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第532話:Dodger's TriggerFinger

作:◆l8jfhXC/BA

 カーテンが閉められた真っ暗な部屋に、セルティは影を纏った身体を滑り込ませた。
 わずかな明かりをつけると、室内が橙に染まる。椅子と机しか置いていない、殺風景な部屋だった。
 その椅子に腰掛け、机に持ってきた筆記用具を放る。
 左手に持っていたものも置こうとして、しかし目を留めた。
(どうして、こうなった?)
 問いかけても、壊れたサングラスは当然答えを返さない。
 決定的な証拠を見せられても、セルティは未だに静雄の死を受け入れられなかった。
 人外の能力者が多いここでは、確かに彼は不利だったかもしれない。
 それでも彼が負ける──死ぬという想像自体が出来なかった。何よりその相手が──
「しかし、偶然って起きるときは起きるもんなんだねえ。
会った直後には、まさかシャナちゃんが君の知り合いだなんて思いも寄らなかったよ」
 軽い口調の見知った声が室内に響く。
 視線を正面に向けると、扉を閉めて椅子に座る臨也の姿があった。
 彼が告げた最悪の事態は、共に聞いていたダナティアとベルガー以外は知らない。
 まだ公には出来ず、携帯電話も他のメンバーに任せてこうして別室で話さなければならなかった。
「というか、もう話しても大丈夫なのかな?
俺の武装解除の時も、君はずっと動揺していたようだったけど」
 感情が伴っていない気遣いの言葉を無視し、セルティは筆談用の紙を準備する。
 臨也の指摘は図星だった。実際、自分がこの場に残ることが決定した後は、ほとんど話を聞いていなかった。
 しかし、付き合いの長い彼に動揺を悟られるのは予想済だ。わざわざ狼狽えて彼を喜ばせる気はない。
『とにかく、こっちの質問に答えてもらう。嘘をついたらそれなりのペナルティを与えるからな』
「まるで尋問みたいな言い方だね」
『その通りだが何か?』
「ひどいなぁ、仲間なのに」
 笑みのまま吐かれる嘆きも無視。
『さっきお前は、一部始終を見てきたような物言いをしていたな』
「うん。探知機で反応があったから、隠れて近づいてみたらあの二人だったのさ」
『つまりお前は、静雄が死ぬところを黙って見ていたんだな?』
「当たり前じゃん。なんで俺がシズちゃんを助けなきゃいけないのさ」
 即座に返された答えに一瞬怒りを覚えるが、堪える。
 こいつは、これが普通だ。
『もういい、次だ。静雄と会う以前に、シャナとの面識はあったのか?』
「ないよ。シズちゃんが死んだ後に話したのが初めてさ」
『何を話したんだ?』
「動揺している彼女を落ち着かせただけだよ。もちろん、シズちゃんを殺したことについては言及してない。
多分あっちは、偶然死体を発見した被害者として扱われたと思ってるんじゃないかな」
 あんな状況で殺人を指摘されれば、彼女は最悪錯乱して、さらなる被害を出してしまうだろう。
 彼の行動は適切だ。言葉通り本当に“落ち着かせた”だけならの話だが。
『話した後は?』
「俺はまっすぐマンションへ。シャナちゃんはその場に座り込んだまま動かなかったよ。
何とかしてあげたかったけど、連れて行くわけにはいかなかった。
……にしても、さっきからシャナちゃんのことばかり聞くね」
『何か問題でも?』
「ないけどさ。
……ああ、もしかして、俺がシャナちゃんを丸め込んで、シズちゃんにけしかけたとでも思ってるのかな?」
『そうだ』
 あえて開き直ると、臨也は薄い笑みをみせた。
 彼から静雄の死を告げられたときに、一番最初に抱いた疑念がそれだった。
 吸血鬼化し精神不安定なシャナの心の隙に入り込むことは、人心掌握に長けた彼ならば容易だろう。
 臨也はしばし沈黙した後、蔑みを含んだ視線をこちらに向けて、
「つまりわざわざ俺のせいにしないと、シャナちゃんが許せないんだ?」
 鉛筆を掴む手の動きが止まり、震えた。
 机ごと穿たんばかりに、紙に芯が押さえつけられる。
 しかし、それだけだった。
『言いたいことはそれだけか?』
 感情を抑えつけ、セルティは文字を綴った。
 確かにシャナのことについては、未だに心の整理が出来ていない。恨んではいないが、許せてもいない。
 彼女と再会したとき、平静でいられる自信がまだなかった。彼女の謝罪を、素直に受け入れられないかもしれない。
 それでも、臨也の挑発に乗ってはいけない。感情的になればなるほど、彼はそれを利用する。
「……意外と落ち着いているんだねえ。安心したよ」
 筆圧は強いがしっかりとした筆跡を見て、臨也は眼を細める。
「でも俺にわざわざ濡れ衣を着せるより、もっと責任が明確な人を責めた方がいいんじゃない?」
『誰のことだ』
「解ってるくせに」
『……保胤を逆恨みするほど、私は落ちてない』
 彼に対しては、自信を持ってそう言えた。
「さっき聞いたけどさ、彼はその由乃ちゃんを幽霊にして、一時的に復活させちゃったんだってね?
こんな状況じゃ、そんな行為は二度殺すようなものじゃない?」
『それは否定しない。だが双方が同意して行ったことだ。私が非難出来る立場にない。
もしそれが二人の争いの原因だったとしても……あくまで引き金だ。あいつに責任はない』
 保胤の行為は、本当に善意からのものだ。
 彼が由乃の墓前で真剣に話す姿をセルティは見ているし、開始当初から行動を共にして、彼の人柄は十分理解していた。
 彼を恨むことは、助けられた由乃の心も踏み躙る行為だ。
「引き金、ねぇ。
その引き金がうぬぼれや悪意から引かれたものだったとしても、君は同じことが言えるのかい?」
 もったいぶるような言い方に、一瞬手が止まる。
『何が言いたい。根拠のない中傷は止めろ』
「根拠はあるよ。
ここでは、特殊な能力が制限されている。俺はそれを人づてに聞いただけだけど、君なら自覚してるよね?」
『ああ』
 何気なく肯定の文字を書き──気づく。
「そう。それなら当然、由乃ちゃんに使った保胤の能力も制限されているはずだ。
そしてシズちゃんは“平安野郎は由乃を苦しませた”と叫んでいた。
これが戦いの原因だとしたら?」
 己の力量が分からない術者によって、心情の問題以外で由乃が苦しんでいたとしたら。
 静雄がそう言ったこと自体は嘘ではないだろう。後でシャナに聞けばすぐにバレることだ。
『だが制限の有無と度合いは、実際に能力を使ってみないと分からない。私だってそうだった。
始めから制限を予想して使うことなど不可能だ』
「可能だよ。
……よく考えてみなよ? これは、負けイコール死の殺し合いゲームだよ?
“死んだ人間を霊体として生き返らせる”なんて反則技、厳しく取り締まらないわけないじゃないか」
『────』
 とっさに言い返せず、歯噛みする代わりに鉛筆を強く握る。
(静雄のその発言自体が、誤解から起こったのかもしれないが……)
 彼は常人と比べて短気すぎる。単なる思い込みという可能性は十分にあった。
 だがそんなことを書けば、また臨也が揚げ足を取るだけだ。
 一人の少女のためにそこまで怒ってくれた静雄を、出来る限り信じたいという思いもあった。
 と。
『ちょっと待て。確かお前は、静雄が“由乃のロザリオ”を持っていたと言ったな?』
「うん。シズちゃんはそう言ってたよ」
『なんであいつが持っていた?……いや、“持つことが出来た”んだ?』
 静雄の言から、彼が幽霊化した後の由乃に出会っていたことはわかる。
 志摩子から、由乃が制服の下にロザリオをかけていたことも聞いていた。
 しかし、あくまで彼女は霊体だ。身体も着ている服も実体ではない。無論、付けているアクセサリーも。
「シズちゃんに霊感があるなんて話聞いたことないし……やっぱり、“持つことが出来た”間にもらったんじゃない?」
『……静雄が、生前の由乃にも会っていたと言うのか?』
「偶然ってあるものだねぇ。いや、俺も出来すぎてるとは思うよ?」
 由乃の墓をセルティと保胤が見つけたのは朝の七時で、その名は六時の放送で呼ばれている。
 彼女が殺される前に、静雄と出会っていた可能性は否定出来ない。
 臨也はやはり完全には信用出来ないが、彼がロザリオのこと自体を捏造するには、さらに出来すぎた偶然が必要になってしまう。
『由乃の遺体は埋葬され、墓が作られていた。彼女を思う誰かが存在したのは確かだ。
だがそれが静雄だったのなら、保胤が知らせてくれたはずだ』
 生前の由乃が静雄と出会っていた場合、保胤が墓前で彼女と会話した際に当然話題に出るはずだ。
 しかし臨也に出会うまで、セルティは保胤をはじめ誰からも静雄の情報を聞いていない。
「そう、そこなんだよ」
 珍しく真面目な声で、臨也は続ける。
「あの二人の前では言わなかったけど……シズちゃんはね、こうも言っていたんだ。
“保胤はセルティを化け物として利用している”、と」
(……なんだと?)
 鉛筆を動かす前に、思考が停止する。
 なぜ静雄がそんなことを考えたのか。
 “由乃を苦しめた”結果から来る思いこみにしても、度が過ぎている気がした。
 それとも、静雄にはそれほどまでに由乃が苦しんでいるように見えたのか。
「シズちゃんにしては珍しく、真剣な口調だったよ。
ぶちキレた状態の中、そこだけ純粋に君のために怒ってた」
『……確かに私は化け物だ。だが出会ってから今まで、保胤は対等に接してくれている』
「そう思い込みたいだけってことはないかい?
出会って一日も経たない他人の言葉よりは、同じ世界の友人の叫びを信じた方がいいんじゃないかな」
 保胤の弁護を書こうとした鉛筆が、紙の上を滑る。
「由乃ちゃんは、保胤のそばにいた君を確認できたよね? 彼女はそこで、何かに気づいたんじゃないかな。
一番最初の、彼女が幽霊になる前の会話におかしなところはなかったかい?
たとえば彼女が死ぬまでの行動の話は、君に何て伝えられた?」
 ──開始直後に錯乱し、通りすがった男に攻撃したところを返り討ちにされた。
「いくらでも言い訳が付く話じゃなかったかい?」
 思考を読んだような声に、答えを書きかけた手が止まる。
「死者の声を聞けるのは、慶滋保胤ただ一人だろう?
彼を通して伝えられた遺言の内容は、彼以外には証明出来ない。
その中に不都合な情報があれば、彼はそれを揉み消したり捏造することが出来る」
『確かにそうだが、しかし私は保胤を』
「信頼してるだろうね。でもあっちは君のことをどう思っているのかな?
……ねぇ、セルティ。慶滋保胤は、本当に君が思っているような人物か?
その行動の中にある悪意を見逃していることはないかい?
──彼は本当に、“ただの引き金”でしかないのかな?」
 反論の代わりに、椅子が倒れる音が響いた。
 セルティは立ち上がっていた。
 全身の影がわななき、口があれば肩で息をするほどに感情を露わにする。
 見下ろす先には、ただ静かにこちらを見る臨也の姿がある。
 その笑みの中には、わずかな哀れみがあった。
「これは同じ世界の旧知としての忠告だよ? 今の君にとってはただの暴論だろうけど。
でも、すべてを鵜呑みにせずに、もう一度君自身がよく考える必要はあると思うんだ」
『お前にしては随分と殊勝な助言だな』
「そりゃあ、君が心配だからさ。君が死んだら俺は悲しむよ?」
『池袋がつまらなくなるからか?』
 胡散臭い言葉に立ったまま走り書きすると、彼は心外そうに肩をすくめ、
「それもあるけど、単に君に死んで欲しくないだけだよ? 俺は人間が好きだからね」
『私は人間じゃないぞ』
「人間くさい化け物も含めてさ。もちろんシズちゃん以外だけど。
あ、でももうシズちゃんは死んじゃったから、これで晴れて俺は全人類を愛せるのか。素晴らしいね!」
『だったらもっと自己犠牲に励んだらどうだ』
「馬鹿だなぁ、自分が死んだら愛せなくなるじゃないか」
 当然と言った口調に、呆れる気すら失せる。
 やはりいつもと変わらず、臨也は自分の利でしか動いていない。
 彼の発言こそ、一番鵜呑みにしてはいけないものだ。
(だが、確かに考えてみなければいけない)
 静雄のこと。彼を殺害してしまったシャナのこと。
 そして、開始直後から今までずっと行動を共にしていた保胤のことを。
 その内容はどれも重い。疑うことは辛い。だが、目を背けるわけにはいかなかった。
(……本当に、どうしてこうなった?)
 胸中で呟き、セルティは結局握ったままだった左手を開く。
 壊れたサングラスのレンズの破片が、影に強く食い込んでいるのが見えた。


                            ○



(しかし、本当にここは何でもありだね。“死人に口なし”っていう常識さえ通じないなんてさ)
 武装解除後にダナティアに聞いた保胤と由乃の関係は、早急に手を打たねばならない問題を臨也に突きつけていた。
 保胤の持つ死体と会話が出来る力は、関係が悪化した末に死んだ知り合いがなぜか多い臨也にとっては、天敵に等しいものだった。
 大半の死はただの保身の結果なのだが、死者の心証はどれも最悪だろう。
 集団が行動を再開した際、彼が公民館や学校に足を運ぶとまずいことになる。
 また、この集団内で殺人を犯さなければならない状況に陥った場合、彼は最大の障害となりうる。
 保胤の力は、こちらの行動をかなり制限させてしまう。かと言って、今は彼を殺せる状況にない。
 ゆえに、彼の情報の信頼を殺すことにした。
(これだけは、シズちゃんに感謝してもいいくらいだね?)
 彼が保胤に対して疑念を抱いてくれたおかげで、保胤の能力を知るきっかけが生まれ、さらにセルティを誘導出来た。
 実際のところ臨也は、静雄が幽霊になる以前の由乃と共にいたとは考えていない。
 二時頃に自分に出遭い速攻でキレた彼が、六時までに他の参加者と親密になれる可能性は皆無だからだ。
 加えて、開始から六時間の間に殺されるような人間に、込み入った事情があるとは思えない。
 臨也が最初に殺した少女のように、“いくらでも言い訳が付く”死に方をしたのが大半だろう。
(この集団は今までシズちゃんの情報を持っていなかったようだし、理由なんてどうとでもなる)
 一番始めに顔を合わせた際、ベルガーと名乗った男は臨也を見て、“静雄という奴の他の知り合い”と言った。
 彼の手掛かりを得ているのなら、こうも持って回った言い方はしない。
 その時点では静雄のことを、“ここにいるはずのセルティの知り合い”としか認識していなかったのだ。
(さて、後はセルティが適度に悩んで引っかき回してくれればいいんだけど)
 疑心というものは、考えれば考えるほど深まるものだ。
 動揺されすぎても困るが、戦いが起こった際に冷静に対処出来る程度ならばいい。
 セルティが引き金となり保胤が集団内で孤立してくれれば、こちらに不利な死者の言葉を伝えられても反論が可能になる。
(思ったほど楽じゃない集団だけど……これはこれで、面白いことになりそうだね?)



【C-6/マンション1・小部屋/1日目・22:00】
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:動揺を押し隠す。臨也を警戒。保胤に僅かな疑念。
[装備]:影で作ったヘルメット
[道具]:静雄のサングラス(破損)
[思考]:静雄とシャナの顛末、保胤との今までの行動について考える。
※携帯電話は待機組の誰かに受け渡した。

【折原臨也】
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、
    ジッポーライター、救急箱、スピリタス1本
[思考]:保胤を集団内で孤立させたい。
    クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。

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