remove
powerd by nog twitter

第278話:それぞれの思惑

作:◆Sf10UnKI5A

 森の中に潜む魔術と芸術の集大成――ムンク小屋。
 五人と一台が身を隠すその中での会話は、現在あまり友好的な雰囲気ではなかった。
「だから、それを大人しく渡しなさいって!!」
 もっとも、敵意を剥き出しにしているのは赤い髪をした少女一人だけなのだが。
「元々君の得物だったとしても、今は俺が所有者で、この刀は必要なんだ。ただ一方的に寄越せと言われても困る」
 全身黒ずくめの男が、壁に立てかけた抜き身の――元から鞘は無い――大太刀、『贄殿遮那』に片手を置いて答えた。
 残る三人と一台は、それぞれ違う表情を浮かべながら二人の遣り取りを見ている。

 それは、テッサとベルガーが小屋に入って来た時のことだった。
 突然の訪問者にリナとシャナは警戒心をあらわにするが、
 テッサがダナティアとの会話を説明し、瞑想を解いたダナティアがそれを保証した。
 それで場は落ち着いたように見えた。
 が、
「――ところで、その刀はどこで手に入れたの?」
 唐突にシャナが、彼女とは対照的な色をした黒ずくめのベルガーに尋ねる。
「……俺の支給武器だ。全く、どうやってこんなバッグに入れていたんだろうな?」
 親友の遺品だ、などと言って話を複雑にする必要もないだろう。
 そう思い、ベルガーは軽口を交えつつ嘘をついた。
 テッサもその意を汲み取ってか、特に口を挟まない。
 しかし、シャナの次の言葉は、二人だけでなくリナやダナティアも驚かせた。

「そう。それじゃ、それを私に返して頂戴」

 シャナの言い分は単純明快だった。
「私の物なんだから、私に返すのは当然でしょ? あなたに使いこなせるとは思えないし、早く渡しなさいよ」
 半ば呆れてベルガーが答えた。
「嬢ちゃんだって、まあ……『普通じゃない』んだろうが、貴重な武器をハイそうですかと譲るわけにはいかないんでな」
「嬢ちゃんってのは何よオッサン。
まあ、どうしても武器が欲しいって言うのなら、代わりにこれあげるわ」
「俺はまだ二十代だ。それに、そんな一目でなまくらと解る物を貰ったって嬉しいわけがない」
「ともかく返しなさいよ」
「お断りだ」

 延々と続く下らない口論。
 テッサはただ戸惑うばかりだったのだが、リナとダナティアは少し違った。
 ――どうやってこの小娘を黙らせ、二人をここに留めさせる?
 この二人の目的には差異があるが、どちらにしろ人数が多いに越したことはない。
 しかし、シャナはいきなり交渉相手に自分勝手な要求を突きつけてしまった。
 シャナ自身は、自分と悠二とアラストールが一緒になれば、この状況を打破できると思い込んでいる。
 自分の力を過信した結果が、腹部に残った散弾だというのに。
「周りが全く見えていないわね……」
 かつての自分とわずかに重なるシャナの姿に、ダナティアは嘆息する。
「あの、シャナさんもベルガーさんも落ち着いて……」
「うるさいうるさいうるさいっ! こうなったら、――力ずくで返してもらうっ!!」
 叫ぶと同時、シャナは片手に提げたなまくら刀を一閃させた。

 神速の踏み込み、そして斬撃。誰も反応することは出来なかった。
 刃を返した峰打ちではあるが、骨折で済むかすら解らない一撃。
 シャナはベルガーの片腕を潰すつもりで刀を打ち込んだ。
 贄殿遮那は、不慣れな人間が片手で扱いこなせるものではない。
 だから使用者を潰して、改めて自分の物にしてしまえばいい。
 あれさえあれば、自分は一人でも生き残れるだろう。悠二を守る事だって簡単だ。
 凶刃が狙う先は、ベルガーの左腕。右手に刀を提げていたからという、単純な理由。
 最短距離を走る刃がベルガーの二の腕にぶつかり、そのまま肉を喰らう筈が――

 ガギィンッ!!

「えっ――?」
 響いたのは、骨を砕く音ではなく、何か硬いものがぶつかったような派手な音。
 刀に振動が伝わり、持つ手に痺れが襲い掛かる。
 戸惑うシャナ。しかしすぐにベルガーから離れようとするが、
「動くなよ、嬢ちゃん」
 ベルガーの右腕が自分の喉を掴んでいることに気付いた。
 わずかに力の込められた手は、その気になれば一瞬で喉を押し潰すだろう。
 ほんの一瞬の戸惑いが、ベルガーに右腕を動かす時間を与えてしまっていた。
「そっちの二人も、実は殺す気でしたってクチか?」
 シャナを睨みつけたまま、一瞬の出来事に呆気に取られる三人の方へ語りかける。
「ベ、ベルガーさん! ダナティアさんはそんな人では……」
「いいえ、テレサ。あたくしたちの落ち度です。
……改めて言いますが、争うつもりは全くありません。
シャナ、刀を捨てて。言いそびれていたけれど、『アラストール』からの伝言を預かってるわ」
「アラストールの……?」
 その言葉を聞き、シャナは大人しく刀を下に落とした。
 ベルガーはシャナを解放すると、ポケットに突っ込んでいた左手を出し、彼女に見せた。
 隠されていた左手を見て、テッサ以外の全員が驚きの表情を浮かべる。
「見ての通り義腕だ。――ま、揉め事には便利この上無い代物だな」
 多少の皮肉も交えて、ベルガーはシャナにそう言った。

「まったく、人の話の途中で何を言い出すのかと思えば……」
「…………」
 不機嫌さをあらわにするダナティアに対し、シャナはただうなだれている。
「もういいから、話の続きをしなさいよ。二人は水に流すって言ってくれたじゃない」
 リナが促して、ようやくダナティアは話し始めた。
「先ほどはテレサとの話で止まってたわね。それで、その後――」
 アラストールという巨大な存在。シャナはそれを身に宿していること。
 アラストールの意思は『コキュートス』が無いと表に出せないこと。
 その他諸々。
「それで、彼は最後にこう言ったわ。
『一方的な申し出になるが、我がフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手のことを宜しく頼む』と」
「で、あんたはどうしたのよ」
「勿論引き受けましたわ。大怪我抱えて走り回るような子はほうっておけません、と」
「でも、悠二は私が……」
「アラストールと悠二とやらが出会ったのは、一時間以上前よ。彼がどこに移動していてもおかしくないわ」
「なら、尚更――」

「あんたらの事情はよく判った」

 ダナティアに食って掛かろうとするシャナの声を断ち割ったのは、
 黙って話を聞いていたベルガーだった。
 彼は時計を見て、
「十時まで寝かせてくれ。そしたら俺はここを出て行く。すまんがテレサのことを頼む」

「ベルガーさん!?」
「あなた、何を勝手な――」
「いいから聞け。ここに留まっているならば、出来ることってのは限られっぱなしだ。
だから俺が島を回る。探し人は出来るし、ケータイとやらの話し相手と合流したっていい。
それに、他にこのゲームをどうにかしようと、仲間を集めている奴がいるかもしれない。
あんたらがここにいる限り出来ないことを、俺が代わりに請け負ってやる。
その単車と大太刀を使わせてもらえるなら、完璧なんだがな」
「待ちなさいよ。アンタが殺人鬼と手を組んで帰って来る可能性だってあるじゃない」
 リナの言葉に、ベルガーは冷静な返答を返す。
「否定は出来ない。だから、十時まではここで大人しく寝かせてもらう。
それまでに、あんたらの方でどうするか決めておいてくれ」
「そんな、ベルガーさん……」
「聞け、テレサ・テスタロッサ。
俺みたいなチンピラと二人で当ても無く歩き回るより、こいつらと一緒にいる方が安全だ。
大丈夫だ。約束通り、絶対探し出してやる」
「で、ですが……」
「それじゃ、十時になったら起こしてくれ」
 そう言って、ベルガーは小屋の隅に寝転がり、すぐにイビキをかき始めた。
 残った四人の間に、どことなく重苦しい空気が流れる。
「……なんだか尻ケツな雰囲気だね」
「…………もしかして、『シリアス』ですか?」
「そうそれ」
 モトラドの言葉も、空気を変えるには至らなかった。

【G−5/森の南西角のムンクの迷彩小屋/1日目・08:40】

『目指せ建国チーム+2』
【リナ・インバース(026)】
 [状態]:少し疲労有り。心に強い怨念。
 [装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
 [道具]:支給品一式
 [思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     ベルガーをどうするか考え中。

【シャナ(094)】
 [状態]:かなりの疲労。腹部に内出血(治癒中) 少し混乱。
 [装備]:鈍ら刀
 [道具]:デイパック(支給品入り) 携帯電話(リナから手渡された) 
 [思考]:しばらく休憩後、見張り。
     ダナティアの言葉に従うべきか迷っている。
 [備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
 [状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
 [装備]:エルメス(キノの旅)
 [道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
 [思考]:群を作りそれを護る。シャナ、テレサの護衛。
     ベルガーをどうするか考え中。
 [備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。

[チーム備考]:『紙の利用は計画的に』の依頼で平和島静雄を捜索。
       また、島津由乃を見かけたら協力する。定期的に保胤達と連絡を取る。

【ダウゲ・ベルガー(078)】
 [状態]:心身ともに平常
 [装備]:贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
 [道具]:デイパック×2(支給品一式)
 [思考]:十時まで寝る。以降は単独で人探しの予定。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【テレサ・テスタロッサ(059)】
 [状態]:少し疲労
 [装備]:UCAT戦闘服
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:ベルガーの言うとおりにすべきか考え中。

2005/06/13 改行調整

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第277話 第278話 第279話
第247話 リナ 第304話
第247話 テッサ 第304話
第247話 ベルガー 第304話
第247話 シャナ 第304話
第247話 ダナティア 第304話