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第222話:決意・豹変

作:◆eOod7XM/js

三人がキノを追う事を決め、十分程が経過した。その間、四人はずっと階段を降りている。
先頭のキノの歩みは遅々としたもので、三人の歩調もそれに合わせて、遅い。
キノを追う事を決め、互いの紹介を済ませてからは、誰も口を開かなかった。
師匠と呼ばれた女性が、キノにとってどれ程大きな存在だったのか、彼らにはわからない。
だからこそ、キノに対して彼らは何も出来ない。心の整理が付くまでの時間を与える事がせいぜいだ。
幽鬼のようなキノの後ろ姿を見つめながら、オーフェンは今の自分自身の源流を思いだしていた。
汚点という呟き。葬列。共同墓地。無名の墓標。空の棺。その埋葬。
キリランシェロという自分を捨て、オーフェンという自分になった日の事を。
「…ちっ」
言い様のない苛立たしさが、舌打ちとなって現れる。
腹の奥に鉛を飲み込んだような奇妙な重圧があり、同時に胸の奥で何かが毛羽立っている。
過去を思い出す自分が苛立たしいのか。
視線の先にある過去を思い出させる後ろ姿が苛立たしいのか。
一時とはいえ、時間を共にした人間が死んだ事が苛立たしいのか。
わからない。ただ、嫌な予感がしている。確信にも近い、嫌な予感が…。

そんな時、不意に頭の中に、老人と子供が同時に喋っている様な奇妙な声が響いた。
死亡者の名前が呼ばれはじめてすぐ、「師匠」という呼び名が出た瞬間、
「決めました」
唐突に、先に進んでいたキノがその身を翻し、三人に向けて、云った。
先ほどまでの茫然自失とした状態が嘘のような、強い意志のこもる声。
その手にはいつの間にか拳銃が握られており、銃口は後続の三人対して向けられていた。
死亡者の中に知り合いがいないか、放送に集中していたイルダーナフが最初の犠牲者になった。
「なっ」
イルダーナフが驚きの声を上げるのとほぼ同時に、キノの放った銃弾が彼の腹部を撃ち抜く。
突き抜けた銃弾が鮮血を撒き散らし、傷を負ったイルダーナフはそのまま態勢を崩して、階段を滑り落ちていった。
「イルダーナフさんっ!」
ヴィルが声を上げ、落ちたイルダーナフを追おうとするが、それをオーフェンが手で制した。
が、その静止を振り切り、ヴィルは階段の途中で段差に引っ掛かるように倒れているイルダーナフの元に走る。
「馬鹿、止めろっ」
オーフェンが叫ぶ。ヴィルとキノ、両者に対する制止の声は、しかし無意味に終わった。
ヴィルがキノとすれ違い、数歩進んだ瞬間、二発目の銃声が響く。
放たれた銃弾がヴィルの足を貫き、バランスを崩したその体が、宙に投げ出され、階段へと落ちる。
頭を強く打った。ごき、ぐちゃり、と硬い何かが砕ける音と粘ついた音がした。
そのまま、ヴィルはイルダーナフを追い越し、より下の方へと転がり落ちていった。

気付けば、放送は終わっている。その中に自分の知り合いが含まれいたかどうか…
急転する事態の中で、それをオーフェンは聞き損ねた。だが、目の前の脅威に比べれば、それは些細な問題だ。
生き残る事を決意した少年と自分はどことなく似ている、研ぎ澄まされた意識の片隅でオーフェンはそんな事を思っていた。
目の前の少年は、何故か、牙の塔を出奔した当時の自分を思い出させる。
世界に絶望し、自分だけの力で目的を果たそうとした、滑稽な程、何も見えていなかった…自分自身を。
あの頃の自分はあまりに頑なだった。そして、目の前にいる少年もまた、そうだ。
大切な何かをなくしたが故に、なりふり構わずに何かに縋り付く。
そして、銃を向ける少年がとって縋り付くものがあるとすれば、
「…僕は、このゲームに乗る事にしました。そして、最後の一人になります」
死してまで自分を生かした者の遺志だろう。
「師匠と向かい合った時、怖かった。終わってしまうかと思いました…」
キノの独白じみた言葉の間にも、オーフェンは魔術構成を編む。
問答無用で二人を撃った時点で、既に説得は無意味だ。
「でも、師匠は、僕のために死んだ…僕のために死んだんです。僕は、最後まで生き残ります。どれだけの人を殺しても…」

魔術と拳銃、速度だけならば拳銃に分がある。
イルダーナフとヴィルへの攻撃を見て、咄嗟に構成したのは防御のための魔術だった。
魔術の威力が下がるこの空間で、どの程度までの攻撃が防げるかはわからない。
が、銃弾一発程度ならば、充分に食い止められるだろう。
オーフェンがそう判断を下すのと同時に、
「だから…ごめんなさい」
キノが躊躇なくトリガーを引き、
「そうかよ」
険のある声に乗せ、オーフェンが魔術を放った。
オーフェンの眼前に、無数の光輪が連なり合った魔術による盾が展開され、銃弾を防ぐ。
さらに発動前の一瞬、オーフェンは魔術の構成に僅かな手を加えていた。
連なる光輪はそのままの形で、キノの方へと一直線に突っ込んでいく。
魔術を初見するキノは咄嗟に反応できず、そのまま、光輪に直撃され、階段横の草むらにまで弾き飛ばされた。
だが、弾き飛ばされる最中にも、キノは銃を撃つ。放たれた弾丸がオーフェンの肩口を抉る。
焼けるような痛みに歯を食いしばりつつ、オーフェンは、キノが吹き飛ばされたのとは反対方向へと駆けだした。


【C-5/階段付近/1日目・06:10】

【キノ (018)】
[状態]:通常。
[装備]:『カノン(残弾1発)』  師匠の形見のパチンコ  
[道具]:支給品一式
[思考]:最後まで生き残る。
【イルダーナフ(103)】
[状態]:腹部に銃創。出血多量。
    階段の途中で、気絶中。
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り20発)
[道具]:支給品一式
[思考]:気絶中
【オーフェン(111)】
[状態]:精神、肉体共に疲労。肩口に銃創。出血。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:この場(キノ)から逃げる。傷の治療。

オーフェンがどこに逃げるかは、次の方にお任せします。
このメンバー全員、禁止エリアや死亡者の情報をまともに聞いていません。

【ヴィルヘルム・シュルツ(010) 死亡】  
【残り92人】

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