作:◆69CR6xsOqM
カイルロッドは灯台から湖に沿って南下していこうとしたが、幾分もしないうちに微かな少女の声を聞いた。
「カイルロッド」
「ああ、聞こえたよ。東側の海岸のほうからだったな」
地図で言えばB-8にあたる場所だ。
本当に小さくにしか聞こえなかったので確かなことは言えないが助けを求めているようにも聞こえた。
もしそうであれば、ほおってはおけない。
「陸。何て言ってたかわかるか?」
「助けを求めてましたね。しかしこんな状況で無用心過ぎる気もします。
罠かもしれませんが、どうしますか?」
「行ってから考えよう」
そう言って銀に輝く髪を翻し、カイルロッドは駆け出した。
パチパチと焚き火が爆ぜる音がする。
薪の組み方も本格的で火力もかなり高く、それは藤花の着ている服と
何気なくデイパックから取り出した濃紺の外套、帽子をも乾かすに充分だった。
「その衣装は何なの?」
「さあ?私のデイパックから出てきたところを見るとこれが支給品みたいなんですけど…」
困ったような顔をして答える藤花に苦笑する麗芳。
「あっちゃ〜そりゃハズレたね。あはは、ご愁傷様」
「そういう麗芳さんはどうなんですか?」
少しムッとして尋ね返す。
「わたし?わたしのは…これ」
そういって道服の腰に挿し込んでいたホルダーから鉄棒を取り出す。
「最初は雷霆鞭の類の武宝具かと思ったけど、ぜ〜んぜん見込み違い
力入れても何にも起こらないしただの鈍器だわ。ま、素手よりマシだけどね」
肩を竦める。
しかし不思議そうに鉄棒を見つめる藤花に疑問を抱く。
「どうしたの藤花ちゃん。この武器知ってるの?」
「え、…はぁ、多分。少しそれ貸してもらえますか?」
麗芳はつい何気なく藤花に棒を手渡した。
表面上は変化はないが、この時少し麗芳は緊張する。
もし武器を手にしたとたん、相手が豹変して襲い掛かってきても対応できるように。
『ちょっと考えなしだったかな?また淑芳ちゃんに馬鹿にされそう…。
でもこの子弱そうだし、いざとなったら圏もあるしね。うん、おっけ問題なし!』
そう、麗芳の得意とする武器、「圏」(長さ一尺ほどの鉄輪)は普段は金の指輪として麗芳の指に嵌っているため
主催者側が武器と判断できずに没収されなかったのだ。
麗芳のそんな心配をよそに藤花は棒を受け取ると柄の部分についているスイッチを押した。
バチィッ!!
「きゃっ」
「うひあっ?」
いきなり鉄棒に雷が迸り、驚いて間抜けな声を出す麗芳。
藤花もまた、予想以上の電撃に驚いて思わず鉄棒を取り落とす。
「な、ななななななんなの、これ?」
「吃驚したぁ〜、だ、大丈夫でしたか麗芳さん?」
「う、うん。それより…」
「え〜と、これスタンガンです。多分。
いや、これはスタンロッドっていう奴かなぁ」
「すたんがん?すたんろっど?」
聴きなれない言葉に思わず問い返す麗芳。
藤花はスイッチに触れないよう、落ち着いてスタンロッドを拾い上げる。
「ここにスイッチが付いているでしょう?ここを指で押すことで芯に電流が流れる仕組みになってるんです。
普通は人が気絶するくらいのものなんですけど…」
「いや、気絶じゃすまないって絶対。象でもパツイチで昇天しそうな勢いだったよ?」
抗弁しかけて、はたと麗芳は気が付く。
『や、やば。圏じゃ防ぎきれないし、もしかして今麗芳ちゃんピンチ!?』
しかしそんな心配は杞憂だった。
藤花はそのスタンロッドを普通に返してきたからだ。
「はい、扱いに気をつけないと自爆しちゃいますよ?」
「え?あ、ありがと」
麗芳はきょとん、とロッドを受け取ると腰のホルダーに収めた。
そしてため息をつき、藤花の肩を軽く叩く。
「ハァ〜〜〜藤花ちゃん、あんたいい子だねぇ〜〜」
藤花を疑ったことをちょっぴり反省する麗芳であった。
「どうしたんですか、いきなり?」
麗芳は何でもないと手を振り、再び焚き火の傍に腰を下ろす。
「変な麗芳さんねぇ」
「あ…」
その言葉にふと麗芳は藤花を振り返り、まじまじと見つめる。
その少し寂しそうな表情に藤花は首をかしげた。
「あ、いやぁ…今の、淑芳ちゃんの言い方にすごく似てたからさ。
ちょっとビックリしちゃって」
「しゅくほう…さん、ですか?」
「うん、わたしの双子の妹。わたしの金の部分をそっくりそのまま銀にしたら淑芳ちゃんの出来上がり。
あ、わたしよりかは身体の発育は遅いんだけどね。嫌味言うのと男の人に惚れるのが趣味でさ…」
そんな風に楽しげに語る麗芳を見て藤花は微笑む。
悪し様に言いながらも、その妹に対する愛情が伝わってきたからだ。
しかしあることに思い至り、藤花は顔を曇らせると恐る恐る口を開いた。
「あの、それで淑芳さんはこの島に……」
麗芳の口の動きがパタリと止まる。少し俯いて静かに答えた。
「いるよ。だから、絶対に見つけ出さなくちゃ。
あの子は頭いいし、術も得意だけど腕っ節はからきしだからね。
…わたしが、守ってやらないと…」
金の瞳に決意を宿らせて誓いの言葉を吐き出す。
この世界に落とされた麗芳は光遁の術を使って空を飛ぶ雲を呼び出そうとしたが、
全く発動せず、仕方なしにしばらく全力疾走しながら数時間、淑芳を探し続けたらしい。
しかしどんな不運か誰にも会うこともなく、この森で力尽き夜営していたのだ。
神仙の中でも高名な太上老君の弟子、金仙華児たる自分がこれくらいで疲労してしまうことで
麗芳はこの世界において自分の力が制限されていることを強く感じてしまったという。
語りながら自分の無力さに歯噛みし打ち震える麗芳。
藤花は居たたまれなくなり、夜空を見上げた。夜明けは…近い。
麗芳の呟きが聞こえる。
「淑芳ちゃん、きっと今も泣いているわ…」
「ふえ〜〜ん、誰かぁ〜〜〜助けてぇ〜……麗芳さぁ〜〜ん!」
島の東側の海岸線、そこに座礁している難破船のメインマストの頂上に淑芳は引っ掛かっていた。
数時間前の話。
B-8の海岸線に飛ばされた淑芳は手持ちの紙と鉛筆で十数枚の呪符を書き上げると、
麗芳たちを探すために行動を開始した。
しかし光遁の術で上空から麗芳を探そうと格好つけて崖から飛び降りたところ、
術が発動せず、まさに海へと死のダイブを敢行した形になってしまったのだ。
「うっきゃあ〜〜〜! り、臨兵闘者以下略っ、天風来々急々如律令ぉぉ!!」
慌てて作ったばかりの呪符をばら撒き、適当な呪文と共に突風を起こして身体を巻き上げたが、
術の威力も持続時間も足りずにあさっての方向にぶっ飛んでしまった。
そして偶然傍にあった難破船のマストに襟元が引っ掛かり、あやうく窒息しかけたものの、
何とか身体を支えて事なきを得た…が、今度はそこから降りられなくなり今に至る。
「ああ、何て不幸なわたし……美少女薄命とは私の為にある言葉なのね…
いいえ、違うわ。そう、ここは超美形でたくましい運命の王子さまが白馬とともに現れて
薄幸のヒロインであるわたしをを颯爽と助けてくださるに違いありません!
そうに決まってますわ!」
『淑芳…遅れてごめんよ。愛してる…』
『ああ、私の王子さま…永遠の愛は確かにここにあるのですね…』
「なーんちゃって、なーんちゃって!」
妄想をかき消すようにジタバタと手を振り、マストの上で器用に暴れる淑芳。
そんな淑芳を崖の上から遠巻きに見つめる二つの影があった。
「なぁ、陸。あれって助けたほうがいいのかな?」
「さぁ、あのままにして置いたほうが幸せかもしれませんね……」
【E-7/森の中/一日目、05:15】
【宮下籐花(ブギーポップ)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。デイパックの中にブギーポップの衣装
[思考]:麗芳と会話しながら服を乾かす/ゲームからの脱出
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式
[思考]:宮下籐花と会話しながら体力の回復/淑芳を探す/ゲームからの脱出
【B-8/海岸の崖、その直下の難破船/一日目、05:15】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。配給アイテム不明。
[思考]:なんとかこの状態から抜け出したい/麗芳を探す
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:とりあえず目の前の少女を助けよう/陸と共にシズという男を捜す
/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する