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第123話:風と泡

作:◆ZlP49.IyQM

「――危険だ」
 不意にボーイソプラノの声がかかり、ヒースロゥ・クリストフは足を止め顔を上げた。
 湖の畔に、少女とも少年ともつかない容姿の人間――ブギーポップが立っている。
 彼はなにやら思案するような顔で、ヒースロゥを見つめていた。
「……失礼だが、俺に何のようだ?」
 特に敵意があるようにも思えない。
 しかし彼酷く浮世離れた雰囲気と、自分に向けられた「危険だ」という言葉に、ヒースロゥは思わず木刀に手をかける。
「顔も知らない者達への怒りと憎しみが君の中には渦巻いている。これは非常に危険だ」
 ヒースロゥの問いに答えず、ブギーポップはつぶやき続ける。
 その言葉は己に向けているのか相手に向けているのか今ひとつ判断が難しかった。
「お前は何者だ、俺に何か用があるのか?」
 だがヒースロゥは無視されているにもかかわらず、何故か不快感は無かった。
 かといって警戒が解けるほどでもなかったが。
「顔すら知らぬ者の事情を勝手決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。人である君が人を裁こうとする。
 これは傲慢だと思わないかい? 
 そんなものが少しでも許されたら危険だ。その少し≠ェ積もり積もって、やがて常識≠ノなるのだから。これは危険だ。非常に危険だ」
 ここで言葉を止め、ブギーポップはすぅっと目を細める。

「君は――世界の敵≠ゥ?」
 言葉が終わった途端、ブギーポップの姿が消えた。
「!」
 ぞくり、と背筋に悪寒が走り、ヒースロゥは横に飛ぶ。
 ヒュッ!
 ブギーポップが繰り出した手刀により、頭のすぐ横で空気を引き裂く音がした。
 そのまま流れるようにヒースロゥに飛びかかる。
 ヒースロゥは着地と同時に、とっさに木刀をかざす。
 ガツッ!
 その木刀をつかみ飛び越えヒースロゥの喉元を掴もうとするブギーポップを
 ヒースロゥは木刀ごと、渾身の力を込めて投げ飛ばす。
 所詮少女の体であるブギーポップは、そのまま湖の中に落ちる。
 バシャァッ……と派手な音としぶきが上がった。

「……訊きたいことがある」
 岸に泳ぎ着きしがみつくブギーポップの背中を踏みつけ、ヒースロゥは冷ややかに問いかけた。
「お前はこのゲームを楽しんでいるのか?」
「いいや」
 ブギーポップは無表情で答えた。
「では、何故俺に襲いかかった?」
「君が世界の敵だと思ったからだ。僕の仕事は、世界の敵を倒すことなのでね」
 圧倒的有利な状況であるというのに、ブギーポップはおどけたように答えた。
「仕事で、か?」
「ああ、そうさ」
「そうか、それならいい」
 ヒースロゥは足をどけ、ブギーポップの腕を掴み引き上げると、
 そのまま鳩尾に拳を叩き込んだ。

 『危険だ』
 『人である君が人を裁こうとする』

 気絶したブギーポップを茂みの中に隠しながらも、ヒースロゥはブギーポップの言葉が耳から離れずにいた。

 『これは傲慢だと思わないかい?』

(確かにこれは傲慢かもしれない。しかし俺が、いや、気づいた者がやらねば誰がやるというんだ?)
 彼の心に迷いはない。しかし、振り払っても振り払っても彼の言葉が離れない。
 ――一体何故?
(――ああ、そうか)
 しばし、考え、ヒースロゥは思い当たる。
(なんとなく、あいつに似ているせいか)
 ヒースロゥは、あの仮面を付けた、風変わりな友人を思い出した。
(そういえばあいつも、このゲームに参加しているはずだ)
 ほんの少しあっていないだけなのに、妙に懐かしい。
(あいつが今の俺を見たら、この人物と同じことを言うんだろうな)
 ヒースロゥは苦笑いを浮かべた。
(きっと心の奥底で激しい怒りを燃やして、毒を盛ってでも俺を止めるだろうな。あいつならやりかねん)
 しかし、今更決意を改めるつもりはない。
 そこまで考えて、大きく息をつく。
(――あいつとは、顔を合わせられないな)
 少しばかり寂しさを感じながら、ヒースロゥは友人とどこか似た雰囲気を持つ人物を隠し終えた。

【残り97人】
【D-7とE-7の間/時間(一日目・02:03) 】


【ヒースロゥ・クリストフ(風の騎士)】
[状態]:健康
[装備]:木刀
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:マーダー狩り


【ブギーポップ(宮下藤花)】
[状態]:気絶中
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:世界の敵を探し出し、排除する

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