remove
powerd by nog twitter

271:殺竜士達の舞闘

作:◆J0mAROIq3E

 現れたのはネズミのような熊のような、しかし柄はキリンのような奇怪な動物だった。
 さしものギギナも一瞬呆気にとられる。

「ふもっふふもっ!(うほっ、いい男!)」
 数々の美男を無惨に食い散らかした奈津子から見てさえ、ギギナの美しさは際だっていた。
 憎き竜堂家の次男と比べても遜色ないほどに。
「ふもふもっふふもっふ!(そなたが生まれたのは我が伴侶になるためと知るがいいわー!)」
 ボン太君の作り物の瞳がきらきらと光る。

 『それ』は奇声を発しながら両腕を広げ、飛びかかってきた。
 丸太のような巨腕を屈んで回避。一瞬の判断の鈍りは、ギギナの銀髪を一筋奪い取った。
「……なるほど。そのふざけた着ぐるみは油断を誘うためか。よく状況を理解している」
 低空を跳躍して距離を取り、何故かショックを受けているような化け物を見据える。
「ふもっふ?」
「言葉は通じぬか。下らぬ戯言で興を削がれる心配はないな。好都合だ」
 抜き身の剣を構える。
 相方の眼鏡といい、先刻遭遇した態度の巨大な少年といい、無駄な言葉は闘争を汚す。
 先ほどの一撃を見るに、化け物は今の自分と同格の身体能力を持っている。戦意も十分。
 着ぐるみの膨れ方は中身がラルゴンキン級の人型重戦車だと告げている。
「ならば最早私も一振りの剣となろう。――さあ、闘争の時間だ」
 白磁の腕に潜む筋肉が膨れ上がった。

 恒常的に作用していた咒式がない以上、頼れるのは己の筋力と技術と剣のみ。
「いぃぃぃぃぃあっ!」
 雷撃のような踏み込みで放つ斬撃に化け物は反応。
 その巨体に見合わぬ素早さで、ステップを踏むように横に回った。

「ふもっふふも!(何故、どうしてあたくしの愛を受け入れないの!?)」
 愛とはかくも悲しいものなのか。何故にこの美丈夫は自分に刃を向けるのか。
 着ぐるみを装備したことがこうも裏目に出るとは正義の戦士にも予測できないことであった。
 傷ついた心はすぐさま憤怒という皮膜で覆われていく。
「ふも……ふもっふ!(調教が必要なら……容赦はしなくてよ!)」
 ボン太君の命持たぬ瞳がギラリと光る。

 化け物の行動は迅速だった。
 何事か喚くと愚直なほどの右ストレートを叩き込んでくる。
 速い。即座に回避よりも防御を選択。剣の腹を拳に向けた。
 着弾。そうとしか形容のできない衝撃が、ギギナの巨体を後方に飛ばした。
「なっ……!?」
 背面の木を激突寸前で蹴り、着地。腕には久しく忘れていた痺れが残った。
 化け物は追い打ちをかけるでもなく悠然と歩み寄ってくる。
 規格外の生物。その事実は恐れより喜悦を分泌させた。

 化け物の戦術は単純にして明解。
 近づき、殴る。飛びかかり、その重量+加速度を叩き込む。
 その単純な攻撃は意外なほどに厄介だった。
 剣の分リーチは勝っても、身体能力は驚くことに化け物の方が高い。
(異貌のものと考えた方が良いか。実に素晴らしい)
 これこそ己の求めた闘争だとギギナは確信する。
 打撃を回避し、通り抜けざまに切り払った横腹には何の傷も残らない。
 長命竜の鱗に匹敵するほどの耐久性だ。
(こちらの破壊力が限られている以上、戦術の幅も狭まってくるな)
 それは面白くないことであったが、同時に快いことでもある。
 勝ちづらい相手に核融合や音速超過の砲弾で決着を付けるのは自分には向かない。
「るぉぉぉああああああ!!」
 肉体を颶風と成し、切っ先を槍のごとく突き入れる。
 垂直に突き立つ刃であれ。ドラッケン族の格言を形にしたような突きにさえも化け物は動揺を見せない。
「ふもぉぉぉぉっ!!」
 あろうことか刀身に両の拳を叩き付ける。
 大きく軌道を外された魂砕きは着ぐるみの腹を裂くことなく滑り、隙を生んだ。
 がら空きの胸部に丸みを帯びた前足がねじ込まれる。
 急制動をかけた脚での回避は半端に実現した。
 着ぐるみの柔らかさもあり、拳撃は胸骨を砕くには至らなかった。
 しかし人体から発生し得ないその破壊力はドラッケン族の強靱な肉体にさえ作用した。
 敗北を知らない剣舞士がほんの一瞬膝をついたのだ。

「っくぅ……くくく……!」
 明らかなダメージを負い、無様に膝を土で汚し、それでもギギナは笑った。
 それは見る者を惑わし畏怖させる、肉食獣の笑み。
「愉しいぞ化け物。これほどに心の震える闘争は久方ぶりだ……!」
 その言葉に化け物はショックを受けたようにのけぞったが、言葉が通じないので気のせいだろう。
 痛覚を意思で封殺。震えを戦意で強制停止。
 ギギナを最強の剣舞士たらしめているのは、優れた生体咒式の扱いに限らない。
 いかに傷つこうと、その膂力を最大限に振るえなければその称号は得られまい。
 構え、冷静な闘争心を真っ直ぐにぶつける。
「ふもっふもっふもっ」
 化け物は気負う様子もなく再び歩み寄り、弓のように腕を引き絞る。
(身体能力は正真正銘の怪物。だが技術は皆無。傲りが過ぎるな)
 急所を狙いもしないその動きはチンピラと大差ない。
「ならばこの私と舞えると思うな!」
 ギギナは下段に構えた剣を振り上げ、上空へと放り投げた。
 それを罠と取らず、視線を逸らしもしない化け物の右拳が腹へと突き出され、
「得意分野とは言い難いがな……!」
 獣のしなやかさで、ギギナの全身が右腕へと絡み付いた。
 腕一本の筋力を全身の筋力で破壊する。
 自由に暴れ回れる着ぐるみの柔軟性は外部からの圧力も正確に中へ伝達。
 折る。その試みは正確には成功しなかった。
 が、分厚い着ぐるみの奥からはミシリと嫌な音が響いた。

「ふもぉーーーーーっ!!」
 それが悲鳴であることは疑いようもない。
 混乱した左拳が迫る中、罅を入れた右腕を鉄棒のように使いギギナは跳躍。
 中空にある無防備な彼を拳は追尾。
 不完全な構えから放たれたとはいえ、人身を破壊するには十分な威力であることは見て知れる。
 それを見据え、悠然とギギナは空へ手を掲げる。
 降参のポーズなどでは有り得ない。その証拠に、天は掌中に一つの物を与えた。
 魂砕き。
 正確に握ったそれを腕力のみで振り下ろし、打撃を受け止めた。
 軽々と吹き飛ばされるが、痺れる腕で大剣を振り回し重心制御。
 音もなく腐葉土に降り立った。
 その躍動する美しさに風さえも止んだ。
「さぁどうする化け物よ。攻撃力が半減してもまだ私と殺り合えるか」
 自身の苦痛を表情にも出さず、或いは自分でも気付かずにギギナは告げる。
 言葉は通じずとも意思は通じるだろう。
「ふもっふ……ふも……」
 表情を変えないまま化け物はじりじりと後退し、怒りの踵を地面に叩き付けクレーターを生成。
 次いで身を翻し駆け出した。
 あの化け物は傷が癒えたら再び襲い来る。
 その確信はギギナに凶悪な笑みを作らせた。

 かつてない苦痛に奈津子は地を揺らしながら逃走する。
「ふも! ふも! ふもっふ!(戦術的撤退! 戦術的撤退! これは敗走ではなくてよ!)」
 背後からはあの可愛さ余って憎さ八億倍の美神の声が朗々と響く。
「また会おう着ぐるみの男よ! 次は命の果てまで奪い合ってやる!」
「ふもっふぁあぁあああ!!(あたくしは女じゃぁぁぁ!!)」
 思いは正しく伝わらない。
 
【F-5/森/1日目・7:15】
【残り88人】

【小早川奈津子】
[状態]:右腕損傷。殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する。
[装備]:コキュートス(アラストール入り。アラストールは奈津子の詳細を知らず)
    ボン太君量産型(脱衣不可能)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅。2.傷が癒えたらギギナを喰らい尽くす。他の連中にも容赦無用。

【ギギナ】
[状態]:疲労。休息が必要なダメージ。かなりご満悦。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:食って休んで強者探索。

←BACK 一覧へ NEXT→