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411:・――鏡には厭なものが映る

作:◆MXjjRBLcoQ

 結局のところ、心配していたような襲撃もなく、ヘイズ一行は神社へたどり着いた。
 階段を上り鳥居をくぐる。玉砂利と石畳が敷き詰められた広い敷地。木々に囲まれ点在する木造建築。
 神社というのは厳粛で、なのに穏やかな雰囲気で満ちている。
 宗教に不慣れなヘイズと火乃香は圧倒されながらも、土足で社の中に踏み入った。
「うーむ、なんというか……存外に退屈そうな場所だな」
 コミクロンはこの宗教的な静けさに光速で飽きたようだ。
 興味なさげに辺りを見て、そのままその場に座り込む様子はいつもより一割り増しでふてぶてしい。
 いや、それよりも気になることをこいつは言った。
「お前、神社が何かも知らないで休憩場所に決めたのかよ」
 コミクロンは、何を当たり前な、という顔をして首を縦に振った。
 頭痛がひどくなる。無意味に自信満々だったときに気付くべきだった。
 わずかな後悔とともに、どさり、と腰を下ろしてヘイズは柱にもたれかかった。
 体をはともかく、人を寄せ付けない空気で気疲れしそうだ。
「そういうあんたは知ってたの? いや、あたしも知らないけどさ」
 ごもっとも。
 向かいに座る火乃香に、ヘイズは黙って頭を振った。反対しなかった時点で文句を言う資格はない。
「だが休むには問題ないだろう。天才の直感に間違いはないはずなのだからな!」
 自慢げに高笑いするコミクロンだが、この場でリラックスできるような神経をヘイズは欲しいとは思わない。
「さて、とりあえず神社に着いたわけだが。これからどうしたい?」
 会話を不毛と判断し、ヘイズは強引に話題を変える。
 反論があるかと思ったがコミクロンは素直に口をつぐんだ。
「ここの探索が定石だろうけど、正直体力がもうないね」
 そう言って、火乃香は実に投げやりな感じに両手を挙げる。
「俺もだ、はっきり言って正直限界に近い」
 ため息一つ、ヘイズも小さく『お手上げ』、そしてどんなトンでも発言や無理難題を出すのかとコミクロンを見やる。

 フム、と彼はあごに手を当てて、
「俺も医者としてこれ以上の行軍には反対だな。休憩もかねて食事にしたい」
 続くコミクロンの珍しくまともな提案。
 ヘイズはそれに少々面食らった。さっきから妙に態度が殊勝だ。
 何故か? その理由に首をひねって、ああ、と唐突に理解するヘイズ。
(お前、自分の責任だ、って柄じゃねぇだろう)
 何か言ってやろうとして、躊躇。
 結局ヘイズは黙って頷いた。

 さて、無論食事といっても手持ちの食べ物は一種類。全員ディパックからパンを取り出しほおばる。
 空腹でさすがにパン一個では心もとなく、ヘイズはあっという間に平らげ、さらにもう一つ袋に手をつけた。
 火乃香も同じらしく、男二人の視線に少し顔を赤らめながらも、同じく二つ目を口にする。
「解っていると思うが……」
 一つで済ませ、手持ち無沙汰になったコミクロンがまたも口を開く。
「こんなパンをいくら食べても血はもどらんし、傷も塞がらん。そもそも人体に必要な栄養素は……」
「次の行動は決まりだな、食料武器探索とここの調査だ、それから改めて休息・睡眠ってことで」
 ヘイズは講釈を始めるコミクロンを完全に無視した。
 ジッとしていられんのか、と突っ込みかったがそれは我慢した。
 べらべらと唾を飛ばし続けるコミクロンを横目に、ヘイズは空袋をディパックに放り込み、ついでに中から騎士剣を取り出し、
 一瞥して、自嘲する。
 火乃香、と声をかけて
「持っててもしゃーねぇ、無手よりはマシだろ」
 ヘイズは火乃香にそれを差し出した。
 最初は目を丸くして受け取った火乃香だったが、それをまじまじと眺め、ははぁ、と頷く。
「ああ、さすがに女の子にはっきり『守ってください』とはいえないね。いいよ、任された」
 完全に見透かされていた。
 なんかだんだん落ちるところまで落ちてるなぁと思いつつも、ヘイズは苦笑いで軽口に応える。

「んじゃ、いきますか、っとぉ」
 準備を終えて、立ち上がり伸びをした弾みにくらっときた。身体は本格的に血液不足に陥ってるらしい。
 長引くとI-ブレインの回復に影響が出る。
 どうにもジリ貧だなぁ、ヘイズは急く心を呼吸一つで落ち着かせた。
 口角泡まで飛ばし始めたコミクロンを小突き、社の奥へ視線を向ける。
 格子戸の向こう側、廊下が次の社へと伸びている。

 探索を始めてまず目に付いたのが看板の多さだ。
 各建物を渡す廊下のあちこちに「順路」が並び「立ち入り禁止」が立ちふさがっている。
 どうやら神社とは観光施設の一つらしい。
 各建物の入り口には金属製の案内板が鈍い光沢を放つ。
 ヘイズは試しに一つ読んでみた。知らない単語が多すぎる。由来やら遺産の文字が堅苦しい。
 建物自体に関する考察を放棄して、ヘイズは案内板から目をそらす。と、

  ――――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ

 雲が流れ、木漏れ日が揺れる。一房だけの青い髪が風の中を心地よく泳いだ。
「のどかだな……」
 どこか懐かしい初めての感覚。おそらく一生触れることもなかったであろう景色に自然目が細くなる。
「あたしも元いた世界が世界だからね」
 いつの間にか横に並んだ火乃香が、両手を添えて耳を澄ましていた。

  ――――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ

 木々のざわめきが、辺りを包む。
「こんなゲームは真っ平だけどさ、その気持ちはわかるよ」
 振り返ってはにかむような火乃香の笑顔が、
「え」
 凍る。汗が一筋、その頬を伝って落ちる。
 顔面は蒼白で、身体は小刻みに震える。
「おい、貧血か」
 尋常ではないその様子にヘイズはあわててその肩を支えた。
 あ、と火乃香の小さな一声。視線が定まり震えも止まるが、唇は紫色をしたままだ。
 問いたげな二人の視線にさらされて少し悲しい火乃香を、コミクロンとともにヘイズは無言で待つ。
 目をそらし逡巡する火乃香が、
「今……シャーネがいた」
 とだけ、告げた。

 空白。
 ヘイズは途切れた思考を回復するのに2秒近くかかった。
「どういう意味だ、説明を要求するぞ」
 呆然とするヘイズを押しのけて、コミクロンが火乃香につかみかる。
「今そこの案内板にシャーネが映ってて……」
「まてまてまてまて」
 戸惑いながらもまくし立てようとする火乃香と明らかに興奮気味のコミクロン。冷や汗を覚えてヘイズは二人を制した。
「シャーネがいた、てのはどういう意味だ。シャーネは死んだんじゃなかったのか」
「あ、うん、ちょっと待って、あたしもよく解らないんだよ」
 ヘイズの問に答えようと、火乃香は額を押さえ、黙考する。
 バンダナの上からでも解る天宙眼の明滅。
 あまりに強いか輝きに気圧されたのかコミクロンは、火乃香を掴んでいたその手を離しあとじさった。
「向こう側、これの向こう側があったんだよ」

 ふ、と顔を上げ、熱を帯びた口調で火乃香は語る。その指が『鏡』に添えられる。
「これが『鏡みたいだ』て思った瞬間にさ、繋がったんだ。そこにシャーネが居たように見えた」
 ごくり、と飲み込む唾がヘイズの腹の底に響いた。
「ごめん、ちょっと混乱してる。あれは間違いなくシャーネだと思うんだけど、でもシャーネじゃないんだよ……」
 森で、火乃香が見つけたという“物語”が思考の海にぬらり、と浮かぶ。
 曰く、歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている。
 曰く、じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る。
 曰く、鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る。
 固まったままのヘイズとコミクロンを置き去りに、火乃香の熱弁は続く。
「――鏡の中に映ったんじゃなくて、これを境に向こうにも世界があったんだ、これがガラス窓ってイメージ……」
「もういいぜ、そのへんにしとけ」
 これ以上はきりがない、とヘイズは口元で人差し指を立てた。
 はっきり言ってさっきから火乃香の説明は支離滅裂だ。事実と推測の区別がついてない。
 緊張ではらわたが、ごろり、と蠢く。
 危険だ。火乃香でさえ、「こう」なる。
 そんな直感が、ヘイズの理性をじりじり蝕む。
 本能ともいえる部分が頑なに思考を拒否する。理解を拒む。
(くそったれ!)
 それでもヘイズは拳を握り締め、腹をくくった。
 知らなければ予測は出来ない。知らなければ回避できない。
 死んでしまってからでは、「知らなかった」では済まされない。
 相手を知って、分析する。それはI-ブレインが止まっていても関係ない、ヘイズの原理だ。
 口を噤んだ火乃香が、鏡に向き直る。ヘイズも、コミクロンもそれに倣う。
 そうして『鏡』を凝視する三人。淡く映る景色の中で、偽者の世界はあまりにも静かだった。
 

 変化の乏しい景色が、ヘイズの思考力を徐々に蝕む。
 集中力が切れ、意識が途切れだす。
 瞬間、唐突に隣で息を呑む気配。
――何がある?
 活をいれ、ヘイズは鏡を凝視して、
 みつけた。

  ――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ

 風はあくまで優しくヘイズの首を、背筋を、腿を執拗に撫ぜる。
 熱を奪われた汗の感触が、研ぎ澄まされた神経にひやり、と障る。
 案内板にぼんやり映った、ひどくあいまいで頼りない世界。
 現実の投影であるはずの風景に、現実にないものが存在している。
 鳥居の影に「それ」が在った。金色の瞳と、目が合った。
――確かにシャーネに似ている。いや、背丈、体格はそっくり同じといっていいな。
 ヘイズは少しだけ気を緩め、そしてすぐに、一瞬でも「それ」をシャーネと認識したことを後悔することになった。
 鳥居の影から一歩踏み出し、「それ」が笑う。
 その笑顔に、そのどうしようもない異物感に、ヘイズは心底慄いた。
 いつの間にか風が止んでいた。耳が痛いほどの静寂にようやく気づいた。
 わななく腕を押さえて立っているしかない自分にようやく気づいた。
 それに関わってしまった時点でもう後戻りは出来ないことに、ヘイズはようやく気づいたのだ。
 三人の前で奇妙に細い腕が、伸びる。
 骨格も筋肉も忘れたように曲がる。人間の尊厳すらも忘れたように、歪む。
 虐殺劇のように冒涜的で吐き気がする。
 解剖実験のように冒涜的で肌が粟立つ。
 ヘイズの右足が半歩、下がる。左足が半歩、下がる。右足がこつんと、欄干にあたる。
 腕は確かめるようにぐるりと巡って、

 こちらに向けて、にゅうっと伸びた。

【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・渡殿/1:30】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:貧血 I−ブレイン3時間使用不可 (残り2時間ほど)
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml)
[思考]:……
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:……

【コミクロン】
[状態]:軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、能力制限の事でへこみ気味
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君 
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1200ml)
[思考]:……
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       シャーネの食料は全員で分けました。
       行動予定:1、神社で食料武器探索 2、休息・睡眠

2005/07/16 修正スレ155

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