作:◆wEO8WH7kR2
「あなたの気持ちはわかります。しかし、全てはもう終わったことです。あなたはもう死んだのです。」
ここはA−1エリア島津由乃の墓の前。
慶滋保胤は優しげな微笑を浮かべたまま、その墓の前にたたずみ何やら独り言をぶつぶつと言っている。
はたから見ればかなり怖い図である。
「未練を残すのはおよしなさい。静かに成仏するのが一番です。怨霊となり苦しむだけです。」
数十分前、保胤とセルティはA−1エリアについた。
発表された禁止エリアが南側にかたまっていたことから
南下すれば他の人間と鉢合わせする可能性が高くなる。
二人はそう判断して、とりあえず北西の端のこの場所までやってきたのだ。
この場所には出来たばかりの簡易な墓が一つあった。
保胤はその墓の前に座すと、死者を弔うためと言って般若心経を唱えだした。
彼はどうやら仏法にも造詣が深いらしい。
ところが般若心経は途中で止まった。
そして、保胤は墓と「会話」を始めてしまったのだ。
セルティはそんな保胤を少し離れた背後から見て、ふと思った。
(不思議な男だな。)
夜の会話で、保胤が陰陽道の道士であることは聞いていた。
陰陽師は一昔前にブームになり、テレビドラマや映画にもなった。
そのため、セルティは知識としてなら陰陽師が不思議な術を使ったり
常人には見えないはずの霊と会話をしたりするのは知ってはいたが、
こういう情景を目の辺りにすると、すごいものだ、と感心してしまう。
だが、この男の不可思議なところは、こういった能力とはまた少し違ったところにもあった。
化物であるはずの自分に対しても、今こうやって墓に向かって話しかけている時も
同じ微笑をいつも浮かべているのだ。
見たことはないが、たぶん普通の人間と会話をするも同じなのだろう。
六時の放送で23人の死者が出たことを聞いた時、保胤は一言
「23人・・・」
とつぶやいた。
それだけだったのだが、彼の持つ雰囲気は、その時一変した。
見た目は何も変わらないのだが、保胤は何やら鬼気迫る雰囲気をまとっていた。
セルティはその時、保胤の細い目から鋭い光が出るのが見えた気がした。
しかし、その変化も一瞬だけで、次の瞬間には今までの保胤に戻っていた。
その時を思い出すと、セルティは背筋がぞっとした。
(あれは一体なんだったのだろう?)
保胤は今、優しげな表情のまま墓と「会話」をしている。
(本当に不思議な男だ。)
保胤は島津由乃の霊に対して未練を捨てて成仏するよう、必死で説得していた。
彼女の霊はこの世に未練を残しているらしく、まだこの場に留まっているらしい。
未練を残してこの世に残っている霊はそのまま放っておくと、怨霊や鬼と化してしまう。
彼女の場合、恨みによりこの世に留まっているわけではないようだが、
霊のような思念だけの存在は、生前よりもあらゆる想いが強烈となり暴走しやすい。
人は、嫌いな相手だけでなく好きな人に対してもどこかで恨みを感じているものだ。
いや、むしろ好きな相手に対する恨みのほうが大きいのかもしれない。
それは独占欲から来る場合もあるし、嫉妬である場合もある。
また、この世の留まっているうちに、生ある存在の全てを憎むようになる場合もある。
「自分は不幸にも死んでしまったのに、何で他の皆は幸せに生きているんだ」と言うわけだ。
ましてや、彼女は殺されたのだ。殺した相手に思うところが何もないはずはない。
どれも醜い感情だが、人である以上どんな聖人君子であれ、こういった感情は多かれ少なかれあるはずだ。
こういった感情が、何かの拍子で暴走すると怨霊と化してしまうのである。
わざわざ説得しなくても、術を用いれば強制的に成仏させることも可能ではある。
だが、それを行うと彼女はものすごい苦痛を感じてしまう。
その苦痛も一瞬のことではあるが、保胤としては無理やりではなく納得した上で自ら成仏してもらいたい。
しかし、彼女はかたくなにこのまま成仏することを拒み、保胤の説得に応じない。
一緒にこの世界に送られた仲間の今後と、その仲間に一言の別れも言えずに
逝ってしまったことに未練を感じ、このまま成仏は出来ないというのだ。
だが、死とはそういうものだ。
親しい人をこの世に残して逝ってしまうことに、後ろめたさを感じない者はいない。
死ぬ前に親しい人間に別れを告げることが出来るのは、むしろ少数派かもしれない。
彼女が言っていることはわがままにすぎないのだ。
保胤はそのことが解っていた。解ってはいたが、彼女にそう言うことは出来なかった。
彼女がここに来る前、どのような毎日を送っていたのか保胤は知らない。
だが、少なくとも彼女は仲間たちと一緒にそれなりに幸せに暮らしていたようだ。
それを無理やりこの世界に連れてこられ、この殺人ゲームに参加させられ、そして、殺された。
そんな彼女に、わがままだ、ということはできなかった。
保胤は立ち上がると墓の横にはえていたタンポポを摘み取った。
白い綿毛がいっぱいに付いている。あとは風に種を運んでもらうだけ、という状態だ。
保胤は真っ白なタンポポを左手に持ったまま、右手で印を結びながら何かを唱えた。
それは一瞬だった。
死んだはずの島津由乃がそこに立っていたのだ。
「このタンポポを依り代として、仮の人の姿をあなたに与えます。
制限時間は10時間です。10時間たった時、私はこのタンポポの種を飛ばします。
このタンポポから全ての種が飛び去った時、あなたはこの世から消え去ります。
その時までに、あなたがやり残したことを為して下さい。
仲間を見つけてお別れの挨拶をするくらいのことは出来るでしょう。
ただし、これだけは忘れないでください。
あなたを殺した相手とこの世界の管理者への恨みは捨て去りなさい。
恨みの気持ちが強くなると、貴方は怨霊と化し永遠に苦しむことになります。
また、相手を強く思いすぎることも同じように危険です。
難しいとは思いますが、自重してください。
思念だけの今の貴方は、ただでさえ暴走しやすい状態となっているのです。
10時間たった時、成仏できるかどうかはあなた次第です。
それでも成仏できなかった場合、私は容赦なくあなたを祓います。
どうか、この世に未練を残さないよう、この10時間を大切に使ってください。」
保胤の話が終わると島津由乃は
「あ、ありがとうございました。」
と保胤に頭を下げ、時間を惜しむように南の方角へと走り去っていった。
あとには、優しげに微笑む保胤と少し離れて佇むセルティが残された。
【A-1/島津由乃の墓の前/1日目・07:00】
【島津由乃(063)】
[状態]:すでに死亡、仮の人の姿(一日目・17:00に消滅予定)、刻印は消えている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:生前にやり残したことを為す
[行動]:南の方角へ向かう
※仮の人の姿について(バランスを崩さないために、少し原作とは設定を変更)
人の姿はしているが実体はない。そのため、物に触れることはできない。
出来るのはせいぜい、人と話をすることくらい。
チーム名『紙の利用は計画的に』(慶滋保胤/セルティ)
【慶滋保胤(070)】
[状態]:正常
[装備]:着物、急ごしらえの符(10枚)
[道具]:デイパック(支給品入り) 「不死の酒(未完成)」 、綿毛のタンポポ
[思考]:これからどう動くかセルティと話し合う/ 島津由乃が成仏できるよう願っている
【セルティ(036)】
[状態]:正常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)
[思考]:これからどう動くか保胤と話し合う
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