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第403話:馬鹿な男

作:◆lmrmar5YFk

力を与えられたそれが、静かに律動を開始する。
その宝具が起動された姿は圧巻だった。
半透明にぼやけた小さな人型達が、各々の動きを自由気ままに続けている。
島の全土から地下までを精巧に模して作られた模型には、百近い人型の数で溢れていた。
「凄いな、これがみんな参加者なのか」
驚いた声で嘆息したカイルロッドの横で、起動した本人の淑芳もまた首を立てに頷く。
知識の奔流が脳に直接流れ込んできたとはいえ、実際に己の目を介して見てみたことでその凄さが実感できた。
これがあれば、求める人を探すのも容易になるだろう。
唯一の難点は、人の形が簡略化されているためにそれが男か女かすらまともに分からないことだが、
その点を差し引いてもこの道具は大いに彼らを手助けしてくれるだろうと思われた。
その巨大な箱庭で蠢く人影をぼんやりと見つめていた淑芳は、不意にあっと小さく声を漏らした。
突如硬くなったその表情を目敏く見とがめ、カイルロッドが声をかける。
「どうした、淑芳?」
「今、影が消えましたわ……」
言って白い指で指し示したのは、ここから程近いエリアにある公民館の一室だった。
彼女は見てしまったのだ。
壁に寄りかかって腰を下ろした一つの影が、ふっと掻き消える瞬間を。
それはすなわち、誰かがその命を落とした瞬間であった。
――その影の主が麗芳や鳳月でないと言い切ることは、起動をした彼女にすら出来ない。
淑芳の言葉が何を意味するのか気付いたカイルロッドは苦々しげに秀麗な顔をしかめた後、一瞬遅れて吐き捨てた。

「くそっ、何が格納庫だ。誰かが死ぬのを黙ってみていることしか俺には出来ないのか!?」
焦ったように苛々と長い髪を掻き乱すカイルロッド。そこには無力な己に対する自虐の念があった。
痛いほどに歯を噛み締めながら、カイルロッドは悔しげに下を俯いていた。
所詮自分には誰も助けることは出来ないのかと。ミランシャ、パメラ……多くの人間を未熟さゆえに失った自分には。
放心したように棒立つカイルロッドを正気に戻したのは、横にいた淑芳の放った声だった。
「カイルロッド様、こちらに誰か来ます」
緊張した面持ちでそう言った淑芳の言葉は正しく、確かに彼らがいる格納庫へと向かう一つの影が模型の上で忙しなく動いていた。
人影は、この地下通路をゆっくりと南下していた。
しっかりとした足取りでこちらへと降りてくるそれは、このままなら恐らく確実にこの場所に気付くことだろう。
これだけでは誰なのかは全く分からないが、その人影がこの場の三人のうち誰かの探す相手である可能性はあった。
「カイルロッド様、どういたします?」
「とりあえず、君は俺の後ろにいてくれ。対応は俺がするよ」
「そんな、危険ですわ。もし相手がゲームに乗った者だったら……」
身体をくねらせて上目使いで言う淑芳に、カイルロッドは心配要らないと笑いかけた。
その笑みはとても優しくて、まるで春の野を照らす暖かい陽光のようだ。
ぽっと頬を赤くした淑芳には気付かないのか、カイルロッドは手を振って彼女を後ろに下がらせた。
そうして、少しずつこちらへ近づいてくる足音に耳をそばだたせる。
その歩調は幼い子供のようにぱたぱたとうるさく響き渡り、己の存在を隠そうとする殺人者のそれとは似ても似つかなかった。
……無用心すぎる。それとも、それすら計算に入れての行為なのか?
どちらか分からない限りは、精々最大限に気を引き締めてかかるしかない。

だが、次瞬、微塵の油断もせずに仁王立っていた彼の元に現れたのは、ひょろりとしたひどく気の弱そうな青年だった。
彼のおどおどと頼りない目つきを見て、カイルロッドはほっと胸中で深々と長く吐息する。
その瞳は、どう見ても殺人者のそれではなかった。
おまけに、腿にはぼろ布を不器用に巻きつけている。一応血はもう止まっているようだが、おそらく誰かに襲撃された名残だろう。
青年はその場にいたカイルロッドの姿を見て、少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせた。無邪気な表情には、期待の色が浮かんでいる。
「あの、ミラっていう女の子を見ませんでしたか?」
どこかびくついた口調ながらも精一杯真剣な目をして尋ねる青年に、申し訳なさそうにカイルロッドが首を振った。
「いや、悪いけど知らないよ」
「そうですか。……知らないんですね……」
閉じた口の中で小さく声をあげた彼が次の瞬間にとった行動は、その場の誰にも予想のつかぬものだった。
「……何で、みんな知らないのかなあ」
言い放って再び顔を上げたときには、その表情は先ほどまでは打って変わっていた。
さながら血を求める悪鬼のような形相に変化した青年が、かちゃりと横に提げていた銃を構える。
その銃口の先に在るのはカイルロッドではなく、少しばかり後ろの――。
「危ない!」
何の躊躇いもなしにその狙いの先へ向かったカイルロッドが、大きな掌を精一杯に伸ばして淑芳を突き飛ばす。
呆然と立ち竦んでいたその小柄な体躯を後ろへと逃したカイルロッド。しかしその結果、凶弾の射線上に残されたのは彼自身の身体だった。
青年の手にする狙撃銃から放たれた弾丸は、スローモーション映像のようにゆっくりと接近する。
それは淑芳のまさに目の前で、カイルロッドの胸部へ吸い込まれるように消えていく。
「に、逃げ……」

必死に声を上げる淑芳の頼みを耳の端で触れてなお、カイルロッドは回避しようとはしなかった。
彼の反射神経ならば、迫る弾丸を交わすことは決して不可能ではなかったろう。
しかし、今自分がここを退けば、背後で尻餅をついた少女に傷を負わせてしまう。彼にはその確信があった。
カイルロッドはしかと了承していた。
信頼できる者達と合流し、主催者を打倒しなければならないと。
そしてそのために、自分はこんなところで死ぬことはできないと。
だが彼は、自分の命のために目の前にいる少女を平気で見殺しにできるほど利己的な男ではなかった。
彼は、誰かを守りたかった。

「――ぃ、ゃあぁぁぁあっ!!」
瞬間、少女の叫びが地下を支配する。

着弾の音と共に、カイルロッドの胸へ巨大な穴が穿たれた。
酷い量の血液が流れ出し、赤黒い海を床に作る。
重大な血管を何本も破砕されたそこからは、滝のように血が流れ落ちた。
がくりと冷たい床に倒れこむ彼に、淑芳が疾風のごとく取り縋る。
憤怒の目で狙撃手を見つめた彼女は、手にした呪符を狙撃手へ向けて振り構えた。
「臨兵闘者以下略!雷光来来、急々如律令!」
叫んだ言葉と共にひらりと一閃されたそれから走った雷撃は、格納庫の壁面をしたたかに打ち鳴らし、その威力にがらがらと入り口付近の壁が崩れ落ちる。
しかし、逃げる相手は落ちてくる破片を物ともせずに、寄り添う二人に向けてもう一発銃声を唸らせた。
「何でですか? 何でみんな、ミラを知らないっていうんですか?」

咆哮しながら放たれた弾丸は、今度こそ淑芳の眉間を打ち抜くかと思われた。
だが、着弾の音と共に血液が吹き上がったのは、またもやカイルロッドの胸部からだった。
彼は、最期の力をもって今にも倒れそうな上半身を起こし、再度全身で淑芳を庇いたてたのだ。
びしゃぁっとおびただしい量の血が撃たれたそこから噴出し、彼の全身を汚していく。
穴の開いた胸からは薄弱に律動する心臓が微かに覗き、いつ止まってもおかしくない速度で不安定に遅々とリズムを刻む。
そこから流れ出た鮮血が、グロテスクに赤々と床面を濡らし、海の面積を増やした。
ひくひくと小刻みに痙攣しながら、今度こそ完全にその身を倒れ臥せる。
「カイルロッド様!」
淑芳は、最早去って行く相手を追うことができなかった。
腕の中で徐々に体温を失っていくカイルロッドからは、一瞬たりとも離れたくなかったから。
もし一度でも彼を置いて出て行ってしまえば、それはきっと永遠の別れを意味するだろうと予感出来たから。
淑芳は、着物の間に挟まれた呪符を慌てて取り出した。焦る指先が震え、呪符はばらばらと床面に舞い落ちる。
その内の一枚を手で拾い上げようとして、しかし既に全てが遅すぎたことに彼女は気付いた。
咽せながらごぼごぼと血の塊を吐き出したカイルロッドに最早生気など無く、その顔は新雪のように白ざめていた。
それでも何かを告げようとする彼の口元に耳を近づけると、カイルロッドは満足そうに笑った。
こんな時だというのに、彼は、笑った。
にっこりと浮かべた笑みは、先刻のそれと変わらない暖かなもの。
春の日差しのような、あの柔らかい笑顔だった。
「……ほう、きみ……を――」
血塗れの赤い唇を微かに震わせて搾り出した弱弱しい声は中途で虚空へ途切れ、もう二度と続きが紡がれる事は無かった。

――同時に、彼らのすぐ傍に置かれた巨大な模型から一つの影が霧散する。
もう握り返されることのないその手を自身の掌で包み込む淑芳は、悲嘆に暮れる顔を伏せた。
青年の死に顔を見つめながらぽつりと呟く。
「……馬鹿な殿方ですこと」
その言葉に、傍らで沈黙していた陸が目を見開く。信じられないとでも言いたげな声で、淑芳へと尋ね返す。
「……何ですって?」
「馬鹿だから馬鹿と言っただけですわ。何か不満でもおありかしら」
「カイルロッドはあなたを守っ――」
「だから!」
陸の怒声は、それを上回る音量で覆い被さった淑芳の叫声によってかき消された。
重ねて絶叫する淑芳の台詞に、聞いていた陸が顔を固く強張らせる。
「だから馬鹿なのですわ! 会って半日も経っていないのですわよ? なのに……それなのに、そんな相手を庇って命を落とすなんて――」
淑芳の握り締めた拳が、硬い床を激しく殴りつけた。静寂の中で、驚くほどに大きな音がかつんと響いた。
必死で耐えようとする努力も虚しく、引き攣った顔には一筋の涙が伝う。
故意に流したわけではないそれを手の甲で荒々しく拭い取ると、彼女は刹那だけ愛したその人に向け、しゃくり上げながら言葉を放った。
「――本当に、なんて馬鹿な人」

【カイルロッド 死亡】
【残り73人】

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、12:05】

 【李淑芳】
 [状態]:呆然自失
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。呪符×19。 陸
 [思考]:麗芳たちを探す /ゲームからの脱出/
カイルロッド様……LOVE。
 [補足]:12:00の放送を全て聞き逃しました。

[備考]格納庫の入り口付近の壁が、一部破壊されました。

【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
アーヴィーがどこへ逃げたのかは、次の方にお任せします。

2005/07/16 修正スレ148

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