remove
powerd by nog twitter

326:台風一過

作:◆3LcF9KyPfA

 走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。

 走る。走る。走る。走る。走る。

「俺は今風になっている!」
「そないなこと叫んだかて、速くは走れんで……」
「……やっぱり?」
 言ってる間にも、後ろから奇怪な着ぐるみが追いかけてきている。
「ふもっふもーっふ!」
 …………言葉が通じるって、俺達が思っているより素晴らしいことなのかもしれない。
 最後に残った懐中電灯の電池を後ろへ放りつつ、俺は素晴らしい相棒に声をかけてみた。
「ところでどう思う、逃走者B?」
「なにがや、逃走者A?」
「中身」
「そうやな――」
 逃走者Bの科白を遮って、擬音にすればズダーンという、派手な音が響いてくる。
 恐る恐る後ろを振り向くと、着ぐるみがヘッドスライディングをしていた。電池よ、お前の犠牲は忘れない。
「で、どう思う?」
 視線を前に戻すと、また会話を振る。
 どうやらアクションシーンには慣れているらしく、逃走者Bは走りながらも普通に会話を返してくる。
 ……尤も、元々全速力とは言い難いのだが。
「そうやな、やっぱこう……見るからにごっつくて、髭生やしよって――」
「ふもっふーーー!」
「ちゃう。やっぱ熊や。絶対あん中には熊が入っとんねん」
 その意見には激しく賛成したかったが、返事をしている暇はない。
「今だっ!」
「応っ!」
 まさに間一髪。着ぐるみの腕が後髪を撫でたと思った瞬間、俺達は廊下を曲がる。
「ふもっ!?」

 もつれ合うように横の通路へと倒れ込む俺達の背後で、曲がり切れなかった着ぐるみがドタドタと廊下を直進していく。
 響いてくる乾いた音は、おそらく着ぐるみが奥に積まれていたダンボールに特攻をしかけた音だろう。
「ふもふもーっふ!?」
 ……俺は逃走者Bに肩を貸すと、無言で逃走を再開する。

「はっ……はぁ……はぁ……なぁ。こないな時、なんて言うたらええんやろな?」
「はぁっ……はっ……“袋の鼠”か? それとも“窮鼠猫を噛む”か?
 少なくとも、俺は……噛みたくはないな」
「同感や」
 あれから右へ左へと曲がること二回。そしてもう一度曲がった時、三度目の正直が俺達の前に立ち塞がった。
 ――用法が間違っているが知ったことか。
「部屋の中に出口はひとつ。廊下には着ぐるみ改め熊。隠れるような物陰も部屋には無し。
 ……策はあるか、逃走者B?」
「あらへん。そっちは?」
「無い」
「ふもーっふっふっふ! ふもっふふもっふ、ふも!」
 俺達の声が聞こえたのか、熊が何かを喋ってくるが、さっぱり解らない。
「……何て言ってると思う?」
「“はーっはっはっはもう逃げられんぞ俺様の拳を食らえ”ってとこやろ。多分」
 平坦な声で逃走者Bが翻訳をしてくれる。泣けてくることに俺も同意見だった。
「ふもっふあぁぁぁぁああああ!」
「……今度は?」
「もう解らへん。ところでちょい、気付いたことがあるんやけどな」
「俺もだ。試すか?」
 言って、逃走者Bの方を向く。視線が合った。
 一瞬の静止。そして、互いに頷き合う。
 そして……それを合図と思ったのか、熊が特攻をかけてくる。

「ふもっふ、ふもふも、ふもーーーっ!」
 俺は、目を閉じる。余計な感覚は捨てる。聴覚だけあればいい。

 ドタ、ドタ、ドタ――
  タイミングが、命。

 ドタ、ドス、ドス、ドス――
  足音が変わった。部屋に入ったのだろう。

 ドス、ドス、ドス、ドス――
  ドクン、ドクン、ドクン――
   俺の心臓の鼓動が、邪魔をする。
   焦るなガユス! まだだ、まだ早い!

 ドス、ドスッ、ド――
  今だッ!

 俺は一瞬の躊躇も停滞もなく、全身全霊を込めて横へと飛ぶ。
「……ふもっ?」
 声を聞き、目を開けた俺の視界に映ったのは――

「それにしても、この部屋が窓際にあってよかったな……」
「……せやな」
 そう、最後の最後に思いついたのは、あの突進力を利用した自滅。
 偶然にも、行き着いた先が窓際だったのは不幸中の幸い、だろうか。しかし……

「なんで……元気なんだ、あの熊?」
「知りとうもないわ、そんなん」
 見下ろす視界には、腕を振り上げ「ふもふも」と喚いている熊が見える。
 窓ガラスに突進し、二階から墜落しても何故か元気一杯だった。
「…………なんなんだろうな、あれ」
「……幻覚やろ。俺らが見た白昼夢。それでええやん」
 そうかもしれない。
 一応知覚眼鏡に情報を記録すると、俺は逃走者Bに声をかける。
「で、これからどうす――」
「ふもーーーーーーーっふ!」
「……一階の入り口の方、駆けていきよったな」
「そこら辺に落ちてるシーツでも使って、降りるか」
 と、シーツを拾おうとして、まだ大事なことを忘れているのを思い出す。
「あ、そういえば」
「なんや?」
「俺はガユス・レヴィナ・ソレル。咒式士……まぁ、魔法使いのようなことをやってる。あんたは?」
 一瞬、咒式士のことは隠そうかとも思ったが、面倒くさくなってやめる。
「…………俺は、緋崎正介。仲間内ではベリアルて呼ばれとる。職業は――」
 緋崎はそう言うと、にやりと笑ってこう続けた。

 ――職業は、悪魔や。

【B-3/ビル2F、廊下/1日目/09:40】
【小早川奈津子】
[状態]:全身数箇所に打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(やや煤けている)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅 2.佐山を探す 3.あの二人は絶対に逃がさない

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)。戦闘は無理。精神的、肉体的にかなり疲労。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:あの熊のことはもう忘れたい。合流と魔杖剣と咒弾の回収に(傷を悪化させてでも)D-1の公民館へ。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的にかなり疲労。
[装備]:探知機
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:あの熊のことはもう忘れたい。カプセルを探す。なんとなくガユスについて行く。
[備考]:六時の放送を聞いていません。 走り回ったので、骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)

←BACK 一覧へ NEXT→