作:◆E1UswHhuQc
そこに暗闇がある。
自然に出来た暗い狭間は、岩石によって複雑な起伏を持ちながら、わずかな風の音の中に佇んでいる。
大気が湿っているのは、水源があるからか。岩石の狭間を通る風が無意味な旋律を奏で、水流の静かな音を隠そうとしている。
水と風の微細な音階の中に、人の声が響いた。
「やっ……桜くんってば……ダメだよ、そんなの」
甘みを含んだ、どこか媚びるような声音が暗闇に浸透する。
いや、侵蝕する。
声は自然の静寂を破り、そこを人のものとした。風化していく岩石はただの障害物となり、風の旋律は不気味な吼え声となり、静寂な水流は飲み水への導きとなる。
「だ、ダメだよ――そんな、」
侵された未知は人の道となり、人の住まう領域となった。
ならば、そこに居たはずの怪物は何処に行った?
「白いのに赤いのをぐちゃぐちゃ混ぜたりしちゃダメ――――――ッ!!」
叫びが、暗闇を突き破った。
破られた静寂の中から、人影が進み出る。周りの闇と同化するようなその影は、叫びの主の間近で歩を止めた。
「ダメだよ桜くん! ダークサイドに堕ちたらマスク被ってせりふのたびにコーホー言わなきゃならないんだよ? もう、桜くんってばマニアックなんだから……ボク、そんな恥ずかしいのヤだよ……っ!」
叫びの主が起き上がると同時、手にした凶器を振りぬいた。
太い金属の棒に釘の生えた凶器――愚神礼賛が、近寄っていた人影の胴を薙ぎ払う。
骨肉の砕ける音が響き、しかし何も飛び散らなかった。
人影は何事もなかったかのように立っている。千切れたはずの胴には、傷一つない。
「あれ?」
きょとんとして、少女が人影の顔を凝視する。
腕を組んで悩み、何かに祈るようなポーズをし、不可思議な踊りをし、最後に愚神礼賛の一振りで人影の頭部を叩き潰して、
「おにーさん! 久し振りっ!」
元気良く挨拶をした。
人影は何事もなかったかのように立っている。潰れたはずの頭には、傷一つない。
「初めましてだね。三塚井ドクロ」
「うん、初めましてーっ」
人影は、少女の知る戯言遣いの姿をしていた。
天使の少女はにこやかに挨拶を返して、ついでに愚神礼賛を彼の腹に突き込み、捻り回した。
「三塚井ドクロ……それが今の君の名前」
骨肉と臓物とがすりつぶされ、しかし何も飛び散らない。
「名前には本質が宿るという。ならば君は御遣いなんだろう」
「うんっ!」
少女は大きく頷いて、動作に合わせて腕を下方向に下げた。思いっきり。
人影の下腹部から股間までが一気に裂け、だが何も飛び散らない。
その人影は……戯言遣いの似姿を纏った人影は、本当に存在しているのか。
声は響く。既に死んだ戯言遣いの声音で、どこからともなく響いている。
「わたしも御遣いだ。これは御遣いの言葉だ」
「そんな……」
愕然としたように、少女は数歩を後ずさった。
金属バットを抱きしめ、首を振って、
「言葉責めなんて……そんなプレイ、ボク、耐えられないよぅ……」
「ひとつだけ質問を許そう」
少女の言葉を無視して、御遣いは言葉を放った。
「わたしが確実に答えるのはそのひとつだけだ。それ以外は答えると約束しない」
「幽は結局どうなったの?」
「わたしについての質問だ」
揺らぎの無い声音で、御遣いは言った。
「たわしってどうやってつくるの?」
「わたしについての質問しか受け付けない」
揺らぎの無い、だがどこか苛立ちを含んだ声音で、御遣いは言った。
天使の少女はうーん、と軽く呻いて、軽く頬を紅潮させた。言う。
「赤ちゃんの素ってどこから出るの……?」
「疑問がある。その疑問を晴らす為に、人はなにをする?」
質問されるのを諦めたのか、御遣いは少女に問いかけた。
だが少女が答える前に、自答する。
「隙間を埋める。未知を狭める事は既知の限界を知らしめる事になる」
日の当たらない暗闇から、声が響く。
光の無いそこに戯言遣いの顔を認識できることを、少女は疑問に思わない。
「未知は消えていくが、未知だと信じていたものは既知の中にない。ならば未知存在は何処に消えた?」
戯言遣いの似姿をとっていたそれが、姿を揺らめかせた。
暗闇の中に溶け込むように、人影としての輪郭だけ残して御遣いが佇んでいる。
「わたしはそれを問いかける。それを疑問に思うものが、わたしを生まれさせた」
「誰と誰が?」
何気ない問いかけに。
揺らいでいた人影が再び戯言遣いの似姿をとった。
天使の少女は無邪気な顔で、問いかけを続けた。
「おにーさんは、誰と誰がどんなプレイして生まれたの?」
「我々は隙間だ。隙間は誰かが生むものではなく、生じるものだ。疑問もまた自然に発生した」
愚神礼賛が振りぬかれた。
コンパクトな振りで戯言遣いの身体を引っ掛けた金属の塊は、そのまま岩壁へと引っ掛けたものを叩き付けた。
だが何も飛び散らない。血も、肉片も、骨も、臓物も。まるでそれが本当は存在していないもののように、何も飛び散らない。
天使の少女は腰に手を当てて、頬を膨らませた。もー、と岩壁に叩き付けた彼を指差して、
「おにーさんってばムズかしいこと言って、またボクに変なコトするつもりでしょっ。騙されないんだから」
御遣いの返答は無い。
いや、そもそも最初からそんなものが居たのからすら、定かではない。
岩壁に張り付いていた肉体は痕跡もなく消え失せており、暗闇の中には人影すらなく、少女と風と水以外は音もない。
大体にして――戯言遣いの彼は、既に少女と離散している。
少女は数秒だけ訝しげに辺りを見回したが、暗闇の中では特に見えるものもなく、すぐに忘れた。
暗い地下道の中を、愚神礼賛を振り回しながら歩き出す。
少女がアーヴィング・ナイトウォーカーと遭遇したのは、その十数分後だった。
【E-1/地下通路/1日目・14:25】
【ドクロちゃん】
[状態]:脱水症状はとりあえず回復。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: 暗いよう
【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
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