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362:缶詰の物語・無謀編

作:◆l8jfhXCBA

「……」
「……」
 殺し合いが行われているとは思えないほど静かな学校の中。
 読書にふける空目恭一を、クリーオウはぼんやりと見つめていた。
(……暇)
 彼の持ってきた本を読もうともしたのだが、三ページで挫折した。
 他の五人が帰ってくるまで、することがない。
「みんなまだかな?」
「放送まで後二十五分だ。問題が起きていなければ、もうまもなく帰還するだろう」
「問題……。大丈夫、だよね」
「皆戦闘能力があるものばかりだが、五体満足でいるのは難しい。無事に帰ってくることを願うしかない」
 断言して、恭一はふたたび本に視線を戻した。
 静寂がふたたび訪れる。
(……会話も続かないし)
 恭一がいてくれるおかげで不安と恐怖は抑えられているが、やはり沈黙は寂しい。
 彼にしてみれば、自分との会話よりも読書の方が面白いのだろう。
 隣に人がいるときくらい、その人の方に興味を持ってほしいのだけれど。
(悠二ともっと話せばよかった)
 せめて放送まで引き留めておけばよかったと、今更後悔する。
(あ、そういえば缶詰をもらったんだっけ)
 “友好の印”としてもらった大量の缶詰のことに思い出す。
 ……そして、ここに来て以来何にも口にしていないことに気づき、今更空腹感を覚えてしまう。
 食欲には勝てず、クリーオウは缶詰とペットボトルをデイパックから取り出した。
「ね、もらった缶詰食べていいかな? みんなと一緒に食べた方がいいけど、お腹がすいちゃって」
「かまわない」
「あ、恭一も食べる?」
「……もらおう」
「はい!」
 恭一に缶詰を手渡し、自分も一つ手に取る。
 パッケージはない。中身は悠二も知らないらしいが、さすがに毒ではないだろう。
 底にあるプルタブをひっぱり、缶を開けた。

「あ、桃だ」
 中にはおいしそうな二つ割りの黄桃が入っていた。ここで甘いデザート類が食べられるのは嬉しい。
「そういえば、わたしの住んでる町に爆安缶詰市っていうのがあってね。
一人十個だから、昔マジクが誰かの買い出しに付き合わされて、わたしの約束すっぽかされて……」
 まだ旅に出てもいない──彼と同じ学校に通っていたころを思い出して、少し心が沈んでしまう。
(……わたしまた暗くなってる)
 自分で話題を出しておいて自分で沈むなんて滑稽すぎる。
 その気持ちを振り切るようにかぶりを振り、
「……とにかく食べよう!」
 ぬるっとしている桃を、手でつかんで食べた。
 恭一も同じように口に運ぶ。


「…………!?」
 明らかに桃ではない感触と味が口の中に広がった。
 ──たとえるなら、筋だらけの硬い肉。
 焼肉のタレのような濃い味と、汗くさいような味もした。
「…………うー」
「…………」
 口からそれを吐きだして、ペットボトルの水を一気に飲んだ。
 恭一も珍しく複雑な感情を顔に浮かべている。同じ味だったのだろうか。
 彼も自分と顔を見合わせた後、その謎の物体を缶詰に戻──そうとして、止まった。
 見ると、缶詰の底に目を向けている。
「……?」
 彼の隣に行き、同じく底を覗いてみる。
 ──そこには、毛筆体でこうかかれていた。


『非情食第一弾・筋肉であそぼう』

「……」
「……」


「他の八つが同じものであるという確証はないが……食べない方が無難だな」
「……うん」
 なにせ“第一弾”だ。これより奇妙なものが入っているかもしれない。
「本当に、どうしても、お腹がすいてしょうがなくなったときまでは食べたくないね……」
 口直しのパンをかじりながらつぶやく。最初から缶詰でなくこっちにしておけばよかった。
 恭一は、こちらのペットボトルから水を一口飲んだ後、すぐにまた読書を再開していた。
(あんな顔するなんて意外だったな)
 恭一があれを食べたときに見せた表情を思い出し、顔を緩ませる。
 彼も、完全に無感情というわけではないようだ。
 話しかけたときも、こちらを無下にはされたものの嫌がられたことはなかった。
 ──素っ気なく返されても積極的に話題を振り続ければ、もう少し親しくなれるかもしれない。
「……恭一!」
「何だ?」
「あのさ、恭一が元の世界にいたときのことを話してくれない……?」
「……ああ、わかった」
 少しの沈黙の後、あっさりと彼は了承してくれた。


(“物語”に関わることを省けば、問題はないだろう)
 そう考え、空目はクリーオウに元の世界の生活のことを話し始めた。
 興味津々で質問してくる彼女同様、自らもまた異世界の文化には興味があった。
 ──彼女の世界とは、文化自体にはかなりの違いがあったが、学校の体系自体はそれほど相違が見られなかった。
(根本的なところでは同じ部分がいくつもある。やはり、平行世界のようなものか)
 ……おそらくここには、大きく分けて二つの類似した世界から呼び出された参加者達がいる。
 クエロ、せつら、そして自分のような、主に科学が発達した世界から来た者達。
 サラ、クリーオウ、ゼルガディス、ピロテースのような、主に魔法などの超常現象が発達した世界から来た者達。
(一体、どれくらいの世界から引っぱってきているんだ?
──そもそも、多数の世界から多数の参加者を拉致した目的は何なんだ?)
 疑問は次から次へと湧いてくる。余裕があれば、集合したときに議論してみたい。
(……“殺し合う”という条件さえなければ、より多くの世界の住人から知識が得られたのだが──仕方がないな)
 異世界の知識の一端に触れることができただけでも、幸運だと考えた方がいい。

 ──と。
 廊下を歩く足音が、耳に入った。
「……誰か、来た?」
(足音をまったく殺していない。仲間か、殺し合いを望んでいないか……誘い出そうとしているのか)
 どちらにしろ、覚悟はしておいた方がいい。
「逃げる準備をしておこう」
「うん」
 二人で窓の近くに寄る。鍵は最初に部屋に入ったときに外してあった。
 自分のデイパックを手に取り、いつでも開けられるようにジッパーに手を掛けておく。
「……」
 クリーオウが不安そうにこちらを見る。
 自分も彼女も、戦闘には向いていない。頼れるのはこのデイパックの中身しかない。
 そして、足音が保健室の前で止まった。

「クリーオウ、空目、そこに、いる?」
「──クエロ!」
 その声は、確かにあの女性のものだった。
「……! 大丈夫!?」
 そして戸が開かれた刹那、クエロが保健室の床に倒れ込んできた。
 外傷は見られないが、相当疲労しているようだ。
 ──それと、顔には涙の跡が見られた。
「ごめん、なさい、少し……休ませて」
「あ、うん。今、毛布持ってくるから!」
 言うなりクリーオウは保健室のベッドへと向かい、クエロに人肌で暖まった毛布をかぶせた。
「……ありがとう」
「怪我はしてない? 包帯とかもあるから」
「……ゼルガディスは、どうした」
「……!」
 クリーオウを押しのけ、一番気になっていたことを問う。
 予想は、なんとなくついているが。
「……ごめんなさい。私のせいで、彼は…………殺されたわ」
 かすれた声でクエロは言った。
 彼女の目から、涙がこぼれ落ちていった。


【D-2/学校1階・保健室/1日目・11:45】
【はぐれ罪人はMissing】
共通行動:学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイバッグ(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。詠子と物語のことを皆に話す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 精神的に相当の疲労、気を抜くと意識を失うレベル
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: ゼルガディスを殺したことを隠し、ガユスに疑いを向ける。
    集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
    魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している

※食べかけの缶詰二つが保健室に放置されています。

2005/07/16  改行調整、三点リーダー・ダッシュ一部削除

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