作:◆1UKGMawNc
目を覚ますと、木製の天井が映った。
(ああ……戻ってきたのだったわね)
朦朧とする意識を引きずって、クリーオウと空目の待つ保健室へ辿り着いたところまでは覚えている。
道中、他の参加者に出会わないかどうか気が気ではなかったが。
毛布を被せて貰い、一言二言話をして……そこで安堵してしまったのか、どうやら私は気を失ったらしい。
床に倒れていたはずだが、いつの間にかベッドに寝かされていた。
身体の横に重みを感じる。涙でぐしゃぐしゃになった顔のクリーオウがしがみついていた。
他に、サラとピロテースの姿が見える。彼女達も無事戻ってきたようだ。空目とせつらはどうしたのだろう。
「クリーオウ……」
手を伸ばして頭を撫でてやる。
「クエロ! よかったぁ……気がついた……」
泣き笑いの顔で安堵の声を漏らすクリーオウに、こちらも弱弱しく笑いかける。
図らずも少し睡眠をとったというのに、身体の疲労は取れていなかった。
ゼルガディスの出したあの青白い炎に触れてからだ。いまいましい。
……そう、彼――ゼルガディスのことをごまかさなくては。
「だから言ったろう。気を失っているだけだと」
「だ、だって……!」
枕元にやってきたサラとクリーオウの会話。
この調子では、私が気を失ったことでこの子は大騒ぎしていたに違いない。
「サラ、今の時刻は……?」
「12:10。今さっき、放送でゼルガディスの名が呼ばれた。……何があった?」
ゼルガディスの名が出た瞬間に、服の裾を掴むクリーオウの手がびくっと震えた。
ごめんねクリーオウ、恨むなら彼の用心深さと運の悪さを恨んでね。
「……ええ、話すわ」
精一杯沈痛な表情を浮かべ、私は皆に『事の顛末』を語りだした。
――周辺エリアで、二人の参加者の死体を見つけたこと。
その参加者の支給武器と思われる、"魔杖剣・贖罪者マグナス"を発見したこと。
魔杖剣についてはマニュアルがあったことにした。今後、彼女達の前でこれを使う場面はきっとある。
そして、元いた世界での敵――ガユスとの遭遇――
「なるほど、相手を騙し油断させて寝首を掻くのがその男のスタイルか」
「ええ、でもそれを知っている私がいたから……」
――友好的態度で接してきたガユスと連れの男――彼は緋崎と呼んでいた――は態度を豹変。
私は緋崎の魔術を不意打ちで食らってしまい、今のこんな状態に――
「体内の精霊力に乱れがある……というより、酷く弱っているな。私も精神を磨耗させる精霊を呼べるが、それのさらに強力なものを受けたのだろう」
「そんな……それ、大丈夫なの?」
「しっかりと、まとまった時間の睡眠をとれば問題ないはずだ」
――戦闘が始まった。
だが、私はほとんど前後不覚の状態で、実質二対一。
ゼルガディスは私を足手まといと断じて逃げろと命じ、自身は私が逃げる時間を稼ぐためにそこに残った。
そして、微かに聞こえた、彼の断末魔の声――
「ごめんなさい……私が、もっと注意を払っていれば……こんなことにはならなかったのに……!」
「クエロ……」
嗚咽し、取り乱す私をクリーオウが抱きしめてくれる。
声を出すと自分も泣き崩れそうなのだろう。身体を小刻みに震わせ、必死に声を殺しているのが分かった。
「――それは彼が自分で判断して取った行動の結果だ。あまり気に病まないことだね」
扉を開けてせつらと空目が入ってきた。
せつらはバケツを、空目はポットとトレイを携えている。載ってるのは……インスタントコーヒーの瓶?
「二人ともごくろう。……自分で探せと言っておいて言うのもなんだが、よく見つけたな。空目」
「職員用の給湯室で見つけた。ガス――火種も生きていた」
サラが指示を出して持ってこさせたらしい。
何に使うのかと思ったが、バケツになみなみと入ったお湯を見て、私の汚れを落とすためだと気づいた。
転がって服の炎を消したり、ここへの道中幾度か転倒していたことで、かなり薄汚れてしまっているはず。
……というか、今気づいたけど下着姿じゃない。毛布で見えないけど。
「僥倖だな。さあ、男性陣は向こうを向いているのだ。こちらを向いたら同盟破棄とみなすのでそのつもりで」
「それは大変だ。お湯は水道水を暖めたものだが、よろしいんですね?」
「一応私が浄化する。そこに置け」
ピロテースがなにやらよく分からない言葉を紡ぎながら湯に触れる。
一瞬それを興味深そうに眺めて、せつらはおとなしく窓の外に視線を移した。
「――ギギナ? それも危険人物か」
「ええ。ガユスの仲間で、こっちは戦闘狂よ。……そういえば放送では?」
「呼ばれていない。容姿を詳しく教えてほしい」
保健室に常備されていたタオルで身体を拭きつつ、私はサラの疑問に答える。
汗と土で汚れた身体が綺麗になっていくのはやはり心地よい。
擦り傷や軽い火傷もあったと思うが、それらはピロテースが治したらしい。
もっとも、「精霊を呼ぶ際の消耗が普段より大きいので多用はできない」そうだが。
「はじめに危険人物のリストも作っておくべきだったか」
ギギナの特徴をメモしたサラがそう漏らした。
今回のはリストがあっても避けられなかったと思うけど、それには賛成。
それに、魔杖剣は手に入ったし、邪魔な男も始末できた。
結果オーライとはいえ、悪い展開ではなかったわ。私にとってはね。
「誰か他に危険人物に心当たりのある者はいないか?」
「……特定の個人としてではないが」
サラの言葉に、そう前置きしてピロテースが口を開いた。
「実は、森でゼルガディスの探し人らしき人物を見つけた。死体だったが」
「というと……つまり、アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンか」
サラが呟いた。ということは、そのアメリアも放送で呼ばれたのか。
そうなると、残る彼の知り合いはリナとかいう女性一人。
精神的に強いかどうか分からないけど、下手をすると自棄になってゲームに乗りかねないわね。
ピロテースがデイバッグから何かを取り出した。
腕輪とアクセサリー。つまりは、彼女の遺品だろう。
「今となっては当人と断定はできないがな。彼女の死因を探ってみたのだが、どうやら参加者の中にヴァンパイアがいるらしい」
窓際で空目と缶詰談義をしていたせつらが反応した。
「詳しくはな……」
「同盟破棄」
「……振り向いてませんよ。詳しく話してくれませんか」
せつらとピロテースの話を要約すると、こうだ。
曰く、美姫という参加者がヴァンパイア――吸血鬼である。
曰く、咬まれた対象はその眷属となり、血を求める危険な存在となる。
曰く、アメリアには咬み跡があったにもかかわらず、眷属となってはいなかった。
少ない情報だが、ここから導き出される結論は。
「ピロテースが見つけた女性を殺害したのは美姫ではない。他の吸血鬼か似たような存在が殺害した、ということか」
美姫とその何者か。警戒すべき吸血鬼、もしくはそれに酷似したものが、最低でも二人以上いるということ。
魔法、精霊、それに吸血鬼。本当に何でもありね、この世界は。
「ガユス、緋崎正介、ギギナ、美姫、謎の吸血鬼……最後のは容姿が分からないが、判明している危険人物はこんなところか」
サラがまとめつつコーヒーを差し出してくれた。
礼を言って受け取り、一口飲む。……甘い。
クリーオウはこれくらいが丁度いいのか、美味しそうに飲んでいる。
どうやら少しは落ち着いたようだ。
「糖分を摂取して眠るといい。起きたらまた行動開始だ」
「え、私は起きてるよ。皆が寝てる間、見張りを……」
「いいから寝るのだ。今のあなたに必要なのは休息だぞ、クリーオウ」
「それは皆のほう!」
二人が口論しているうちに一気に飲み干し、ベッドに横たわる。
疲れた身体と精神に暖かい飲み物とくれば、次に来るのは眠気だ。
案の定、急激に眠くなってくる。
(悪いわね、ベッド一つ占領させてもらうわよ)
言葉にするつもりだったが、それすらも億劫だ。
心の中でだけそう言って、二人の声をBGMに私は意識を手放した。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・12:25】
【魔界楽園のはぐれ罪人はMissing戦記】
共通行動:学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイバッグ(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。詠子と物語のことを皆に話す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により睡眠中
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: ゼルガディスを殺したことを隠し、ガユスに疑いを向ける。
集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。
【ピロテース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う/邪魔する者は殺す/再会後の行動はアシュラムに依存