元へ達してしまった 
ロビンはこれで勝利かと思いきや・・・ 
バシッ!! 
なんとオーガは自分目掛けて飛んでくる矢をいとも簡単に弾き飛ばしてしまったのだ 
オーガとロビンの距離はほんの少ししか開いておらず、かつ矢の動きは目で捕らえるのが不可能なほどに速い 
だと言うのにオーガがいとも容易く矢を鉈ではじいてしまった事がロビンには信じられなかった 
まるで予め矢の軌道を知っていたかのようなオーガを前にロビンは動揺してしまい、第ニ撃への移行が遅れてしまう 
そしてその遅れが命取りとなり、最短距離を突っ走ってきたオーガに早々に胸倉を掴まれてしまったのだ 
「ジ・エンドだな・・・覚悟しとけよ」 
「う、うわぁぁ・・・」 
こうなるともはやオーガの独壇場だ 
無抵抗のロビンに対し斬る、殴る、蹴るの暴行を容赦なくくわえてかつての帝国剣士としての強さを見せ付ける 
ロビンは反撃したくても体術に関しては自信が無いためにただ殴られ続ける事しか出来なかった 
予備動作なしでもかなりのパワーを誇るパンチに顔を腫らされ、並の倍近くの大きさな鉈で横腹をざっくりと斬られてしまう 
もはやボロ雑巾のようになってしまったロビンは戦いが始まる前までの美貌はもう見つからない 
トドメのストレートパンチを頬に受け吹き飛ばされてしまった頃には立ち上がれぬほどにボロボロになってしまった 
「なんで・・・なんで矢をはじけたの・・・」 
激痛と悔しさで顔がグシャグシャになっているロビンは虫の息でオーガに尋ねる 
もうロビンが立ち向かう事は無いだろうと判断したオーガは冥土の土産にと言った感じでその理由を伝える事にした 
「お前向こうに居るミヤビやガキさんを狙うつもりだったんだろ?」 
「・・・うん」 
「あんなに遠くに居るヤツを正確に狙えるんだったら近くの俺様の急所を狙うなんて朝飯前じゃないか 
 だとしたら顔か心臓か・・・弓は高く向いてなかったから心臓だと思ったんだよ 
 来る場所さえわかりゃ撃ち落すのは楽なんでね」 
ロビンは愕然としてしまった 
自分のスキルが高すぎた事が逆に落ち度を作ってしまったなんて・・・ 

「きつく縛っとけよ、まぁ立ち上がる事は無いだろうが一応な」 
敗北を認め黙りこくってしまったロビンを見ながらオーガが言う 
周りの兵士達もオーガに言われるまでもなくもとより「場を乱すような邪魔者」は取り押さえるつもりだ 
捕虜をとるための縄でロビンをギュッと縛り上げた後にある兵士がオーガに切実と言った感じで懇願し始める 
「マコさ・・・いやオーガ様、どうにかオーガ様の力を貸してもらえませんでしょうか? 
 今現在我が軍は劣勢です・・・あのロッキー三銃士さえ敗北したという情報まで入ってきました 
 オーガ様が必要なんです!さっきの戦闘を見て確信しました、どうか力を・・・」 
その言葉は一人の兵士からのものだったが周りの誰もが同じ思いだった 
全員分の期待、そして羨望の眼差しがオーがへと突き刺さる 
だがオーガの返事はみなが期待しているようなものでは無かった 
「俺様は部外者だからな、今更協力なんて出来ねぇしそれはルール違反ってもんだ」 
「で、でもこのままでは・・・」 
「それに他に仕事があるんだよなぁ・・・こいつにはまだ仲間が居るんだよ」 
そう言うとオーガは倒れているロビンにちょこんと蹴りを入れる 
そこまで知っていたか、と言った感じでロビンはピクリと反応してしまう 
「情報ではこいつの他にあと一人が本拠地から姿を消してるらしいんだよ 
 部外者は同じく部外者の俺様が探し出してぶっ飛ばさなきゃな・・・」 
まだロビンのような存在が居ると知り周囲の兵士達は騒然となるがやがて静かになる 
圧倒的な力の差を見せつけロビンを倒したオーガなのだ、もう一人の邪魔者も軽くひねってくれる事だろう 
そういった理由なら仕方が無いと兵士達が納得しかけたその時だった 
「アスナなら・・・城だよ」 
「あ?」 
ずっと黙っていたロビンがようやくボソリと言葉を発する 
初めは意味が分からなかったオーガだったがだんだんと理解し始めるとともに嫌な予感がよぎる 
「おい、ま・・まさか・・・」 
「なんで城に行ったかくらい気づいてるんでしょ?あなたなんでも知ってるんだもん」 
ロビンが喋り終えるよりも早くオーガは近くに放してあった馬に跨り、ムチを振らんとする 
オーガのその表情はさっきまでとは違い余裕が感じられなかった 
「馬を借りるぞ!!」 
「オ、オーガ様?・・・いったい何を」 
「タカーシャイが危ないんだよ!!このままじゃ・・・このままじゃさらわれちまう!」 


06.
オーガがロビンを倒したほんの数秒前 
決戦を阻止される事なかったミヤビとガキは互いに本気と本気をぶつけ合っていた 
「必殺!猟奇殺人鋸!!」 
「必殺!摩湯気光閃!!」 
ミヤビの猟奇殺人鋸はアゴに仕込んだ刃による強烈な初撃を皮切りに、相手を何度も何度も切り裂くという連撃技だ 
相手の武器を初撃で弾くか破壊するかして完全に無抵抗になった相手に容赦なしに斬りかかる、その様はまさに猟奇的 
だがこの技を発するには条件がかなり限定されてしまう 
その一つとして「相手に必ず避けられない事」というのがある 
相手の武器を使用不可にするほどの一撃なためどうしても大振りになってしまう、避けられやすいという訳だ 
スキも大きいためにひとたび避けられてしまえば格好の餌食となってしまうので注意が必要だろう 
そのためこの技は相手の動きを止めている時、もしくは互いに全力をぶつけ合う勝負をし合っている時のみ使えるという事となる 
この場合は後者なためミヤビは思う存分「猟奇的殺人鋸」を放つ事が出来たのだ 
(この一撃・・・決まれ!!) 
しかし不幸にもミヤビにはあと一つ、何かが足りなかった 
それはアゴで相手を斬るという不自然なフォームにより大幅に減らされてしまった"剣威" 
仕込み刀が通常の剣より優れている点はせいぜい不意打ち程度なので威力は落ちて当然なのである 
ミヤビは元々剣を扱っていたのだが、その時ほどの「猟奇的殺人鋸」の威力を再現する事は出来なかったのだ 
しかもガキの摩湯気光閃は一閃に持てる力の全てを凝縮させた一太刀・・・不完全なミヤビの斬撃など敵では無い 
この直接対決はガキに軍配が上がったというところだ 
「うぁああああああああああああ!!」 
ガキの一太刀をアゴに受けたミヤビは吹き飛ばされ、その先でもがき悶えてしまう 
いくらミヤビのアゴが鋼鉄製とは言っても達人級の腕前を持つガキに砕けぬ硬さでは無い 
せっかくチナミに新調してもらったのにミヤビは仕込み刀をボロボロに破壊されてしまったのだ 
ただ、ガキが本調子では無かったため仕込み刀を破壊される程度に留まったのは不幸中の幸いだったが 
「仕留められなかったか・・・だが次で決めさせてもらうのだ 
 そっちにはもう武器は無いのだからな」 
その指摘はミヤビにとってはとても痛いポイントだった 
ミヤビの武器は確かにアゴの仕込み刀のみ、それを破壊された今素手でガキに立ち向かわねばならない事となる 
素手で「摩湯気光閃」を受け流す自信は無いので実質的にミヤビは敗北している 
だがミヤビにはたった一つだけ隠し玉がある事をガキは知らない、ガキどころか他の食卓の騎士達も知らないだろう 
ミヤビの体のどこかに隠された最後の仕込み刀・・・命を犠牲にしてはじめて扱う事の出来る仕込み刀があるのだ 

武器など無いのに立ち上がり、なお挑まんとするミヤビを見てガキはおかしく思う 
「素手で立ち向かうつもりか?・・・甘く見られたものだな」 
打刀「一瞬」を力を篭め握りながらミヤビを睨みつけるガキ・・・しかしミヤビは臆せずと言った感じでさらに一歩前へと出た 
さっきガキに砕かれたアゴがまだ痛むがこれから始まる痛みに比べたら可愛いものだ 
ここは覚悟を決めなければならない、激痛で意識を失いそうになろうとしても踏ん張りきる覚悟を 
「武器ならあるさ・・・何年も前から肌身離さず身につけていたからね・・・」 
肉体的にも精神的にもギリギリの所で出たミヤビの言葉だったが、ガキにはそれが虚勢にしか見えなかった 
それもそのはず、どこをどう見てもミヤビが武器を隠し持っているように見えないからだ 
マキビシや小型のナイフくらいなら服の中に仕込んでるかもしれないがそんな程度で打刀「一瞬」に対抗できるとは思えない 
どっちにしろミヤビに手立ては無いはず・・・ハッタリで圧倒しようとしたのだとガキは判断したのだった 
「虚勢を張るほど切羽詰まってるのか?悪いがこちらも時間が無限に有る訳ではない・・・そろそろ死んでもらうぞ」 
「虚勢なんかじゃない!!・・・今見せてみせるよ」 
そう言うとミヤビはおもむろに鎧と上着を脱ぎ始める 
普段ミヤビは仲間内にも肌を見せる事はほとんど無かったのだがそれには理由があった 
胸がまっ平らだから恥ずかしいという以外にもう一つ・・・それは肩に突き刺さったままの小刀を見せたく無いという理由だ 
痛々しくも肩から突き刺さり腹から抜けている小刀、それはもはやミヤビの体の一部と言っていいほど同化してしまっている 
人間の身体に刀が貫通しているという異様な光景を目の当たりにしてガキは少しばかり動揺してしまった 
「だ・・大丈夫なのかそれは?・・・」 
見ているだけでも激痛が走りそうなほどのミヤビの体を見てガキは敵ながらも心配の言葉をかけてしまう 
「もう何年もこのままだから痛みなんて感じないよ、今この瞬間まではね」 
実はこのミヤビの肩に刺さったままの小刀、かの大戦の時にミキティに突き刺された小刀なのだ 
ミキティに残虐にもアゴを切られ、胸をえぐられ、そして小刀を肩にドスッと突き刺された・・・その時のものが今も残っていたのだ 
そんな物騒な物早く取っ払えば良いと思うかもしれないが小刀は体内の重要な器官の間をギリギリの所で貫通している 
つまりヘタに取り出そうとしてしまえば臓器への損傷、そして大量な出血により生死を維持するのが難しくなるという事 
少しでもズレれば死を招いてしまう小刀を体内に抱えたままミヤビは大戦から今の日まで生きてきたのだ 
「体の中に隠す・・・これこそ至高の仕込み刀だと思わないか?・・・」 
そう言うとミヤビは自分の肩から突き出た柄の部分に手をかける 
「ま、待て!!それを抜いたら・・・本当の本当に死ぬんだぞ!?」 
ガキの言う事ももっともだった、手術で取り出すのも難しいと言うのに無理矢理引っこ抜いたら死亡は確実だろう 
しかしミヤビの瞳には迷いは無かった、一度覚悟したものがここで臆するはずもない 
「ここで抜かなきゃ殺されてしまうんだ、殺されるくらいなら死しても敵を倒す方を選ぶ!」 

左肩から突き出ている柄に手をかけたミヤビはぐぐぐいっと力を込めて引き始める 
もう長い間ミヤビの体内に留まっていただけに無理に引っ張ろうとするだけで全身に耐え難い痛みが走る 
しかしガキを相手にするのに要する武器はこの小刀しか無い・・・身が裂かれるほどの激痛だろうと耐えねばならないのだ 
「はぁああああ・・・・ああああああああああ!!!」 
気合を入れると同時に小刀もだんだんと抜け始めていく 
切っ先が出ていた腹からはドバドバと血が流れ、さらに小刀の刃がミヤビの体組織を破壊していっているため痛みは計り知れない 
このまま刀を抜き続けるとなるとあまりの激痛で気を失ってしまう可能性もあった 
しかし刀の切っ先が丁度胸の位置あたりまで来た時にミヤビの体に異変が起こる 
突然、さっきまで己を苦しめていた激痛がぱたりと、嘘のように消えてしまったのだ 
(痛く・・・ない?) 
いくら刀を強く抜こうとしてもまったく痛みを感じない体になった事にミヤビは心から喜ぶ 
これは痛覚が馬鹿になったのではなく、脳が自発的に痛みをシャットダウンした事によるものなのである 
脳が痛みを遮断する条件は主に二つある 
一つはエリチンがモモコと戦った時のようなアドレナリンの異常分泌による痛みの遮断 
そしてもう一つは今ミヤビが置かれている状況のような「痛みのショックで発狂する事を防ぐため」の痛みの遮断 
痛みとは人間が生きていく中で最も重要な感覚と言っても過言ではないが度が過ぎると人格や精神を崩壊させてしまう恐れがある 
それを防ぐために脳が一時的に全ての苦痛から精神を開放させるのだ 
もちろんこの状態は好ましい状態とは言い難い・・・しかし今のミヤビにとってこれ以上の好待遇は無いだろう 
一気に小刀を抜ききり、ビュンと一振りしガキへと突きつける 
「これが私の小刀だ!これでお前を倒す!」 
その小刀はミヤビの血で真っ赤に染まっていた・・・しかしそのおかげで妖しく、それでいて美しい色合いに仕上がっている 
元来この小刀は敵の血を吸う事で、見る者を魅了するほどの紅い輝きを放つように造られているのだ 
ミヤビの血を得て初めて完成品となった小刀「雅」、既に目の前のガキを斬る準備は出来ている 
ミヤビも命と引き換えに全力を尽くさんと覚悟している 
準備が出来ていないのはガキ一人だけ 
(嘘だ・・・死ぬかもしれないんだぞ?・・・何故そこまで出来る・・・) 
自殺行為とも取れる行動をいとも容易く行ってしまったミヤビを前にガキは完全に飲み込まれていた 
客観的に見れば半死人のミヤビがガキと対等に戦えるはずがないのだが・・・ガキはただ恐怖する事しか出来なかった 
極限状態に追いやられた人間は次にどんな行動を起こすのか予想もつかない 
窮鼠猫を噛む・・・さしずめミヤビが鼠でガキが猫と言った所だろうか 
(そうだ逃げよう!・・・逃げればミヤビは出血多量で死ぬ・・・・) 

ミヤビから逃げようとガキが後ろを振り向いた時だった 
「うぇえ!?」 
帝国軍の群れがガキを支援しようとこちらに向かってきていたのだ 
その場にいる帝国軍のみながボロボロになっているガキを助けようと心から思っていたのだがこれが逆効果 
ガキは部下の目の前に晒される事により「逃げ」というカードを切る事が出来なくなってしまったのだ 
(まずい、ここで私が逃げると・・・確実に士気が下がってしまう) 
自軍の将が半死人相手に尻尾を巻いて逃げ出すような事があれば士気の低下は当然のこと 
むしろ逃亡によるマイナスイメージは敗北した時より上回るのかもしれない 
状況がどうあれそんな事はあってはならないのだ 
つまりガキはミヤビが何をするか分からなくても立ち向かわなくてはならない 
(くっ・・・覚悟を決めねば!) 
このままではまずいと体を返し再びミヤビの方を見る 
だがミヤビの様を見てガキは今まで自分が悩んでいた事が馬鹿らしくなってくる 
何故なら目の前のミヤビはフラついており立っているのがやっとと言った状態だったからだ 
腹からも肩からも大量に出血しておりまともに小刀を握れる状況には見えない 
何も恐れる事はなかった、ちょこっとポンと押せばそれで勝てるほどだ 
「うああああああああ!!!!」 
息も絶え絶えで半分死にかけながら向かってくるミヤビを迎撃しようとガキは構えを取る 
(一閃だ、一閃だけでいい) 
本調子のような一振りは今のガキには到底出来ないだろう、しかし今はミヤビを倒す事だけに集中すればいいのだ 
ここでミヤビを倒し、消沈しかけている士気に再び火を灯せばいい 

刀を構えミヤビを迎撃しようとした丁度その時だった 
突然ガキはガクッと崩れ落ちてしまう 
(・・・なんだっ!?) 
それもそのはず、ただでさえ重症だったと言うのにそこにミヤビの本気の一撃まで受け止めたのだ、体に響かない訳が無い 
先ほどのミヤビの「猟奇的殺人鋸」は確かに不完全な物であった・・・しかし重症人のガキに膝を着かせるには十分であったのだ 
その損傷がミヤビを迎撃しようと全身を強張らせた時にドッとガキを襲ったという事だ 
体勢を崩した状態では当然ミヤビの斬撃を防ぎきれるはずもない・・・もはや腕も上がらないのだ 
(あがれ!・・・腕よあがってくれ!) 
「うあああああああ"猟奇的殺人鋸"!!!!」 
(あがってくれ・・・あがりさえすればこの程度・・・!) 
ガキの切実な思い虚しくミヤビの小刀「雅」はズブリと腹に突き刺さる 
そして「猟奇的殺人鋸」の真骨頂はここから始まる・・・相手の息の根を止めるまで斬りに斬り続けるのがこの技の特質 
すぐに小刀を持ち上げたミヤビは再度ガキの肩を斬り、右腕を斬り、右足を斬る 
小刀はガキのような打刀と比べて軽いため連続で斬るのに優れている・・・こんな状態のミヤビでも軽々と扱う事が出来るのだ 
「そりゃあ!だりゃあ!しゃあ!」 
しかしガキを傷付けると同時にミヤビの肩や腹からも酷く血が吹き出ていく 
絶対安静でも生死を彷徨うほどの重症なのだ、力を込めて敵を斬るなんて無茶も甚だしい 
「猟奇的殺人鋸」は相手の息の根を止めるまで斬り続ける残虐な技 
しかしミヤビの体はミヤビをそのような残虐な人間にはしなかったのだった 
何度かガキを斬った後にミヤビはバタリとその場に倒れてしまう 
出血多量、酸素不足、古傷の響き・・・これほど要素がそろえば倒れてしまっても不思議ではない 
(ここ・・・まで・・・か) 
ボロボロながらもガキを戦闘不能にまで追いやったのはミヤビ自身満足の出来る結果であった 
しかし向こうから大群の帝国兵が走ってきている 
半死のミヤビが大群に勝利できる可能性はゼロに等しい 
(どうし・・・よう・・・死んじゃうかも・・・ 
 せっかく戦場に来たのに・・・ガキ一人しか・・・倒せないなんて・・・) 
無念にもミヤビは志半ばで目を閉じてしまう 
このまま早急な治療が無ければ死は確実だろう 
治療を受けても生き残るのは難しいというのに 


07.
ミヤビが目覚めたのはそれから半日近く経った時の事だった 
意識を取り戻したミヤビは事態も把握できぬまま立ち上がろうとするが体が動かない事にすぐに気づく 
あぁ自分は生きていたのかと安堵に浸るがすぐにここはどこなのか、そして戦争はどうなっているのかが気になり始める 
(ここは・・・ベースキャンプか?・・・) 
かろうじて動く首をまわし辺りを見回すとここがテントであり、ミヤビは即席のベッドで寝ていたのだと知れた 
覚えてる限りでは大量の帝国軍に襲われそうになったはずだがミヤビは捕虜になっている訳では無いみたいだ 
動けないとは言っても拘束されている感じはしないし、何よりここは王国軍側のベースキャンプなのだから 
ならば誰がミヤビを助けたのだろうか?そのような疑問がミヤビの心に残る 
だがその答えはすぐに分かる事となり、そしてその答えはミヤビをとても驚かせた 
「あ、ミヤビ起きたの?絶対安静だから無理しちゃ駄目だよ」 
「お・・お前は・・・!」 
その人物はとても懐かしく、あの日と少しも変わらない表情をしていた 
彼女なら確かに大群の兵から半死のミヤビを救う事も出来ただろう、とミヤビも納得する事が出来た 
いやミヤビにとっては今はそんな事はどうでもいい 
ただ、ただ懐かしき戦友と出会えた事に喜びを感じていたかったのだから 
「マイハ・・・マイハ!!マイハじゃないか!」 
「大きな声出しちゃ駄目だってば〜本当に死んじゃうよ〜」 
マイハ・リズゥ、元ベリーズ戦士団の一人でありその中でも最も重要な役割を担うと言われていた戦士である 
話は変わるが正統派戦闘集団のキュートとは違いベリーズはよく曲者集団と呼ばれる事が多かった 
多数の敵を一掃するのに特化したシミハムを筆頭に奇術のような技を多く持つモモコ、 
残虐なまでに敵を圧倒するミヤビ、陸地にいながら敵を溺れさせるリシャコ、でっかいクマイチャン 
そしてそんな曲者集団の中でも特に特殊な技能を持ち合わせたのがチナミとマイハだ 
チナミとマイハは他の戦士とは違い、戦闘よりもそれ以外の貢献度が高く買われていた点で似ていた 
チナミに関してはご存知の通り武器製作の技術に長けており、その技能でベリーズやキュートの戦闘力を底上げしていた 
チナミが技術ならばマイハは「医術」、応急処置から大々的な手術、そして大怪我に至らざる予防策まで熟知している戦医なのだ 
マイハが居たからベリーズは多少なりの無茶はする事が出来た 
マイハが居たからベリーズはリカバリーを縮め早々に戦線復帰する事が出来た 
戦争とは他人を傷つける出来事、しかしそんな出来事だからこそ「人を治す能力」は必要不可欠 
ある意味マイミやシミハムの強さよりマイハの医術の方が勝利を呼び込むとも言えるかもしれない 
「ちゃんと安静にしててね、その約束守ってくれたらミヤビは絶対死なないから大丈夫だよ 
 オペは無事完了したからね・・・ずっとずっと勉強したんだから」 

「助かる・・・のか?・・・私は」 
自分の体を指し示しミヤビは恐る恐るマイハに質問を投げかける 
だが案ずる事は無いようで、マイハはにっこりとした笑顔を見せながら答え始めた 
「だからさっきから言ってるでしょ〜安静にしてれば助かるんだってば」 
「でも・・・肩やお腹から血がたくさんドバーッて・・・」 
「自分の体見てごらんよ、血なんか止まってるでしょ?」 
マイハに言われた通りに視線を体に移すと確かにあれだけ止まらなかった血はしっかりと止血されていた 
麻酔を打たれてるのかわからないが痛みもまったく無いし、傍から見れば生死をさまよったほどの重症人には見えないほどだ 
自分の目で確かめたミヤビはマイハの言葉を信じる事にする 
「すごいなマイハは・・・もとから王国一の医者だったけどまさかここまでとは・・・」 
「ううん、前までの私だったらミヤビを助けてあげられなかったと思うよ 
 ずっと・・・ずっとこの日のために勉強してきたから助けられたんだと思う」 
その言葉を聞いてミヤビはふと思い出す 
むしろ今までなんで忘れていたのか分からないくらい大事な事だ、絶対マイハに聞こうと前々から決めていたのに 
「マイハ・・・マイハはなんでいきなり居なくなったんだ?・・・」 
この真相はミヤビどころか全ての食卓の騎士が、いや全ての王国兵が知りたがっていただろう 
居なくてはならない存在であるマイハの突然の脱退・・・その影響は計り知れないほどだったのだから 
「ミヤビ・・・迷惑かけたのは本当に謝るよ」 
「いや気にしなくて良い」 
「じゃあ、話すね」 
マイハが言おうとするなり辺りの空気が澄んだように静かになる、テントの外で見張っている兵士たちまで聞き耳を立てるほどだ 
「私が国を出ようと決意した理由はね・・・それなの」 
言うと同時にマイハが指差した物はさっきまでミヤビと同化していた小刀「雅」であった 
マイハが何を言いたいのかよくわからないミヤビの頭の上には?マークが浮かぶ 
「ミヤビ・・・ミキティに刀を深く刺されちゃったでしょ?」 
「うん」 
「私ね、早く刀を摘出してあげたかったけど・・・その時の技術じゃ私には不可能だったの 
 ごめんね・・・こんなにも長い間刺さったままにしちゃって・・・やだよね、そんな人生」 
泣き出しそうになるマイハに弱ったミヤビはそんな事無いよと、気にする事ないよとなだめたが効果は無かった 
「ううん、そもそもミヤビが弱い私をミキティの攻撃からかばったから刀で刺されちゃったんだよ 
 私、だから国には居られなくなったの・・・足手まといな私は国には必要無いと思って」 

このマイハが感じていた悩みはつい最近までチナミも感じていたものと同一の物であった 
二人とも貢献度で言えば他の戦士を越えているのだがガチンコの戦いとなると途端に劣等感に苛まれてしまう 
もちろん他の仲間たちは二人が劣っているとは思った事も無いし二人もそれは十分にわかっているつもりだった 
だがそのような不安定な状態であったマイハにミヤビが決め手を作ってしまったのだ 
自分のせいでミヤビが負傷してしまった、自分の力じゃミヤビを治す事ができなかった 
力不足を嘆いていたマイハが逃げ出したくなるのも無理の無い話だ 
「そうか・・・私たちはマイハの悩みに気づいてあげられなかったのかもな・・・」 
もともと静かだったキャンプの中はさらに静まりかえってしまう 
だがさっきのような澄み切った空気とは違いとても淀んだ空気となってしまっている 
マイハ自身過去の不甲斐なさを思い出し何も言えない状態となっていた 
そんな中に一石を投じたのはミヤビだった 
「でも戻ってきてくれたって事は・・・マイハは自信がついた、という事なんだね?」 
その一言、その何気ない一言がマイハの不安やらそういったものを吹き飛ばし始める 
マイハの表情はパァッと明るくなり、何か吹っ切れたかのように次々と喋り始める 
「わ、私ね!私すっごくいっぱい勉強したんだよ!ずっと本読んでてね、革新的なしゅじゅちゅ・・・手術の仕方も学んだの 
 おかげでさっきのミヤビだって内臓を傷付けないように治せたし、半年も経てば人並に動けると思うよ! 
 あとね、それでね、銃の腕前もすっごくあがったんだよ!左手でも右手と同じくらい撃てるようになったの 
 1日10時間勉強してさ、5時間銃の練習してたら自由時間が無くなっちゃってそりゃもう大変だったんだよ」 
とても楽しげに自分の近況を話すマイハを見てミヤビも自然と顔がほころんでいく 
そして一安心した感じでこう言ったのだった 
「それだけ自信がつけば何も心配ないな・・・マイハ、食卓の騎士に戻ってくれるよな?」 
真剣で、それでいて優しげのある言葉をかけられたマイハはまたも泣きそうになってしまう 
ただ今度の涙はさっきの涙とは違いとても温かいものだった 
「うん・・・もう役立たずにはならない、絶対」 

再び共に戦う事を決意しあったミヤビとマイハはしばし朗らかな時を過ごす 
だがミヤビにはあと一つ聞かなくてはならない事があった 
「しかしマイハは何故戻る決心がついたんだ?いやそれはとても嬉しい事なんだけど」 
今まで長い間国を出ていて、先日シミハムとモモコが尋ねに言った時にも頑なに戻ろうとしなかったマイハだ 
それから1ヶ月ほどしか経ってないというのにこの急な心境の変化はいったいどこから来たのかとミヤビは気になったのである 
「それはね、マコに誘われたから」 
「マコ?」 
予想もしなかった人物の登場にミヤビはキョトンとしてしまう 
マコといえばオーガと言う名に改名してシミハムに決闘を挑んで敗れ去ったと聞いたがいったいそれが何の関係があるのだろう 
「マコね・・・ミキティの居場所をつき止めたらしいよ、だからマーサー王が拉致された事も知ってるし 
 それにある程度はこれから何をしようとしてるか分かるみたい」 
「!!!」 
これからマイハが自分の知っている情報を次々と言う事になったのだがその全てがミヤビにとっては初耳の情報であった 
マイハの言葉を聞くにつれて今まで謎に包まれていた真相が少しづつ明るみを帯びていく 
「マコはあの大戦の前からミキティとコンコンがおかしい事に気づいてたんだって、だからわざと国を出たみたい」 
「ミキティのアジトも掴んだし大体何をしようとしてるかも盗み聴きしたらしいよ」 
「ミキティはなんだかハロマゲドンとかいうのを起こすのが目的みたい、それが何なのかは調べても分からなかったの・・・」 
「マコもハロマゲドンの事は知らなかったみたい、でも世界を動かすほどのとんでもない何からしいよ」 
「それを起こすためにマーサー王が必要・・・だったのかな?・・・肝心の事はマコも知らないみたい」 
「これはミヤビも知ってるかもしれないけどミキティには数人の同士がいるみたい 
 分かっているだけでも元帝国剣士のリカチャンとコンコン、元帝国兵のキッカ、傭兵のマツーラ、 
 各国の優秀な戦士や、何故か新聞記者のカノンっていう女の子、そしてメグ・・・」 
「一人である事の限界を感じたマコは近場で暴れている盗賊団をとっちめて子分にしちゃったんだって」 
「そして調べていくうちにこの戦争に何人かミキティの部下が紛れてる事を知ったって言ってた・・・」 
「それで私の所にもマコがやってきたの、大戦が不本意な形で滅茶苦茶にされるのは我慢できなかったみたい」 
「私も、そんなの絶対許せないし・・・マーサー王が攫われたと知って黙ってられない!」 
全て聞き終えたミヤビはすでに次の構想に入っていた 
マーサー王を救出するために王国軍がすべき事はマコにコンタクトを取る事だ 
マコと手を組めばミキティの居場所を知る事が出来る、居場所さえ分かれば総力をあげて攻め入れば良い 
もちろんまずはこの戦争に勝利する事が最優先事項ではあるが 


08.
「いない・・・どうして?」 
所変わってここはモーニング帝国の中心に在する城の内部 
その中でもここは帝王タカーシャイ・ハヨシネマが普段腰を据えている玉座のある、いわゆる"王の間"だ 
その王の間の中には現在7人の兵士と1人の少女が存在している、もっとも7人の兵士はみな寝転がっているのだが 
「これじゃあ命令を果たせないよ・・・どうしよ、どうしよ」 
左手に刃のようなものを装着した少女は退くも退けない宙ぶらりんの状態で頭を抱えているばかりしかできなかった 
実はこの少女こそエッグ7人集が一人アスナ・ブラウンコッチェビなのである 
数年前、原因は不明だが一人路頭に彷徨っている所をミキティに目をつけられ、手厚く世話を受ける事でミキティの一派に加わったという 
凡人にはまず見当たらない天性の素質、恩義を裏切らぬ誠実な性格、そしてアスナ自身の身の上をコンコンがひどく気に入ったらしい 
しかしいくら素質があると言っても他のミキティの部下らは一応各国の元英雄揃いだ、戦闘能力は下から数えて2番目と言った所だろう 
だがそんなアスナにも「暗殺」くらいは出来る 
気配を殺し、ターゲットに気づかれず、一撃で相手の喉を掻っ切る訓練は嫌と言うほど行ってきた 
そして今日この日こそがアスナの初めての暗殺となるはずだった 
なのだがタカーシャイは王の間にはいなかったのだ、後で知るのだが城に残る全ての帝国兵がタカーシャイの不在に気づかなかったらしい 
タカーシャイがアスナの来訪を予想したのかどうかは定かでは無い、しかしこれでアスナの初殺しは阻止されてしまったのだ 
「どうしよう・・・このまま手ぶらで帰れないし・・・ロビンちゃんやユーカちゃんに馬鹿にされちゃうし・・・」 
悩みに悩んだあげくアスナはその辺で寝転がっている兵士の一人に目をつけ、話しかける 
「兵隊さん、帝王様どこにいるか知ってる?」 
「ひ・・ひぃ・・・私達は帝王の居場所は皆目検討つきません・・」 
問いかけられた兵士はガクガクと震えながら涙目で質問に答える 
みっともなく震えるのも無理は無いだろう、こんな年端もいかない少女にあっという間に全身を切り裂かれたのだから 
本当なら兵士は寝てる場合なんかではなく今すぐにでも外にいる味方に助けを呼ぶべきだろう 
しかしそれも叶わない 
アスナはミキティの部下の中では下から2番目の実力と言ったがそれでもただの兵士と比べれば実力に雲泥の差があるのだ 
少しでも動けば何をされるのか分かったものではない 
仮にも自分達の帝王を殺そうと考えている者なのだ、一般の兵士の命など屁でも無いと考えるのが普通 
「じゃあやっぱり戦場の方に行っちゃったのかな?」 
「そ、それはありません!帝王はここに留まっていろとガキ様が口を酸っぱくして・・・」 
「帝王さんってそう言われて聞くような人なの?」 
「そ、それは・・・」 


09.
「よ〜〜〜〜しっ!もう痛くない!」 
ここはミヤビが休んでいる場所とはまた違うところに在るベースキャンプ 
ロッキー三銃士との戦いから半日ほど経ち、軽いリハビリを始めたオカールは辺りに聞こえるような大声で叫ぶ 
その叫びを不快に思ったのかそばで寝ていたモモコが不満を投げかけた 
「ちょっとうるさいわね、こっちは骨やられてるんだから大声響くんだけど」 
「あ〜ごめんごめん」 
あまり反省しているようには見えない感じでオカールはモモコの脚をペシペシと叩く 
全身の骨にヒビがいってるモモコは当然激痛を感じ悶絶してしまう 
「あぎぃぃやぁあああああああああ!!ちょ、ちょっと馬鹿!なにしてんの!」 
「いや、ほら、お返し?・・・訓練場の時のね」 
ニヤニヤと悪魔の笑みを浮かべながらオカールはモモコを見下ろす 
このオカールは結構根に持つ性分なので訓練場でモモコにボコボコにされた事の復讐を狙い続けていたのだ 
エリチンの戦闘でボロボロになったモモコは反撃したくても出来るわけもなくただオカールにやられるしかなかった 
「くそう・・・くそおお・・・治ったら覚えておきなさいよ・・・ 
 ていうかオカールさっき痛くないって言ったけどそんなわけないでしょ、どれだけ重症だと思ってるの」 
「えー?全然痛くねーよこんなの」 
オカールはこう言ってはいるが実際はモモコの言うとおり少し動こうとするだけで痛みが起こるほどだったのだ 
サユに斬られ、レイニャに焼かれた事によりオカールの体は既にガタが来ている 
簡易的な治療を施したとは言え本来ならモモコと同様に寝てなくてはならない状態だ 
いったい何がオカールをそうさせているのだろうか 
「どうせまたマイマイの前でかっこつけたいとかそんな理由でやせ我慢してるんでしょ」 
「は、はぁ!?何をデタラメな事を・・・」 
(やっぱり図星か) 
真っ赤になりながら照れているオカールを見てモモコは確信する 
オカールは最近出会ったばかりだが単純な性格ゆえに行動パターンはだいたい把握する事が出来た 
オカールの行動原理は基本的にマーサー王のため、自分の強さを誇示するため、そしてマイマイに良い所を見せるための3パターン 
他にも色々あるのかもしれないがおおまかに言えばこのくらいなのだろう 
「ところで張り切ってるみたいだけど出番はもう無いかもよ」 
「えっ、そうなの?」 
「さっき情報が入ったけど王国軍が優勢すぎて帝国剣士はもうほとんど残ってないらしいよ 
 こっちはウメサンやカンナが無傷なわけだしね、帝国に強力な助っ人でも現れない限り王国軍の勝利なわけ」 

入り口からテントの中へ入ってきたウメサンはモモコに続き説明を始める 
「そうよ、オカールが休んでる間に帝国兵の80%は壊滅したし帝国剣士もあと2人しか残ってないの 
 しかもその2人はジュンジュンとリンリンとか言う新人らしいから落ち着いて対処すれば大丈夫なんだよ」 
「もうそんなに倒しちゃったのか、こっちの状況は?」 
「王国兵でまだ戦えるのは全体の30%ってとこかな」 
「あー大勢の事はよくわからないからいいや、食卓の騎士だけ教えてくれよ」 
「マイミとシミハム、アイリとリシャコとチナミ、そしてモモコとマイマイがそれぞれ戦闘不能ね 
 それと・・・ミヤビがかなり重症みたい、マイハが治療したから一命は取り留めたみたいだけど」 
ウメサンの報告を聞いてオカールは二重に驚いてしまう 
それもそのはず、この戦場にいるはずの無い名前が二つもいっぺんに出てしまったのだから 
「ミ、ミヤ・・いやマイハ・・えっ?・・ええええええ?・・・どういう事?」 
ウメサンとモモコは互いに顔を見合わせ、オカールが驚くのも無理無いと言った感じに微笑む 
「私たちだってそりゃもう驚いたよ、二人とも来てるなんて思いもしなかったからね」 
「マイハはともかくミヤビは来ると私は思ってたけどね?だってミヤビが黙って寝ているわけないんだもん」 
ミヤビとマイハが何故やってきたのか、戦場で何をしたのかという経緯を簡単に説明してもらうオカール 
しかしあまりにも予想外であったため頭がまとまらなくなってしまう 
「えっと・・・ミヤビが来たのはわかった、俺だってミヤビと同じ立場ならそうするしな 
 でもなんでマイハが来たんだ?マイハはお前らと仲違いして追い出されたんじゃ・・・」 
オカールのその言葉を聞いてモモコの眉がピクリとする 
それに気づいたウメサンも(まだそんな事言ってるのか)と言った感じでオカールの頭をパシンとはたく 
「いてて・・・い、今のは口が滑っただけだってば」 
オカールも後に考えてみてまずかったと思ったのかとてもバツの悪そうな顔をしている 
さっきモモコを叩いた時とは違いしっかりと反省しているオカールを見てモモコは顔を元に戻した 
「ベリーズとマイハが仲違いした事なんて一度もないよ一人一人が欠けちゃいけない存在なんだもん 
 ・・・でも理由はどうあれマイハが戻ってきてくれて本当に良かった・・・本当に」 
いつもとは違いとても穏やかな表情をしているモモコを見て改心したのかオカールも素直に謝ろうとする 
モモコも分かってくれたなら良いと言った感じでこの場は穏便に済まされる事となった 
だがちょうどその時だった、ウメサンがなにやら異変を掴み取る 
「ねぇ、なんだか変な音聞こえない?ドドドドっていう馬が走ってるような・・・ 
 でも馬にしちゃなんだか走り方が乱暴・・・乱暴?」 

ウメサンが異変に思った次の瞬間ビリビリと言った音とともにテントが切り裂かれる 
味方がそんな事をするとは到底思えない、明らかに敵の仕業だろう 
反応した3人が振り向くやいなや音の主に驚かされる事となる 
「!?」 
テントを一瞬にして切り裂きそこから現れたのは馬にまたがる一人の騎士 
その騎士こそモーニング帝国現帝王タカーシャイ・ハヨシネマであったのだ 
奇怪な動きゆえに扱いが難しいと言われる奇馬ミウナの上から3人を睨みつけている 
その存在感からなる重圧にオカールは押しつぶされそうになってしまう 
「な・・なんで居るんだよ、帝王は戦場に出ないもんだろ」 
目の前に実際いるのだからそんな事を言っても仕方が無いのはオカールも気づいていた、だが言わずにはいられなかったのだ 
帝国に限らずどの国でも王は戦争が起ころうが玉座にドッシリと構えて吉報を待つのが普通である 
ただモーニング帝国は強さと威厳を兼ねそろえた者が帝王を継ぐ王朝制を取り入れているためタカーシャイの実力は言わばガキ以上 
現役時代は「最も黄金剣士に近い帝国剣士」と言わしめたほどの実力を誇っていたのだ 
多少ブランクがあれども一日たりとも剣を振らぬ日は無かった・・・帝国軍のピンチにかけつけた"最も協力な助っ人"だろう 
「帝王が戦っちゃいけない道理なんてどこにも無いんやよ・・・勝てば良いんやし」 
タカーシャイの放つオーラにウメサンは軽く身震いしてしまう 
あの大戦でもタカーシャイと戦場で戦いあった事があるが今のタカーシャイの凄みはその時の比では無い 
ブランクで腕が鈍っているなんてとんでもない、明らかにタカーシャイは数年前よりも強くなっている 
この場にいて戦えるのは自分と重症のオカールのみ・・・モモコと寝ているマイマイは数に入れる事など出来ないだろう 
勝てるかどうかは五分五分と言ったところだ、圧勝かと思っていた戦争にここで最大の壁が立ちはだかってしまった 
だがウメサンはもう一人の仲間の存在についてすぐに思い出す 
(あれ、外にいるはずのカンナは何をしてるんだろう?・・・) 
カンナは先ほどウメサンにテントに近づく外敵を処理するように任されていたのだ 
だと言うのにこうも簡単にタカーシャイを通してしまうなんていったい何があったのだろうか 
そう疑問に思うウメサンに気づいたのかタカーシャイが口を出し始めた 
「ひょっとしてあの子の事気にしてるん?未知の敵だったけど大した事なかったがし」 
そう言いながらタカーシャイが指を指した方向を見てウメサンもオカールも衝撃を受けてしまう 
刺された先ではカンナが胸から大量に血を流しながらうずくまっていたのだ 
馬の足音が聞こえたのはほんの数秒前・・・つまりタカーシャイはここに来てすぐにカンナを仕留めたという事 
「別にあの子が弱いわけじゃないんやよ、あっしの必殺技"チェリーブロッサム"を受けてまともに立った人なんていないんや」 


10.
ものの数秒でカンナにあそこまで負傷させるタカーシャイを見てみなに緊張が走る 
しかもよく見るとカンナの他にも周囲を見張っていた味方兵達まで倒れているように見える 
やはりそれらもタカーシャイの仕業なのだろう 
(さすがに親玉は強ぇようだな・・・だけど速攻でやられたら意味ないんだぜ!?) 
先手必勝といった感じでオカールは傷ついた体ながらも一瞬でタカーシャイに間合いを詰める 
それも馬による「後ろ蹴り」を予防するために側面から仕方のだ 
タカーシャイは騎乗しているため素早く、力強く動けても小回りは効かないはず、早ければこれで勝負がつくだろう 
(馬鹿でかい馬に乗ってるのがアダになったな、フットワークなら俺の方が有利なんだよ!) 
心の中でそう思い名がらオカールは右手に着けたジャマダハルでヒュッと突きを繰り出す 
だがこの時オカールは奇馬「ミウナ」の特性を知らなかったのだ 
そのためすぐにそれを後悔する事となる 
ドスッ!! 
「ぬぁっ?」 
オカールが気づいた時にはミウナのズシリとした右前脚が自分の胸に埋まっていた 
その蹴りによる衝撃は人間の持つ力を遥かに越えており、当然重傷のオカールが耐えうる事の出来るものではなかったのだ 
しかしオカールは横蹴りには十分警戒していたし例え喰らったとしても乗り切る自信はあった 
何故なら通常の馬の繰り出す横蹴りは後ろ蹴りに比べて弱いし、速度も速いとは言えないからだ 
全身の体重を込めて出されるのが後ろ蹴り、しかし馬の体の構造上横に蹴りを入れる時はさほど力を入れる事は出来ない 
人間も後ろに蹴る時と横を蹴る時では力の入れ具合に違うがあるだろう、つまりは横蹴りは後ろ蹴りの1/4程度の威力なのだ 
しかし「ミウナ」はそこが根本的に違う 
ミウナが繰り出したのはただの横蹴りなんかではなかったのだ 
(嘘だろ・・・こんな馬鹿な事が・・・) 
オカールは自分に蹴りを入れているミウナを見て我が目を疑ってしまう 
それもそうだろう、飛び蹴りを入れる馬なんて信じられるはずが無いのだから 
「と、跳んだ?・・・嘘でしょ」 
嘘ではない、ミウナはオカールがやってくると同時にぴょいんと跳んで全体重を左前脚にかけオカールを蹴ったのである 
馬は跳ぶし、横蹴りもする、しかしそれらを組み合わせて飛び蹴りをするなんて普通の馬なら考えられない 
オカールは低身長なので下手したら顔面に決められていたのかもしれない・・・そう思うとゾッとする 
蹴り飛ばされたオカールはそのまま吹き飛んでしまう、口から血を吹き出しながら 
「あんまり迂闊に近寄らない方がいいんやよ〜ミウナは何をするかあっしにもわからんがし」 

常人では、いや「常馬」では考えられない行動を取るミウナに動揺する暇も無くウメサンは銃を取り出し構え始めた 
ミウナもやばいがやはりそれ以前にタカーシャイの威圧感が凄まじすぎる、仕掛けられる前に先手を打つのだ 
カンナもオカールもやられモモコは元から戦闘不能、この場はなんとしてもウメサン一人で乗り切らなくてはならない 
そのためになるべく早くタカーシャイの急所を撃ち抜くしかないのだ 
ウメサンの散弾銃「マメデッポー」は散弾銃ゆえに他の銃に比べて早撃ちが可能な武器である 
普通の銃なら一発で敵を仕留めねばスキが生じるためにしっかりと狙わなくてはならない(上級者はその狙いを短い時間に行えるが) 
だが散弾銃なら多少位置がズレても衝突して弾け飛ぶために狙いの時間を短縮する事が出来るのだ 
しかも進化したウメサンは二丁持ちスタイル・・・連射性能まで備わるこの散弾銃の猛攻を完全に防ぐのは至難の技だろ 
(喰らって倒れればいいんだよ!) 
雨あられのように放たれる散弾に気づいたタカーシャイはスッとサーベル「ゴボウ」を構える 
しかしサーベル一本で散弾を全て防ぎきるのは不可能だとすぐに判断しミウナにかかとで合図を送る 
(ミウナ、避けないと撃たれて死ぬんやよ・・・嫌なら避けて!) 
タカーシャイの支持通りにミウナは弾丸を回避するわけだがその回避法にウメサンは面食らってしまう 
普通なら横に避けたりして被弾を間逃れるのだろうがミウナはそうしなかった、あえて前に突っ走ったのだった 
ウメサンは騎乗しているタカーシャイを撃とうとしたためどうしても弾丸は高い位置を飛んでいる 
しかしミウナは低くかがみながら前へ走る事でそれらを全て回避できたのだ 
サトタほとではないがミウナの走力はかなり高いためウメサンはあっという間にミウナに轢き飛ばされてしまう 
もともとそんなに間合いが開いていたわけではないのでウメサンは避ける間も無かったのだ 
このミウナ、奇怪な行動を取っているように見えるがそれは大間違い 
生存するために何が最適かを瞬時に判断し、なりふり構わずそれを実行するというかなり優秀な馬なのだ 
轢かれながらもウメサンはそう認識しはじめていた 
「うぁっ・・・」 
ミウナに轢かれ宙を舞うウメサンに対しタカーシャイがサーベルを構えながら一言つぶやく 
「好きに斬ればよいのか?」 
いつものような方言とは違いまるで帝王のような口調にウメサンはぞっとしてしまう 
空中に居るので自分は避けようも無い 
ウメサンはもはやタカーシャイのサーベル捌きの餌食となるほか道は無いのだ 
「"チェリーブロッサム"・・・これでおしまいやよ!!」 

タカーシャイは宙舞うウメサンをこの場で仕留めようと身構えた 
しかし己の技が強力だという意識が結果的にタカーシャイを失敗へと導いてしまったのだ 
タカーシャイの「チェリーブロッサム」は相手の心臓付近を斬り裂き、まるで桜が満開になったかのような出血を吹き出させる技 
その飛び散る鮮血はとても美しくあり、それでいて相手に耐え難いほどの痛みを与える事が出来る 
たえまぬ努力によりタカーシャイはひとたび放てば回避するのが不可能なまでにこの技を昇華させたのだった 
本来地味なスタイルを取っていたタカーシャイが授かった唯一の大技、ゆえにタカーシャイはこれをいたく気に入る事となる 
だがそれが結果的に過信を呼んでしまったのだ 
ブランクがあっても過去と違わぬほどのパフォーマンスを見せているため気づいて無いがどうしても決め技の威力は落ちてしまっている 
昔は一撃で仕留められたかもしれないが今もなお同等の威力を発揮できるとは限らないという事だ 
そしてさらにタカーシャイはウメサンを一撃で仕留めるために、ミウナに「完全静止」を命令してしまっている 
多少のブレとかそういった物を排除して「チェリーブロッサム」を正確な位置にぶち込むためにそう命令したのだがそれが逆効果だ 
奇怪な奇馬とは言え主の命令は何よりも絶対だ、それを破るとしたら自らに何か危害を及ぼすような障害があらわれた時だろう 
つまりミウナはタカーシャイに銃弾が飛んできた程度では微動だにしない 
すんでのところで生還していたカンナの放った銃弾にミウナが気づいたとしても一寸たりとも動きはしない! 
カンナの銃剣「ロケットエンピツ」から放たれた銃弾は見事にタカーシャイの肩を貫き落馬させる事に成功したのだった 
「!?」 
ウメサンを斬る事ばかりに集中していたため突然の銃声、そして激痛に対処できないタカーシャイはそのまま吹き飛んでしまう 
過去のタカーシャイならば集中していても周囲で何が起きたか気を配る事が出来たのかもしれない 
しかし悲しい事に数年の間前線を退いたタカーシャイからはそう言った戦闘勘を奪い去ってしまってたのだ 
主が銃弾を弾き飛ばすものだと思っていたミウナも同様にパニックに陥ってしまう 
そして銃弾を放った張本人であるカンナに向かって雄叫びを上げ突進していったのだ 
一命を取り留めていたとは言えカンナは十分重傷人だ、このまま轢かれたら痛いどころでは済まないかもしれない 
「でもそんな事させないんだよ」 
その一言とともに行動を起こしたのはウメサンだ、ミウナに轢かれ宙を舞っていたがなんとか無事着地に成功したのだろう 
だがまともにミウナに衝突されてしまったので全身に痛みが響いていた・・・文字通り骨身を削る思いで立っている 
でもそんな痛みなんかに気を取られてしまえばカンナはこのままやられてしまう、副団長としてそんな事はあってはならない 
その必死な思いがウメサンに大量の薬莢入りの袋を投げさせる事が出来たのだ 
空中で敗れた袋はバラバラとミウナの周囲に雨のように薬莢を降り注がせる 
タカーシャイはこの光景に見覚えがあった、かの大戦にて薬莢の山に散弾をブチ込む事で大爆発を起こす花火のような大技を 
「あれは・・・ミウナ逃げるんやよ!!」 
タカーシャイが命令しても時すでに遅し、ウメサンの放った弾丸は薬莢を弾き飛ばし大爆発「炎離華」を巻き起こす 

散弾銃の弾丸の中には小さく細かな弾丸が何個も何個も詰まっている 
この弾丸が撃たれどこかに衝突した時、小さな弾丸を包んでいる外殻が破裂し周囲に飛び散るという訳だ 
もし仮に散弾に散弾を当てる事が出来たとしたら当てた側も当たった側もどちらも弾け飛ぶだろう 
そしてその弾け飛んだ先にまた散弾があったとしたら?当然それも弾け飛ぶに決まっている 
その先にまた散弾があったら?そのまたまた先にあったら? 
答えは無数の火花の集合体、大爆発だ 
ウメサンはこの花火のような大爆発を「炎離華」と名づけている 
大戦にてタカーシャイに使った時は大爆発を持て余してしまい自らも被爆してしまった 
しかし今回はあらかじめ大量の薬莢を袋に詰め相手に投げかける事で大爆発に巻き込まれる事を回避するように改良したのだ 
大爆発、そして何百発もの散弾をモロに浴びてしまったミウナは無論無事なはずがなくバタリと倒れてしまう 
奇妙な回避法のエキスパートであるミウナも四方八方から襲い掛かる散弾には対処できなかったというわけだ 
爆発はそのままテントに燃え移りメラメラと火柱を立てている 
溶けてしまいそうなほどの暑さとともにタカーシャイはジリジリと追い込まれてしまう 
ミウナがやられてしまうなんてまったくの予想外、そもそも「チェリーブロッサム」を当てたカンナが生きてるのも信じがたかった 
そしてその焦りはタカーシャイから冷静な思考を奪ってしまう 
(なんでなんやよ!?なんであいつは立っていられて・・・そもそもなんであっしは追い詰められてるんがし?) 
実際そうなってしまったものは仕方ないのでこれからの打開に考えを移すべきなのだがタカーシャイはそれが出来なかった 
ウメサンもカンナも重傷なのでここでタカーシャイが凛と立ち上がればなんの問題も無いはずだったのだ 
しかしこうも想定の範疇を越えた出来事が立て続けに起これば混乱して正常な判断が出来なくなるのも無理は無いのだろう 
もはや今のタカーシャイに過去のような凄みはまるで見当たらなくなってしまった 
いくら実力があっても勇気と度胸、そして死んでも国を守るという決意が無ければ人間は藁も等しい 
そしてそんなタカーシャイに更なる想定外が襲い掛かる 
「なにボーッとしてるんだよ、刺されるぜ?」 
突然聞こえた(滑舌が悪い)声が聞こえると同時にタカーシャイの脇腹が熱くなりゆく 
その声の主はさっきミウナに蹴飛ばされたと思われていたオカールだ、まだもしぶとく生きていたのだろう 
オカールのジャマダハルに刺されたタカーシャイの脇腹からはドクドクと熱い血液が流れていく 
スキだらけで各下相手に腹を刺された事もタカーシャイにとっては初めての体験 
生憎にもタカーシャイの混乱はさらに加速してしまう 
(なんでやよ!?なんでこいつまでいるんやよ!?なんであっしは避けんかったん!?なんで!?なんで!?) 
タカーシャイの周りにいるのは胸から大量出血しているカンナ、全身打撲のウメサン、全身火傷にあばら骨折のオカール 
かつて黄金剣士に最も近いと言われていたタカーシャイ・ハヨシネマが何を恐れる事があるのだろうか 


11.
「アレが"食卓の騎士"ってヤツアルかねー?ナルホド確かに強そうアル」 
双眼鏡を覗きながら小柄の少女リンリン・チューチーがボソリとつぶやく 
視線の先にいるのはサトタに騎乗し周囲の敵を薙ぎ倒しているクマイチャン・ピリリマデ・ユリーネ 
そしてその後ろにしがみつくように乗っているナカサキ・キュフフであった 
大戦も終盤に差し掛かる中、他の食卓の騎士とは違いまだまだ戦える二人は果敢にも敵の群れへと突っ込んでいったのだ 
サトタに乗りながら長剣「パンノミミヲアゲタヤツ」を振り回し敵をバッタバッタと倒していく様子はまさに圧巻 
ここに来てようやく骨のありそうな相手が登場したことでリンリンの心は躍り始めていく 

「シカシとても大きな剣を持ってるアルねぇ、アレはジュンジュンのより大きいかもしれないアル 
 あんなデカいのブンブン振り回されたらウチの雑魚ドモが苦戦するのも無理ナイネ」 
自分の獲物より大きいと聞いたジュンジュン・シャンジャオ、不機嫌そうな顔をしながら一言発する 
「馬ニ乗ッテルナラ撃チ殺セバ良イ、集中砲火デスグダ」 
ジュンジュンの言う事はもっともであった 
近づくのが危険なほどの敵が相手ならば安全な所から狙撃をすれば良い 
一発や二発なら交わされるかもしれないが帝国には秀逸な狙撃手がかなり揃っている 
それらを総動員して撃ち込めば仕留める事など容易いのだ 

だがリンリンも帝国兵もそれを頭に入れていなかった訳ではない 
「モウとっくに銃で撃ちまくってるアルよ、でもゼ〜ンゼン無駄ネ 
 ナゼナラ後ろでしがみついてるチビっこいのが全部弾いちゃってるからヨ」 
リンリンの言うとおり、ナカサキが持ち前の動体視力と二本の曲刀を活かして全ての弾丸を弾き飛ばしていたのだ 
猛進するサトタ、長刀で薙ぎ倒すクマイチャン、それをサポートするナカサキ 
それらが合わさった今、王国最強の騎馬と呼んでもなんら問題ないほどの強さを誇るだろう 

クマイチャン達の強さにようやく気づいたジュンジュンは興味を持ったのか重い腰をあげ始める 
「ホウ・・・ナラバ倒ス方法ハ一個シカナイナ」 
「倒す方法?なんネそれ」 
リンリンに問われたジュンジュンは傍に置いてあった硬刀「アノヒノネンドベラ」を持ち上げ構える 
この硬刀はクマイチャンの長刀ほどでは無いが1m50センチはゆうに越える大きさを誇るのだ 
そしてその重く巨大な硬刀を片手で持ち上げ、遠方にいるクマイチャンに突きつけてこう言い放つ 
「私ガ直接斬リ倒ス、馬モ騎手モナ!」 

自分と同じく大きな剣を扱うといった点でライバル心を抱いたのかジュンジュンはクマイチャンを相手に選んだのだった 
ジュンジュンは故郷の戦いにおいてもその硬刀を用いて幾多の騎馬を薙ぎ倒してきた、今回も当然そのつもりだ 
そして奇遇にもリンリンが興味を示しているのはクマイチャンではなくナカサキであったのである 
涼しい顔をして四方八方からの銃弾を弾く曲芸のような技に何か心引かれたのだろう 
「じゃあ私は後ろのチビをバッチリ殺しマース!!アイツなんかムカつくネ」 
「アア、シッカリ落トシテヤル・・・ダカラ邪魔スルナヨ」 

「えいっ!やぁっ!ええい!」 
サトタに騎乗しているクマイチャンは襲い来る帝国兵を次々と斬り飛ばしていく 
馬に跨ったクマイチャンの全長は2メートルを遥かに越えるほどになっている 
そんな高い所から叩きつけるように振り下ろされる長剣の威力はまるで落石のよう 
クマイチャンの高さと長剣の長さが組み合わさったそれは帝国兵の誰もが太刀打ちできるものではなかった 
チナミに作ってもらったこの新たな長剣「パンノミミヲアゲタヤツ」は確かに重くて扱いにくい 
しかしクマイチャンは1ヶ月間の死に物狂いの特訓で実用レベルまで持ってくる事が出来たのだ 
ただモモコの言っていた「当たり前の訓練をすれば自然と必殺技が完成する」という地点までは達していないが 

(ただ振り回すだけでも確かに十分強いけど・・・でもこれで帝国剣士に勝てるのかな?・・・) 
敵を一人倒す毎にクマイチャンの苦悩は重なりに重なってゆく 
もし自分が「絶対倒さねばならないような敵」にめぐり合った時に満足に戦う事が出来るのだろうか 
ベリーズの中で最弱というレッテルは必要以上にクマイチャンの頭を悩ませていたのだった 
そんな中クマイチャンの後ろにしがみついているナカサキが何かに気づき声をあげ始める 
「ねえクマイチャン・・・あそこにいる人・・・なんか違うよね」 
「えっ?」 
ナカサキより目の悪いクマイチャンは言われたニ、三秒後に進行方向の延長戦上に居る者の存在に気づく 
その者は辺りにいる帝国兵とは纏っているオーラが違い、すぐに達人級の実力を持っていると理解する事が出来た 

そして何より気になるのがその者の取っている姿勢である 
大柄の馬が自分向かって突進しようとしていると言うのにその者は全く避けるそぶりを見せようとしない 
それどころかその鋭い視線はクマイチャンへと向けられている 
(斬るつもりだ・・・サトタごと・・・) 
まったく臆せずにただクマイチャンを斬る事だけを考えている相手に逆にクマイチャンがビビってしまう 
常識的に考えたらスピードを力に付けたクマイチャンのが有利なはずなのだがここまで自信満々だとそれも疑わしくなる 
(こ、怖い・・・なんで避けないの?・・・負けちゃうかも・・・) 

だがそんな風に怯えているクマイチャンにナカサキはいち早く気が付き、元気付けようとする 
「クマイチャンなら大丈夫だよ、絶対、絶対いける、全速力で、馬のスピードをあげれば、いけるよ、クマイチャンだもん」 
「ナカサキ・・・」 
完全に不安が解消されたという訳では無いがナカサキの言葉を聞いたクマイチャンは少し勇気が涌いてき始める 
ここで自分がビビれば勝てるものも勝てなくなる 
ならば全速力で、フルパワーで、全てを長剣に集中させて斬りかかれば勝てるはずなのだ 
「わかったよナカサキ、私いくね」 

クマイチャンの指示により一段と、また一段とサトタは加速してゆく 
このサトタという名馬、頭の方はあまり利口では無いので複雑な命令を聞き入れ実行する事はとても困難なのである 
しかし今の命令はただ加速し全力で走れという至極単純なものなのだ 
この程度ならばサトタは騎手のために全力で走りに走るだろう 
目の前にいる達人ジュンジュン・シャンジャオへと一直線に 
(良いよサトタ・・・このまま、このスピードで斬りかかったらあいつもひとたまりも無いはず) 
さっきまで不安がっていたクマイチャンだが今はもうしっかりとジュンジュンだけを見ている 
ズシリとした長剣をブレないようしっかりと握り、初撃へと備える 
自分に襲い掛かる矢や弾丸などは信頼できるナカサキがひとつ残らず弾いてくれるので心配する事は無い 

(出せる・・・今まで出した事ないくらい強い一撃を今ここで出せる!) 
クマイチャンの自信が確信へと変わっていった丁度その時にサトタはジュンジュンの地点へと到達する 
クマイチャンが長剣を振り下ろすと同時にジュンジュンも自らの硬刀を勢いよく振り上げる 
今から起こるは剣と剣とのぶつかり合い、とてつもなくスケールの大きな鍔迫り合いが始まるのだ 
「たあああああああああああああ!!!」 
「・・・ロ阿!!!」 
振り下ろしと振り上げがぶつかった瞬間ガキィンと言った金属音が辺り一帯へと轟く 
そしてクマイチャンとジュンジュンは互いに今まで経験した事の無いほどの衝撃を骨身で感じる事となったのだ 
(う、うわぁっ!?) 
(・・・・!!!) 

高速で移動する長剣が岩よりも硬い硬剣に衝突したのだ、その衝撃は計り知れないレベルだろう 
ガタイの良いジュンジュンはその強靭な太ももで体をしっかりと支え、耐えに耐える事でなんとか体勢を崩さずにいる事が出来た 
しかしクマイチャン側はそうもいかず、ショックを吸収しきれなかったツケが後方に回りナカサキを吹き飛ばしてしまった 
しっかりクマイチャンに掴まろうとしていたのだがナカサキの小さな体では耐えうる事が出来なかったのだ 
「や、やだっ・・・」 
(ナカサキ!) 
落馬してしまうナカサキが気になるがクマイチャンは後ろを振り向くわけにはいかなかった 
何故なら今はジュンジュンと競り合っている真っ最中なのだ、後ろを振り向くというのは敗北を意味するだろう 
クマイチャンとジュンジュン、両者ともに殺し屋のような鋭い目つきをしながら睨みあっている 
「ソノ剣ナカナカ硬イナ・・・折レナカッタノハ初メテダ」 
「当たり前だよ!・・・チナミの自信作がこれくらいで折れる訳ないんだから」 


12.
「いたっ!いたたたた・・・」 
大きな衝撃により吹き飛ばされたナカサキはドテンとお尻から落ちてしまう 
自分の身長より高い地点から尻餅をついたので悶絶してしまうほど痛かったが今はそれどころではない 
早く起き上がりクマイチャンの元へと駆けつけ敵を倒さねばならない、そう思っていた矢先の事だった 
「ア〜ちょっとそっち行っちゃダメアル、相手はこっちよー」 
「えっ?・・・」 
後方から突然聞こえてきた声に反応したナカサキは何事かと後ろを振り向く 
するとそこにいたのは自分と大して年の変わらなさそうな、小柄の、それも笑顔の可愛い少女だったのだ 
だが笑顔が可愛いとは言えその少女から滲み出てくるオーラに気づかないほどナカサキは鈍くはない 
表情は笑顔なのだがその目はまるで機械仕掛けの人形のように冷え冷えとしている 
年頃の少女が持ち合わせるような生気、溌剌さ、希望と言ったものをまったく感じ取る事が出来ない 

そんな少女リンリン・チューチーを目の前にするだけでナカサキは背筋が凍ってしまうような悪寒に襲われてしまう 
(すごい・・・悲しい目) 
そして気づけばナカサキは両手に持ち合わせたふた振りの曲刀「レイトウバナナ」をギュッと握り締めていたのだった 
おそらく目の前まで迫ってきている危機を頭の奥底に備わっている防衛本能が感じ取ったのだろう 
気を抜けば本当に殺されてしまうかもしれない、目の前の敵は人外なほどに残虐だ・・・と 
「帝国剣士・・・だよね?」 
「お?よく分かったアルね」 
「分かるよ、なんか違うもん」 
そう言うとナカサキはムクッと起き上がり、曲刀を扱いやすい位置で構え始める 
相手は未知の存在なのでどう来られてもすぐに反応できるよう全身を緊張させながらだ 
臨戦態勢に入ったナカサキを見てリンリンは口元をニヤつかせながら言葉をかける 
「オー、チビかと思ったらワタシと大して変わらないネ、アイツがでかいからチビに見えただけアルかね?」 
「・・・そうだけど」 
敵同士こうして対峙し合っていると言うのにリンリンはまだペラペラと喋っている 
ナカサキにはそれがどういうつもりなのか理解できなかったがリンリンは更に言葉を続ける 
「ワタシとキミって結構ソックリさんネ、色んな面で」 
「・・・?」 
「マズ身長がほとんどオナジ!そして無駄に大きなデカブツがパートナーなのもいっしょね 
 しかも二人トモ絶世の美少女!・・・ってのもソックリアルねー」 
美少女と言われる経験なんて無かったナカサキは顔を赤らめ動揺してしまう 
そんな場合じゃないと分かっていても、お世辞だと知っていてもルックスを褒められるのは嬉しいものなのだ 
だがナカサキが気を緩める反面、リンリンは更に眼を鋭くしナカサキの身体特徴を舐めまわすように観察し続けている 

「そして何よりもソックリなのがこれネ」 
「・・・あ!」 
そう言いながらリンリンが取り出したのはナカサキと同様なふた振りの剣であった 
それらはリンリンが好んで扱っている軟刀「マナツノシタジキ」、奇しくもナカサキの曲刀にそっくりな形状なのだ 
「どうアルか?正直気づいた時はワタシも驚いたアル」 
「同じだ・・・ちょっと違うけどいっしょ・・・」 
戦場で同じ武器の者に出会うなんて珍しくもなんとも無いのだがこの時のナカサキは奇跡でも見たかのように目を丸くしていた 
実はこの時ナカサキには冷静な判断が出来ない理由があったのだ 
リンリンに2点も3点も共通点を並べられる事でまるで二人が特別な関係かのような錯覚に陥ってしまう 
そんな状態になってしまえば後はどんな単純な事でも何か運命めいた事を感じてしまうのだろう 
聞きなれないお世辞を言われ照れてしまったのもそれに拍車を書けてるとも言える 
「でもー・・・ワタシのが上手く扱えるネ」 
「えっ?」 
ナカサキが完全に気を抜いたその瞬間、リンリンはシュパッと軟刀でナカサキに切りかかる 
その太刀筋にはまるで無駄が無く、初期位置からナカサキまでの最短距離を走るものであった 
ワンテンポ遅れて反応したナカサキは焦りながらも上半身を後方に下げ回避を試みようとする 
実際リンリンの放つ斬撃をなんとか眼で捉える事が出来たし、スウェーバックにより回避も思い通り行う事が出来た 
本来ならば当然無傷で反撃へと切り替える事が出来ただろう 
しかし上手く避けたはずのナカサキの胸には不思議な事に大きな傷が生じてしまっている 
その傷は幻などの類では決してなく、血の流れる現実のものだ 
「えっ!?・・・えええ??」 
回避したにもかかわらず負傷してしまうという理解できぬ現象にナカサキはひどく混乱してしまう 
なまじ判断力に自信があるだけにこういう思いがけぬ事態で取り乱してしまうのはよくある事 
そしてリンリンはそんな状態のナカサキに付け込むようにニ撃、三撃を続ける 
「所詮キミも馬鹿で雑魚って事ネ、バッチリ殺してあげマース」 



つづく

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