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191:夜会の準備

作:◆a6GSuxAXWA

 十叶詠子は樹に背を預けて空を見上げていた。
 周囲には、たくさんの“友達”が自分を心配して集まっている。
 友達たちには、時間も空間も世界も何も、関係は無い。
「うん、小人さんも空飛ぶ顔さんも、そんなに心配しないで? 私はだいじょうぶだよ」
 そして詠子は考える。
 どうやってここを出ようかと。
 ここに来てからは、自分の願いに力を貸していた“名づけられし暗黒”神野陰之との接触は切断されている。
 なら――うん、この世界だと心のカタチも見えにくいし……引っ繰り返しちゃおう。
「“裏返しの法典”さんはあの子の荷物を取りに行っちゃったし――」
 裏返しという言葉に、ふと詠子は微笑んだ。
 周囲の“友達”が、小首を傾げる。
「……うん、私一人じゃ無理だけど、“みんな”が居ればなんとかなるよ」
 大規模な異界を発現させるには、それなりの範囲に『物語』を広めねばならない。
 しかし――
 呪いの刻印は、さかしまになって効果を維持するのだろうか?
 この変な世界は、さかしまになって効果を維持するのだろうか?
「鏡は御扉、時の移りのあわいに開く」
 そう、鏡の精さんにまた力を貸してもらおう。
「海は水鏡、時の移りのあわいに光る」
 水の鏡と月の光と、あとは日の切り替わる、今日でも明日でも昨日でもないその一瞬。
「全てを引き込みさかしまに」
 全てを飲み込ませてさかしまにしてしまうのだ。
「全てを引き出しさかしまに」
 そう、『物語』に関った全てを鏡の世界と入れ替えて、反転させてしまおう――

 紙と筆記具を取り出し、『物語』を書く。
 白髪の子の遺骸の位置を書き、次いで『物語』を。
『1日目と2日目の境。狭間の時間。鏡の中と外が入れ替わる。そうして、もう二度とは元の形に戻らない――』
 読み飛ばされないように、一番大切な骨格だけを。
 そうして、次に黒髪の子の遺骸の位置を書く。
 知人のものではないかと、遺骸の目撃に関する情報を得たがる参加者は多い筈。
 それに紛れて、『物語』を書き記す。
 その紙の幾枚かを風に乗せて飛ばし、残りを畳んでポケットに。
 あちこちばらまけば、きっと誰かが目にする。
 その誰かが同盟を組めば、妙な紙を見たと『物語』は更に広まるだろう。
 行く先々で、人の目に留まるところにこれを置く。
 そうすれば――
「やはりあったよ。あの少年のデイパックが――少し離れた場所に落ちていたので、見落としていたようだね」
 戻ってきた。
 “裏返しの法典”さんが。
「おかえり。そろそろ朝だねえ」
「ああ、そうだね。動く準備をしておこう。――それと」
 持っていたまえ、と渡されたのは、黒檀の絵が施された大振りの短剣だった。
「あの少年の支給武器だったようだが……君に渡しておこう。万が一の際には使いたまえ」
「じゃあ、これはいらないね――お礼に貴方にあげる」
 メス――既に血を拭ったそれを渡すと、佐山はそれをハンカチで包んでポケットに。
「ありがたく頂こう」 
 ちなみにその短剣とは、アセイミ――魔女の短剣と呼ばれる品である。
 ある意味で最も相応しい主に巡りあったその短剣の柄を、ぬらりと月光が滑り落ちた――

【座標H−5/海岸沿いの森の蔭/時間(一日目・5:48)】

【佐山・御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式+食料と飲料水をもう一人分)
[思考]:1.仲間の捜索。2.言葉が通じる限りは人類皆友達。私が上でそれ以外が下だが。

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に

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