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361:ノウウェアー・ワーズ(行き場のない言葉)

作:◆l8jfhXCBA

「……」
 ざく。
 枝を土に突き刺し、土を抉り、涙を拭う。
「……」
 ざく。
 疲労と倦怠感に耐えながら、それを繰り返す。
「……」
 ざく。
 頭の大きさ程度の穴でも、枝一本で作るのは効率が悪すぎた。
 だが、止めるわけにはいかない。どうしても彼を弔いたかった。
「……」
 ざく。
「……」
 ざく。────『諸君、これより二回目の死亡者発表を、
「……!」
 突然、頭の中に見知らぬ声が響く。
 おそらく、死者の名を告げるという放送だろう。
 手を止めて、声に集中する。
「大丈夫……、あの人は大丈夫。あたしは、信じてる」
 枝を強く握りしめ、フリウ・ハリスコーはつぶやいた。

 信じるとはどういうことか。
 もし信じているというのなら、それは確かめる必要すらない。
 もし確かめるというのなら、それは信じていないのと同義である。

 そして。
 そこにあと一つ何かが加わる前に、最後の偶像は崩れ去った。

 ──014ミズー・ビアンカ。


「え」
 これは人の名前。知っている名前。探している人の名前。
「……え、と」
 これは放送。死者の名を告げるための放送。そこで彼女の名前が呼ばれたと言うことは、
「…………ぁ、ぁあああ、あ」
 理解した刹那、すべてが崩れ落ちた。
 叫ぶような心臓の音が鳴り響く。
 かすれた声が口から漏れる。
 生温い涙が頬を撫でる。
 身体が寒い。
 痛い。
「ぁぁぁあ、あああああああああああああああ!」
 なぜ。
 なぜ彼女なのか。
 なぜ彼女が死ぬのか。
 なぜ彼女が死ななければならないのか。
 なぜ彼女が殺されなければならないのか。
「ああああああああ、あ、ぁ、ぁぁあ」
 ミズー・ビアンカ。
 念糸使い。精霊使い。殺し屋。契約者。
 自分と同種の力と、痛みを持つ者。
 彼女の存在は、ここでの唯一の救い──だった。
「なんで」
 ざく。
「なんで、なんで、」
 ざく。
「なんで、なんで、なんでなんでなんで!」
 ざく。
 行き場のない思いを大地に向ける。
 怒りや憎しみを向ける相手はいない。
 言葉を伝えるべき相手はもういない。
 彼女が抱いていた言葉は、もう自分には伝わらない。
「なんで……なん、で…………」
 涙だけが際限なく流れていく。
 彼女の死は、掴みかけていた希望を完全に打ち崩してしまっていた。
「あたしは……、ちゃんとなにかを選んで、アマワを倒して、それでまたみんなと一緒になれたのに……。
なんでまた、こんなところにひとりでいて、こんなことをしてるの……?」
 父が死んだときと同じように、答えの出ない問いかけを繰り返す。
 答えがないことは分かっている。答えを求めても意味がないことは分かっている。
「……なんで、あの人が殺されなくちゃいけないの?」
 それでも、問わずにはいられなかった。
 答えを求めずにはいられなかった。

 まるでそれはあの精霊のようだと、しばらくしてから気づいた。


「……」
 ざく。
 枝を土に突き刺し、土を抉る。涙は止まらない。
「……」
 ざく。
 疲労と倦怠感に耐えながら、それを繰り返す。
「……」
 ざく。
 彼を弔う気持ちは変わっていなかったが、墓を作るという行為は、現実逃避の道具にもなっていた。
「…………」
 ざく。
 そして頭を埋め終わり、フリウは枝から手を離してそのまま大地に横たわった。
 帰りたいという気持ちは変わっていない。
 死にたくないという気持ちも変わっていない。
 ただ、何もする気が起きなかった。
「奪われたものは取り返せない……」
 うわごとのように、呟く。
 数ヶ月前に伝えられた彼女の言葉を覚えている。だから、彼女は生きていられる。
 それでも、ミズー・ビアンカが死んだ──生命が終ったことは、覆らない。
 奪われたものは、取り返せない。
「……」
 視界に映る空をぼんやりと見つめた。
 嫌みなくらいきれいで澄んだ青い空。元の世界とまったく同じ空。
 ──ふと、ここにはいない仲間のことを思う。
「サリオン達、どうしてるかな……」
 きっと、突然いなくなってしまった自分を探している。
 ……もし自分がここで死んでしまったとして、それを彼らが知ったらどうなるだろうか。
 今の自分のように、泣いてくれるのだろうか。

「…………、あたしにはまだ、言葉をくれた人たちがいる。言葉を伝えたい人たちがいる」
 幼かったとき、八年前のとき、数ヶ月前のとき。
 今までに関わり合った人たちのことを追想する。
 本当の父と母。
 本当の父のようだった、ベスポルト。
 彼が消えた後、自分を支え続けてくれたサリオン。
 戦う術と守る術を教えてくれたリス。
 スィリー。マリオ。ラズ。アイゼン。マデューとその父。
 ──そして、ミズー。
「あの人にも、言葉を伝えたかった人たちがいるよね」
 数ヶ月前に彼女が見せた、あの眼を思い出す。
 帝都で再会したとき、彼女には仲間がいた。
 その後どうなったかは知らないが──きっとひとりではない、誰かがいるはずだ。

「……決めた」
 つぶやいて、ゆっくりと立ち上がる。
 涙はまだ止まっていない。怪我もまだ治っていない。
 彼女の死の衝撃も悲しみも収まっていない。
 それでも。
「あの人の仲間に会って、伝えよう。 ……奪われたものは取り返せないけど、でも。
あの人をなかったことなんかにしたくない人たちが、あたし以外にもきっといる。
その人たちに、伝えないといけない」
 靴跡と涙をぬぐい、胸に強く決意する。
 埋葬された死体にしばし黙祷した後、フリウは森の外へと歩き出した。

【A-5/森の中/1日目・12:40】

【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージ。右腕に火傷。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: デイパック(支給品一式)
[思考]: 元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。
[備考]:第一回の放送と茉理達の放送を一切聞いていません。
 第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
 ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

※ガウルンの死体が頭だけ埋葬されました。

2005/07/16  改行調整、三点リーダー・ダッシュ一部削除

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