作:◆JcP82GanDE
小早川奈津子は走りながら――尤も速度は幾分落ちている――思考する。
既に気付いている。このペースで戦っていては持たないということに。
負傷しているだけではなく、武器がないのだ。
武器、もしくは使える部下が欲しい―――――そういえば。
『アラストール、と言ったかしら。お前は何かできないのかえ?』
奈津子は気付く。アラストールについて何も知らない。
もし、何か武器になるのならば、と考えるが、アラストールは無情にもNOの返事を返した。
『今の我が本体は契約者たるシャナにある。コキュートスは意志を顕現するだけにすぎん』
その後アラストールは自分達について少々語った。
普段なら語りはしないだろうが、今の異常な状況では話が別である。
何故か契約者の下へと戻れない。
だから誰かに直接契約者の元へと届けてもらう必要があった。
その為にも奈津子には死なれてもらっては困る。
こんなふざけた着ぐるみで放置されるのは迷惑である。
もっとも、奈津子が契約者に素直に渡すかどうかは別の話なのだが。
『オーッホッホッホ! つまりその契約者とやらが死ねばあたくしにもその力を受けるチャンスはあるってことね!』
アラストールが語り終わったとき、嫌な言葉を聞いた。
(……悪夢だ)
この人間と契約するなど、という思いがアラストールの心を満たした。
たしかに正義感はあるようだし――独り善がりだが――奈津子の器は大したものだが……。
(む。性格を無視すればなかなかの器になれるのかもしれぬが……)
契約する相手を選ぶアラストールだ。契約する気は今は、ない。
そんな事態がこないように、アラストールはシャナの無事を願った。
――――そして、声が聞こえた。
「さて、そろそろサッシー捜索へと乗り出したいのだが……準備はいいかね?」
佐山は身を起こし、詠子の方へ顔を向けた。
あれから休息はずいぶんと取ったし、新庄のこともある。
佐山は佐山なりの焦りはあった。
決して表に出すことはしないが。
「私の準備はできてるよ」
「ならば行くとしようか」
そういって小屋の扉を開け――――
「詠子君、賞賛したまえ。どうやら早速サッシーを見つけたようだ」
――――サッシーが姿を見せていた。
「怪我をしているようだが、大丈夫かね?」
サッシーこと小早川奈津子に佐山は心配の声を掛ける。
最初こそ佐山が暴走していたものの、怪我に気付いた後は落ち着いた対応であった。
話が通じない、というデメリットに気付き、奈津子は着ぐるみは一度脱いだ。
丁度使える僕(しもべ)が欲しい、と思っていたところであり、丁度いいので対応したのだ。
「おーっほっほっほ。これくらいの傷どうってことなくてよ!」
強がりではあるが、今から部下にしようと企む相手に弱みは見せられない。
奈津子は痛みをこらえながら佐山を見つめる。
(よくみるといい男じゃない。ぜひとも愛のまほろば計画に加えて差し上げますわ!)
「悪役さん。どうやら小屋には包帯とかないみたい」
「そういうわけだ。治療などはできないが……そちらはこれからどうするのかね?」
佐山と詠子は奈津子に注目する。
奈津子は少しの間を空けることもなく、即答した。
「あたくしには悪を討つという使命があってよ! あの銀髪もドラゴンも討つわ!」
「竜を討つとはまた物騒な話だね。知り合いの参加者に竜がいるのかね?」
「竜堂終という名に聞き覚えはないかえ?」
「残念ながらないようだ。そちらは新庄と言う名に心当たりはないかね?」
奈津子は首を横に振る。
そうか、と返答し佐山は沈黙した。
やがて奈津子は立ち上がり、口を開こうとして、佐山が先に言葉を紡いだ。
「――――待ちたまえ。私は怪我人を一人で行かせるほど無慈悲な人間ではない。
今から市街地へ向かうのだが、そこに診療所があるかもしれない。
……一緒に行くかね?」
奈津子はこれ幸いと今度は縦に首を振った。
【E-5/北東の森の中の小さな小屋の中/1日目・07:45】
【佐山御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間の捜索。2.地下空間が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に
【小早川奈津子】
[状態]:右腕損傷。殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する。
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(今は脱いでます)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅。2.傷が癒えたらギギナを喰らい尽くす。