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363:戦渦の恋

作:◆lmrmar5YFk

「きゃあぁぁっ!」
手持ちぶたさにぼんやりと立っているカイルロッドの元へ、突如井戸の方向からあられもない叫び声が響いた。
それが同行者の少女が発した悲鳴だとは容易に想像がつく。
誰かに襲われでもしたのだろうか。非力な女性を一人にした自分の迂闊さを悔やみつつ、カイルロッドは一目散にそちらへと走った。
「淑芳!?」
木々をかき分け、焦った声でそう叫ぶカイルロッドが見たものは、産まれたままの状態で一人立っている淑芳だった。
――それこそ上から下まで。
裸の少女はそのままの格好でがばっと腕を広げると、カイルロッドへと走り寄り、その胸元にしがみついた。
「むむむむ虫が…そこ、そこにっ!」
指された方向に視線をやれば、淑芳の肩越しに芋虫のような緑色の幼虫が幾匹もうねうねと蠕動しているのが見えた。
ゲームに乗った参加者の襲撃でなかったことにほっとしつつ、しかしそれ以上に困ったことになった現状にカイルロッドは戸惑いを隠せない。
一糸まとわぬ姿の少女に抱きつかれているのだ。これはまあ、お年頃の正常な男性には色々とまずいものがある。
上着にまわされた腕はか細くて、少し力を加えれば折れてしまいそうなほどに儚いし、
そのくせ指先は震えながらもしっかと握り締められていて、無下に振り払うことも出来ない。しかも……。
(こ、これは……この何ともいえない感触は……)
お世辞にも豊満とはいえないバストサイズの淑芳とはいえ、そこはやっぱり女の子。
ほの白い皮膚の表面は傷一つなく艶やかで、肌をはじいた水滴が表面に丸く玉を作っている。
むちむちぷるるんっと柔らかな感触が、女の子! って感じの少し高めの体温と共にカイルロッドへ伝わってきた。
視線を下げれば形よくツンと上向きな二つの乳房がばばんと自己主張しているし、かといって顔を見るのも気恥ずかしい。
淑芳がいつも焚き染めている香の甘い香りが鼻腔をさわさわとくすぐって、カイルロッドの理性をますます誘惑する。

「しゅ、淑芳、その……離れてくれないか……」
湯気が出そうなほどに真っ赤な顔でしどろもどろにうろたえながらそう言うカイルロッド。
しかし、相手は恋にかけては百戦錬磨の淑芳ちゃんである。
何とか雑念を払おうとするカイルロッドの思惑なんぞ、とっくのとうにお見通しだ。
「もう少しだけ、こうさせて下さいませ……」
熱い声でそう囁いて、回した腕にぎゅっと強く力を込める。
そのせいで、淑芳の胸が更にカイルロッドの身体へと押し付けられ、互いの心臓の鼓動まで聞こえそうに密着する。
プリンみたいなそれはぷにぷにっと弾力的で、水浴びをしていたばかりだというのにほんわか温かかった。
淑芳の体温がこちらの身体にゆっくりと移っていくのと同時進行で、下半身の一部に血液が集まっていくのを自覚する。
もっとも、それを気にしているのは当のカイルロッドばかりで、胸を押し付けた当人はまったく頓着していない。
抱きついた体勢のまま、くすんくすんと涙につまった声でカイルロッドへと語りかける。
「私、カイルロッド様に申し訳なくて……。星秀さんのように優秀な神将でさえ、やられてしまう状況ですわ。
私のようなろくに戦えもしない小娘、カイルロッド様にとってただの足手まといですもの」
顔を思い切り伏せてさめざめと泣き始めた淑芳に動揺したカイルロッドは、つい腕を伸ばして彼女を抱きしめてしまった。
彼女の頭へと手を回し、濡れて滑らかに光る銀の髪をそっと梳く。
「そんなことない。俺は君がいてよかったと思ってる。俺一人だったら何をすればよかったかさえ分からなかっただろうから……。
だから、君には感謝してる。俺には、誰か守りたいと思わせるような相手が必要なんだよ」
「……カイルロッド様」
顔を上げた淑芳が、カイルロッドを熱っぽく見つめる。その瞳に涙の跡が微塵もなかったのに、しかしカイルロッドは気付かなかった。
とろりと蕩けた淑芳の視線に射抜かれ、カイルロッドもまた無言になってしまう。

見詰め合う男と女。その均衡を打ち破り、先に動いたのは女の方だった。
淑芳は心持ち顎を上向きにすると、潤んだ双眸をそっと閉じた。踵を持ち上げて背伸びすると、ちゅうっとやるのに何とも丁度よい高さになる。
突き出された唇は桜貝のように愛らしいほんのりピンク色で、紅潮した色っぽいその表情に、カイルロッドも思わずどきんと胸が脈打った。
髪を梳いていた指の動きが止まる。
緊張に揺れる腕を少女の背へとまわすと、その動作に、腕の中の淑芳が少しばかり身体を強張らせるのが分かった。

二つの唇が、熱い吐息と共にそっと重なり合――

――いはしなかった。

「いつまで下らない恋愛ごっこを続けるつもりですか」
二人からすっかり存在を忘れられていた陸が、カイルロッドの足元で声を上げた。
その台詞に正気を取り戻したカイルロッドが、ぱっと淑芳から両手を離す。
一方の淑芳は、一瞬、邪魔しやがってとでも言いたげな憎々しげな顔をしたあと、思い出しように手で身体を覆って大声を上げた。
「きゃぁあっ! この出歯亀っ! 盗撮! 覗きっ!」
「そんな格好でいる自分が悪いんでしょう。まったくこんなときに男漁りだなんて、一体何を考えているんです」
淑芳は、井戸の脇の枝に掛けてあった着物を素早く羽織ると、冷ややかな目の陸に怒り心頭で声を荒げた。
「お、男漁りですってぇ!? 崇高で神聖な恋愛をそんな下劣な行為と同一視してほしくありませんわっ!」

「何が『崇高で神聖』ですか。下らない」
「下らない!? まぁ、そりゃーあなたはいくら喋れても所詮犬畜生。人間様の愛の営みが理解できるとは思えませんから」
「犬畜生!? 」

口論を始めた二人の間で、カイルロッドは気まずそうな顔をして立ち惚けていた。
今のは不可抗力だ。世の中には、据え膳食わぬは何とやらとの格言もあるくらいだし、あんな状況で逃れられる男はそういない。
だから、この胸を高鳴らせる感情は、ただの動揺と興奮だ。
そう己に言い聞かせて、はぁと短く吐息する。

――銀髪の少女に、少しだけ、本気になってしまいそうな自分がいた。

【F-2/井戸の前/一日目、06:55】
 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:井戸の水で身を清める/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
     /雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
 [思考]:井戸のの周りを見回る/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
     /陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出

 [備考]:二人の間に恋愛フラグが立ったり立たなかったりしています。

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