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第333話:Warped Resolution

作:◆l8jfhXC/BA

「──っ、と」
 死体と共に男子トイレに入り、鍵を掛ける。
 そして天井に頭をぶつけないように跳躍。
「死体はこれでいいわ。……この血の量じゃ、どこかに移動させたらかえって跡がつくもの」
 難なく床に着地した。
 一つだけ扉が閉じられていると不自然なので、他のトイレも同様に鍵を掛けていく。
 血は小さなトイレの室内に染み渡っている。どの個室に隠してあるかはわからないだろう。
「そもそも、なんで処理──隠す必要があるのよ?」
 聖が怪訝な顔をして聞いてくる。
 男の血を吸い尽くした後、すぐに移動するはずだったのだが──千絵が死体を“処理”することを提案していた。
 彼女としては、早く移動して知り合いを探しに行きたいのだろう。
「確かにこの殺人ゲームで死体を隠すなんて行為は無駄ね。……でも、私たちは普通じゃないもの」
「吸血鬼だからって、隠す必要はないでしょ?」
「ここにいる全員が、吸血鬼の存在を知っているなら、ね」
「……?」
「確かにスタート会場には、いかにも吸血鬼がいそうな世界の住人がいた。
でも、私たちみたいな“現代”世界の人間もいるでしょう?
そのいかにもな世界の人たちでも、ここに吸血鬼がいるということは知らないかもしれないし」
「わざわざ噛み跡を見せて、吸血鬼の存在を知らせなくてもいい。……そういうこと?」
「そう。──私たちは確かに吸血鬼。普通の人間よりも強い。……でもね、普通の人間にしか勝てないのよ」
「……」
 自分も彼女も、元は一般的な体力しか持たないただの少女だ。戦闘技術は皆無。

「いかに強い力を持っていても、技術がなければ使いこなせない。そして私たちにはそれがない。
──あなたは最初、奇襲してアメリアに撃退されたじゃない。まともに参加者を襲ってもああなるのは目に見えてる。
なら残るのは、瀕死の参加者を狙うか──騙し討ち。
その場合、相手が“吸血鬼”のことを知らない、あるいは“吸血鬼”がここにいることを知らないことが望ましいわ」
「それっぽい“いかにも”な格好をした奴は避ける。
吸血鬼を知らなさそうで──奇襲すれば、私たちでも殺せそうな奴から狙っていくってわけね」
「ええ。吸血鬼の存在を知っているけれど、ここにいることは知らない人たち。
彼らに噛み跡を残した死体を見つけられて存在を知られ、対策を立てられるのはまずいわ。
一般人にしても、“吸血鬼”の特徴は知っているでしょうし。……まさか、本当に存在するとは思っていないだろうけど」


 そこまで言って、一息つく。
 やっと頭が回るようになってきた。
 最初の内はただただ血の快楽に魅了されていただけだったが、あの男から“補給”して、本来の頭脳を取り戻せた。
 ……いや、以前よりも頭がすっきりしているように感じる。

 ──────まるで、無駄な思考がすべてはぎ取られたかのように。


「なるほどね。……でも、あの男にその牙の跡を付けたのはあなたじゃない?」
 あきれ顔で聖が言った。
「あのときは……まだちょっと本調子じゃなかったのよ」
 先程の自分を思い出して、少し顔を赤らめる。
 剃刀の傷口や、壁や路面にこぼれた血まで残さず舐め取ったものの──まだ足りないと感じてしまい、傷口の上から口を付けて啜ってしまった。
 今思えば浅はかな行動だが、あのときはどうしても止められなかった。
「でも、そう考えると昼の間は行動できないわね。……あーあ、祐巳ちゃん達を早く仲間にしたいのに」
「我慢よ。……ああ、ねえ、殺して欲しくない──仲間にしたい男が二人いるんだけど」
「誰? 私いらないからあなたが吸ってよ?」
「もちろん」

 物部景と甲斐氷太。
 彼らはここから助け出さなければならない。その決意は開始当初からまったく変わっていなかった。
 彼らと共に元の世界へ帰る。それも変わらない目標だ。
 ……ただ一つ、ささやかな欲望が加わっただけだ。
(物部くんや甲斐さん……それに、梓さんや水原はどんな味がするのかしら? ……楽しみね)
 ここにいる二人はもちろんのこと、元の世界にいる友人たちも“仲間”にしたい。
 ──皆でこの心地よさを共有したい。たったそれだけの、純粋な希望だ。

(こんな世界なんて早く抜け出して、みんなを“仲間”にして、そして、死にた………………あれ?)

 自らの中に一瞬浮かんだ考えに、訝しむ。
(何でそんな考えが浮かぶのかしら? 死にたいなんて一度も思ったことないのに)
 何かがひっかかっている。ぼんやりとしたよくわからない感情が、心の中で叫声をあげているような気がする。
「…………ちょっと、名前とか特徴とか教えてくれないと対処できないんだけど?」
「……ああ、ごめんなさい。ぼうっとしてたわ。まず、物部くんの方は──」
 聖に呼びかけられ、彼らの特徴を伝え終ったときには、先程の違和感はもう消えていた。

「……甲斐氷太って、もしかしてさっきのあの人? それこそ勝てそうにないじゃない」
「なんとかゲームに乗っていない強そうな人を探して、隙をついて仲間にする。
そしてその人に捕獲してもらう……くらいしか、今のところは思いつかないわ。
まあ、先の話よ。彼も物部くんも簡単には死なない人たちだし。とにかく、彼らは殺さないで」
「わかったわかった。……何? あなたの彼氏なの?」
「違うわ。どちらも他に相手がいるもの。ただの仲間よ」
「……ふうん?」
 意地悪くこちらを見つめる聖に、半眼でにらみ返す。
「だから違うってば。……そうだ、この服もなんとかしないとね」
 至近距離で剃刀を、しかも喉を切り裂いたので二人ともかなりの返り血を浴びている。これでは怪しすぎる。
「汚れてない服を着てる死体を探すしかないわね。服一着がマンションにぽつんと置かれてる可能性はなさそうだし」
「そうね。戦えなさそうな子から奪ってもいいし。なんにせよ、夜まで待ちましょう。
……放送の前後は、知り合いの名前の有無と禁止エリアを確認するために立ち止まる人が多いと思うの。
日が沈むのはおそらく前の放送の時と同じ、六時。
六時前になったら、カーテンで日を遮りながら周辺を探索。さっき言った条件に合う参加者がいたら監視。
──そして、放送が終了した瞬間に奇襲する」
「了解。……それにしても、あなた何者? こういうの慣れてるの? ずいぶんと頭が回るみたいだけど」
 彼女に問われて──少し考えた後、千絵は言った。

「────“探偵”よ」



【C-6/住宅地のマンション内・地下駐車場男子トイレ/1日目・11:15】

『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式、カーテン、
[思考]:六時の放送まで待機。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式、カーテン
[思考]: 六時の放送まで待機。景、甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
    死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。

※シズの死体が男子トイレのある個室に移動しました。
 上記含め男子トイレのすべての個室に鍵が掛けられました。


2005/07/16  改行調整、三点リーダー・ダッシュ一部削除

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