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第346話:Refrain

作:◆3LcF9KyPfA

「正直言うて、俺もキツいんやけどなぁ……」
「すまないな。止血しても、流石に限界で……肩貸してもらわないと、歩けそうにもなくてな」
 クエロが去ったあの後。俺は傷の応急手当をすると、緋崎に肩を貸してもらいD-1の公民館へ向かっていた。
 最初は緋崎から「休憩せなあかん。もう一杯一杯や」と、有り難くも拒否のお言葉を貰っていたが、放送も近いので少し無理をすることにした。
 放送。それがただの定時連絡だったなら何も問題はなかっただろう。だが、問題は禁止エリアだ。
 もしD-1が次の禁止エリアになったりしたら目も当てられない。放送前に、公民館でミズー達と合流する必要がある。
 それと、クエロ……まさか、こんなに早く出会うとは思っていなかった。いや、思いたくなかった、だけかもしれない。
 昔の同僚。昔の相棒。そして――昔の恋人。
 クエロは、俺を許さないと言った。自分が殺すまで生き延びろ、と。
 俺もクエロを許さない。それは同じだ。だが、俺にクエロが殺せるのだろうか……
「……ユス……? おい、ガユス? どないしたんや!? おい、しっかりせんかい!」
「え? あ、いや、すまない。どうやら、考え事に没頭していたらしい」
「……何を、考えてたんや?」
「そのレーザーブレードのこと」
 即答で嘘を吐いた。
 俺はご丁寧にも指を突きつけると、緋崎のベルトに挟んである剣の柄に視線を送る。
「……便利な道具、や。あの白マントが持っとったハズの説明書、バッグ諸共全部灰になってもうたからな。
 細かい使い方までは解らへんけど」
「そのことなんだけどな、ちょっと思いついたことがあって考えてたんだ」
 舌と頭が同時に働く。もしかしたらもうバレているのかもしれないが、それでも嘘は出来る限り隠し通さなければいけない。
 クエロの事を話すには、まだ早い。
 ――俺の、心の準備が。

「なんや、言うてみい?」
「さっき、最後にクエロが放った咒式だが……」
「『魔法』みたいなもんやな?」
「ああ、そう解釈して構わない。で、その咒式に触れた刃の部分が、咒式の一部を吸収して変色するのが見えた」
「魔法の上乗せが出来る光の剣、っちゅうわけか?」
「おそらくは、な。更に、刃の伸長率にも法則がありそうだ。
 クエロが一度刃を作ってみせた時、長さが白マントのものよりも短かった。多分、魔力だかなんだかの器量によって決まるんだろう」
「ちょい待ち。お前らんとこの世界にも、『魔法』はあるんやろ? そないに差ぁ出るもんやろか?」
「例えば、だ。免許制で限られた人間しか魔法の使えない世界と、大人から子供まで当たり前のように魔法に馴染んでる世界。
 俗に『魔力』って呼ばれるような力を操る潜在能力が、同じだと思うか?」
「……成る程、確かに差ぁ出てもしゃあないな」
 スラスラと言葉が口から滑り出ていく。こんな時でも、俺の舌は絶好調らしかった。
 クエロのことを頭から追い出す為、忌々しい想いを込めていつもの精神安定剤を心の中で言葉にする。
 ギギナに呪いあれ!


「お、ようやく到着やな。ほら、見えてきたで、公民館」
「ようやく、休めるな……もう忘れたがビルの中で追いかけられたような気がしないでもない幻覚を見た時から休んでないからな」
「せやな。もう忘れたがビルの中で追いかけられたような気がしないでもない幻覚を見てから休んでへんもんなぁ」
 本当に、あの熊は一体なんだったんだろうな……でもそれ以上は思考停止。もう忘れた。熊ってなんだ?
 それより、ミズー達はもう公民館に辿り着いてるだろうか?
 いざとなったら新庄の剣があるので、俺達より遅れるということもないとは思うのだが……
「で、どないする? 念の為に裏口回ってく?」
 俺と同じことを考えていたのか、緋崎が目配せをしてくる。
「……いや、正面からでいいだろう。
 確かに彼女達以外の何者かが中にいれば危険だろうが、裏口から回って万が一にでもミズーに敵と間違われたらもっと危ない」
 言って、その状況を想像してしまう。こんな時ばかりは俺の明晰な頭脳が恨めしい。
「というわけで、正面からいくぞ。足音を消す必要まではないと思うが、警戒は怠るなよ」
「先刻承知や」

 方針が決まり、俺達は公民館に近付いていく。
 ボロボロの俺達を見たら、新庄はまた驚くかもな……膝枕をしてほしいとか言ったらしてくれるだろうか?
 多分盛大に引かれるから言わないけど。
 ミズーはどうだろう? ……きっと呆れたような溜息でも吐くんだろうな。
 悔しいので、またからかってみよう。拗ねた顔が可愛かったし。
 ……勿論後が怖すぎるので自粛するが。多分。
 そして、目の前に公民館の入り口が近付いてくる。
「……ええか?」
 緋崎は小さく「光よ」と呟くと、光の剣を構えて扉の前に立つ。
 あの白マント程は刀身が伸びず、光の剣というよりは光の短剣という風情だったが。
「ああ、いくぞ」
 俺はと言えば、何もできないので時計だけ確認して扉を開ける。

 ……現在、十一時五十七分。俺は、地獄の蓋を開けてしまったようだ。


『――ルツ、014 ミズー・ビアンカ、01――』
 煩い。黙れ。言われなくても解っている。
 目の前に、死体があるんだから。
『――原祥子、072 新庄・運切――』
 あぁ、畜生。頼むからやめてくれ。もう何も言わないでくれ……
「あ……あぁ……」
 何を悲しむガユス? 人の死なんざ見飽きているだろう? 仕方なかったんだ。今はそういう状況なんだ。
「違う……見ろ、この傷。まだ新しい。三十分も経ってはいないだろう。
 つまり、俺が最初から公民館を目指していればこうはならなかったんだ……クエロにも遭わなかったんだ!」
 違うな、冷静になれガユス。お前がいたからといってどうなる?
 咒式も使えず、満足に戦闘行動もできない。そんなお前がいて、彼女達を護れたのか?
 最初から公民館を目指していたとして、本当にクエロに遭わなかったのか?
「関係無い!! 俺は認めない。俺を認めない……黙れ。黙れ! 俺の思考を邪魔するなガユス!
 落ち着け。落ち着け! クエロのことは今は考えるな!」
 そうだ、落ち着け。いつもの俺になれ。冷静沈着な攻性咒式士、それが俺だ。
 クエロのことは忘れろ……

 ――よし、意味不明で支離滅裂な喚き声はこれで終了。まずは現状を把握だ。
 緋崎は、放送が始まる少し前に「一応、他に誰かおらんか探してくるわ」と言って建物の奥に入っていった。
 放送も聞き逃してしまったし、後で緋崎に聞こう。
 そして、ミズーと新庄の死の原因……恐らく、この女だろう。
 見覚えのない黒髪の女が、ミズーの近くに倒れていた。その胸には、やはり見覚えのない銀の短剣。
 新庄がトイレの中で倒れている状況と照らし合わせる。
 恐らくは一般人の振りをしてここに逃げ込んできた第三の女が、ある程度打ち解けたところで気分が悪いとトイレに行った。
 新庄ならば、心配して覗きに行っただろう。
 その新庄を隠し持っていた短剣で刺し、トイレの入り口で駆けつけたミズーと相討ち。そんなところか。
 女の胸に短剣が残っているのは、犯人がここにいない第三者ではないことの証拠。消去法で犯人は黒髪の女。
 ここで行われた黒髪の女の行動は、つまり――
「……裏切り……」
 また、裏切り。この言葉は、どこまで俺を苦しめれば気が済むというのか。
 さっきの醜態も、裏切りという単語がクエロを連想させたからか……
 それとも、ジヴの代わりをミズーに見出していたのか……
 どちらにせよ、格好悪いことこの上ない。
 ところで……
「あぁ……それにしてもなんで……」

 なんで俺は、泣いているんだろう……

【D-1/公民館/1日目/12:10】

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)、左腿に刺傷(布で止血)、右腕に切傷。戦闘は無理。軽い心神喪失。疲労が限界。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、ナイフ
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:これから、どうしようか……
[備考]:十二時の放送を一部しか聞いていません。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的に限界が近い。
[装備]:探知機 、光の剣
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。他に、なんか人おったり物落ちてたりせぇへんかな?
[備考]:六時の放送を聞いていません。 骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)

【014 ミズー・ビアンカ 死亡】
【061 小笠原祥子 死亡】
【072 新庄運切 死亡】
【残り81人】

2005/05/19 修正スレ109

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